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夢を奏で、貴方と沈む  作者: KC
第3楽章 誓いのノクターン
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ノクターン 4譜 偽物の誓い

「……? シンシアさん? 何で急に今そんな名前が……って、あれ? ひょっとして何かとんでもない勘違いをされていませんか?」


 無為(むい)(しずく)(さら)されていた彼の面持ちが、次第に晴れ渡って行く。



「だ、だって……以前、凄く仲良さそうに、楽しそうにお話をしてたから……」


 もじもじと。我ながら驚く程の及び腰で、その意味(・・・・)をようやく理解しようと努め始める。



 ずっと彼の上に乗ったまま、重いであろう事もすっかり忘れ、動揺し切っている。そんな私に、今度は彼の方から優しく穏やかなキスをして、落ち着かせようとしてくれている。


 余りにも自然な仕草で、何だか少し()けて来てしまう。


 ああきっと、こういう所まで好きになってしまったんだな……って、ふと感じる。



「本当に……本当に良かった……てっきり僕の事で困らせているとばかり。そんなの、ただの誤解です」


 目を伏せてはにかみ、私の頭をぎゅっと抱き寄せてくる。そのまま添い寝するような格好になって、彼の胸に耳を寄せる。服越しだけど、私と同じ位早鐘を打っているのが()く分かる。


「ほんの少し長くなってしまいますけど……聞いていただけますか?」


 無言の相槌(あいづち)。本当はもっと、肝心(かんじん)(かなめ)な部分を先に聞き出しておきたかったんだけれど。




「この国に来るまでの事は、以前お話しした通りです。ただ僕は最初、ブラックベリル商会で食材運びをしていました。そこで偶然、窓越しにクラウディア様を見てしまって……正に〝深窓(しんそう)のご令嬢〟といった雰囲気で、完全に一目惚れでした」


 私の頭の後ろの、星々と天を見上げながら続ける。


「多分、来られたばかりの日だったんだと思います。盛大に色々と仕入れていましたから。いずれも最高級品ばかりの筈なのに、あの日見たクラウディア様は、まるで空気でも食べているみたいで……とても寂しそうで、孤独そうで。あんなに豪華で美味しそうな料理なのに、どうして……ってずっと不思議で。それから直ぐ、この人の笑顔を見てみたいなって、思い始めていたんです」


 そう言えばアゼルさんを見掛けるようになったのは、公国に来てしばらく経ってからの事だった気がする。


 こちらが彼を意識するずっと前から知られていただなんて、恥ずかし過ぎて、無意識に彼の胸に顔を(うず)めてしまう。



「それからもっと近くで、お(そば)で見ていたいという欲が抑え切れなくなってしまって……とうとう護衛の登用試験に合格して。こんな(なり)ですから、相当苦労しました。そうしてようやく、クラウディア様の近くに辿り着けたと思ったら、いきなりお声掛けいただいて、色々と構っていただいて。きっと内心、とても不審に思っているんだろうなって……何となく分かっていました」


「…………ごめんなさい、貴方だけ飛び抜けて若かったから、つい……」


 初めての晩餐会(ばんさんかい)を含め、全て筒抜けだった照れ臭さに耐え切れず、彼の胸にグリグリと顔を(こす)りつけてしまう。


 ずっと茶々を入れて来たけど、やっぱり男の人の胸板なんだなって、ついつい思ってしまう。


 ついでに、涙の跡まで拭ってしまった。



「そうしてクラウディア様の仕草や声に、益々(ますます)()(りょう)されて。途中から、こちらの気持ちには恐らく気付かれていない事も、何となく分かって。だから、途中から少し、調子に乗ってしまっていたかもしれません」


 確かに思い返すと、最初の頃の警戒感は並ではなかった気がする。だから、余計に気になってしまったのだけれど。



「結構あからさまだったのに……意外と大丈夫なんだなって。でもそれは、結局僕の方も一緒だったみたいです。それにしても、本当に……本当に夢みたいだ! これが夢なら、どうか()めないで欲しい」


 そう言ってまたぎゅっと抱き締めてくれる。何だか彼の匂いを強く感じられ、とても安らぐ。


「…………私も……」


 でも、いつか夢は終わる。朝は来る。




「正直な所、好き合いたいだなんて、これっぽっちも考えていませんでした。ただ、ずっと貴女に笑っていて欲しかった。少し、ほんの少しだけ(よこしま)な憧れがあったかもしれない。だけど、何と言っても〝(ゆめ)()きの(ぐう)〟の、皇女殿下ですから。本来なら、僕なんかじゃ絶対に手の届かない存在なんです」


