十三話 炎上系配信者、再び
波乱を巻き起こした、二子玉川ダンジョンでの探索。
あれから数日が過ぎた。
その後は特にこれと言った騒動も問題もなく。
また、何処ぞの炎上系配信者のように配信やSNSが荒れると言う事もなく。
ただ時折、未だに俺とクルセイドちゃんとの関係を疑う者から逃走したり等はあるものの……
俺はリンと共に、光り輝く未来へと向けて着々と一歩一歩を踏み進めているぞ。
当然ダンジョン攻略、そして配信も並行かつ連日に渡り続けている。
またそのお陰か、あれからも徐々に視聴者やフォロワーが増加しており、今やチャンネル登録者数は六万にもうじき手が届くであろうという程の好調振りだ。
……まあ、逆に言えば。
最近は目立った見せ場と言うか、盛り上がるような出来事がないので『好調』とは言ったものの。
以前と比べてしまうと、存外そうとも言えなくなってしまうのが玉に瑕なのだがな。
まあでも、不調では決してないのだから良しとしよう。
それに、そんな事を言ったらこの間に俺を応援し始めてくれた人々に申し訳が立たなくなってしまうだろうからな。
だからまあ、その話はさておいて。
先も言った通り、日夜ダンジョン探索とそこでの配信を続けていたので明日は休息を取る事とした。
『ご主人、そろそろ疲れも溜まる頃合いでしょうから、明日はダンジョン探索も配信もしない全休日としましょうか。
何、心配は無用ですよ。
配信も軌道に乗った事ですし、収益の方も安定してきていますから、多少の休憩は全く問題ありません。
いえ、むしろそうすべきです。
まずそもそもとして、強引に事を進めてばかりいてはご主人の身体が持ちませんからね。
アナタ様は身体が資本、健康第一であるべきなのですよ。
ですのでご主人、明日は冒険者として初となる休日を存分に楽しんで来て下さい。
ただし普段から散々言っていますが、飲酒する場合は必ず限度を守る事、分かっていますね?』
と、そのようにしてリンも俺が休むのを勧めてくれたのだからな。
という事で、リンも言っていたように明日は俺が冒険者となってから初めてのまともな休日だ。
そう、休日。
だからこそ、俺は与えられた余暇を精一杯楽しむため、ある場所へと向かっていた。
『確かに、確かに久方振りではあるでしょう。
それに、休憩を勧めたのは私自身ではあります。
あります、が……はぁ。
まさか休みと分かった途端、居酒屋に一直線とは……ご主人も本当に好きですね。まだ午後17時前ですよ?』
「リン、お前分かってないな。
良いか?明日から休みが始まるんじゃない。
金曜日の仕事が終わったその時その瞬間から、休みというものは始まるんだ。
だからなんだよ。だからその休みを思いっきり楽もうと、今から居酒屋に向かってるんじゃないか。
と言うか、これは俺達サラリーマンに遺伝子レベルで刻まれた最早本能とも言えるような行動なんだ、理屈じゃないんだよ、分かったか?」
『いや、分からないですし、ご主人は月給制でもなければ今日は金曜でもありません、土曜日です。
まさかもう酔っているのですか?』
そうだ、居酒屋だ。
今日は家飲みではなく、そちらで一杯やろうとそこを目指しているのだ。
全ては席にいながらにして、酒と肴をこれでもかと嗜み、味わい尽くすために……ああ、なんと素晴らしい事だろうか。
そう思うと身体がまるで羽が生えたかのように、軽やかに動くのを感じる。
「まあまあ、たまになんだから良いだろ!?
細かい事は気にするなって!!
さあ、今日は飲むぞ!!
お前にもとことん付き合ってもらうからな!!」
『無理です。故障してしまいますので飲酒はお一人でどうぞ。約束を守って頂けるのならば、多少羽目を外す分には目を瞑りますから。
……それはそうと、ご主人。
飲酒するのであれば、その前にまずはこちらを処理しては如何でしょうか?
