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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第4楽章 幻魔のシンフォニー
17/25

シンフォニー 2譜 爪牙

「────お願い、あの人を捉えて動けなくしてっ!!」


 シンシアさんの裂帛(れっぱく)が響き渡る。



 黒豹の(なり)をした夢幻の神獣が、(ゆる)く溶けるように、滑るように、一直線にこちらへと向かって来る。


 霧状の前足は、跳び掛かる直前でようやくそのぼやけた輪郭を確かにし、結晶の(ごと)(きら)めく鉤爪(かぎづめ)で私の胸元を(かす)め取ろうとして来る。


 私はその前足を右の肘と膝で上下から挟んで受け止め、そのまま身体を(ひね)り、大きく(ちゅう)に放り投げる。


 そのまま勢いを殺さず軸足毎身体を回転させると、景色は右に大きくスライドし、再び獣を視界に捉えるよりも早く、がら()きの横っ腹へ上段後ろ回し蹴りを叩き込む。


 インパクトの瞬間、息をしっかりと吐き切り、最大限の力を集中させ、反動(リフレクション)は全て爪先から床の力を使って押し返す。


 ──得も言われぬ、重い手応え。


 これがもし普通の動物なら、肋骨を割って内臓までダメージが入っていただろう。




 ……認めたくはなかったけれど、私はどこかムシャクシャしてしまっている。


 平和に過ごしていれば、何の気兼ね無く自由な恋愛を(おう)()出来て、彼と愛し合う事にも、何ら支障は無い身分だというのに。


 それなのに、本当に手に入るかも分からない同族の恒久的安寧(あんねい)だなんて巫山戯(ふざけ)(もう)(しゅう)に、その身を(やつ)すだなんて。


 余りに愚かで、滑稽過ぎる────。


 いや、公国の民に全てを捧げている身としては、余り他人(ひと)の事は言えないかもしれないけれど。


 でも、言葉にしたくもないこの鬱憤(うっぷん)は、今ここで少し晴らさせて貰おう。




 それに、私は凄く貧乏性(・・・)なんだ。


 学んだ技術や技能は、折角だし思い切り試してみたい。


 死の迫った戦闘なら、身体に深く馴染(なじ)ませ、真に自分の物として会得する事が出来る。こんな千載一遇のチャンス、滅多に訪れない。


 そして……お生憎様。私は()手空拳(しゅくうけん)が、一番自信のある戦い方なの。




 全身に魔力を行き渡らせ、頑強な戦士にも負けない(りょ)(りょく)を改めて(つむ)ぎ直す。過剰に引き出す事で、明日どれだけ筋肉が痛んでも構わない。


 もしここで殺されてしまうというのなら。意志を持たない操り人形にされるというなら。それもまた一興。所詮私は、〝その程度の器だった〟というだけの事。


 たかが守り神一匹程度で、ヌアザ帝の血筋をどうにか出来るだなんて、随分と無礼(なめ)られたものね。長年(つちか)ってきた私達の決意と覚悟を、その身に刻んであげる。




 そう(おのれ)鼓舞(こぶ)していた所、二撃目が襲い来る。次は(ファング)か。


 足元に捨ててあったドーナツ状の布切れを拾い上げ、ふわりと投げ付ける。


 一旦相手の視界を封じてから、軽く上体を(そら)し、相手の速度を利用した(しょう)(てい)打ちを(ひたい)にお見舞いする。肩口まで(さかのぼ)ってくる、鈍い感触。


 そうして(ひる)んだ所を、今度は喉元に腕を絡め、足を払い、背負い投げの要領で胴を直下に投げ落とす──衝突のタイミングに合わせ、微量の魔力を床に仕込んでおく。


 ズンッ、という、押し潰された音と(うめ)き。


 打撃の効き(にく)い魔力生命体だけど、こうして全身を打ちのめされたら、きっと一溜まりも無い筈だろう。その証拠に、喉奥から暗黒めいた霧を吐き、のたうち回っている。




 さて。


 立ち(はだ)かる神獣を短時間行動不能にした所で、瞬間的にそのまま右斜め前方に走る。地を撫でるように左手を下げ、低姿勢のまま、弧を描いて目標へ。


 ご主人様を狙われると焦ったそれは、性懲りもなく立ち上がり、こちらへと向かってくる。



 ──掛かった(・・・・)


 左手で床を叩き、腕を軸にして鋭角に方向転換(ターン)。急旋回と同時に床を強く蹴って跳び上がり、そのまま奴の脳天目掛けて(まき)割りの要領で一気に踵を振り下ろす。


 足全体に返ってくる、岩を打った時のような衝撃。


 更に小さく顔を蹴って距離を取る。


 (たま)らずゴロゴロと横転するそれは、そのまま泥のように床に溶けて行く。そうしてドス黒い真っ平らな染み(・・)となり、小さく(うごめ)き始める。



 気付けば、その黒い影もどきは私の足元を素早くすり抜け、背後へ──。


(────不意討ち(バックスタブ)!?)


