国境での再会
ドラゴン族の縄張りまであと少し———
草原が続く丘の上から景色を見下ろすアレクニールは、どこまでも広がる緑と、関所が織りなす光景にうなる。
ドラゴンであった頃は上からしか見たことがない。
「いい眺めだな。酒を飲みたくなる」
「おじさんはいつもそう言う」
「そう褒めないでくれ、ルリーシェラ。照れる」
褒めてないのに、と娘は肩を落とした。
関所を抜ければ、町を一つ経由し、国境まではすぐだ。
「ここを抜けて『ガイエス』の町で一泊しようよ。そこで最後の準備をしてドラゴン族の縄張りだね」
「ああ、ここまで長かったからな。さっさと抜けて、町で休むとしよう」
彼らはさっそく関所へと向かった。
通り抜けるのは問題ない。
ルクレツィアが持つ通行手形は最上級のもので、父に念のため渡されたものだった。
少々物々しい雰囲気の関所では、何人かの魔族がいて身元確認を行っている。
彼ら以外は全て商人で、『ガイエス』へは商売に行くらしかった。
「次」
と、短いセリフで、アレクニールたちの番が来る。
先頭のルクレツィアはがっちがちに緊張していた。
「ちょっとルク、こういう時は普通に」
「わたくしは普通ですわよ。ただ……なにやら嫌な汗が」
それが緊張しているわけだが、アレクニールは苦笑しただけでなにも言わなかった。
お嬢さまのお手並み拝見、である。
「む……」
中年の魔術兵が表情を変える。
「これは王室御用達の手形……しかし」
兵士は、奇妙な取り合わせの一行をまじまじと見つめる。身なりの良い少女と大柄なニンゲン。エルフらしき女の子が三人と、レオニアの女性が一人。商人には見えないだろう。
(ルクお姉ちゃん、怪しまれてる)
(う……ならば!)
決意をしたルクレツィアは、家紋の入った指輪を取り出して兵士に見せる。
「ん! これは!」
「わたくしはルクレツィア・フォン・シュリーゼン。父の使いでガイエスに行くところですの」
「なんと! かの最強竜・アレクニールの角を折った名門の……これは失礼しました。どうぞ、お通りください」
なんとか突破して、ドキドキのお嬢さまだった。
関所を抜けて少し離れたところで、彼女は大きく息を吐いた。
「き、緊張しましたわ」
「緊張してないって言ってたと思うけど?」
「違います! 緊張は……しておりません!」
いやどっちだよ、とミィフィーユがツッコむ。
「嘘で塗り固められた家名ではありますが……アレク小父さまのお役に立てるのなら」
「助かったよ、ルクレツィア」
これは本心だ。ダメなら強行突破を考えていたので、手間が省けてよかったと思う。
「でもルクお姉ちゃんちってほんとに有名なんだね。ほぼ顔パスじゃん」
「通用してよかったですわ」
今となっては名乗りたくない姓でも、使いようがあるのならば遠慮はしない。
ルクレツィアはそう決めていたのだった。
これで最大の難関は通過できた。途中、一度キャンプをしてガイエスに入る。
旅は順調、と誰もが考えていた。
しかし、この後、最大の難関はまだであったと知る事になる。
街道の脇にある開けた場所でテントの準備をしていた彼らは、遠くに見える土煙に気が付いた。
「誰か来るな」
馬に乗った者達。規模は百人単位だ。
黒い装束はヒッポリトの軍装だが、細部が異なる。
それを見たルクレツィアは、顔を青ざめた。
やって来た騎馬軍団は、あっという間にアレクたちを囲い込む。
兵士たちの練度はかなりのものだ。
「黒鷲の戦士団……」
つぶやいたのはルクレツィア。
「知り合いか?」
「知り合いといいますか、我が家の私兵ですわ」
「なるほど。シュリーゼン家の者たちか」
ずいぶんと急いできたらしい兵士たちを眺めながら、アレクニールはアルフォンス老人にもらった酒を飲む。
そして、前に出てきたのはルクレツィアの弟であるエミールだった。
「姉さん、いい加減にしてください。まさかおじい様のところから出奔するなんて」
「……」
「さすがに堪忍袋の緒が切れました。僕は動かないでくださいとお願いしたのに」
ルクレツィアは恐怖を感じている。
アレクニールはそれが気に入らない。
なにをもって押さえつけようとするのか、理解に苦しむ。
一応、アルフォンスからは家出の許可を取った。孫娘を頼むとも言われた。もはや、遠慮はいらないだろうと思う。
アレクは酒瓶の中身を飲み干してから、ルクレツィアの隣に並ぶ。
「どうしてここがわかった?」
「またおっさんか……僕に話しかけるな」
「そうか、坊やは言葉を知らないと見える。ではそこのいかにも強そうな君、教えてくれるか?」
アレクニールが尋ねたのは、眼帯をした片目の魔族だった。
短く刈り込んだ赤髪と揃えたヒゲの精悍な顔つき。隊長格だろうと判断したのだ。
「俺はアレクニール。君は?」
「おれは黒鷲戦士団の長、ヘンドリック。貴殿らの足跡を追った」
「やるな」
徒歩だったことが裏目に出た、ということだった。
「僕を無視するな! 殺すぞ!」
アレクニールはさらに無視をして、ヘンドリックという男に聞く。
「シュリーゼン家の当主は来ていないのか?」
「おれたちは先遣隊だ。ご当主の本隊はじきに追いつく」
「来ているんだな」
ならば話は早い。
「では待つとしよう。話があるからな」
「なんだと?」
「だから僕を無視するなと言っている!」
癇癪を起こした子どもの話を聞くつもりはなかった。
