姉と弟・Ⅱ ~先鋒戦~
「先鋒はエミールが務める。そちらはルクレツィアを出してくれるな?」
自信たっぷりの笑みを見せるアイディクス・フォン・シュリーゼンは形の良いヒゲを撫でながら、アレクニールに告げる。
「五対五の団体戦。致命傷を与えるであろう攻撃はなし。降参するか、戦闘不能となれば負け。お互い一人ずつ戦い、勝ち星の多い方の言う事を聞く。それで二言はないだろうな?」
「ない。が、こちらの双子はまだ小さい。彼女らは出さない」
「話が違うぞ。虫のいい事を言うな」
「ああ、だからそちらの不戦勝でいい」
「……なに?」
ミィフィーユとエクレアはまだ十二歳の子どもだ。戦闘力があるわけではない。
「そちらがすでに一勝。二回勝てばそれで終わりだ」
「ほう? あとでひるがえすなよ?」
アイディクスはどこまでも念を押してくる。
猜疑心の強い男だ、とアレクは思った。
先鋒戦はルクレツィアとエミールの姉弟対決。
次鋒戦がルリーシェラとシュリーゼン家の第二執事。
中堅戦はクラウディアがシュリーゼン家の第一執事と戦う。
副将戦はアレクニール側の不戦敗となった。
大将戦はもちろん、アレクニールとアイディクスが戦うことになる。
娘たちのもとへ戻った彼は、ルクレツィアに声をかけた。
「緊張しているみたいだな、ルクレツィア」
「い、いえ! そのようなことは……」
「緊張するのは当たり前だ」
最強の名をほしいままにしていたおじさんも、若竜の時は緊張したことを思い出す。
「俺とした訓練を覚えているだろ」
「はい、もちろんです」
「いつも通りやればいい。新魔術のお披露目だな」
「でも、相手は……」
弟のエミールは天才術士だ。十五歳ですでに戦場へ出ることを許されている。
数いる十代の魔術士の中でも最強。それが彼の評判だった。
「確かに家族と戦うのは思うところもあるだろう。だから手加減してやるといいぞ」
「て、手加減?」
「殺したくないだろ?」
天才的な弟エミールに手加減できる余裕などないと思ったが、アレクは平然と言う。
「ルク……白い人たちと戦った時のこと、思い出して」
クラウディアの言葉に、彼女はぶるっと震えた。
白備えを名乗るダイニッポン国の刺客を、彼女は退けたのだ。
あの時の熱は忘れられない。
「わかりました。行って参ります」
ルクレツィアが前に出る。
そしてエミールもまた、にやけ面とともに出る。
黒鷲の戦士団に囲まれた円形の即席リングはアウェイ感が満載で、どう見ても不利な戦いだ。
しかし、彼女は気にならなかった。
「エミール、もう放っておいて」
「姉さん、いまさらですよ。家出などとくだらないことを」
「くだらないかどうかは、わたくしが決めます」
「まったく、バカで不出来な姉を持った苦労を少しはわかってほしいんですが」
ルクレツィアはなにを言われても動じなかった。後ろにはみんながついている。
もう情けない姿は見せられないと思った。
「まあ、お仕置きすれば気も変わるでしょう。ドラゴンスレイヤー殿、合図を」
立会人を務めるサブロウがうなずき、右腕を上げた。
「いざ、尋常に……」
エミールが魔術の発動体勢に入る。
対するルクレツィアは、ファイティングポーズを取った。
両の拳に固く巻き付けた布を、強く握りしめる。
「はじめっ‼」
エミールは合図と同時に、三つの火球を作り出し、放つ。
魔術を使えない落ちこぼれの姉になどこれで十分、と表情が言っている。
連続で迫る火球を彼女は避けようとしなかった。
いつかアレクニール小父さまがやったように、払いのけるつもりだ。
「シッ!」
魔力を通わせた拳は、火球を霧散させた。しかも三発全てだ。
「は?」
驚いたエミールは、眉をしかめて、もう一度火球を放つ。
今度は五連発。しかも死んでもおかしくない威力を込めた。
だが———
「通じないですわ!」
命中しそうなものだけを撃ち落し、照準の甘いものは避けた。
「なんだって!?」
「いつまでも昔のままのわたくしだとは思わないで」
