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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第4楽章 幻魔のシンフォニー
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シンフォニー 5譜 同衾

 ベッドに腰掛け、無傷の方の半身に寄り掛かると、片手でそっと肩を抱いてくれる。彼は少しばかり天蓋(てんがい)を見上げながら、呟く。


「本当は君の事、直ぐにでも安心させてあげたかった……だけど彼女が、シンシアさんがどうしても気になって。先に色々と探っていたんだ」


 そうして護衛長と密談しているのを見掛けると、聞き慣れない獣人語で、何だか(きな)臭い雰囲気を漂わせている。



 明らかに()()きのそれではなく、だからと言って護衛の誰かに知らせたら、張本人である護衛長にまで筒抜けになってしまう。


 そうして影で他の相談相手を探していたら、例の手紙の噂を耳にし、西(ゼピュロス)の元老様に直接接触し、進言する機会を得た、と。



 少し痛い位、肩に彼の指が食い込んでくる。


「でも、まさかあのシンシアさんが、幻獣を扱うだなんて……僕は危険そうな護衛長を監視していた。だからあの時、幻獣に組み敷かれた君を見た時、本当に肝を冷やしたよ……一歩間違えれば、あのまま君が殺されていたかもしれない」


 それは、こちらの台詞。


「……私なんか、貴方が大怪我をして、このまま死んじゃうんじゃないかって、ずっと不安で、心配で……肝を冷やす所の騒ぎじゃなかったのに……怖くて仕方なくて、胸が潰れちゃいそうだったのに…………」


 過ぎ去った(うれ)いと(あん)()が同時にまた牙を()いて来て、じわりと瞳の奥を温めて行く。


「それは────本当にごめん。まさかあの人があんなに強くて、躊躇(ためら)いなく攻撃してくるなんて、予想外で……」


 援軍も、もしあれ以上早かったら白を切り通され、逃げられていた可能性が高い。でも彼がこうして深く傷付けられないなら、その方が、ずっと良かった。



 身の(すく)んだ日々を昨日にするため、心凍えた冬の日から早く目覚めるために、今度は私の方から彼にそっと口付けをする。彼の右手に指だけを絡め、思うままに。


 頭の芯を痺れさせるような甘い吐息が、あの夜の日みたいに交錯(こうさく)する。


 優しい沈黙が訪れる。




 唇を離してしばらく見詰(みつ)め合っていたら、彼の方が視線を泳がせて突然尋ねてくる。


「あっ、あのさ……ところで、ここって、どこかな? 凄く豪華な部屋に見えるけど……こんな小さくて凝った造りの部屋、()(ほう)(きゅう)のどこにも記憶に無くてさ」


「私の寝室」


「はっ……へ??」


 彼がここに運び込まれてからずっと、ラベンダーの精油を()いて来た。〝貴方を待っています〟という、深い祈りを込めて。


 きっと、もう大丈夫。だから明日からは何の香りにしようかな。糸杉(サイプレス)のウッドチップなんかだと、リラックス出来て良さそうかも。



「あ、あれ? よく聞こえなかったような…………ごめん、もう一回教えて??」


「だーかーらー、私の、寝室」


「えっ? は、はあっ!? なっ、何で……!!」


 直ぐに立ち上がろうとして、()(もん)(うめ)いている彼を(いさ)める。


「しばらくは絶対安静……そんなに心配しなくても大丈夫。ここが治療するのに一番適してたってだけなの」


 半分……というかほぼ九割嘘だけど。実際私が、どうしてもここが良いって西(ゼピュロス)の元老様(・・・・)に我が(まま)を言ったから。



 一応、ちゃんと実利の面だってある。長い間かなり危険な状態だったし、毎晩毎晩私が魔力を(そそ)いで、自己再生を(うなが)し続けてきた。食事も出来ず、もしそれをしていなかったら、最悪助からなかった可能性だってある。


 別に本当は場所なんてどこでも良かったけど、ここが一番安全な事に変わりはないし、彼を抱き締めながらそのまま寝てしまっても良かったので、ちゃんと私の負担軽減にも繋がっている。


 お願いした時のエマ様には、ひたすら(あき)れた顔をされてしまったけど。〝あら、無駄に(・・・)合理的ね〟の一言だけで、あっさり許可されてしまった。




「じゃっ……じゃあクラウディアは、どこで寝る(・・・・・)、の……?」


「……? ここに決まってます。だって、私の部屋だし」


「まさか…………(どう)……(きん)?」


 今度は動き出す前に、いつもみたいに両手を彼のお腹に回しながら(うなず)いておく。


「ちょっ、それは、流石に──!!」


「もう、今更何言っているの?? もう十日以上はこうして寄り添って一緒に寝てるんだもん。全然気にしなくて大丈夫」


 ついでに魔力による再生補助の件も手短に説明しておく。




 最初は驚きと()(げん)さの入り乱れた表情だったけれど、話を聞くに連れ、生死の分水嶺(ぶんすいれい)だったかもしれないと知り、別の意味で複雑な表情に置き換わって行く。


