二 怖いくらいにあなたが嫌い④
帰りのホームルームも終わり、希湖とわたしはすぐに教室を出た。
「ね、駅前のムーンバックスに行こうよ。」
「えっ、今から?」
わたしは部活の後に話す気持ちだった。
「こんな、わたしの都合で部活を休ませるのは悪いよ。」
「でもー、部活の後だと育ちゃんもいるし、あまり時間ないでしょ?」
「それもそうだけど・・・」
「それに、せっかく二年生になったんだし、たまには、サボりみたいなのも憧れてたんだ!」
あまりにも明るく言うので、わたしは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ。希湖がそんなこと考えていたなんて。」
「へへっ。やっぱり、優姫は笑ってた方がいいね。」
「え?」
わたしは希湖の顔を見返した。
「今日は一日中、ずーっと難しい顔してたよ。みけんにこんなシワ寄っちゃって。」
「そ、そんなに顔に出てた?」
さすがに動揺しすぎたか、じぶんの仮面がはがれていないか思わず両手で頬を押さえてしまう。
そんな様子のわたしを見て、希湖はまた笑った。
「大丈夫だよ。きっと親友のわたしにしか分からないくらいの変化だし、どうせみんな、転校生に夢中で気づいてないよ。」
「そ、そっか。」
「それで?今日は一緒にサボってくれるのかな?」
「もちろん!」
わたしと希湖は、それぞれの部長に「急用で休みます」とだけ携帯でメッセージを送った。学校を出るまでに部員に何人か会ったけれど、休むことを伝えるとそれ以上引き留められることはなかった。まだまだ文化祭前の繁忙期に入る前でよかった。
駅前のカフェに着くまで、希湖とは他愛のない話ばかりした。ムーンバックスに着いてそれぞれドリンクを受け取り、席に着いたところで、わたしから彼について切り出した。
柊悟と考えた話を、脚色せずにそのまま伝える。もしも希湖が涼也にも尋ねた時に、少しでもボロが出ないように、余計なことは言わない。
「うーわー。小学一年生とはいえ、人の大事なものを壊しておいて、謝らないで逃げるって・・・サイテーだね。しかも、お母さまの形見でしょう?」
わたしは黙ってうなずいた。予想以上にこの話は希湖のことを怒らせたようで、フラッペを飲みながらも表情がずっとぷりぷりしている。
「それで、謝ればやり直すことができるってほざいてるの?マジでサイッテ―だね!わたしなら一生許さん!優姫、ダメだからね。優姫は優しいから、謝られたらほだされちゃいそう。」
「さすがに、わたしも彼に対しては、許すなんてことは一生ない。」
わたしはホットのカフェラテを飲んで、落ち着いて息を吐いた。
そう、許すことはない。それ以前に、接触することすら、できることならしたくない。
「でも、どうする?同じクラスになっちゃったし、これから文化祭の出し物もあるし、修学旅行だってあるし・・・。」
「そうなのよねえ・・・。最低限の会話すらしたくないわ。」
「もういっそ、最初にさ、ずばっと『わたしに近寄らないでください』って言っちゃえば?」
「うん・・・。」
それは、もうずっと練習してきたセリフだ。
わたしは貴方が大嫌いです。
いつか会ったら言ってやると心に決めていたはずなのに、いざ、目の前に登場されると、どうしても恐怖感も一緒に湧き上がってしまうことに、実際に会ってから気づいてしまった。
堂々と、女王のように、彼を拒絶することができるのだろうか。
また考え込んでしまったわたしを見て、希湖が手を打って明るい声で提案してくれた。
「とりあえずさ、学校で一人にならないように気をつけよう。昼休みの様子だと、涼也君と柊悟君は優姫の事情も知っていて、味方してくれるんだよね?それで、わたしもいるから、なるべくどこに行くにも誰かついていけば・・・って、これじゃあ優姫も息苦しいか。」
「全然!すごく心強いよ。」
わたしは心から言った。希湖は微笑んで「よかった」と言った。
「マコト君、転勤族みたいだし、早くどこかに行ってくれるといいねー。」
わたしは「そうだね」と返すと、ぬるくなったカフェラテを飲み干した。
外に出ると、部活終わりらしい生徒の姿がちらほら見えた。なんとなく、他の部員に見つかると気まずいのですぐに解散しようとしたところで声をかけられた。
「こんなところにいたのか、お姫様。」
悪寒が体を一気にかけめぐった。
おそるおそる振り返ると、彼がわたしから数メートルほどしか離れていないところに立っていた。まるで、獲物を見つけた狼のような顔でわたしのことを見ている。
思わず喉がヒュッと鳴った。
希湖がわたしの手をぎゅっと握って、背中にかばってくれた。
「あ、マコト君、だよね?わたし、同じクラスの希湖っていうの。よろしくね。転校初日は大変だったでしょう。みんなに囲まれちゃってすごかったね。わたしも挨拶したかったんだけど、他の子の邪魔しちゃ悪いかなって思って遠慮しちゃったんだ。部活の見学でもしてたの?帰りは電車?」
「遠慮なんてしなくてよかったのに。君みたいに可愛い子に話しかけてもらえなくてがっかりしていたのだから。特に、後ろにいるの、優姫・・・ちゃん、だよね?」
希湖のお喋りをさえぎって、ずいっと大きな影が踏み込んできた。呼吸が乱れる。顔が挙げられない。
怖い、コワイ、こわい、こわい
希湖はわたしの手をさらに強く握ってくれた。そして、先ほどの声色と違って、少しトーンを低くした口調で話しだした。
「ねえ、嫌がってるのわからない?あなたが優姫にひどいことしたの、知ってるんだからね。悪いけど、優姫に関わらないで。」
「君が僕たちのことをどう聞いているのかは分からないけれど、あれは誤解だったんだ。僕は心から反省しているし、謝りたい。そして、もう一度やり直したいと思っている。ねえ、せめて顔を上げてくれないか?」
「だからっ」
希湖はずっとわたしをかばってくれている。手のひらから温かい体温が伝わってきて、だんだん落ち着くことができてきた。
そうだ、落ち着け、落ち着け”わたし”。わたしは”白雪姫”。わたしは”白雪姫”。わたしは”白雪姫”。わたしは”白雪姫”。わたしは”白雪姫”。わたしは”白雪姫”。
「希湖。」
わたしは決意を込めて、希湖の瞳を見た。
希湖もゆっくりうなずくと、まだ心配そうにしながらも手を放してくれた。
彼を振り向くと、安堵と勝利を確信した表情をしていた。
「ああ、やっとまともに顔をみることができた。やっぱり、優姫ちゃんは美しいね。で、どうだろう。もう過去のことは水に流してもう一度僕と」
「わたしは」
彼がごちゃごちゃ言っていることは頭に入れないで、息を吸った分だけ、はっきりした声で言葉を出していく。
「あなたが」
表情を取り繕う余裕はない。ただただ、ずっと、言いたかった言葉だけを出す。
「大嫌い」
彼の目が見開かれ、何かを言おうと唇が動いた。
そこが限界だった。
わたしはその場から背を向け、人込みを走って逃げた。




