カノン 3譜 Your Highness
蓋を開けてみれば、私達はただの不安同士。しかも、私の因果応報に彼を巻き込んでしまった形。
「……そういえばクラウディアって、昔からこんな性格なの? 何だか書いてあった雰囲気と全然違ってて、少し面食らったっていうのも実はあって……」
彼の方からも、聞き難かったであろう事をさり気なく踏み込んで来てくれる。
「……私の性格なんて、記憶を失う以前から全然知らない癖に。私って、意外と積極的なの。駆け引き上手なの。どこかの心配性で臆病で奥手過ぎる誰かさんとは、全然違うの」
自責が過ぎて、少し八つ当たり気味になってしまう。こんなの、誰が見てもただ一方的に拗ねているだけだ。
「──でも、そこが良かったんだよね? あ、ちょっと待ってて?」
寄り添っていた半身を上げ、彼の手を手繰り寄せようとしたら、その前にテーブルにあったナプキンで涙の跡を拭ってくれる。
何でこんなにもあっさりと見抜かれてしまうのだろう。
実際、心配性で臆病なのは、私の大好きなその優しさの裏返し。奥手なのも、私を一方的に惚れさせた誠実さに他ならないなんて、そんなの、一言も言ってないのに。
自身を顧みると、誰かを心から信じられず、常に気を張って、周囲の期待に応えようと無意味に優等生を演じ続けて来ただけ。あまつさえその事に自分自身で気付けてなくて、勝手に疲弊していた弱虫で愚か者だというのに。
「ほら、これでバッチリ」
「ん……ありがと……」
彼の手前なら全く問題は無い筈なのに、それでもどうしても〝お化粧〟の崩れが気になってしまう。
「さっきのさ……実は滅茶苦茶嫉妬深くて、案外打たれ弱い、が抜けてるよね。今、僕は、新しい君を見せて貰ってる。以前の僕が見てきたのは、みんなに向けた〝皇女殿下〟と、〝元気で男の子みたいな君〟。僕が見たのもまだ二人だけだから、きっと痛み分けだね」
上体を起こし、自然と手を取り合って、左右それぞれ正面から繋ぐ。目を伏せ、指を互い違いにしてゆっくりと絡め、右手の親指は彼の親指の下に、左手の方は彼の上に。
「〝男の子みたい〟って……失礼しちゃう。そんなの、外見だけだもん。あの時は少しはしゃいでて、浮かれてちゃってただけだもん」
ああ。きっと貴方は、私がどれだけ貴方の事を好きなのか、全然分かってない。
私はもう、貴方無しで生きて行けない。しかもその事を、きちんと理解してくれていない。だからいつか……絶対に分かって貰うんだ。もっともっと私の事だけで、一杯にするんだ。
そうして、先の自爆発言なんかよりも、ずっと、勇気の要る告白をする。
「…………クー……」
「……?」
さっき目元を拭われていた時、偶然見付けてしまった。記憶の片隅に隠れていたそれ。
「私の事……これからは、〝クー〟って呼んで?」
それがきっと、原初の私。何も飾らない素っ嬪の自分。小さい時だけ、お母様は〝クー〟とか〝クーちゃん〟って呼んでくれていた。
凄く可愛くて、凄くお気に入りだった、今はもう使われていない私の綽名。
「クー……か……可愛らしくて、とても良い響きだね。大好きだよ。クー」
その言葉は殆ど泡沫のように、私の中に解けて消える。
彼は今、きっと素の自分を見詰めてくれている。最後の砦が一気に崩落し、全身の力が抜けていく。安心するけど、何だかこそばゆくて、仕方なくて。
大好き過ぎて、もう見詰め返せない。臆病だなんて、全然人の事言えない。
「そうだ、クー。この大胆な乗っかりアプローチって、誓いの時の……だよね? 押し倒されたって書いてあったけど、多分こういう感じだったのかな、って」
そう言って繋いだ両手を広げるように動かし、ニコニコしている。
