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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第1楽章 四宮殿のセレナーデ
2/6

セレナーデ 2譜 夢弾きの偶

「えっ……!?」


 世界を隔絶する平らかな扉をぼんやりと眺めていたところ、驚き過ぎてやや大きい声を上げてしまう。まだ鍵を掛けずにいた事を思い出す。



「しっ、お静かに…………早くこれにお着替えください」


「これって────」


 ああ、そうか。〝次はバレないようにしましょう!〟なんてあんな()(ため)(ごか)し、律儀に守らなくたって良いのに。


 彼はどうしてこんなにもお人好しで、寛容で、私に慈雨(じう)の手を差し伸べてくれるんだろう。こんな取るに足らない幼稚な甘えに、どうして素直に応えてくれるんだろう。



「まだ扉の前にいらっしゃる気がしましたので……もし明日までずっとそんな風にいじけられたら……って、今はそんな事はどうでも良くて──」


 (したた)り落ちる金のアンカサス文様が(まばゆ)い扉はとても重厚で、冷たく閉ざされた向こう側の気配など微塵も感じられない。


 それなのに。


 もうとっくにベッドに入り、天蓋(てんがい)を見上げ、寝息を立てていると思われても仕方のない位、時間が経っていたというのに。


 どうして。





 この常春(とこはる)の地は、ヌアザ帝国から分離した属国で、神々に見初められたという小さな〝(ガーデン)〟。


 手狭ながら、今や亜人種を含め数千と言わず数万もの人々が暮らしている。


 温暖で、日々花々が咲き乱れ、綺麗な水や作物、宝石や金銀などの鉱石だけでなく、木材なども豊富に採れる。豊穣は約束され、(さん)()制だって要らない。


 生きていく上で何も不足しない、()わば地上の楽園。




 そして太古の昔、この〝神々の庭〟を純人が見付け、粗暴に侵してしまった。


 人の国を建ててしまった。


 (しか)してその蛮行に業を煮やした神々は、この庭に大いなる鉄槌(てっつい)を下す。


 この地に住まう者が、〝今日の記憶を明日に持ち越せない〟という、過酷で悲惨な呪いの鉄槌(てっつい)を──。




 やがて人々は、それに抗う事が出来る唯一の魔具、〝(まつろ)いの竪琴(ハープ)〟を見出す。


 帝国の長、(すめらぎ)の血統のみに宿るといわれる純度の高い魔力(ソーサリー)(そそ)ぎ込みながら、一日に一度だけゆっくりと奏で、唄い、かの怒りを(しず)める。


 日々神々に(ゆる)しを()い、〝(ゆめ)()きの(ぐう)〟を(かつ)ぎ、(あが)める。


 決して他者と交わってはならない、業腹(ごうはら)に捧げられた(ひめ)()(くう)として。




「そう言えば……お一人で着替えられます?」


 心配そうな声だったけれど、何だか幼児扱いされたようで、自分でも意外な程にムッとしてしまう。


 確かにここに来てからは、毎日着せ替え人形(ビスク・ドール)のように自らの手を一切(わずら)わせずに済んでいた。


 ただそれは、どんな簡素な服でも、決して自分一人で着えさせて貰えないと言った方が正しい。



 恐らく過剰に干渉し、管理し、独立心を持たせず、衣服に何も仕込ませないための予防策だろう。華美(かび)(しょう)(しゃ)なロングトレーンのドレスも、つまりは(しゅう)(じん)足枷(あしかせ)に同じ。


 私は(すめらぎ)の血統の(はし)くれだったとはいえ、元々本国では傍系(ぼうけい)の末端も末端。当然ながら着替えは毎日自分で行っていたし、メイドさんも一人だけだった。だから家事の一部さえ、手ずからしていた。


 だから、今が特殊過ぎる環境なだけ──。



 大粒のムーンストーンを至る所に(あしら)い、レースの沢山付いたプリンセスラインを着るなんて。もしデビュタントの日があったとしても叶わない。


 だけど公国に来てからは、あんなのを毎日、しかもほぼ一日中──。


 (めん)(じゅう)腹背(ふくはい)と言われる社交界は好きじゃなかったし、肩の凝るドレスや目一杯の(めか)し込みは、特別な日だけだからこそ、喜びも一入(ひとしお)だったのに。




