六話 ダンジョン探索(二回目)
初のダンジョン探索。
収益約八万という衝撃。
だが、それをも超えるスマホの正体という驚愕の事実。
なんて、普段ではとても考えられないようなイベントが一日に凝縮されていたせいだろうか。
翌日、俺が目覚めたのは昼過ぎの事であった。
「……朝か」
『いいえご主人、既に現在時刻は午後を回っております。朝ではありませんよ』
だとすると、睡眠は十数時間も行われたと言う事か。
まあ確かに、言われてみればとてつもなく目覚めが良い。それに身体の疲れもかなり取れているように感じる。
ならばこのあまりにも長い眠りは、むしろ正解だったと言って良いのかもしれない。
「さて、とりあえず顔でも洗うか」
俺は立ち上がった。
常日頃と変わらぬルーティンを行うために。
そして歯を磨き、顔を洗い。
髭を剃った所で自室へと戻って来た。
所要時間は約二、三十分。
日課は全て終わった。
これで近所のコンビニから果てはダンジョン探索に至るまで、本当にいつでも何処へでも行ける。
とは言っても、今からダンジョンに向かうというのはあまり得策ではないような気がする。
探索を終えたら、まず間違いなく日が傾いているだろうし。
いや、それだけならばまだ良いが。
最悪の場合、終電を逃してしまうかもしれない。
それに、夜行性の魔物の動きが活発になったり……するかどうかは分からないが。
けれども、その辺りも非常に心配だ。
「……よし決めた。
じゃあ、ダンジョンの探索はまた明日にして」
だが、しかし。
割に考えた上で出したというのに、そんな俺の決断にスマホが異議を唱え始めた。
『ダメですご主人、今日もダンジョン探索に向かいましょう。
今からなるべく自宅に近いダンジョンを検索しますから、ご主人は準備をお願いします』
全く、なんて自分勝手なんだコイツは。
この無機物の方が計算は得意だろうに、何故こんなにも思慮の浅そうな発言が出来るのか不思議でならない。
とにかく、こちらも対抗しない訳にはいかなかった。
「いやお前、よく考えてみろよ?昨日は早かったからまだ良いけど、今日はもう昼過ぎなんだぞ?
そんな時間からダンジョン探索なんて始めたらどうなるか」
『ですがご主人、これはアナタ様の収入に直結する問題なのです』
「ん?どういう事だよ?」
『昨日の配信により、世間の人々はご主人に非常に強く関心を寄せています。
その証拠として、例の動画の視聴回数は十万回以上、アカウントのチャンネル登録者数は既に三万人を突破しています』
「さ、三万人!?マジかよ!?
って言うか、そういうのは本当早く言えって!!」
『またそれだけでなく、検索の結果外部SNSでもご主人の事が話題となり、アナタ様の正体やその素性について様々な議論が交わされ、所謂〝バズっている〟ような状態となっています。
分かりますか、ご主人?
アナタ様が世間の注目を集め、話題の中心となっている今こそがチャンスなのです。
ここで更に動画を配信、投稿して登録者数を。
ひいては収益を、一気に増加させるのです』
「……!!
収益を、一気に増加……!!」
『……欲望が口から漏れ出ていますね。
今はともかく、外出時はなるべく控えるようにお願いします。
ご主人は今やちょっとした有名人なのです。
誰がいつ何処で、アナタ様の言動を見ているかも分かりませんから。
…………検索完了。
さあご主人、検索が終わりました。
すぐに出発しましょう。
でないと、本当に最終列車を逃してしまいますよ?』
スマホが話すのを止めた直後、俺は速やかに身支度を整え始めた。
そう、俺の下した決定は根底から覆り、抵抗は虚しくも無駄に終わったのだ。
つまり、俺は無機物に対して情けなくも首を垂らしたと同義。
でも、仕方がないだろう。
それが収入に関わる問題と知った今、そうするしか選択肢は無かったのだから。
▽
「大吾さん……配信用のアカウントだけは存在してるみたいだけど、他にSNSはやってないのかしら?いくら探しても見つからないわ。
だけど、コメントしたけど返信は無いし、〝私の投稿した動画〟にも全く無反応、か。
はぁ、困ったわね。
どうにかして連絡を取りたいんだけれど……あら?
