料理人・再び
接待酒場の店長からコックコートを借りたアレクニールは、さっそく袖を通す。
少しばかりサイズが小さいものの、文句は言えない。
丈の足りない袖先から出るアレクのたくましくて太い腕を見て、女性たちと、特に店長が艶のあるため息を漏らした。
「世話になったな」
「いいえ、いいのよ。なんだかあなた、気になるもの」
「ここは良い店だ。また来るよ」
「気に入ってくれたみたいね」
「ああ、今度は娘たちを連れてこよう」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
目を点にしている店長や女性たちを残して、コックとなったアレクニールは颯爽とその場を去っていった。
時間はすでにだいぶ遅いので、城に入れるかは賭けだ。ただ、酒場で得た情報が確かなら行ってみて損はないだろうと思う。
アググラッドはさほど大きな街ではない。繁華街を抜けて二十分も歩けば、城が見えてくる。
正面から堂々と進み、城門の前に立つ見張りに挨拶をする。
「こんな時間までお勤めとは、お疲れさまだな」
「おい、あんた、こんな時間にどうした?」
「料理をしに来たんだが」
「料理? 飯の時間は過ぎているが……」
若いエルフの兵士が二人、じろじろとコック・アレクニールを見る。
雰囲気から察するに、そこそこ強そうな者達だ。
「俺は新入りでな。夜食が欲しくはないか?」
「夜食……か」
どちらかがごくりと喉を鳴らした。
「厨房に案内してくれ。腕によりをかけよう」
顔を見合わせる二人は、少し悩んだあと、夜食という響きに屈した。
それを見たアレクは苦笑いをすると同時に、聞いた通りのザル過ぎる警備体制を知って、なんだか心配になってしまう。
(この国は大丈夫なのか? 双子に言っておいた方がいいかもな)
裏口から厨房に案内された彼は、設備を確認する。
一通りそろった台所で、問題はない。
棚を開けると保存のきく食材があり、今日の残り物らしき肉もある。十分だろう。
「料理を始めよう」
忍び込むためとはいえ、腹を空かせているだろう若い兵士を放ってはおけなかった。
「君たちだけか? もしも他にいるならその分も作るぞ」
「えーと…………おれたち含めて八人、だな」
「みんな呼んできてくれ。今日は俺のサービスだ。お近づきの印ということで」
フライパンに油を馴染ませながら、指示を出す。
若干困惑気味の兵士たちだったが、素直に従った。
「さて、若い男たちを満足させるには……アレだな」
牛肉、たまねぎ、ピーマンなどを手早く用意し、塩や胡椒を追加。
作るのは『カヴルマ』というメニューだ。王都の料理店『ギュゼル』で習得した炒め物である。
あそこほど専門的な品ぞろえではないため、簡略化したメニューになってしまうのが少しだけ残念なおじさんだった。
厨房にやってきた兵士たちを加えた八人のエルフが、興味深そうにアレクニールを見る。
調理が進み、漂ってくるうまそうな香りは健康な男たちを虜にした。
「そういえばエルフはあまり肉を食べないと聞いたが、大丈夫なのか?」
「あ、ああ、それは昔の話。今は普通に肉を食べる」
それを聞いて安心する。
出来上がった料理は見事に食欲を誘うものだった。炒めた牛肉と野菜。そこにソースをかけたもの。味はあえて濃い目に。
「こ、これは……」
「あんた、すげえ料理人なの!?」
調理に取りかかってから出来上がるまでが早い。
「遠慮なく食べてくれ」
隅のテーブルに座った八人が、湯気の立つ肉炒め料理に食らいつく。
「うめーーーーーーーーー!」
「なんだこりゃ! 初めて見る料理だぜ! しかもマジでうめえ!」
深夜の勤務は大変だろう。そう思いながら、アレクはうんうんうなずいていた。
「ところで便所はどこかな」
「ああ、そこを出て右手に」
「ちょっと借りるぞ」
と、厨房から出るアレク。
城への侵入は潜入は成功した。
(なんというか……兵士としては頼りないが、憎めない連中だな)
料理にがっつく若者たちを残し、そっとドアを閉じる。
「娘たちはどこにいる?」
壁伝いに中を探る。
初めて来た時、中央の広い廊下でみんなと別れたのは覚えている。
となればずっと奥だろう。
「む……」
廊下へ出る通路には見張りがいる。
今はまだ戦う時ではない。それをするのは全員が揃ってからだと判断した彼は、見張りを避けて別の道を進んだ。
そのまま直進し、階段を登る。
「しまったな。上に来てしまった」
見取り図が欲しいと思いつつ、さらに進み、三階への階段を上がった。
上へ上がった先に、見張りが二人いる。
見た中でもっとも豪華な扉が彼らの背後に控えていた。
(あそこは双子の部屋か?)
