九 キスして、目を開けて⑤
舞台袖に着くと、すぐに新が心配そうに駆け寄ってきた。
「おい、倒れて保健室に運ばれたって噂になっていたけど、本当か!?」
「あぁ~えーっと、とりあえず、今は大丈夫です。後で細かいことは説明しますね。」
新がじっとわたしの顔をのぞきこむ。
「・・・本当に、大丈夫だな。でも、上演中も無理するなよ。」
「はい。・・・あの、手を放してもらわないと、着替えられないです。」
新は指摘されてやっと気づいて両手を上げた。
「心配性だなあ。」
通りかかりの副部長に声をかけられて、新は「うるさい」と返した。
それから、昨日のように準備をして、また円陣を組んで、開演した。
順調に進行し、わたしの出番も無事に終わった。さあ、また道具の手伝いだと思っていたら、同級生の部員についたての裏に引っ張られた。
「これ、着て。急いで。」
説明もなしに手渡されたのは、真っ白なワンピース。水色の花の刺繍も入っていたり、肩や腰回りにひらひらとした布が飾ってあったりして、とても可愛らしい。
「特注とは、このことだったのだよ。」
「希湖!?」
驚いて顔をあげれば、得意げな顔をしている希湖がいた。
「どうして?というか、え、ほんとに、何?これ?」
「三年生の副部長さんに頼まれて、何人か合同で作ったの。すごく可愛いでしょう?で、演劇部のみなさんは忙しいから、着替えの手伝いにわたしが呼ばれたの。」
「う、うん、そうなんだ。え、わたし、これ着て何するの?」
「それは、わたしもよくわからないんだ。ま、とにかく着てみてよ。せっかく作ったのだし。」
訳も分からないまま、とりあえず元の衣装を脱いで、白のワンピースに着替える。
「サイズは、ちょうどいいか。肩をもう少し詰めた方が見目がいいかなあ。」
希湖がぶつぶつ言いながら、針と糸でささっと仕上げ縫いをしていく。
「当日のサプライズだからね。簡単にしか直せないけど・・・これでよしっと。」
希湖は満足げにうなずいた。
「すごく可愛い!きれい!本当に、お姫様みたい!」
褒められてまんざらでもないのだけれど、この後何が起こるのかわからない不安もある。
恐る恐るついたてから出て、舞台の様子を見に行く。
同級生の部員たちが、見やすいように前をあけてくれた。
この後何が起こるのか聞いてみたけれど、彼女たちも先輩から、とにかくわたしにこれを着せてスタンバイさせておいてほしいとしか聞いてないらしい。
緊張で手汗をかいてきた。小道具として、赤いバラの、小さな花束を持たされているのだけど、汚してしまいそうだ。
まさか、という思いと、そんなことするはずない、という期待と不安が入り混じっている。
ついに、大団円。
騎士と姫騎士が、改めて結婚の誓いを交わすシーンなのだけど。
「わたしは、婚約を破棄する!」
姫騎士副部長が、大声で宣言した。
わたしの周りでも動揺が走る。
よく見ると、新も「は?」と顔に書いてある。演技ではない。
「今回の冒険を通して、わたしは王位を継ぐよりも、騎士として国を守る方が向いていると気づいた!だから、わたしは王位継承権を放棄し、君との婚約も破棄する!だが、それでは、せっかく君が王になる将来も絶ってしまうことになる。それでは、あまりに不憫だ。だから、次の継承権のあるわが妹と婚約しよう!ここにいる、わたしの仲間たちがその証人となろう!」
副部長と目が合って、ウインクされた。
これ、アドリブだ。
多分、副部長が中心になって、新以外の三年生たちだけで考えたんだ。
こんな展開になるなんて、新が認めないだろう。けれど、もう始まってしまった。
わたしは意を決して舞台に踏み出した。
副部長の手が、わたしの肩に置かれた。小さな声で、ささやかれる。
「優姫の、ありのままの言葉で。」
それだけ言うと、舞台袖に引っ込んでしまった。
新と向かい合う。
さすが、役者志望というか、もう動揺している表情はしていない。おかげで、わたしも落ち着くことができた。
「お姉様の勝手なわがまま、まずはお許しください。」
ゆっくりしゃべりながら、急いでセリフを考える。
「ですが、実は、わたくしはひそかに、貴方様に想いを寄せておりました。それは、貴方様も同じはず。だって、お姉様と婚約する前に、この花をわたくしにプレゼントしてくれたのだから。」
これでつじつまが合うかしら。急ごしらえの設定に、冷や汗がでる
「貴方様に昔の想いが残っているのなら、どうか、この花を、もう一度わたくしにプレゼントしてください。」
わたしは思い切って、バラの花束を新に差し出した。
もう、自分がどんな顔をしているかも取り繕えない。
真っ赤か、真っ青かさえもわからない。
新は丁寧にバラの花束を受け取ると、持ち直して跪いた。
「こんな昔の思い出さえ覚えていただけていたのは、光栄でございます。わたしも、一度は第一姫と婚約をし、愛そうと努めましたが、今、改めてあなたを目の前にし、再び心が熱くなるのを感じております。こんなわたしですが、結婚してください。」
「はい!」
わたしは花束を受け取った。
会場が、割れんばかりの拍手と歓声につつまれる。
新は立ち上がると、わたしを抱き寄せた。そして、後ろ手で幕を下ろすように合図した。
「キース!キース!」
観客の後ろから、かすかなコールが聞こえて、瞬く間に大きな声の波となった。
まってまってまって、それは、想定外以上です!まずい!ほんとに、これ以上のアドリブは!