そ、そんな!!どうして……!?
どうして炎上しているの!?」
▽
─────
場所:二子玉川
─────
という事で、今日は二子玉川へやって来た。
もう分かっているとは思うが、勿論ダンジョン探索のためだ。
また、そのダンジョンは二子玉川の駅から少し歩いた先の、多摩川の辺りに存在するのだと言う。
そして、俺は今現在。
電車からも、駅からも急いで抜け出た後、更に人混みを掻き分け。
ただひたすら、真っ直ぐに目的地を目指し歩き始めていた。
まるで何者かから逃れるかのように、足早に。
なんて言ってはみたが、事実として俺はある者から逃れるためそうしていた。
『ご主人は今やちょっとした有名人なのです』
どうやらスマホの発言は本当だったらしく、電車内で俺の顔を見たある一人の男が。
「おい!!アンタもしかして、あのスマホクラフターって奴か!?」
などと言って声を掛けて来たのだ。
しかもそれだけに留まらず、男は下車しようとしている俺の服を、腕を必死の形相で掴もうともすれば。
急いで立ち上がり、俺の追跡すら始めようかとしていた。
いや、恐らくは間一髪で扉が閉まらなければ、彼は本当に事を実行へと移していたはず。
……そうだ。
だからこそ、俺は今こうして早足に移動しているのである。
我がファンである者達が例え一人だろうと、『俺を追ってダンジョンまでやって来た挙句、怪我をしてしまう』なんて未来を現実とする訳にはいかないのだからな。
とは言え、振り払うようにしてしまったのは流石に可哀想だっただろうか?
その前にサインの一つでも渡しておけば、彼の気も少しは収まっただろうか?
……なんて、あれこれと考えてしまう自分がいた。
だがそれにしても、あそこまで俺に関心を寄せる者がいるとは驚いた。
もしかすると俺は既にちょっとどころではなく、結構な人気者となっているのか?
……スマホに聞いてみよう。
喜びと期待に綻ぶ口元を何とか抑えながら、俺は声を発した。
「なあ、そう言えばなんだけどさ。
最近の動画コメントとか、SNSとかでは皆俺についてどんな風に話してるんだ?」
『おや、気になるのですかご主人?』
「い、いや!別にそう言うワケじゃないけどさ!
なんて言うかほら、もし皆サインが欲しいとか、握手して欲しいとか話してるんなら、期待に応えてあげないといけないかなぁ……
なんて、思ったりして……へへ、へへへ……」
『ご主人、調べて差し上げますから、気色の悪い笑顔をするのは今すぐに止めて下さい。
前にも言ったでしょう?
いつ何処で、誰が見ているかも分からないと。
…………検索完了。
ほら、検索が終わりましたよ』
「そ、それで?
それで皆は何て言ってるんだ?」
『ふむふむ、配信直後から昨夜までは前にも言ったように、ご主人の正体やその素性についての話題が殆どでしたが、今は変化しているようですね。
今現在はアナタ様を応援する声が一割。
これまでと同様、アナタ様について色々と気になると言う声が一割。
そして、大半を占めているものとしては。
『ご主人に対しての怒りの声』ですね。
これは約八割となっていて、所謂SNS上での『炎上』という状態に近いです』
「……え?」
期待が一瞬にして弾け飛び、愉悦から引き摺り出されたような感覚を覚えた。
この時の俺は先程とは打って変わって、呆然とした表情を顔に浮かべていたのだろう。
見てはいないが断言出来る、吊り上がろうとしていた口元は力無く垂れ下がり、目は泳ぎに泳いでいたのだから。
だって、そんなのおかしいじゃないか。
配信なんて一度しかしていないんだぞ?
しかもその直後は、別の話題で持ちきりだったんだぞ?
なのに、それなのに……何もしていないのに話題が変わるどころか、炎上しているなんて。
とてもではないが信じられない、信じたくない。
当然、言い返さずにはいられなかった。
「お、おいお前!!
テキトーな事ばっかり言うのは止せよ!!
大体、さっきだって俺はファンにサインをせがまれていたんだぞ!?それが炎上なんてしてるはずないだろ!!」
『あの時は周囲に人が多く、そこで私が声を発すれば大きな混乱を招く危険があったので口出ししませんでしたが。
ご主人、妄想はお止め下さい。
あの男はファンどころか、どう見てもアナタ様に対して怒りの感情を持っていたと思いますよ?
