八 かがやくものは③
どちらからともなく、ため息が重なって、顔を見合わせて笑った。
「眠っちまって悪かったな。優姫は大丈夫か?」
「大丈夫。座って休めたし。」
「そうか。いやー、いつもなら育と母さんが家まで喋りまくるから、起きてられるんだけどなー。」
「パワフルだね。」
「ああ。でも、家に着いた途端玄関で寝ようとするから大変。」
そうやってお喋りしながら電車を降りて、今日は駅前のファミレスに入る。安いけど量が食べられる、学生の味方だ。
わたしはドリアと食後にティラミス、新はドリアとピザとポテトを頼んだ。あのお腹にこれだけ入るのかあと、つい水着姿を思い出してしまった。
もともと、今日は受験も演劇も忘れて遊びつくすと宣言されていたので、話題も出さないように気をつけた。でもそれも、演劇以外の新を知るいいきっかけになった。
しっかりお腹が満足になると、やっぱりお互いに眠気がぶりかえしてきた。ファミレスで寝こけてしまう前に帰ることにする。
今日は一駅歩くことはしないで、電車に乗ってわたしの最寄り駅に降りなおす。今日くらいは駅まで陽太に迎えに来てもらうことにしようかと言ったけれど、新の「いやだ」という一言で一蹴されてしまった。
いつものように家まで歩こうとしたら、新が「少し、公園に行かないか」というので遠回りすることに。そんなに体力があるのか、少しでも休日を延長したいのか、とりあえず付き合うことにする。
もう夜になっているとはいえ、風は生ぬるく、じっとりしてくる。噴水に近づくと、少しマシな気がした。
犬の散歩をしている人、ジョギングをしている人、きっと暑さを避けてこの時間に歩いているのだろうな、という人がちらほらいた。
疲れてお互いに口数が少なくなってしまっているけれど、遊びつくした満足感があってこの沈黙も心地よい。
新に手を引かれるまま歩いていたら、噴水の近くの木陰で止まった。
新が体の向きを変えて、わたしの目を見て口を開いた。
「あの・・・もし、嫌じゃなければ・・・目を閉じて、いや、開けててもいいのか?あの、俺も初めてだからわかんないんだけど、だから、つまり、えっと、キスしてもいいか?」
一瞬、間が空いた。
外からの暑さじゃなく、自分の内側から熱が上がっていく。
鼓動が大きくなって、音が聞こえなくなっていく。
真剣なまなざし、固く結ばれた唇に吸い込まれるように、わたしは目を閉じた。
やわらかい感触が、一瞬あった。
目を開けたら、長いまつげと、熱っぽい瞳がすぐ近くにあった。
そして、もう一度キスをした。
長かったとも、一瞬だったともいえる時間だった。
気づいたら、新の腕の中に抱きしめられていた。
新が深呼吸を繰り返している。
「・・・緊張した~~~。」
「わたしも、びっくりした。」
「いや、優姫が言い出しっぺだからな。」
「え、あれ、まだ根に持ってたの?」
しゃべり始めたら、いつもの調子が戻ってきた。
「あのな、優姫はもうちょっと、俺に警戒心をもってくれ・・・。俺も男だからな?」
そう言われてわたしは首をかしげてしまう。
「でも、新はわたしの嫌なことはしないでしょう?」
「それは、そうだけど・・・。」
最後に、長く息を吐きだすと、新は改めてわたしの手を取り直して歩き始めた。
心なしか、足元がふわふわする。
体は疲れているはずなのに、さっきのせいで心が騒がしい。
新が恥ずかしい気持ちを紛らわせたいのか、とりとめのない話題をずっと振ってくる。
わたしも気分を落ち着かせたくて、会話にのっかる。
そうしたら、あっという間に自宅前まで着いてしまった。
「じゃあ、また、部活でな。」
「うん。今日はありがとう。」
「俺も、ありがとう。玄関で寝るなよ。」
「ふふっ。それは大丈夫だよ。」
手を話したら、今日が終わりなんだ。
楽しかったことが思い返されて、名残惜しくて、でももう離さないといけなくて「最後、もう一度キスしたいって言ったら?」なんて思ったことが口から出ていた。
自分で言っておいて、頬がどんどん熱くなっていく。
新があからさまに動揺している。
「ほんっと、そういうとこ・・・」
塀に背中をつけるように押されて、影に隠れるように唇が落とされた。
「じゃあな。」
新が振り切るようにさっと離れて歩いて行った。
途中で一度だけ、振り返って手を振りなおしてくれた。
わたしは家の中に入ると、疲れたからと言ってお風呂に直行した。
シャワーと一緒に磯の香りが流れていく。
けれど、火照った頬と唇の感触はなかなか消えてくれない。
キスしちゃったー!!!
デート、とはいえ希湖も涼也もいたから、そんなにイチャイチャできないかなと思っていたら、まさか、最後の最後でキスをするとは思っていなかった。
付き合っても、部活終わりに一緒にお弁当食べたり、帰ったりするだけで、進展したいとは言ったけれど、まさか、今日、するとは思わなかった!
一通りシャワーを浴びて、自分の部屋に行く。
ベッドに寝転んで目をつぶっても、今日のことが次々と思い返されてくる。
楽しい一日だった。始まるまで、お互いに気を遣いすぎないかとか、ものすごい人込みでデートどころじゃなくなったらどうしようとか、不安もあったけれど、ひたすら楽しかった。
転生して、よかったなぁ・・・。
気づいたら、タオルケットにくるまって、眠っていた。




