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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第1楽章 四宮殿のセレナーデ
3/6

セレナーデ 3譜 迷路(メイズ)

 (つたな)い変装を終え、仕上げに軽く髪を()い上げて帽子の中に半分仕舞い込む。


 人気の無い夜中なのはどうしようも無いけど、もし気ままに出歩いているのが見付かっても、これなら少しは隠し通せるかもしれない。


 ほんの少し羽が伸ばせると分かっただけで、随分と心が軽くなった気がして、この上無く有り難い。



「ありがとう、それじゃあ────」


「ええっと……今日は是非、同行(アテンド)させてください」


 壁に手を掛けつつ、爪先で床を叩いてぶかぶかの木靴を詰めていたところ、とんでもなく軽い調子で提案される。


「えっ……で、でも……」


 確かに先日、一人きりの散策はとても自由で楽しかった。だけど、やっぱりほんのちょっと物寂しかったかも、と、愚痴ってしまった気がする。




 ここは長きに(わた)り繁栄し続ける、ヌアザ帝国の発祥の地。


 今は分割統治のために(せん)()し、帝都の半分にすら満たないような(わい)(しょう)な公国だけど、今尚、広大な帝国領の三分の一の資源を産出し続けている。


 だから(ゆめ)()きの(ぐう)、即ち私の双肩(そうけん)に掛かっている責任は、想像すらし(がた)い。


 そして彼ら護衛は、私を(まも)るのと同時に、監視し、閉じ込めておくという重大な裏の役割がある。


 神々の愛するこの理想郷には、獰猛(どうもう)な野生動物や魔獣といった外敵の脅威も少なく、身に余る豊かさ故、夜盗ですら次第に鞍替えしていく。


 だから護衛の任務は殆ど裏の方。(ぐう)を見張るためだけと言っても最早過言ではない。




「ご心配には及びません。テオドアさん……相方さんなんですけど。どうやら明日奥様の誕生日らしくて。早く帰って尽くしてあげたいとか何とか。だから今日も朝まで自分一人で……って実はこれ、今月でもう三度目なんですけどね」


 そう言って少し困った顔をして、指で頬を()いている。そう言われれば確かに、彼一人の事が凄く多い。寧ろ二人ペアなのをほぼ見た事が無い。


「──そんなに沢山の奥様がいらっしゃるの?」


 無意識に身が(すく)み、暗澹(あんたん)たる気持ちが喉元まで込み上げてくる。



「ちっ……違いますよ! 我々は一人だって養うのは大変な身ですから!」


 彼は両手を大きく振って否定しつつ、珍しくアンニュイな表情を浮かべている。


「単にサボる口実です! しかもあの人、あの歳で女遊びを続けてて……何回か離婚されてますし。そう言う意味では、〝沢山の奥様〟だなんて、言い得て(みょう)ですね」


「…………そっか」


 そう言えば、お母様は傍系(ぼうけい)の中でも何番目の側室だったろう。お父様とは年に数回会えるだけだったけれど、とても力強く、優しく、とびきりお茶目で、魅力的だったのを()く憶えている。




「一応、前はもっとしっかりした言い訳だったんです。ただ自分と組む時に限って、どんどん雑になって……最後は〝閉じ込めておくだけなら俺なんかは居ない方が良い〟とか、〝お前は無自覚な鳥籠(とりかご)だろうな〟とか。徹頭徹(てっとうてつ)()意味不明で、ホント酷くて」


 私の〝護衛〟なんて、身分や性格、一定の練度は保証されるものの、何かしら(すね)(きず)を持つ人や、ご年配の方が殆ど。


 そして皆が皆、(ぐう)とは一定の距離を置き、密な交流や接触を()けている。


 そもそも〝極力他者と交わってはならない〟という()(でん)だったし、万が一何か起きてしまった時には、降りかかってくる量刑が常人の比ではない。


 だから余りに若く、それでいて特徴の無さ過ぎる〝至って普通な〟彼の事が凄く気に掛かり、こうして時折雑談を挟んでは、それとなく事情を探っていたんだっけ。




「あ、やっぱり御一人が良かったです? それならちゃんと言ってくださいね。自分、休憩取っちゃいますから。さあ早くしないと、折角の〝パーティーナイト〟が終わっちゃいますよ? クラウディア()


