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七 明かして分かり合う②

 放課後になり、図書室に残ることを話すと柊悟も一緒にいてくれることになった。

 二人で帰ることになって、希湖も涼也も少しそわそわしながら教室を出て行った。

 わたしも柊悟と一緒に図書室へ向かう。


 いつも、勉強は自室か教室でみんなで集まってやっていたので、放課後の図書室というのは新鮮だった。

 見回すと、同じように教科書を広げている人もちらほらいた。

 窓際に向かい合わせで座り、わたしは教科書、柊悟は本を開いた。

 思わず「勉強しないの?」と聞いたら「だいたい授業で頭に入ってるから」と返された。さすが『先生』だ・・・もっといい高校に行けただろうに、どうしてうちの高校にいるのか不思議だ。


 通路から時々視線を感じながらも、勉強には集中することができた。意外と図書室で勉強してから帰るのもいいなあと思っていたら、柊悟がスッと立ち上がった。

 お手洗いかしらと特に気にせずノートを見ていたら「じゃあ、僕はこれで」と急に帰ろうとした。

 「えっ」と顔を上げると、入れ替わりに新が正面に座るところだった。


 あっけにとられているうちに、柊悟は軽く手を挙げてそのまま図書室から出て行ってしまった。

 ぽかんとしていると、新が携帯を操作した。そして、わたしの方の通知が鳴った。

 急いでメッセージを開いてみると『図書室にいると思ったら気になって来ちまった。迷惑だったか?』と送られてきていた。わたしは首を横に振ると、口パクで『よかった』と返してくれた。


 そして、教科書とノートを広げて新も勉強を始めたので、わたしも改めて集中しなおした。

 新が前に座ってから、周囲から視線を向けられる回数がより多くなった気がするけれど、周りから見られている分、新より教科書に向き合うことができた。


 図書室ならではの静けさと、少しの足音、正面の新のペンの音、少しずつまばらになっていく人影、薄暗くなっていく空。そうした雰囲気を肌で感じながら、穏やかな時間が過ぎていった。


 新がペンでわたしの前を軽くたたいた。


「そろそろ帰るか?」

「はい。わたしもきりがいいので。」


 鞄を整えて図書室を出たところで、新が大きく伸びをした。


「図書室でもいいものだな。

「わたしも、いつもは家か教室でみんなとなので、新鮮でよかったです。というか、何で来てくださったんですか?」

「えっと、だから、図書室にいるんだよなーって思ったら、やっぱり一緒にいたくなって・・・やっぱり、気が散って迷惑だったか?」

「全然!あの、嬉しかったです。」

「うん。まあ、あいつもいたし、結局行ってよかった。」


 わたしは驚いて新を見上げた。


「え!?もしかして、マコトですか?」


 新も驚き返していた。


「え、気づいてなかったのか?あ、もしかして、言わない方がよかったか。俺が来たらすぐに出て行ったし。」

「そうだったんですね、いえ、教えてくれてありがとうございます。どうして柊悟は言ってくれなかったのかしら。」

「背後にいると知ったら勉強に集中できないと思ったんじゃないのか?」

 

 言われてみると確かに、勉強する気も失せて、柊悟と一緒に帰っていたかもしれない。

 それにしても、ストーカーのようで気味が悪い。全部ただの偶然で、気のせいだということにしてしまいたい。


 新が家まで送ってくれるというので、お言葉に甘えることにする。

 自転車を押しながら歩くので手はつなげない。けれど、話しながらゆっくり歩いて帰るだけでも嬉しい。

 あっという間に着いてしまって、名残惜しさを感じつつ「また明日」と言えるのも嬉しくて、新が自転車をこぐ姿が見えなくなるまで見送ってから玄関に入った。

 