 ここに来たのは、丁度十八歳の誕生日。


 もう三か月位は経った筈だけど、季節の変化に乏しいから、その実感さえ無い。その間に私の周辺で名前を教えて貰えた人は、まだ片手で十分に事足りる。


 日々修練やお(けい)()事に努め、規律正しく生き、いずれ内なる力が枯れ果ててしまうまで、神に仕え、ご奉仕する。


 長いと数十年、短くても十年程度、祈り、ただ奏で続けるためだけにある存在。


 それがヌアザの家系に課せられた原罪、〝(ゆめ)()きの(ぐう)〟。


 彼の名や年齢だって、最も懇意にしてくれている家政婦長(ハウスキーパー)のオルガナさんですら、一向に話してはくれず、家庭教師(ガヴァネス)さん達の噂する所に偶然通り掛かり、耳にする事が出来た。




 私自身ここに来るまで、正直な所、昨日の記憶が(つゆ)と消えてしまうなんて事は半信半疑だった。


 でも絵空事なんかじゃなく、今尚続いている確かな〝神罰〟。そう知った。




 一日に一度、記憶を明日に繋ぐために爪弾く。


 歌は何だって良く、短くても構わない。それこそ気分次第で、鼻歌一節程度でも十分事足りる。


 但し唄う時は必ず、背丈程の大きな竪琴を、大きな赤子のようにしてそっと抱え込み、揺蕩(たゆた)うようにしっかりと魔力を()めて奏でる。


 その時魔力の(ほん)(りゅう)が伴わなければ、確実に失敗する(・・・・)


 皆の大切な記憶が、昨日一日を立派に生きて来た証が、全て失われてしまう。




 もし何かに記録しておかなければ、忘れた事すら忘れてしまう。


 一度試しに魔力を(そそ)がず、一生懸命心血(・・)(そそ)いで唄ってみたけれど、本当に昨日一日が嘘のように、記憶から消えてしまっていた。




 ────心底、ぞっとした。




 それは純人族に限らず、この地に住まう者全て──エルフやドワーフ、獣人や竜人などの亜人種、一部の高位精霊すら変わりない。


 外的記録によってそれが判明すると、〝継承直後には()くある事、まだ慣れないだけだろう〟なんて慰められたけど。ほんの出来心で、公国民全ての大切な一日を踏み(にじ)ってしまった。その事実がしばらくの間、強く胸を(さいな)む。


 大きく体調を崩した日や代替わりの時など、どうしても(ぐう)本人が奏でられない時は、〝繋ぎ手〟と呼ばれる人達が、夜夜一夜(よがなよっぴて)交代で奏で続けてはくれる。


 それでも選ばれし(すめらぎ)の血統には到底及ばず、殆どの記憶が緩やかに失われる。


 つい昨日の出来事だった筈なのに、まるで遠い昔話のような(おぼろ)さになる。




 身支度の途中。


「大丈夫……なんだけど。ちょっとだけお尻や胸の周りがキツいような……」


 低俗な反抗心に負け、(わざ)とらしく口に出してみる。どうやら小柄な男物のようで、実際胸の辺りは相当キツい。


 この息苦しさは、(いま)だ慣れる事の無いコルセットに()く似ている。



「も……文句言わないでください! 折角(がん)()なランドルフ爺に無理言って、それっぽいのをようやく貸して貰えたんですから……」


 返す言葉は予想通り(がん)(しゅう)(にじ)ませ、少し申し訳なく思いつつ、でもやっぱり可愛いな、なんてつい考えてしまう。


 そう言えば先日、これに似た衣装を(まと)った勤勉な老齢の庭師さんをしばらく見掛けなかった。どうやら最愛のお孫さん兼、お弟子さんをご病気で亡くされ、(しょう)(すい)し切っていたらしい。


 きっとこれは、その〝彼〟の大切な遺品なのだろう。


 だからこの胸とお尻の窮屈さを除けば、とてもシンプルで動き易く、私好みだった。


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― 新着の感想 ―
夢弾きの偶はそのためだったんですね〜。 一日一日記憶を亡くしていたら、思い出だけ残らず身体だけ歳を取るのかな?
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