アレクニールはその場に座り込み、また酒を飲み続ける。
恐るべき胆力に、エミール以外の戦士達は言いようのない感覚に囚われていた。
「坊ちゃん、ご当主を待ちましょう」
「ヘンドリック! なにを———」
「坊ちゃん、おれたちはあなたの部下ではない。ご当主の部下だ。そもそも包囲は終わっている。問題はない」
歴戦の戦士であるヘンドリックににらまれ、口をパクパクさせるエミール。
それを見たアレクニールは、楽しそうに笑うのみだ。
やがて、新手が来る。当主が率いる本隊なのは明らかだった。
「おっさん……これでもうふざけた口がきけると思うなよ」
「エミール! 失礼な言い方はやめて! この方は———」
「いい、ルクレツィア。ここは俺に任せてくれ」
「小父さま……」
「はっ! いい気になりやがって! 僕たちにはドラゴンスレイヤー殿がついているんだ! 謝るのなら今の内だからな!」
ドラゴンスレイヤー殿、とは聞き捨てならない名称だ。
いったい誰の事かと考えていると、ひどく見覚えのある男が馬に乗ってやってくる。
「あ、サブロウ」
ルリーシェラが言った通り、そこにはサブロウがいた。
「やっぱりおっさんだったか……」
彼は諦めたようにため息をする。
情報をたどっていくうちに、アレクニールらしき影を感じていたのだった。
「もしやドラゴンスレイヤー殿というのは」
「言わねーでくれ。おれが名乗ったわけじゃねーんだ」
そしてさらに現れたのは、黒を基調とした華美な服装をまとい、威風堂々たる姿の中年だった。美しく整えられた髪とヒゲ。目つきはルクレツィアによく似ている。
「これはどういうことであるか」
男は包囲されているアレクにちょっとだけ視線を送り、娘を見やる。
「ルクレツィア、わがままも大概にするのだな」
「お父様……」
シュリーゼン家の当主、アイディクス・フォン・シュリーゼンが来たのだ。
いかにもな雰囲気を持っているが、アレクはこの男を見たことがなかった。
自分の角を折ったという男だと聞いているものの、まったく見覚えはない。
アレクニールは立ち上がり、一歩前へと進む。
「君がアレクニールの角を折ったという強者かな?」
「……何者だ?」
「ルクレツィアの現保護者だ」
「意味がわからんな」
「嘘つきにはそうだろうな」
当主が嘘つき呼ばわりされたことで、場は騒然となる。
「話にならんな。ルクレツィア、戻りなさい。おまえのために黒鷲を動かしたのだぞ。これをどうする」
ビクッと震えて下がるお嬢さま。支えるのはクラウディアだ。
「ルク。大丈夫」
「クラウ……わたくし」
「自信を持って。あなたはもう……前のあなたじゃない」
クラウディアは、王都にいた頃の自分とルクレツィアを重ねていた。
そしてそれを救い出してくれたのは、アレクニールだ。
「当主殿、ルクレツィアは帰りたくないと言っている。家出の許可をもらえないかな?」
「バカな……家出の許可だと?」
「ああ。娘を物としか見ない男からは離れたいそうだ」
「……死にたいのか? 誘拐犯め」
「誘拐ではない。彼女は自分の意思でここまで来た。むしろ自立したと褒めるべきでは?」
「なにを言っているのだ。この男は」
頭を振り、戦士達に号令をかけようとする。
それを見たアレクニールは、闘気を解き放った。
熱風が吹き荒れて、馬がいななく。
「なにが起きたっ!」
暴れ出した馬たちに乗っていられず、彼らは転落する前にかろうじて降りた。
「別にこのまま戦ってもいいが、それでは一方的すぎる」
「は……?」
「君は下衆だが、周りの者達は違うだろう。殺したくはない」
シュリーゼン家の当主アイディクスは頭痛がする思いだ。
およそ三百人からなる精鋭に囲まれながら、馬鹿なことを言う。
「あー……当主殿」
ここで声をかけたのは、サブロウだった。
「なにかね、ドラゴンスレイヤー殿」
「あのおっさんが言ってること、ほんとっすね。うちの国の二個中隊がほぼ一人に全滅させられてますんで」
レオニアの王都では、悪名高い精鋭部隊『グレン隊』が全滅の憂き目にあっている。
「なんだと……」
アイディクスは改めてアレクニールを見た。
「当主殿、そこで提案がある」
「……」
沈黙を肯定と受け取ったアレクは、とある提案をした。
「そちらの代表者を五人、選んでくれ。こちらと一人ずつ戦い、勝利数の多い方が言う事を聞く」
むちゃくちゃな提案だった。
呑む理由のない当主は声を荒げようとするが———
「父上、やりましょうよ」
「エミール」
「いいじゃないですか。僕は姉さんとやります。あのおっさんは父上に譲りますよ」
自信たっぷりの嫌味な笑いを浮かべるエミールは言い放つ。
「どうせ勝つのは僕たちです。こんなこともあろうかと、ウチの執事を全員連れてきていますし」
「うむ……しかしだな」
五対五の団体戦。
見る限り強そうなのは大男だけだ。
少しばかり考えて、アイディクスもまた笑みを浮かべる。
「ドラゴンスレイヤー殿、立会人を引き受けてくれるか?」
「はあ……いいっすけど」
「あとでごねられても困るのでな」
「わかりました」
返事をしつつ、サブロウは思った。
おっさんは策士だと。
まんまと乗せられたシュリーゼン家の当主は、なにも気が付かないまま、代表の選出にかかる。
ヒッポリト国で突如始まった団体戦に、サブロウはため息しか出ないのであった。