 リビングに行くと、ちょうどお風呂から上がった陽太と鉢合わせした。


「ただいま。」

「・・・おかえり。」


 少し間は空いたけれど、ちゃんと返してくれたのでほっとする。


「おかえり、優姫さん。すぐ夕飯にしますか?」


 父に聞かれて少し考える。


「うーん、先にお風呂入ってきます。お父さんたちは食べててもいいよ。」

「わかりました。あ、凜子さんは今日は遅くなるそうです。」

「はーい。」


 わたしはあまり待たせないように手早くシャワーを浴びた。そのはずなのに、陽太はもう食べ終わっていた。


「じゃあ、僕は勉強したいから部屋に戻るね。」

「えっ、はや・・・。」


 いつもなら、夕ご飯も一緒に食べて、高校では何をしていたのかしつこいくらい聞いてくるのに、あっさりリビングを出て行ってしまった。


「あんなに勉強熱心だったかしら・・・。」

「まあまあ。陽太君も年頃ですしね。家族と過ごすことに抵抗も出てくるでしょう。」

「そういうことなのかしらね。」


 父と他愛のない話をしながら夕飯を食べる。新のことを父に話すのは、気恥ずかしいので避けながら話題を探す。というか、母、喋ってないわよね。さすがにプライベートを話すまで口が軽いとは思わないけど・・・。


 少しドキドキしながら夕飯を終え、わたしも自室に向かった。入る前に、陽太の部屋のドアを見つめる。特に物音もしない。勉強しているのか、早起きした分寝てしまったか。

 あんなにかまってちゃんだったのに、急に距離を置かれると、物足りなさを感じてしまう。

 ノックして少し話でもしようかと思ったけれど、直近の態度を思い出してやめた。そっとしてほしい時というものもあるかもしれない。

 わたしは自室に入ると、少しだけ勉強してから眠った。


 陽太の自立は三日坊主で終わらず、毎日わたしより早起きして、夜もほとんど会話せずに自室にこもることが続いた。最低限、挨拶はかわしてくれるので、家族みんな、陽太から話しかけてくるまではそっとしておくことに決めた。


 学校の方では、お昼は新と食堂で食べるようになった。まだまだ周囲からの視線はびしばしくるけれど(おかげで隣に人が座ることはなかった)、落ち着いて話ができるようになった。放課後は図書室で新と一緒に勉強したり、新は自習室、わたしは教室でみんなで勉強してから、帰り道は合流したりして二人の時間を過ごした。


 マコトは相変わらず、つかず離れずの距離を保っていた。何かをしてくるわけでもないし、同じ教室にいる限り仕方のないことではあるけれど、常に見張られている気分で、お昼と放課後になるとほっとした。新と一緒にいると、マコトはどこかへ行ってしまうのだ。


 そんな感じでテスト期間も終わり、部活動が再開した。当然、わたしも新も盛大にいじられた。中でも育が大はしゃぎで「今度から優姫お姉ちゃんって呼びますね!」と言ったら、「気が早い!」と新に頭をはたかれて、また周りが盛り上がった。(早くない未来にはお姉ちゃん?ということはー!?新は赤面して座り込んでしまった。)ただ、新が文化祭に向けて鬼稽古モードを宣言したことで、練習中はいつも通り過ごすことができた。


 帰り道も、わたしの家まで一緒に帰ることが自然になってきた。

 ただ、その日はちょうど、どこかへ出かけようとしている陽太と玄関で鉢合わせしてしまった。

 一瞬、気まずい空気が流れるが、気を取り直してわたしは陽太に声をかけた。


「陽太、これからどこ行くの?」

「・・・ちょっと、コンビニ。」


 それだけ言って、陽太は走っていってしまった。新の傍を通る時も、顔をうつむけたまま通り過ぎていった。


「もう、挨拶くらいすればいいのに。」

「姉貴の彼氏なんて、気まずいだけだろ。うちの育がおかしいくらいだ。」

「そうなのかしらね。」


 とりあえず、わたしは新に手を振って家の中に入る。

 陽太はコンビニから帰っても、部屋に直行して閉じこもってしまった。夕飯に声をかけても出てこない。

 母も父もさすがに顔を見合わせて、少し困った顔をしていたが、今日のところは様子を見ることにしてそっとしておくことにした。


 夕飯もお風呂も終えて、今日の稽古の振り返りをしたくて部屋に戻った。換気をしたくて部屋の窓を開けたら、すすり泣きが聞こえて一瞬びくっとしたけれど、よくよく耳を澄ませてみると、隣から聞こえてくるようだった。

 陽太が泣いてる?


