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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第4楽章 幻魔のシンフォニー
16/25

シンフォニー 1譜 謀叛

 明くる日から、私はどこで何をしていたのか、何を言われたのか、全く覚えてない。ただ、気が付けばいつものように、離れの扉の前に居た。


(────ああ、奏でなくては)


 この世の終わりとばかりに、辺りは灰色に染まってしまっている。




 数日も経てば、きっと多少は気持ちが落ち着くだろうと思っていた。でも、(いま)だに食事が(ろく)に喉を通らない。食べた記憶すら曖昧になっている。


 眠れない。眠り方をまるで思い出せない。


 時折窓に映る自分を()()る。こんなにも(やつ)れていただろうかと見る度に思う。


 それでも私は、(くじ)ける事なんて出来ない。彼を深く傷付けてまで、自ら選んだ道なのだから。




 …………でも、ごめんなさい、アゼルさん、ちょっと無理そうかも。


 絶望と諦観(ていかん)が日々侵食してくる。彼に(すが)って思い切り甘えてしまいたくなる。


 それでも()(じつ)の内、()(げん)そうな目で私を見てくる彼を見て、改めてもう戻れない現実を突き付けられ、また止め()ないあの日の涙が瞳の奥を(かす)める。


 忌々(いまいま)しい程の未練が、再び首を(もた)げて来る。




 私が絶ったのは、彼の中にあった(ぜい)(じゃく)な私自身。


 この国にやって来た日、初めてこの地に足を踏み入れた時に戻ってしまった、ただそれだけの事。それなのに。


 初めから無かった事にするのと、少しずつ失われて行く事。果たしてどちらが良かったのか、その答えにもう意味なんて無い。そう自分を(さと)し、(とが)め、生きて行くしかない。





 (ぐう)の儀式は、日々小さな離れで()り行われる。


 神殿じみた小綺麗な外観を除けば、まるで深閑(しんかん)共同墓地(カタコンベ)のよう。四方には、背の高い飾り格子の鉄柵(てっさく)(ふた)()(そび)える。


 護衛らはその鉄柵(てっさく)の外側で待機し、扉の前には私ただ一人。片膝を突き、〝星屑(ほしくず)のティアラ〟を頭上に掲げ、結界の一部を開け放つ。


 ────あと何百、何千回、これを行わなければならないのだろう。やがて歴史の一部になるその日まで。


 ティアラを(いただ)き、心を無にし、歩みを進める。離れには清らかな湯の湧き続ける浴室もあったけれど、沐浴(もくよく)は幻想宮の本殿で既に済ませてある。一人では到底着る事の出来ない(しょう)(しゃ)なドレスを神々にご覧いただくために、数十年に(わた)って続いている、尊くも()(まつ)な慣例。




 重く荘厳(そうごん)な扉を抜けると、ほんの僅かな違和感が通り過ぎる。いつもなら直ぐに入り口の結界を閉ざす所、この日は何となく、小指の幅位開けたままにしてみる。


 日々私だけが出入りするにも(かか)わらず、ここには(ちり)一つ無い。いつもはまるで、時が止まったかのような異質さなのに。


 今日は雨上がりで、室内は既に(ほの)かな湿り気を帯びている──。



 中央の広間には何の仕切りもなく、間取りは礼拝堂とほぼ同じ。壁から少し離れた所には、数人でも抱えられないような(きょ)(ちゅう)最奥(さいおう)まで連綿(れんめん)と続いている。床の両端はアリスブルーに染め上げられ、まるで天に浮かんだ雲の道のよう。


 柱とは交互に天馬(ペガスス)戦乙女(ヴァルキュリア)の像が美しく並び立ち、竪琴の待つ祭壇へと(いざな)う。窓は少ないのに、採光は工夫されていて、日中の明るさには困らない。




 ふと、強い殺気を感じる。上体を()らしながら後ろに跳ぶと、()(ろん)なる影が眼前を()ぎり、高く鋭い何かの裂ける音が耳を(つんざ)く。


 ────両足を、狙われた?


 入った時から既にある、微かな人の気配。織り込み済みではあったけれど、早速来たか。


「…………抵抗しないでください、お願いです。皇女殿下」


 急襲してきた黒く低い影とは別に、奥の方から少し震えた女性の声がする。どこかで聞き覚えのある、その優しい(こわ)()




