二十六話 援軍
「……なるほどな、ありがとよ土部河。
お陰でよーく分かったぜ。
お前が魔物を使わない理由も。
非難されるのにビビって『魔物の死』を隠したって事も。
そして、お前が自分の欲望のためだけに〝仲間〟を殺したって事もな……」
土部河の罪状を纏めるようにして放たれたドラゴン進の発言にも。自身の予想が当たっていた事にも。
俺は酷く、衝撃を受けてしまった。
だが、その感情は単なる強い驚きなどではない。どちらかと言えば、『悲哀の念』の方がずっと色濃かった。
そう、俺はただただ悲しかったのだ。
ドラゴン進の言うように、魔物使いにとって魔物とは自らに代わり戦う、最早『自分の一部』とも呼べる存在だ。
いや、もしかすると家族の一員とすら言える者だっているかもしれない。
こちらは無機物ではあるが、側にリンがいる俺もその気持ちは充分に理解しているつもりだ。例え胸に抱くこの感情が、また別の何かであるとしても。
だと言うのに、だ。
まさか、そんな身勝手な理由で魔物を殺してしまう者がこの世にいるだなんて……だからこそ、何度でも言おう。
俺は信じられなかったし、信じたくなかった。
だが当然と言うべきか、同じような心持ちでいたのは俺一人ではなかった。
ドラゴン進もまた、そうであったのだ。
ただ彼の方は、それに加え怒りを孕んでいたというだけで。
そして、次に彼はこう言った。
「おい、大吾……一つ頼んでも良いか?
お前に優勝トロフィーを任せたいんだ。何、奥にダッシュしてそのまま宝箱を開けちまえば良いだけさ」
「え?……で、でも、相手はさっきより多いんだぞ?それに、どの道ああして道を塞がれているままじゃ、奥には行けないし。
だから俺も手伝うよ!
大丈夫!ゴブリン達はいなくても、さっきと同じようにすれば何とか……」
「いや、ここは俺がどうにかする。
道もすぐに開けてやるから、そしたらお前は奥に向かってくれ。俺の事は一切気にするな」
動揺……違う、困惑だ。
俺は今、非常に困惑していた。
一体何を根拠に、ドラゴン進がそうもはっきりと言い切れるのかがどうしても分からなかったからだ。
ただ一つだけ、それは『怒りによる無謀』ではない事だけは。研ぎ澄まされた刃のような彼の横顔から、何となくは理解出来たが……それでも。
未だ納得に値する証拠など、何処にも無いのだから。安易にその提案を受け入れ、首を縦に振る事など到底不可能だった。
……とは言え、それも当然であろう。
ゴブリン達もいない今、ドラゴン進が土部河、レイター率いるゾンビ軍団をたった一人で相手取るなど無茶にも程がある。
とにかく、賛成など出来るはずもないのだ。
今から数分後、その証拠たるものが姿形を取り。
例えば、そう……牙を剥き、両翼を広げ、堅牢なる赤き鱗を持った竜のようなそれが。
俺の目前に現れる、その時までは。
▽
「ここからでは様子が分かりませんね……あ、あの、すみません!カメラさんは奥に待機していたりとかはしていないのでしょうか?」
「いえいえ!いるにはいるんですが、万一の事を考えてしっかり編集した後からでないと映像は……
じゃ、じゃなくて!!……ゴ、ゴホン!!
し、失礼しました!!何でもありません!!
え、ええそうですよクルセイドちゃん!!
挑戦者が奥に向かった時はもうラストスパートと同じですから、敢えてカメラを設置していないんです!!
せっかく皆さん集中しているというのに、それを台無しにしてしまっては勿体無いですからね!!」
「そ、そうなの、ですか……?」
「……さ、さあ!!この企画もそろそろ終了が近いようです!!一体優勝を手にするのは誰なのか!!
神のみぞ知るその結末を、私達はここでじっくりと待ち…………おや?
何だか、入り口の方が騒がしいようですね……?」
『…………!!
み、見て下さい『クルセイドちゃん』氏!!
あ、あれは……あのドラゴンは……!!』
▽
戸惑い、それが足枷となって何もかもを躊躇する俺をよそに。
ドラゴン進は突然、何を思ったのかこう叫んだ。
「…………助けてくれ─────紅丸!!」
そう、それはただ一言。
彼の元相棒である、竜の名前をだ。
だがしかし、当然ながらその姿は今ここには無い。
では何を理由に、何を求めて、彼はそのような叫びを上げたと言うのだろう?
今の様子からするに、血迷っているとも思えないのだが……
「お、おいドラゴン進……一体どうしたんだ?
急に紅丸を呼ぶなんて、アイツはここにはいな」
……などと思っていた、まさにその時だった。
「いや、アイツは絶対に来る。そういう奴なんだ」
ドラゴン進が言い終えるが早いか。
突如として後方より吹き付ける、何処か俺達を後押しするかのような、頼もしいような。
とにかく、そんなような『一陣の風にも似た何か』を、俺が背に感じたのは。
そして、その動作もまた風の如しと言った所か。
それを放った人物……いや、動物と言った方が良いか。
気配の主がこの場に姿を現したのもその風と同様、一瞬の事であった。
「何!?あれは確か、ドラゴン進の魔物……!!