「……そんな事言うなら……私だって、別になりたくてなった訳じゃ、ないもん……」


 また(・・)、だ。また無意識の内に弱音が口を()いてしまっている。こんな本心、お母様にだって打ち明けた事は無いのに。


「……ねぇ、それよりシンシアさんは? シンシアさんとは本当に何も無いの?」


 甘えついでに、胸を叩いて最重要な本題を(うなが)す。



「はは……そんな事、ある訳ないじゃないですか。彼女は貴女の事をよく知っていたので、それだけです。〝情報収集〟は戦の基本ですからね。見返りとして、昔の伝手で珍しい食材を(いく)つか手配はさせてはいただきましたけど……本当にただそれだけの関係です」


 それじゃあ……シンシアさんとは、きっとこれから(・・・・)なんだ。




 不意に彼が私を両脇から持ち上げ、キスを求めてくる。


 先の()(ぼう)さとは打って変わって、お互い少しずつ、(ついば)むように、互いの気持ちを深く確認し合うように。



 ああ、今度はちゃんと、恋人の味がする。


 吐息の間隔や呼吸のリズムが、一つになっていく。




 私だけが好きだなんて、本当は凄く嫌だった。だから、最後のキス(・・・・・)としては百点満点。いや、百二十点満点かもしれない。



「そんなに複雑そうな顔をしないでください……確かにお互いこの格好だと……その……何だか男色じみてるかもしれないですけど?」


 きっと場違いな冗談を言って、無理に笑いを誘ってくれたのだろう。でも私は首を振る。彼は乱れた髪の毛をそっと耳に掛けてくれる。少しくすぐったい。


「全然心配しなくて大丈夫です。貴女がこんな下らない男の(とりこ)になってしまったのは、僕の策略にまんまと(はま)って、籠絡(ろうらく)されてしまっただけなんです。だから……だからいつまでも、ずっとお待ちしておりますよ? 〝囚われのお姫様〟」


 (ずる)い。本当に(ずる)い。こんな時だけ紳士らしく、男前に、自分だけ格好付けようとしてくるなんて。こんなにも私を惚れさせておいて、〝次の勇気と決心〟を()ごうとするなんて。


 再び馬乗りになる。彼の相好(そうごう)に、私の暗い影が落ちる。




「ねえ……〝誓いの儀〟……しよ? 形だけでも、安心したいから」


「え? それなら……宣誓だけで良いですか? それと、後からキャンセルなんて、絶対無しですからね?」


指輪(・・)──〝琴切りの指輪〟なら、今も……持って、るよね?」


「あ、でも…………それだと今日の事が……」


「大丈夫。お互いのを交換っこ(・・・・)すれば」


「……なるほど。分かりました。それじゃあ──」




「先ずはアゼルさんの方から、(そう)(じょう)を……お願い」


「こほん。それでは……(なんじ)(すこ)やかなる時も、()める時も、喜びの中に有る時も、悲しみに暮れる時も、いつ如何(いか)なる時に()いても、アゼル=リントヴルムを夫として(うやま)い、(いつく)しみ、(なぐさ)め、永久(とわ)に……いや、〝(とお)()(とお)()の果てまでも〟その身を深く捧げ、愛し続けると誓いますか?」


「……何それ、ちょっと違う」


「良っ、良いじゃないですか、さっき思い付いただけですけど、僕達二人だけの、特別な秘蹟(サクラメント)って事で……」


「うん。じゃあ〝誓います〟」




 ()(まん)(まみ)れたこの〝ごっこ遊び〟の中で、一筋だけ本当の想いを、本当の誓いをそっと練り込む。


 私は、貴方の事を決して忘れない。〝(ぐう)〟のまま、秘かに愛し続けるんだ。


 どれだけ時間が経っても、たとえ貴方が、他の女性(ひと)と結ばれてしまっても──。





 左手を(かざ)し、指輪を()めて貰う。緩くて直ぐ外れそうになるそれを、ぎゅっと握り締める。


「それじゃあ次は、クラウディア様の番ですね?」


「…………こんな時まで、〝様〟は嫌──」


「じゃあ、クラウディア。お願い」


 彼の指が、私の頬に触れる。


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