驚愕しているのは、弟だけではない。
父であるアイディクスはもちろんのこと、魔術を使えない落ちこぼれだと聞かされている黒鷲戦士団の者達も驚き、うなる。
「ふ……ふざけるな! 姉さんは魔術なんて……障壁の術なんて使えないはずだ!」
「障壁の術など使っていないわ。ただ払いのけただけです」
挑発ともとれる言動に、エミールはいきりたった。
「イカサマだ! なにかイカサマをしているんだろう!」
「エミール……あなたの高慢な言い様にはもううんざりだわ。アレク小父さまにこれまでの無礼を謝罪なさい」
「謝罪……だって! なにを馬鹿な!」
エミールが次に打った手は、彼が持つ最大の魔術『紅蓮の大炎』だった。頭が熱くなりすぎている彼は、もはや姉を殺す気だ。
長ったらしい詠唱とともに、魔力が膨れ上がる。
ルクレツィアにしてみれば、あくびが出るほどに遅い。
彼女は強く踏み込んだ。
かなりの距離があったにも関わらず、一瞬で詰める。
「え……?」
「終わりよ」
突き上げる渾身のボディブローが、エミールの腹部に突き刺さった。
防御の術を付与した衣服を突き抜けて、衝撃が響く。
「げえええ!」
反吐をぶちまけて、下がる。
それでも倒れないのは、魔術を施した高価な服のおかげだ。
「エミール、もうおしまいなの?」
「……ぐうっ……なんで……」
「これがわたくしの新魔術。見えないかしら?」
ぼやける視界の中で、魔力の光をまとう姉が見えた。力強く、恐ろしいまでに巨大なものだ。
「し、新……魔術……?」
信じられなかった。
新魔術を発明するなど、それこそ大魔術士にしかできない。
「エミール、謝罪なさい。小父さまに」
「ふ、ふざけんな……殺す!」
動こうとした弟の膝へ、ローキックを繰り出す。
鬼のように容赦のないルクレツィアだった。
「い、痛いっ!? 足が! 足が曲がったっ!?」
「謝罪なさい」
恨みがましい目で、エミールが姉をにらみつける。
「でたらめだ……インチキだ……姉さんは落ちこぼれなんだ……僕に……僕に従っていればいいんだあああああああああああああああ!」
手を炎で包み、近距離用の魔術『紅蓮の手』を発動する。
魔術に特化し、肉体の鍛錬を重視しない魔族の動きなど、それこそ亀よりものろまであった。
がら空きになっている弟の美しい顔面へと打ちつけられる拳は、鼻を砕き、歯をへし折る。
顔と一緒にプライドまで粉々に砕かれた少年は、白目をむいて倒れた。
「これで少しは反省するといいのだけれど」
ふう、と息を吐いて、彼女はおじさんのところまで戻った。
「ルクレツィア、強い!」
「ありがとうございます。ルリさん」
「ルクレツィアお姉ちゃん、やるじゃん。でも殺しちゃったんじゃない、アレ」
「ミィフィ、ちゃーんと手加減はしましたわよ。それに男の子ですし、あのくらいの傷はなんてことないでしょう」
おほほ、と笑う仕草は優雅で、あどけないものだ。
アレクニールは、本来の笑顔であろう彼女を見て、おおいに満足だった。
「やったね、ルク」
「クラウ、あなたのおかげですわ」
「ううん……わたしは……いえ、おじさまは背中を押しただけ。ルクは強かった」
「ありがとう……」
お友達の手を取り、感激するお嬢さまは今にもクラウディアに抱き着きそうだ。
はしゃぐ娘たちとは対照的に、当主側陣営は無言。
自他ともに認める天才術士で名門の嫡男が、一発も当てられず敗れ去った。
鼻と口から血を出して白目をむく間抜け面の長男を助けようともせず、アイディクスは固まっていた。
「ご当主、坊ちゃんをこちらに」
第一執事の声でハッとした彼は、急ぎ長男を手当てするよう指示を下す。
「くっ……バカ息子め! グルドフ! 負けを許さぬぞ!」
「はい」
執事服をまとった第二執事、グルドフが前へ出る。
次鋒戦はこの小柄な魔術士対ルリーシェラだ。
立会人のサブロウは、グルドフを気の毒に思った。
相手はレオニアの軍が欲しがる実験体で、ドラゴンをも退けた少女なのだから———