 手前には(てっ)()を集めるようにして具現化していく漆黒の(たい)()。それは殆ど黒豹のようで、何故か尻尾だけは(いびつ)(さそり)じみている。


 その獣を注視しながら、裾を踏み、真一文字に()がれたスカートの裂け目を、慎重に周囲に伸ばしていく。


 両足は無事。先の一撃は(おど)しのつもりだったのだろうか。説得を試みるために追撃の手を休めるだなんて。本当に甘過ぎる。




 奥の物陰から現れた言の葉の主は、メイド服を(まと)った麗人、シンシアさんだった。道理で記憶に引っ掛かる筈。ただ、表情だけが記憶と違い、重く沈んでいる。


「最近見ないと思ったら……こんな所で何をしているの?」


 心の中で警戒したまま、手の動きを止めず、(のん)()に応じる。



 最近体調を崩しているという話だったけれど。何とか裾を膝丈(ひざたけ)辺りで円状に千切(ちぎ)り終える頃、頭の中でパズルのピースが少しずつ繋がって行く。


 今日はシンプルなベルラインスカートで、パニエも短めなのが幸いした。


 ()き切った()(へん)を足元にそっと捨て置く。


 コルセットは……ここ最近痩()()けているし、多分問題は無いだろう。



「わっ……私に従ってください……そうすれば、何とか、命だけは……」


 遠目で少し分かり難かったけれど、胸元で祈るようにペンダントか何かを握り締めている。


 酷く(おび)えた声で、動揺を隠し切れていない。全く、こんな様子では、(はた)から見たら一体どちらの命が狙われているのか分からない。




 あの黒い獣はただの魔獣ではなく、幻獣か何かの魔力生命体か。では、握り締めたあのペンダントはその〝(コア)〟といった所。


「ごめんなさい、シンシアさん、私、何が何だか分からなくって……従うって何? いきなりどうしちゃったの?」


 こちらは既に戦意(・・)を含め、とっくに準備は整ってはいたけれど、素知(そし)らぬ顔で、先に出来るだけの情報を引き出そうと試みる。


 こんな時ですら、あの穏やかな性格を演じ続けているとは思い(がた)い。生来(せいらい)、人を傷付けるより、自分を傷付ける方が得意なタイプなのだろう。


 だから、捕まえた途端に自害されてしまっては敵わない。




「……あっ、あの……詳しい事は、まだお話出来ないのです……ただ、どうしてもこの儀式を掌握して、皇女殿下には当面、人質になっていただきたくて……もし抵抗なさると言うなら、その子、境界喰い(バウンド・イーター)で心を壊さないといけなくなります…………だから、だからどうかお願い致します。しばらくの間、大人しく従ってはいただけませんでしょうか……」


 なるほど。その話し振りからして、黒幕は〝内〟では無く、帝国に(あだ)()す者。即ち外部。彼女は間者(かんじゃ)として巧妙に潜伏し続け、虎視(こし)眈々(たんたん)とこの機会を(うかが)っていた、と。


境界喰い(バウンド・イーター)……人質……一体何を言っているの? 何の話? 少なくとも私はそんな(おど)しには屈しません。それに、こんな事をしてただで済むと思っているの? 貴女に一体何の利があるというの!?」


 悲しげに叫ぶ。我ながら飛んだ三文芝居。もっと歌劇の練習でもしておくべきだったか。しかし、冷静さを欠いた今の彼女なら、きっと気付かれまい。



「わっ、私は……ただ、故郷の皆や森を守りたいだけで……その子は村に代々伝わる守り神で、自他の境界を喰らう獣です、心を壊して、廃人にしてしまう恐ろしい子なんです。皇女殿下は本当にご立派で、お優しくて、実は今もとてもお慕い申し上げております……だから、本当なら、こんな事はしたく無くて…………」


 涙声になっている。虫も殺せないとは正にこの事。完全なる配役ミスだろう。(ちょう)(ほう)の方は、完璧過ぎる嫌いがあったけれど。



 ただ、状況は概ね把握出来た。


 恐らく半狼(ライカンスロープ)の地位向上や保護をちらつかせ、私を()(ぐつ)とし、実質的にこの国を支配下に置こうという魂胆(こんたん)か。




 ────心を壊す。


 本音を言えば、これ以上壊してくれるというのなら、いっそバラバラに砕いて欲しい位なんだけど。




 それでも、こんな浅はかな策を(ろう)し、裏で手を引く奸悪(かんあく)な連中が、一々彼女との約束を守るなんて信じ(がた)い。ここはシンシアさんのためにも、何とか食い止めなくては。


「出来る物ならやってみなさい! もし(かな)わなければ、貴女だけでなく、貴女の同朋(どうほう)達も皆、厳罰は(まぬか)れないでしょう。最悪一族郎党、根絶やしにされるかもしれないわ。そしてそれを望んだのは、他でも無い、貴女自身なのよ!」


 先程とは打って変わって、威圧的な宣戦布告。



「っ……!! どうして……皇女殿下なら、きっとご理解くださるって…………」


 苦虫(にがむし)を噛み潰したような顔で、胸元のペンダントを両手で(きつ)く握り締め、ようやく対峙する決意を固めている。


 ここを閉ざす星屑(ほしくず)の結界も、元を辿れば半狼(ライカンスロープ)達が森で人を(まど)わせる秘術を応用したものと聞いた事がある。図らずも、既に獅子身中の虫だったという事か。


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