九 キスして、目を開けて①
お盆を過ぎて、夏休みも終盤。文化祭の準備は着々と進んでいた。
演劇の指導にも熱が入ってきて、特に三年生からの指導が厳しい。これが最後、というのもあって自分たちのもてるものを全て伝えてやるという熱量がすごい。
わたしたち二年生もついていくのに必死だ。一年生も大変そうだけど、育がうまくまとめているおかげでなんとかなりそうだ。
クラスのお化け屋敷も、窓には段ボールと暗幕で目張りして、黒い布を吊り下げて通路を作ってだいぶ様になってきた。
今日、わたしがやることは、みんなで推した手形スタンプを切り抜いて、壁などに装飾していくこと。クラスメイトと一緒にお喋りしながらやると、地味な作業も苦にならない。
マコトは意外にも毎日クラス準備を手伝っているようだった。色んな女子とのデートも相変わらず欠かさないようだし、相変わらずわたしとの距離も近いけれど、準備中は人も多いので気にしないよう過ごしていた。
好きなアイスの話題で盛り上がっていたら、突然明かりが消えた。
クラスメイトたちが何だ何だと騒いでいる。
わたしも思わず、隣にいる子と手を取り合っていたら、横からフッとライトが照らされた。
「大丈夫?」
マコトが、携帯のライトであたりを照らしてくれていた。
「あ、ありがとう。」
とりあえず、お礼を言っておく。
しばらくすると、また明かりがついた。
どうやら男子の悪ふざけだったようで、女子たちに袋叩きにされていた。
「ちょっと怖かったねー。」
クラスメイトと顔を見合わせて苦笑いする。
その子がマコトに顔を向けて言った。
「マコト君、ライトありがとうね。」
「どういたしまして。」
マコトは去り際にウインクして、自分の作業に戻っていった。
「自分たちで作ったものだけどさあ、やっぱり暗いと怖いねえ。」
おしゃべりと作業を再開する。
「そうね。今のは心臓に悪かったわ。」
「優姫ちゃんは、そもそもお化け屋敷って入れる?」
「実はあんまり得意ではないの。驚かせられるのが苦手でね。」
「そうなんだ!わたしもお化け屋敷苦手だから、仲間がいてよかった~。」
わたしたちは顔を見合わせて笑った。
「何だか、優姫ちゃんって話しやすくなったよね。」
そう言われて内心ドキッとする。
「わたしはさ、今年から同じクラスになったから余計にそう思うのかもしれないのだけど、誰とでも仲良くしているけど、どこか高嶺の花って感じがしていたのよね。でも、マコト君とトラブルがあって今も仲違いしていたり、彼氏の話で顔を赤くしたりしてるのを見てさ、親近感が出てきた。あっ、別に、優姫ちゃんがお高くとまってるとかじゃなくてね、あくまでわたしの感想なのだけど。」
「大丈夫よ。そう言ってもらえて嬉しいわ。」
言われてみれば、今まで”白雪姫”を演じなければいけない緊張感があったけれど、新に『そのままでいい』と言われてから、動きやすくなった気はする。
「文化祭も、彼氏と一緒に回ったりするんでしょう?」
そう聞かれて、そういえばまだ約束していなかったことを思い出す。
「どうやってシフトを回すのかまだ決めてないし、相談はしてないけど、回れたらいいなとは思っているわ。」
「いいなあ。希湖ちゃんと涼也君も付き合ったもんね。わたしもカップルで文化祭を回るイベント、してみたいなあ。」
わたしはつい思い出し笑いをしてしまった。
先日のクラス準備に希湖と涼也がそろってきた時に、あまりに初々しい雰囲気をしていたので、すぐクラスメイトたちにバレて、盛り上がっていたなあ。
海で少し距離が縮まったとはいえ、まだまだ可愛らしいカップルで、クラスみんなで見守っていこうと一致団結したのだった。
「今日の作業はここまで~。片付けをしてくださーい。」
実行委員の号令で、みんなが片付けを始める。
といっても、はさみやのりを一か所にまとめておくだけなのですぐ終わる。
わたしは鞄から携帯を取り出すと、新にメッセージを送信した。
明日は舞台リハーサルがあるので、体育館で準備をしているか、自習室で勉強しているはずだ。
すぐに既読がついて、教室前に来てくれることになった。
クラスメイトたちと夏のホラー番組の話をしながら時間をつぶしていたら、ドアから新が顔をのぞかせた。
もう慣れたもので、あまり騒がれなくなったけれど、やっぱり気恥ずかしさは感じつつ、わたしはクラスの子たちに手を振って新の方へ向かった。
帰り道、新に『雰囲気が変わった』と言われたことを話してみた。
「どうかな?わたし、変わった?」
新はしばらく悩んでから答えた。
「まあ、確かに、部活でも育以外の後輩からも絡まれるようになってきたな、とは思うな。でも、もともとコミュ力お化けだっただろ。相手の趣味に合わせて話題を広げるの上手だし。そもそも俺は、優姫の素は可愛いの気づいてたし。」
不意に褒められ、少し赤くなる。
「ま、まあ、色々な人と仲良くなるのは”白雪姫”の義務だと思っていたし、お喋りするのは好きだから、わたしは仲良くできていたつもりだったのだけど、やっぱり、高嶺の花のように思われていたのだなあと思って。」
「まあ、姫、だからな。」
「でも、それがなくなったということは、わたしはちゃんと”鏡”に戻れたということでいいのよね。」
「”鏡”に戻ったというより、それが”優姫”だっていうことだろ。」
新は自転車を止めてわたしに向き合った。
「俺は”くしゃみ”じゃなくて”新”だし、優姫も”鏡”じゃない。俺は今の”優姫”が好きなんだ。」
新のまっすぐな言葉は、わたしの心に一直線に入ってくる。
「うん。ありがとう。わたしも新が好きだよ。」
急に恥ずかしくなって、ちょっと新を小突く。
わたしを好きになってくれてありがとう。
いつか、この言葉も、直接言えたらいいな。