ご主人へ視聴者から寄せられた応援のコメントが数件。
それと、何やらSNSの方でアナタ様宛てに『配信者様に向けた大規模企画のご案内』という題名のDMが届いているようですよ。
私としては、素面のうちに目を通しておいた方が良いと思いますが……』
だがしかし、酒を……
ではなくて、水を差すつもりなのか。
道中、何やらリンが妙な話をしていた、のだが。
誠に遺憾ながら、そんな事を気にしていられる程の理性を今の俺は持ち合わせてなどいない。
俺の歩みはもう、誰にも止められなかった。
「いやダメだ!もう我慢出来ない!
そんなのは明日にして、今日は飲もう!」
『…………はぁ』
という事で俺はそのような妨害にも挫けず。
ただひたすらに、聖地へと向けて歩き進めるのだった。
今から数時間後。
まさかその『配信者に向けた大規模企画のご案内』なるものがとんでもない悲劇を招こうとは、夢にも思わぬまま。
▽
「はぁ、はぁ……
何度も迷っちまったが、遂に見つけたぞ!!
アイツが前に来たってのはこの居酒屋だな!?」
▽
酒に誘われるまま歩き進め、俺とリンがやって来たのは。
家から徒歩数分程の位置にある、駅前の居酒屋チェーン店『牛華族』。
(もしもこの店名に「何処か聞き覚えがあるな?」と感じたのならば、それはきっと気のせいであろう)
……高級割烹、もしくは料亭にでも行くと思ったかもしれないが、断じてそんな事はない。
確かに、ここ最近の配信によって収益はそこそこ出ているものの、支出が多ければせっかくの利益も相殺されてしまうからだ。
と言うか、いくら酒好きな俺でもそのせいで散財するつもりまでは流石にない。
自身の器に見合う程度の、『ちょっとした贅沢』くらいで充分なのだ。
それに何より、俺は味の面でもお値段の面でも、この店が結構お気に入りなのである。
その中でも特に好みなのが『華族焼串』と、通常よりも一回り大きい『メガジョッキ』にて提供されるビールとのセットだ。
メガジョッキの方は当然として、何と華族焼串の方もよく見る焼き串とは一線を画す圧倒的なボリューム……
にも関わらず、お値段はどちらも390円である。
ああ、なんて素晴らしいのだろう……似たような事を口走ったのは本日二度目ではあるが、素晴らしいものは素晴らしいのだから仕方がないと言えよう。
「よしリン!それじゃあ乾杯だ!」
『……私、何も持っていないのですが』
無機物が何やら呟いているが、まあ細かい事は気にせず。
俺達はダンジョン探索の疲れを癒すための宴を始めた。
当然と言えばそうだが、忙しく過ぎ去った近頃の日々のように、喉を通過する黄金は五臓六腑に染み渡る程の美味さだった。
まあ要するに、美味い。
美味過ぎたのだ。
そのせいか普段よりも調子良く、酒は俺の中へと姿を消してゆく。
これはまさしく、最高の気分である……
はずだったのだが。
悲しくも、それが仇となったと言うべきだろうか。
何しろ、いつも以上のペースで飲み進めていたせいで。
いつの間にやら俺へと影を伸ばしていた、とある人物の接近を。
アイツが俺の肩を掴む、まさにその時まで。
俺は察知する事すら出来なかったのだから。
……そして、その人物とは。
『ご、ご主人……!!』
「ん?何だよリン、急に大声出して。
一度くらいなら目を瞑るけど、でもあんまり騒ぎ過ぎると他の人に迷惑が」
『ご主人!!
悠長な事を言っている場合ではありません!!
今すぐにここを離れて下さい!!
〝あの人〟がこちらへと迫って……!!
い、いえ。
どうやら、もう手遅れのようですね』
「おいおい、本当にどうしたんだよ?
大体、さっきからあの人がどうとか言ってるけどさ、俺の知り合いは一人もこの辺りには住んでな……」
「よう、久し振りだなスマホクラフター。
へへへ、会えて嬉しいぜ……
何たって探す手間が省けたんだからな」
「え……?だ、誰だ?
あの、すみません。
どなたか存じませんが、人違いを……って。
あぁ!?