噂だと二子玉川にいるんじゃなかったのか!?」
「だが、現に奴は今ここにいる。
とは言え、まさか魔物が単独で上野までやって来るとはな……面白い。
どうだ御堂、俺も加勢するか?
最もその場合は、〝追加料金〟になるが……」
「ッ……!!レイター!!
奴等の前であまり余計な事を言わないでくれ!!」
それを目の当たりにした、土部河とレイターが何事か会話している。
内容まではここからでは聞き取れないが、少なくとも土部河が動揺しているのだけはまず間違いないであろう。
とは言え、驚いていたのは俺も同じだった。
ああ、まさか本当に……主人の声が聞こえ、それに応えたとでも言うのだろうか?
何せ突如として竜が……いや、紅丸が。
何の前触れも無しに、このダンジョンにやって来たのだから。
「ったく、漸くご登場かよ紅丸。
一体何処で何してたんだ?
でもまあ、お前なら必ず来てくれるって信じてたよ」
そしてその中で唯一。
口元を綻ばせていたのはドラゴン進、彼ただ一人であった。
▽
いや失礼、訂正しよう。
この状況にも関わず、内心で微笑みを浮かべていたのは一人ではなかった。
正しくは一人と一匹。
存外、紅丸もまた何処か楽しげな様子でいたのだ。
まあ、竜の表情の変化とやらはごく僅かなようで。
俺がそう判断した材料は、彼とドラゴン進の会話という、たったそれだけなのだが……
『すまない進、遅くなった。
私の鱗を狙い、襲って来た冒険者達に〝奴等から奪い取った携帯〟を返していてな。
それで時間が掛かってしまったんだ、許せ』
「本当に、何やってんだよお前……」
『まあそう言うな。
お陰で『えすえぬえす?』やら何やらを使い、お前達の現状を知る事が出来た。
……して、どうだ進。
答えは見つかったか?』
そこで首をぐいと捻り、紅丸がドラゴン進を見つめる。
同時に、俺は思い出した。
そうだ、すっかり忘れていた。
そう言えば確か、コイツとドラゴン進は仲違いの真っ最中であったはずだ。
つい先程の、紅丸の問い掛けこそが何よりの証拠である。
つまり竜は姿こそ現したが、ひとまずは『ドラゴン進が与えた課題をクリアしているかどうか』を最優先としているのだ。
となると、少し心配である。
ドラゴン進が的外れな発言や、紅丸の意に沿わないような講釈などを垂れてしまい。
呆れた竜は、そのまま何もせずにまた何処かへと飛び去って行って……なんて事にならなければ良いのだが。
いやまあ、流石にそれはないか……とも言い切れず。
そのせいで何故か無関係の俺が緊張し、加えて『固唾を呑んでその様子を見守っている』という、何とも珍妙な事態まで発生しているのだった。
が。どうやら特訓や戦いの中で確実に成長し、かつクルセイドちゃんからの一喝を受け、心まで改めた。
言うなれば『一皮剥けた、NEWドラゴン進』という今の彼を、俺は過小評価してしまっていたようだ。
これは反省しなくてはならないだろう……では、何故そう思ったのかと言うと。
ドラゴン進。
彼が紅丸の問いに対し、このように応答したからだ。
「『真の強さとはいかなるものか』、『他者を傷付けるのではなく、愛すべきその理由』を学んで来いって話だろ?ちゃんと覚えてるさ、他でもないお前の言葉なんだからな。
ああ、よーく分かった……と、言いたい所だが。
正直な所、これが正解かどうかはイマイチよく分からねえんだ。
でもまあ、俺なりの答えは見つけた。
……ゴブ一、ゴブニ、ゴブ三、リン、それと大吾。お前と離れた後で、俺は沢山の奴等と関わった。
ただ大吾やリンの方は、最初こそ「ウゼえ」とか「ムカつく奴等だな」としか思えなかったが、今は違う。
上手い例えが見つからねえんだが、そうだな……俺は、コイツらが傷付くのは嫌だし、もしもそんな場面になったら真っ先に動くと思う。
代わりに自分が痛い思いをする事になっても。
最悪、死んじまったとしてもだ。
でもな紅丸、俺はお前にだって同じ事を思ってたんだぜ?今までだって、これからだってずっとそうだ。
まあ要するに、俺は大事なことをすっかり忘れちまってたって訳だな……だが、漸く気付けた。
俺にとって仲間ってもんはどれだけ大切か、欠かせない存在か。再確認出来た、やっと思い出せたんだ。コイツらがいてくれたお陰で。
俺一人じゃ、絶対に出来なかっただろう。
だから、その何つーか、あんまり小っ恥ずかしい事は言いたくないんだけどよ。
俺はコイツらに感謝してるし、コイツらのためなら何処までも強くなれる気がするんだ。
それに、愛……とはまた、少し違うんだが。
奴等を愛すべき理由は、そこにあるんだと思ったんだ。
勿論、紅丸。
お前はこの中にも、ちゃんといるんだからな?
……まあ良い。
とにかく、これくらい言えばもう分かっただろ、紅丸?
これが、俺の見つけた答えさ」