 冷や汗を()く暇も無く、本能に従って(とっ)()に前方に伏せる。眼前が床の大理石(マーブル)に覆われる。


 頭上を通り過ぎたと(おぼ)しきタイミングで、側転気味に一息で起き上がる。ティアラが落ちないよう一瞬だけ頭を抑え、視界が目まぐるしく反転して行く。


 殆ど山勘だったけれど、予想通り間髪入れない二撃目があり、振り上げた足先が丁度襲い掛かる獣の顎に命中し、跳ね()けてくれた。


 そうしてお互い姿勢を立て直すと、黒い獣は首を下げ、小さく(うな)っている。あれだけ頭部に打撃を集中させたというのに、殆どダメージが入っていないようだ。やはり狙うべき弱点(ウィークポイント)は、使役側か……。




 意図せず、血湧き、肉躍る。


 この所ずっと色を失った心象風景は、今や赤みを帯び、()しくも生を実感してしまう。


 あの奇襲や追撃、そのどちらかをまともに受けていたら、きっと背骨や肺を(えぐ)られ死んでいた。いや、そのまま〝私の中〟へと入り込み、精神を(むさぼ)り食われていただろうか。




「────はぁ……はぁ……」


 微かに息が上がり、胸を抑える。流石に心肺までは増強し得ない。汗の量は、()(ほど)か。身体が(きし)み、取るに足らない張りを訴えて来る。


 一方のシンシアさんは、何故か私以上に()(へい)しているようだ。


 あの精悍(せいかん)な魔力生命体を行使し続けるのは、相当な(たん)(りょく)が必要と見える。もし彼女までもが狼となり、犬型二体を並行して相手する羽目になっていたら──かなり不味かったかもしれない。




「あれ、もう終わり? 威勢の割に、大した事ないのね」


 スタミナを回復をさせつつ、自然な挑発で場を繋ぐ。腕は身体の前に構えたまま、ジリジリと横移動し、直ぐ(さま)大きく動けるよう精神を研ぎ澄まし、集中を続ける。


「どう……して……どうして、なんですかっ…………!!」


(それは……こちらの台詞、かな)


 (なげ)きと(えん)()(まみ)れたその非難は、きっと従わない事に対してだけじゃない。一体、何をそんなに恨むというの。


 もっと早く、色々と聞かせて欲しかった。相談して欲しかった。そうすれば、真っ当に手を差し伸べられたかもしれない。そんな過ぎ去ってしまった、もう訪れる事の無い絵空事に、つい無用な感傷を寄せてしまう。




 脈は次第に落ち着き、息のリズムも整い始めている。


 攻撃をいなしてカウンターを叩き込む方が断然効率が良くて好きだったけど、まだあちらは完全には立て直せていないようだし、折角の機会に付け入らせて貰う事にする。


 彼女はさっきからペンダントを握った両手を胸に強く押し付け、()(もん)の表情を浮かべている。まさか……自身を少しずつ食わせている(・・・・・・)? もしそれが本当なら、急がなくては。




 例の境界喰い(バウンド・イーター)とやらを退(しりぞ)け、彼女の元まで到達する算段を適当に頭の中で済ませる。


 彫像の持つ()(かざ)りの長物(ポール・ウェポン)でも拝借しようかと悩んだけど、やはり私は生まれ持ったこの四肢(しし)に命を預ける方が、余程性に合っている。




 対話も無く、無拍子に突進を始める。流れる景色の中、見詰(みつ)めるのは(くだん)の獣、ただ一点。


 先程までとは異なり、明らかに神獣側の反応が鈍い。


 接敵(せってき)する寸前、一旦大きくブレーキを掛け、全身を後ろに(ひね)りながら、次の一歩を最大限踏み込む。野生動物に対しては出来るだけ曲線的な攻撃が良い。恐らくこいつも同じだろう。


 獣の視界の外側から、その左頬を回転裏拳(スピニングバックフィスト)で強襲する。


 熱く(にじ)む手応えと共に、獣が向かって左にバランスを崩したのを確認し、隙だらけの胸肉に全力の足刀(そくとう)蹴りを入れ、身体二つ程後方へと蹌踉(よろ)めかせる。


 更に蹴った際の反発力を利用し、一気にシンシアさんの元へと駆け出す。



 これなら(しゅん)(びん)さで劣ったとしても、初速(スタート)の差で追い付けない。


 そうして無防備に背後を(さら)し、微かに油断してしまった瞬間、接地した方の(ふく)(はぎ)を強い衝撃が襲う。


「えっ──??」


 相当距離があったというのに、(さそり)めいた尾が長く伸び、まるで変幻自在の鞭のように私の軸足を()ぎ払っている。


 重力を失って空中で仰向けになり、(うずたか)角錐(かくすい)状の天井がスローモーションで視界に入ってくる。


 素速く顎だけ引いて何とか後頭部は浮かせたけど、広い背中は対処出来ない。(したた)かに打ち付けると、強制的に肺から空気が漏れ、目の奥に火花が()ぜる。



 ティアラが遠く、カランと音を立てたのが聞こえる。


 痛みとその音により、ほんの一瞬だけ気を失ってしまったと知った刹那、前足によって既に両肩は上から拘束され、瞳孔(どうこう)の無いカナリヤイエローの瞳が、二つの月の夜のようにこちらを()め付けて来ている──。


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