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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第5楽章 蜜と月のカノン
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カノン 1譜 騎士爵

 あの辛い日々と出来事は、すっかり私の意識を変容させてしまう。


 余り肩肘を張らなくなり、自然体に近付いた、と言えば聞こえは良いのかもしれない。だけど要するに、〝ちょっぴり刹那的で、彼以外に対しても少しだけ我が(まま)に〟なってしまったのだろう。




 事件については秘匿を努めていたけれど、どうしても噂は流れてしまうもの。


 〝救国の()〟が現れた。命を()してミュース公国を(まも)ってくださった。若く勇ましい英雄で、皇女殿下の(ちょう)(あい)一身(いっしん)に受けている──。


 全く根も葉も無い噂かと言えばそうでも無いけれど、少し誇張され過ぎた嫌いもある。


 ただきっと、これは大きな〝追い風(チャンス)〟──。




 彼の傷が()え切り、職務に復帰するタイミングを見計って、私の居所(きょしょ)──古天宮の、うら高き()(ろう)にある客室の一つにお招きする。


 本当は、私から彼の住まいにお伺いしたかったのだけれど、どうしてもそれは叶わず。()む無く呼び付ける形に。


「────この度はご招待(たまわ)り、誠に光栄です。皇女殿下」


 衛兵のチュニックを着用し、右手を身体の前に(かざ)す、軍式の簡素なお辞儀(じぎ)をしている。



 最高級の紅茶を二人分、別々の温度で用意して貰う。控えを全員部屋の外に下がらせる。少し遅くなってしまったけれど、先の功績を(たた)え、(ねぎら)いと(さん)()を兼ねた、私からの小さなお茶会。


 少しこぢんまりとした部屋の中で、ようやく二人きり。


 今日だけはいつもの(しょう)(しゃ)なドレスではなく、薄手のブラウスにフレアスカートといった〝普通の服装〟。一緒に出歩くなんて絶対に出来ないから、せめて雰囲気だけでも、何とかデート気分を演出したくて。



「とても良い眺めですね。こんな風に見える部屋があったのなら、あの場所(・・・・)に案内する意味なんて、無かったな……」


 彼は全員出払ったのを確認し、遠く窓の外に市街を望みながら、小さく呟く。きっとあの夜、とっておきと言って連れて行ってくれたスポットの事だろう。


 私も連られて外を見ると、(ほの)かに水彩めいた雲と街並みが視界に入ってくる。



「〝素敵な景色〟ってお礼を言いましたのに。書いてありませんでした?」


 私はこっそり、いや、寧ろ堂々と、向かい側から彼の隣に椅子毎大きく移動する。既に自分のティーソーサーはこちらに移動させてある。


「え……え、えっと…………クラウディア?」


 先ずは椅子同士をぴったりとくっ付ける。すると彼はジリジリ座る場所だけ移動させ、そこから更に椅子も離そうとして来る。私は負けじと椅子毎追い掛ける。


 何度かそれを繰り返した所で、ようやく諦めてくれて、安心してその右肩に身を寄せる。



「あ、あの……この状態だと、凄く飲みにくいんだけど……」


 頬杖(ほおづえ)を突いて彼の顔を真正面から眺めるか、こうして隣に寄り添うか、昨晩中頭を悩ませていたけど、やっぱりこっちの方が断然良かった。凄く恋人っぽい。


 怪我が治っているとはいえ、念のため右側に来たので、カップを取る手の〝お邪魔〟らしい。実は腕を上げる度、私を感じ取って欲しいという(よこしま)な狙いもあったんだけど。



「じゃあじゃあ、私がアゼル様に飲ませて(・・・・)差し上げますね♡」


 早速ティーカップを強奪し、猫舌と聞いていたから(ぬる)めに用意して貰ったミルクティーを軽く口に含む。


 そうして腰を上げ、彼の首に両腕を絡め、口腔から口腔へと(そそ)ぎ込んで行く。


 (あか)と白の(かぐわ)しさが同時に鼻の奥へと抜ける。控えめだけどお気に入りの(つや)やかなリップが彼の唇にも付着していく。


「んんっ──」


 飲み込む時の顎の動きが伝わって来て、頭の中が痺れ、(ただ)れ、心まで焼け落ちてしまいそう。



 熱いお茶じゃなかったのに。何だか彼の顔が火照(ほて)って見える。


「…………随分と手慣れてるね?」


 少し濡れた口元を粗く手で拭い、半目がちで非難めいた口調。アゼルさんだって凄く嬉しかった癖に。唇の感触から、私だけじゃないって、もう分かってるんだから。



「看護していた時、(いく)()と無くして差し上げておりましたから……これをすると、何だか愛おしさで胸が一杯になってくるんです。最近ご無沙汰で、凄く口寂しかったですし♡」