 そもそも時折うっすらと覚醒していたのに、その記憶すら残っていない程の重症だった訳で。出血に加えて打撲も酷く、最初の方なんてずっと高熱に(うな)されていた。本人は少しの間倒れていた位の認識だったようだけど、やっと事の重大さを認識してくれる。


「まだしばらく絶対に動いちゃ駄目。だから、もう少しだけここで我慢してね? 私も終日ずっとここに居る訳じゃなくて、みんなと交代で看護してるから」


 彼は反論の言葉を飲み込みつつ、渋々承諾しくれる。



「そう言えば、さっきから全然喉が渇いてないんだ。そんなに血を流して、ずっと寝ていたっていうのに……それも君の魔力のお陰かな? 本当に負担や心配ばかり掛けてごめん…………とにかく、早く治さないと」


「え、ええっと……ううん、大丈夫。気にしないで?」


 今度は私の方が言葉に詰まってしまう。彼が朦朧(もうろう)としていた時、何とかちょっとずつ飲ませて上げられていたからなんだけど。そんなに真剣に謝られると、ちょっと照れ臭い。



「あ、あのね、完全に寝ちゃってる時は口元を湿らせるくらいだったけど、時々ぼんやりと起きてて、飲んでてくれたの」


 メイドさん達は水差しを使っていたようだけど、私だけの時はこっそり口移ししていた。その方が(えん)()させる感覚が掴み易かったし、薬草も同じようにあらかじめ()(しゃく)した物を飲ませる事が出来た。


「そう、だったのか……全然覚えてないよ……」



 他の(・・)お世話は、流石に止められてしまい、任せ切りだったけど。私は時々床ずれしないよう、彼の身体を動かしたり、時間の許す限り、彼の手を握って祈ったり。


 とにかく毎日気が気じゃなくて、彼が倒れてからずっとお(けい)()などは殆どサボってしまっている。唯一、〝(ぐう)の儀式〟だけはちゃんとこなして来たけど、本当に、ただ見守っているだけの日々。そんな止まっていた時間(とき)が、ようやく動き出してくれる。



 ────あ、そうだ。


 夢の坩堝(るつぼ)から抜け出す前に。アゼルさんには一つ大事な話をしておかないと。固形の食事はしばらく無理だろうとか、そんな詰まらない事ではなくて、もっともっと、大事なお話。


「あっ、あの……凄く……言い(にく)い、事なんだけど…………」


「……何? もうこれ以上迷惑は掛けたくないから、遠慮せずに言って? そう言えば誓いの儀で、〝これから隠し事は一切無し〟っていうのも入れておけば良かったかな」




 寄り添ったまま。思い切り深呼吸してから告げる。


「…………看護してくれるメイドさんの事、絶対絶対、好きになっちゃダメだからね!?」


 見上げた彼は、一瞬の間を挟み、小さく吹き出している。


「いっ! いってて……ちょっ、酷いなぁ、いきなり笑わせに来るなんて」




「ね、ねえ……! 私は、真剣に、お願い、してるの!! ねえってば!」


 交代でお世話しているのは、お歳を召された方も多いけど、中には私やシンシアさんと同じ位の年齢の人だって居る。慎重に慎重を期すに越した事はない。


 そんな人達に対して、これから動けずじまいで恥ずかしい格好を見せてしまう事に、アゼルさんはまだ気付いていない。それに、弱っている所に色々と親切にされたら、絶対クラっと行ってしまう。そうに違いない。


 そうして、あれよあれよと言う()に……。



 ────だってそれは、私が直接身を(もっ)て経験して来た事だから。説得力は抜群の筈。


 それこそ〝他の女性(ひと)を絶対好きならない〟だって、あの宣誓には含まれていない。



「そんな風に口を(とが)らせてたら、折角の可愛い顔が台無しだよ……いや、その(ふく)れっ(つら)も何だか凄く可愛くて、困るんだけど……」


 半身寄り添い続けたままの私の頭を、軽く撫でてくる。


「大丈夫。何の心配も要らない。僕はクラウディア一人で手一杯だし、他の人に目を向けてる余裕なんて、全然無いから」


 その言い草は、もの凄く気に食わない。もっとやきもきしてしまう。だって……いずれ慣れてきたら、そういう余裕が出て来てしまうかもしれない。その可能性を、まるで否定出来ていない。




 そうして彼が私の部屋を無事去ったのは、あれからたった二日後の事。安心して(ねや)を共に出来た至福は、たったの二晩。


 彼の方はどうにも場都(ばつ)が悪かったようで、大きな傷は上半身だけだし、利き手も全く問題無いからと言って、強引に出て言ってしまった。


 やがて、新しい日々の歯車が回り始める──。


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