事実としてご主人を前にした直後から彼の心拍数、血圧は急上昇。アドレナリン、コルチゾール等のホルモンも大量に分泌されていました。
また、そのホルモンはどちらも非常に強いストレスを感じた時に分泌されるもので、ファンが応援している有名人を前にしてそのような状態となるというのはまずあり得ません』
「う……い、いや、でも!!
だ、だったらどうして怒ってるって言うんだよ!?
さっきの奴も、SNSの奴等もさ!!おかしいだろう!?俺が何かしたか!?してないだろ!?」
『まあ、〝何もしていない〟と言えばその通りですね』
「だよな?そうだよな?じゃあ、本当に何で」
『しかし、その〝何もしていない〟という選択こそが悪手だったのです』
「え?……ど、どういう意味だよ?」
『騒動のきっかけとなったのは、私達が『クルセイドちゃん』氏と別れてから数時間後。
彼女が投稿した動画、及び彼女がご主人の投稿した動画に付けたコメントが発端となっているようです。
その動画とコメントの内容を要約すると、『クルセイドちゃん』氏はご主人と連絡を取りたいと望んでいるようです。
しかし、アナタ様はそれに対して一切返事をせず、未だ無視を決め込んでいます。
ですので、それを見た視聴者達が「ビギナー冒険者が何様のつもりだ!!」、「クルセイドちゃんが可哀想だろ!!」、などと言い始め、今回の炎上に繋がったという訳です、分かりましたか?』
スマホが言い終えるが早いか、俺はすぐさまその無機物を手に取り、『スマホクラフター 炎上』と検索をかけた。
すると、やはりと言うべきか。
動画のコメントやSNSでの呟き等々、スマホの言った通りの事が次々と表示され始め。
それと同時に俺は、本当にネットは怒りの声で満ち溢れていたのだと知るのだった。
そして勿論、怒りの矛先は俺へと向けられたものばかりである。
「そ、そんな……嘘だろう……!?
お前って奴は本当にいつもいつも、何でもっと早く言わないんだよ!!」
『そう言われましても。私自身もつい先程の検索で現状を知ったものですから』
「……これはもう、ダメかも…………い、いや!!
まだ諦めちゃダメだ!!
こうなったら今すぐに、クルセイドちゃんに返信を……!!」
『ダメですご主人。
前にも言ったように、彼女との接触は可能な限り控えるべきです。
返信もしてはいけません、端末の操作権を一時的に停止します』
「あぁ!?お、おいコラ止めろ!!
そんな事したら何も出来なくなるだろ!!」
『それで良いのです。それよりもご主人、今は一刻も早くダンジョンへと向かい、探索を行いましょう。
どうやら、電車移動の際にご主人を見かけた複数の人物がSNSにその旨を投稿しており、私達の居場所は既に多くの人々に知られてしまっているようですから。
もしかすると、噂を聞き付けた『クルセイドちゃん』氏もこちらへとやって来るかもしれません。
ですからご主人。
彼女と出会す前に配信、そして探索を終了させるのです。
さあ、お早く。
その代わりと言っては何ですが、こちらの動画を視聴可能にしておきましたから』
そう言って、スマホが見せてきた動画のタイトルは。
『炎上系配信者〝ドラゴン進〟が教える配信講座!!炎上を恐れるな!!炎上で稼げ!!』なるもの……
「お前!!おちょくってんじゃねえぞ!!」
『いいえ、おちょくってなどいません。
私はただ、もしも炎上が長引いた時の事を考え。
『炎上系配信者として活動するしかなくなった場合の予習』をしておくのも良いかと思い、こちらの動画をオススメしたというだけです』
「…………」
だがしかし、湧き上がる怒りを胸に感じながらも。
悪魔のような無機物にスマホの操作権を奪われた今では言う通りにするしかなかった。
そこで仕方なく、俺はまたダンジョンへと向けて歩き始める。
またアドレナリン、コルチゾール等々が分泌されているのだろうその時の俺はまさしく。
電車内で遭遇した男と同じような心境でいたのだろう。それもまた断言出来た。