「…………え? 気付い、てたの……?」
指摘された途端、顔から火が出そうになる。
「そっ……そういう事は! もっと早く! 言って! よ!!」
握ったままの両手を、彼の胸板に何度か打ち付ける。
「いっ、いやいや、今思い付いたんだって! ちょっと緊張が薄れてきて、こうして手を繋いでたら、何だかダンスっぽいなぁって思って、それで……」
ずっとずっと緊張でやきもきしてたのに、凄く凄く恥ずかしかったのに、両手を咄嗟に離し、羞恥に染まった顔を見られないよう、再び彼に抱き付く。
「バカ! バカ! もう、何の前触れも無くこんな恥ずかしい格好……出来る訳ないでしょ!?」
何だか色々と矛盾し過ぎていて、我ながら支離滅裂だ。自分でも一体何を訴えたいのか、さっぱり分からない。でも、こんな私でも絶対に放っておかないって知ってるから、気兼ねなく取り乱せる。
「その割には、全然降りないんだね……案外気に入っちゃった、とか……? でも流石に、もうそろそろ降りてくれないと、足が痺れてきそうなんだけど……」
そうして。
無言で抱き寄せられ、背中を撫でて慰めて貰っていたら、彼が私の重さに音を上げるよりも前に、ノックの音が響き渡る。
心臓が跳ねる。
二人で目配せしつつ、急いで椅子などを全て元の位置に整え終える。彼はわざわざ私の分まで一気に飲み干してくれて、少し咳き込んでいた。
本当なら笑い合いたい位に面白かったのに。とにかく今は澄ました顔でメイドさん達を待ち受ける必要があったから、思い出し笑いは夜にお預けになってしまう。
手付かずのクッキーを彼へのお土産として包んでくれていた若いメイドさんは、
「おかわりが一度も必要ない位、お話に花を咲かせていらっしゃったんですね。ふふ」
だなんて、優しく語り掛けてくれる。以前はこんな事、一切無かったのに。
不思議に思って尋ねてみると、〝最近の皇女殿下は、とてもお幸せそうで、生き生きとなさってらっしゃいますから、つい……〟って、また柔らかく微笑んでくれて。
私はてっきり、刹那的で我が儘なのは、とても良くないだばかりと思っていた。直向きさだけが全てに於いて正しい選択肢だと、信じて疑わなかった。でも、それだけではない事を、彼のお陰でようやく気付けた気がする。
やがて、その日は来たる。
燐火宮、聖典の間。
堅牢さと華やかさを兼ね備えた飾り彫りのプレートメイルを纏う彼が、赤いマントを僅かに棚引かせ、入場してくる。元老院の議員や帯同する付き人に加え、四宝宮に居る大半が左右に整列し、静かにそれを見守る。
私は彼の名を呼ぶ。
もうずっと前から知っている、〝アゼル=リントヴルム〟。
彼は陛の元で跪き、鞘に入った剣を両手で水平に頭上に捧げている。
もうガチガチに緊張しているのが丸わかりで、今にも吹き出しそうな気持ちを何とか抑えて、彼の側まで降りて行き、それを受け取る。
儀礼用の剣を抜き放ち、切っ先を真っ直ぐ天に向け、粛々と命ずる。
「汝、高貴たる魂であれ。鋼の意思を持て。常に強く、廉潔で、礼節に足り、欺く事なく、品位高く、凜として勇ましく、我が盾にして、輝く刃となれ。而してその命尽きるまで、我に従属し、今ここに、深淵なる忠誠を誓え」
そして、〝ずっとずっと、私だけを愛してください〟と、心の中で付け加える。
「誓います、皇女殿下」
古き言葉で、彼は答える。
「────この者の進むべき道に、神々の恩寵のあらん事を」
左右の肩当てに一度ずつ剣の腹を添えてから、再び鞘に収め、そっと差し出す。彼は差し出した時と同様にそれを両手で受け取り、より一層深く頭を垂れる。
細波のような拍手が、新たに生まれた主従の強固な絆を称える──。




