九 キスして、目を開けて②
夏休み残り一週間は、怒涛の詰め込み期間だった。
舞台リハーサル、衣装合わせ、大道具や小道具のチェック、そしてクラスでもお化け屋敷の打ち合わせ、練習、連日くたくたになったけれど、始業式を迎え、ついに文化祭本番となった。
土曜と日曜の開催で、保護者や中学校の生徒も来るのでいつもの何倍もにぎやかになる。
わたしは雪女として、出口の手前に立って手招きをして、最後に景品の飴を渡す役になった。お客さんは出口とわたしが見えてきて安心したところで、壁から手が勢いよく出てきてびっくりするという仕掛けになっている。六人分の手が一気に出てくるので、わたしも練習の時はびっくりしてしまった。
「めちゃくちゃきれーい!」
白地にアジサイの花の模様の浴衣に着替えると、希湖がたくさんほめてくれた。今日と明日は、演劇の時以外は、宣伝もかねてずっと浴衣だ。
会場前にクラス全員で急いで写真を撮り、持ち場についてからは在校生も来校者もひっきりなしに来た。マコトの呼び込みが上手なせいか、お化け屋敷は思った以上に繁盛した。伸びてくる手に驚いてこちらへ走ってきたところに飴を渡すと、みんなほっとした顔で出口から出て行く。驚かす役ではないので、気持ち楽にできた。
時間になったので、役を交代して希湖と合流する。
調理部の焼き菓子や、各クラスの縁日を楽しんだら、被服部の作品展示を見に行く。
レースの刺繍や、キルティング、アニメキャラクターの衣装、ぬいぐるみ等、力作がずらりと並んでいるのは圧巻だった。
希湖に見どころを解説してもらいながら見て回る。もちろん、カリンちゃん人形も飾ってある。宣言通り、着物や浴衣を着せてあり、とても可愛かった。
「和装って、思ったより小物が多くて、すごく大変だったよ。」
「そうなんだ。すごいね。」
「それに、今回は後から特注も入ったから、もう、間に合うかどうかひやひやしちゃった。」
「特注?どれ?」
「あ、えっと、それは、明日のお楽しみ、かな。そうそう、シュシュも見て~。今回もすごく可愛いのそろってるから。」
なんだかはぐらかされた気がするけど、背中を押されて移動する。
販売ブースでデザインの気に入ったシュシュがあったので、それも購入すると、希湖はそのまま売り子としてそこに残った。
帯に挟んでおいた宣伝用のうちわを振りながら、クラスに戻っていると、後輩や前のクラスの顔見知りから声をかけられて、何回か一緒に写真を撮ることになった。
意外と時間がかかりつつ、もう一度雪女をやりにお化け屋敷に戻ると、そこそこ長い行列ができていた。
ちょうど休憩にでるところだった涼也と柊悟とハイタッチして、わたしは自分の場所にスタンバイする。
「これ、差し入れだって。」
入れ替わりの時に、経口補水液のゼリータイプをもらった。隙を見て、少しずつ飲んでいくことにする。
「お疲れさまでした・・・ってお母さん!?」
お客さんに飴を渡そうとしたら、母と、それから陽太と父も来ていた。ちょっと、家族そろって見に来るなんて、恥ずかしい。
「お化け屋敷楽しかったわ。」
「優姫姉、浴衣似合うね。」
「劇も見ますからね。楽しみにしていますよ。」
後ろのお客さんに配慮して、短く会話してささっと出て行ってしまった。
それから小一時間ほど雪女役を果たした後、交代して急いで体育館に向かう。
ステージ袖で、ついたての裏で急いで衣装に着替え、緞帳の裏で演劇部のみんなで円陣を組む。
「くしゃみしないでよね。」
副部長が、からかうように新に言う。
「しそうになったら、全力で耳をふさぐ指示を全体に出してくれ。それじゃ、いくぞ!」
おー!とほどよい緊張感とともにそれぞれ配置に着く。
ブザーとともに、緞帳が上がる。
スポットライトが、騎士と姫を照らす。
文化祭上演、スタートだ。
練習の倍早く、舞台が進行していく感覚だ。自分の出番がきて、深呼吸をして速い鼓動を収めてステー図へ一歩踏み出す。
そこはもう、ファンタジーの世界だ。
わたしは悪い妖精。全力で、姫騎士たちを倒しにいき、全力で負ける。そして退場。
息つく間もなく、大道具や小道具の設置を手伝う。
最後の一幕、三年生たちが勢ぞろいで演じている。騎士の新と、姫騎士の副部長、すごく輝いて見えた。
わたしも、同じ学年だったら、隣に立てたのかな。
ちりっと胸が痛くなったけれど、どうにもならないことを考えても仕方がない。この輝きを目に焼き付けるように、先輩たちの演技に集中した。
気づいたら終演で、カーテンコールでお辞儀をしていた。ちょうど一日目の文化祭の終わりを告げるアナウンスも鳴った。
着替えと舞台の片づけを済ませ、クラスに戻る。舞台を見に来てくれた何人かから声をかけられ、笑顔で応じる。
文化祭一日目、大きなトラブルなく終えることができた。
帰り道、新は大道具などのチェックをしてから帰ると言うので、今日は希湖と涼也と柊悟と一緒に帰る。まだ一日目。高揚感のある中でお喋りしながら帰るのもとても楽しかった。
家に帰れば、早速、母、父、陽太から演劇を絶賛された。親バカじゃないの?と思ってしまうけど、まんざらでもない自分もいる。ひとしきりお喋りして、布団にもぐると、あっという間に眠ってしまった。