光が漏れていることから、中にいる者はまだ起きているようだった。
(どうしようかな)
双子の部屋ならすぐに行くべきだろう。
(そうだな……中を覗ければいいんだが)
身を隠しながら辺りを窺う。
一応通れそうな窓が一つあるが、その先は外だ。
(しかたない)
踊り場の窓をそっと開けて、気づかれないように身を投げ出す。
三階だけあってかなり高い。
(これなら問題ないな)
内がだめなら外から。
アレクはまたもや壁の出っ張りを利用して、壁伝いに回り込んだ。
傍から見ればどう考えても巨大なヤモリだ。ドラゴンの先祖が見たらさぞ嘆くだろう。
首尾よく回り込んだ彼は、壁に張り付いたまま、部屋の中を覗き込む。
そして————驚いた。
(なぜ奴らがここにいる?)
中にはいたのは、クレムレニ代理王。媚びた笑みを浮かべて、誰かと話している。
その誰かは一目瞭然だった。
白いローブを着込んだ男たち。
ダイニッポン国の王であるエサキの手下、『白備え』だった。
数は三人ほどで、顔までは確認できない。
アレクは顔を窓に近づけて耳を澄ました。
「ええ、アレクニールという男は始末しました」
「……死体は確認したのだろうな」
「それはもう! 我が国の忌み子たちにかかれば、どのような者でも死は免れない」
「……」
かなり物騒な会話だ。
(忌み子……? どういうことだ?)
おじさんは胸がざわざわしてきた。
「信じられんが……我らも死体を確認したい」
「ああ……申し訳ないのですが、街の外に捨てました。今頃獣の餌になっていることでしょうな! はっはっは!」
「……」
アレクニールが目を覚ました時、霧の深い林の中にいた。
あそこは死体を始末する場所、と納得する。
「実験体とやらも軟禁しておりますし、これでエサキ様が覇者となった暁には、私を正式に王として所領を安堵していただけますな?」
「……エサキ様にお伝えしておこう。西方には信頼のおける国と王が在るとな」
「ありがとうございます」
これで自分が牢屋に入れられた理由はわかった。
アググラッドの代理王は、ダイニッポン国と通じていたのだ。
どうやってアレクらの行動を読んだのか。あるいは尾行していたのか。どちらにせよ面倒なことこのうえない。
(密約を交わしていたのか。しかし、こう言ってはなんだが、こんな小さな国を味方につけてどうする気だ? レオニアの背後を突くにしても大河を渡らないといけないし)
エサキの意図がいまいち読めないアレクは、さらに耳を澄ます。
「輝ける力を持つ者は全て連れて行く。では明朝」
「ええ、縛り上げておきますので」
聞き捨てならなかった。
今すぐ中に押し入って全員ぶちのめしたいところだが、ある可能性を考えて、止まる。
(この国に入り込んだ害虫は全て排除した方がいいだろう)
壁に張り付いたまま、考える。
白備えの連中が三人だけのはずはない。もっと入り込んでいるに違いなかった。
(娘たちと合流するのが先か)
アレクニールはすぐさまその場を離れ、娘たちのもとへ向かう。