 不意に優しく呼び掛けられ、鼓動が大きく跳ね、突然頭の中が真っ白になる。




 〝これ〟とか、〝あれ〟とか。


 この公国にやって来る前、私の事を名前で呼んでくれていたのは、殆どお母様やお父様、それにベオウルフお義兄(にい)様とエリオットお義兄(にい)様くらい。


 他には実家の侍女であるルクシラちゃんや、彼女のお母様が、うっかりして時々。



 私の存在は広く知られていなかったし、時々誰かにお会いするのはお父様の伝手(つて)ばかり。落胤(らくいん)の生き方なんて、そんなものだとばかり思い込んでいた。


 それがいきなり、誰もが道を空けるような〝本国の皇女様〟に。


 駄目元でさっきはお強請(ねだ)りしてみたものの、まさかこんな時に不意打ちをして来るなんて。しかもあのお父様と同じ、変な(・・)呼び方で──。




 首から上が一気に熱を帯び、顔が火照(ほて)って来るのが自分でも分かる。


 (しゅう)()郷愁(きょうしゅう)()(えつ)、どれもしっくり来ない。


 ()()無さ……なのだろうか。でも()れた糸のように複雑に絡み合い、頭の中で一向に()(ほぐ)れてくれない。


 唯一分かったのは、彼は少し茶目っ気を出しただけで、多分、何の意図や目的も無かった、という事──。




 気付けば私は、思わずその場から逃げるようにして一気に駆け出していた。


「あ、ちょ、ちょっと……! 詰め所の方にだけは絶対行かないでくださいね!」


 (すが)る声を振り切り、胸像や名画の視線を気にしつつ、一気に階段を下って行く。


 こぢんまりとした柱列空間(ピロティ)を走り抜け、綺麗なテラスへ。そして飛び出した古天宮を振り返る事無く進む。


 思えば激しい胸の高鳴りを、息切れのそれで必死に誤魔化そうとしていた。





「────あ、居た居た」


 不意に頭上を()ぎる気配。


 声を掛けられてようやく、私は膝を抱えてみっともなく座り込み、顔を(うず)めている事に気付く。荒い息もまだ全然整っていない。


 腰の高さ位で縦横に真っ直ぐ剪定(せんてい)されたボックスウッドの小道で、無意識に身を(ひそ)めるようにしゃがんで隠れてしまっている。


 点在する夜の(かがり)()からは遠く、暗がりなのに。それでも彼はこんなにも早く、私の事を見付け出してくれた。




「この小さな迷路、案外難しいんですよね。しかも絶対に跳び越せない絶妙な幅と高さですし。あの爺さん、ホント性格()じ曲がってそうだな……」


 楽しげに語り掛けてくるけど、そこに金属の音は無い。どうやら彼も鎧を脱ぎ捨て、軽装になって駆け付けてくれたみたい。



 案外難しい迷路、と言った指摘は、当たらずも遠からず。


 今日はこの向こうにある〝白薔薇の園〟を見てみたくて。無我夢中で走っていたら、いつの間にかこの袋小路に(はま)り込んでしまった。そして少し疲れて来て、座り込んでしまった。ただ、それだけ。


 退屈凌ぎに窓から見下ろし、ルートは全部暗記していた筈なのに。



 実際()の当たりにしてみると、薄闇で印象が様変わりしてしまい、加えてまともに考えられない位、頭の中がちぐはぐで。




「…………あれ? ひょっとして……泣いて、いらっしゃるんですか?」


 いきなり不可解な難癖を付けてくる。


 仕方なく顔を上げて彼の方を()()ると、天頂の望月(ぼうげつ)を背に、彼の姿はまるで雨上がりの水溜まりみたいに(いびつ)だった。


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