お、お前は……
ドラゴン進!?」
そう、奴の名は『ドラゴン進』。
俺が以前、二子玉川ダンジョンで撃破したはずの炎上系配信者だ。
▽
突然にも俺の前へと姿を現したドラゴン進。
だがしかし、俺達にはその意味さえ分からぬと言うのに。奴の行動は、それ以降さえも……
どう例えようが意味不明としか言いようがなかった。
「おいおい、配信で稼いだ金で豪遊ってか?
へっ、俺よりレベルも経験も下の野郎がこれはまた随分と裕福になったもんだ。
ま、良いや。
俺も丁度喉が乾いてた所だし……邪魔するぜ。
おい姉ちゃん!
こっちにもう一つビールくれ!」
何せ、奴はそう言って漸く俺の肩から手を離したかと思うと。
今度は何故か、俺の対面にある椅子へと当たり前のようにして座り。
しかもそれだけでなく、酒まで注文し始め。
これまた何とも不可解な事にも、その場にて喉を潤そうというつもりでいるらしいのだから。
「な!?お、おい!勝手に座るな!
と言うか、どうしてお前がここにいるんだよ!?」
「あ?……どうしてって。
お前、ちょっと前にこの店で撮った写真、SNSに載せてただろ?
それを見た俺のフォロワー達が特定してくれたんだよ。
『提灯の配置と、限られた店舗だけで提供されている期間限定メニューがある事から推察するに。
スマホクラフターがいた店はあの駅前の牛華族で、尚且つ時間帯も考えるとアイツはこの店の近くに住んでる可能性が高い』
……つってな。
だから、俺はお前を探し出すためにここに来た……けど、運良く丁度そこでばったり出会ったって訳だ。
ハハハ!凄い偶然だよなぁ!
本当、お前がネットリテラシーの低い奴で助かったぜ!!」
「マ、マジかよ……
都内なら何処にでもある店で、殆ど『限定わさびマヨ華族焼串』しか映ってない写真だったんだぞ?
そんなんで特定されるのかよ……」
『ご主人、私は忠告したはずですよ?
『不用意に写真などSNSに載せては、居場所を特定されるかもしれませんよ?』と。
だから言ったじゃありませんか』
「う……だ、だって。
まさか俺なんかの事を本当に特定しようとする奴がいるだなんて、思ってもいなかったんだよ……」
そして、奴と会話する最中。
残念ながら、ドラゴン進が登場した要因は俺にあるのだと発覚してしまった。
案外、ネットとは恐ろしいものなんだな。
先も言ったが、まさか写真たったの一枚で居場所まで割れてしまうとは夢にも思わなかったのだから……
「……これからはもう少し、使い方に気を付けないとな」
俺は思わず、そう呟く。
するとそこで、恐怖に身を震わす俺を更に凍えさせるつもりなのか。
目前にはまた一つ、キンキンに冷えたジョッキが運ばれて来た。
「お!きたきた、ビール!」
なるほど、どうやらそれは俺への当てつけではなく。
単に奴の注文した酒が届いたというだけのようだ。
「それじゃあ早速、頂きま……」
それを見たドラゴン進は随分と嬉しげに、すぐさまビールを喉奥へ流し込もうと掴んだジョッキを傾け始める。
まさにその時。
今度はリンが、それを止めるように言った。
『待って下さい、まだ話は終わっていません。
確かに『ドラゴン進』氏、アナタがここにやって来た目的は分かりました。
ですが、私達はまだその意味を知りません。
飲酒をする前に、まずはその事について話して下さい。でなければ私達は今すぐに店を出ます。
さあ、『ドラゴン進』氏。教えて下さい。
どうしてアナタは知り合いでも何でもない、それどころかダンジョンで一度顔を合わせた程度の間柄である私達を探していたと言うのですか?』
……すると。
「……あ?〝どうして〟、だと?
何すっとぼけてやがんだテメー!!
忘れたとは言わせねえぞ!!
お前らのせいで、俺は、俺は……!!
今、猛烈に困ってんだよ!!
だからどんな手を使ってでも見つけ出して、お前らにその罪を償わせようとしてたに決まってんだろ!!」
それを聞いた炎上系配信者は態度を急変させ、今度は怒りを孕んだ声で話し出したかと思えば。
また傍迷惑な事にも、次の瞬間には怒声を店内に大きく、大きく響かせるのであった。