「全く、人を雛鳥(ひなどり)扱いして……ところでその〝アゼル様〟って何? 今まではそんな風に呼ばれてなかった筈だけど」


「え、えっと……強くお慕いしたい気分の時は、そう呼ばせていただいてたんですよ? きっと照れ臭くて、日記には記せなかったんだと思います♡」


 連結させた椅子に並んで座ったまま、しっかりと腕を組む。



 女性抒情詩人(トロバイリッツ)(つむ)恋物語(ラブロマンス)は、そういう殿方の呼び方ばかりだったから。内心ちょっぴり憧れていた。


 でも現実は、全く逆の立場。だからたまにはこうして、私の方から目一杯彼を(うやま)って、お慕い差し上げて、尽くさせて欲しい。普段と正反対なのは凄く新鮮だし、何だかワクワクして来てしまう。


「ああ……また新手の悪戯かな? 確かにあの手この手で飽きる程に(いじ)られてきたって書いてあったし。それなら僕は、()(さら)な気持ちで楽しむ事にするよ……」


 本当に。いつもいつもそうやって諦観(ていかん)しがちに、私の遊び心を肯定してしまう。


 そんなだから、私がどんどん増長しちゃうんだって、全然気付いてくれてない。でもそれが(かえ)って嬉しくて、とても(たま)らなくて。




 自身の犯した大罪(たいざい)とはいえ、私に対する記憶が全て失われ、〝記録(・・)だけ〟になってしまったのは、思い返す度本当に切なくて、胸が苦しい。


 どうしようもなく辛くて、(いま)だに涙を(こぼ)す夜だってある。


 でも今は、敢えてそれを(さか)()に取ってみる。


 例えばこうして、昔からしてみたかった事は全部、〝いつもしていた事〟に変えてしまえば良いのだから──。




 ──そうだ、余り時間は無い。


 確保出来たのは、日中のたった二十分の一程。(ぐう)の儀式はあの日以外欠かしてはいないし、他のお(けい)()や簡単な政務も、彼が目覚めてからは直ぐに再開している。


 多忙というには程遠(ほどとお)かったけど、今はまだ(・・・・)少ししか一緒に居られない。その事実に、またきゅっと胸の奥が締め付けられる。


 そっと手招きして、耳を近付けて貰い、早速今日の本題を(ささや)く。



 〝ね、結婚(・・)しよ?〟




「っ!! ……ごほっ、げほっ」


 お茶を飲み込んだのはしっかり確認しているのに、何だか酷く()せている。


「…………だめ? もう二人きりの秘蹟(サクラメント)だって済ませたのに……」


 腕にしがみついたまま、出来るだけ(うる)んだ瞳を意識し、上目遣いで訴え掛ける。


「いっ、いやいやいや──ちょ、ちょっと待って、流石に性急過ぎる! それに、君と僕とでは……」


「──じゃあ、急じゃなければ、良い?」


 組んでいた腕を、更にぎゅっと掴む。私の心は、もうとっくに貴方だけのものですって、腕越しに一生懸命伝える。


「もっ、もちろんさ。いつか一緒になれたらって、ずっと想ってる」


 絶対絶対、もう離さない。彼が死の(ふち)彷徨(さまよ)っている時、そう、決めたんだ。




「それなら先ずは……私を(まも)る〝騎士(シュヴァリエ)〟になって欲しいな……」


 そうして私は、秘かに(くわだ)てていた計画を彼に打ち明ける。






「────騎士(シュヴァリエ)?」


 数日前の(りん)()宮、謁見(えっけん)の間にて。女官(にょかん)の代読に、私はつい眉を(ひそ)めてしまう。


 無言の三元老──私の前に(ひざまず)き、頭まで覆うローブを(まと)った者達を玉座から無感情に見下ろす。


 先日帝都から戻った(ボレアス)の元老様の報告は、予想し得ないものだった。




 要約すると、公国の落ち度が(おもて)沙汰()となる前に、何か裏で大きな事件を解決した事にして、彼に騎士爵でも与え、(しゅう)(もく)をそちらに向けさせよ、と。


 下手に放置し、有らぬ()(ひれ)が付くよりも、その方が噂は一気に収束するだろう。そんな命令めいた示唆(しさ)は、元を辿ればベオウルフお義兄(にい)様からの助言らしい。本当にあの人らしい、豪胆な()(れん)()(くだ)


「……()(さい)、承知しました。どうぞよしなに」


 (あらかじ)めそう指示されると分かっていたので、西(ゼピュロス)の元老──即ちエマ様が主にこれを取り仕切り、(ノトス)の元老が補佐となる案が示され、その場で口頭決裁(けっさい)し、散会となる。


 この小さな公国に()ける爵位は公爵だけ。つまり、三元老のみ。一代限りの名誉爵位たる騎士爵については、前例が無い。


 本国の例に(なら)えば、騎士爵は名目上の元首、即ち〝(ゆめ)()きの(ぐう)〟たる私に深く忠誠を誓い、直属・(ちょっ)(かつ)となる事を意味する──。


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