というか、緞帳係まで一緒になって手を叩いている始末。
「優姫。」
「はいっ。」
呼ばれて反射で顔を上げた。頬に唇の感触があたった。
その瞬間、大きな歓声が沸き起こった。
顔が離れる瞬間「後でな」と囁かれて、はっと見上げたけれど、新はまっすぐ観客を見て、剣を上げてポーズをとっていた。
やっと緞帳が降りて、みんなで一列に並んだ。さすがに、部長の隣を副部長に譲ろうとしたら「だめだめ」とそのまま隣に並ぶことになった。
新をちらと見ると、まだまっすぐ前を見つめている。けれど、今まで見たことないくらい真っ赤になっている。
怒り八割恥ずかしさ二割かな・・・。
昨日よりもすごい拍手と歓声の中、カーテンコールが終わると、さっそく新と副部長の戦いが始まった。
「何で相談しなかった。」
新が低い声で副部長に詰め寄る。
あまりの迫力に他の部員が後ずさりする中、副部長は平然としている。
「だって、こんなの絶対反対するでしょ。でも、わたしは絶対やりたかったの。」
「それでも、声をかけるべきだろ。」
「ごめんね☆でも、お客さんたちみんな満足してたでしょ?」
「反省してないな。」
新は持っていた模擬刀を抜いた。
副部長もにやっと笑って刀を抜く。
体育館ステージは閉会式の準備があるので、二人とも降りる。観客用の椅子の片付けが始まっていて、フロアには少しスペースができていた。
新と副部長の周りを野次馬が囲む。
「おっ、即興劇か?」
「いや、ガチらしい。」
「いけいけ!」
これは、いつ止めたらいいかしら。
わたしはひやひやしながら、とりあえず見守ることに。
新が刀を振りかぶった。それを、副部長がなんなく受け止める。
「面白いからって、何でもやるな。」
「時事ネタは、劇に取り入れていかなきゃでしょ。」
「役者のプライバシーの侵害だ。」
「芸能界に身を置くなら、多少は覚悟しないと。」
「そうやって度が過ぎていって、芸能界離れしていくんだろ。」
ケンカしながら、殺陣をこなす二人。
正直、とてもかっこよく、見入ってしまった。
「新は頭固すぎ。演技指導でも、面白みが足りないって言われない?」
「だからって、あそこまですることはないだろ。」
「あそこまでしないと、進展しないでしょ?」
「余計なお世話だ!舞台をめちゃくちゃにするな!」
「めちゃくちゃには、ならなかったでしょ。」
「それは結果論で!」
何だかヒートアップしているみたい。けれど、誰も止めようとしないし、そもそも止められる人もいない。育はもう諦めた顔をしているし、顧問は感心顔で見ているだけだ。
でも、このままだと閉会式もできないし、周りに迷惑かかるよね。
わたしは、深呼吸すると叫んだ。
「ストーーーーーップ!!!」
新と副部長が構えたまま止まった。
すかさず近づいて話しかける。周りにも聞こえるように、少し大きめで。
「新先輩、頭に血が上がりすぎです。少し落ち着いてください。」
「でも」
「それから、副部長先輩、最後の舞台に、わたしを新先輩の隣に立たせていただき、ありがとうございました。」
わたしが頭を下げると、副部長は満足げにうなずいた。
「いいのよ、いいのよ。わたし、婚約破棄ってやってみたかったのよね。今ブームじゃない?」
「ふふっ。かっこよかったですよ。わたしも、最高の思い出になりました!」
こう言えば、新はいったん引くはず。
新はしぶしぶ刀をしまった。よしよし。
「でも、さすがに相談なしでやるには、今日のアドリブはきつすぎます。」
「あ~・・・うん、そうよね。ごめんなさい。」
副部長がやっと頭を下げた。
「新、最後の舞台だったのに、ごめんなさい。」
新は頭をかきながら言った。
「もう終わりよければ全てよしだな。面白い演出だったって、認めるよ。ただ!めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!」
副部長が差し出した手を、新はバシッとはたいてから、握手しなおした。
周りがわっと拍手をする。