「もう、どうしよう・・・。」


 あら、誰かと電話しているのかしら。それじゃ、聞いたら悪いと思って窓を閉めなおそうとして、次の言葉で手が止まる。


「好きって、どうやって諦めたらいいんだろうね。」


 恋煩いだったの!?

 心の中で謝りながら、窓際の壁にもたれて聞き耳を立てる。


「幸せになってくれるなら、それでいいじゃんって、言い聞かせてみたけどさ、やっぱり納得できないよ。」


 相手が喋っているのか、少し間があく。さすがに相手の声までは聞こえない。けれど、陽太が恋の相談をするならやっぱり楓賀君かしらと想像する。


「そりゃ、今度こそ僕が幸せにしてやるって思ってたけどさ・・・見ちゃったんだもん・・・あんな笑顔、見たことなかった・・・。」


 どうやら、好きな人が他の人といるところに鉢合わせしてしまったようだ。


「自信ない・・・。」


 多分、諦めないでアタックだ!って言われているのかな?


「どうせ、僕のことは弟にしか見られてないよ。」


 おぉ、相手は姉御肌なのかな。


「っていうか、そんなことして気まずくなる方が怖い。」


 ふむふむ。


「うっ、それは言わないでぇ~。」


 そんなことだから、先を越されたんでしょ、みたいなこと言われたのかな?


「だって、四六時中顔を合わせるんだよ!?うまくいかなかった場合が怖すぎる。」


 同じクラスなのかしら?


「いやぁ~その弟か、恋人か、の二択が決められなくて今困ってるの~。」


 なるほどなるほど。


「恋人になれたらなりたかったよ。でも、相手を実際に見て、もう見た目からして勝てない!」


 陽太も見た目は悪くないと思うけど・・・そんなにイケメンだったのかしら。


「確かに、僕と路線は違うけど、そもそも好みがあっち系だったら勝ち目ないじゃん。」


 そういうことね。


「まあ、見た目にこだわる人ではないけれど・・・。中身でも勝てるかどうか・・・。」


 そこは自信をもっていいと思うわよ!思いやりがあるし、意外としっかりしたところもあるし、家事全般もできるし!


「ありがと。うぅ~。」


 また泣いてる。

 失恋かあ。わたしに告白してくれた人たちも、こうやって泣いた夜があったのだろうか。

 もし、もしも、わたしも新にフラれていたら・・・ちょっと立ち直れないかも。

 辛いだろうな。しかも、想いを告げる前にだものね。


「・・・うん、決めた。今はまだ、言わない。距離も置いたままにする。それで、いつか、男前になったねって、少しでも意識してもらえるように、頑張る。」


 よかった。前向きになれたのね。

 わたしは音をたてないように、ゆっくり窓を閉めようとした。


「それで、新じゃなくて、僕の方がいいって、振り向かせてみせる。」


 窓の鍵を閉めて、カーテンをひく。

 何で新の名前が出てきたの?

 恋バナを盗み聞きしていた時から速まっていた鼓動がさらに速くなる。


 鉢合わせ、した。

 わたし、姉。

 四六時中、家族だからね。

 新と陽太、言われてみればほぼ逆。

 見た目にはこだわらない、それはわたしの信念。


 最近、距離が置かれていたのは、このためだったの?

 陽太は、わたしのことが好きなの?

 陽太のことは、本当に弟にしか見ていなかった。

 でも、陽太は、違った。

 どうしよう、すごく混乱している。


 確かに、わたしと陽太は義理の姉弟なので、そういうのも可能ではあるのだろう。

 でも、でもでも、そんな、まさか。

 わたしが”白雪姫”だから?

 

 そうだ。今度こそ幸せにと言っていたということは、”白雪姫”のことだ。

 だとしたら、この想いは”鏡”は受け取ってはいけない。

 ずっと”白雪姫”として、みんなからの『幸せになってほしい』という思いを受けて、本当の”白雪姫”を幸せにするために動いてきた。


 けれど『幸せにしたい』は違う。これは、ちゃんと、本物の方に届けるべきだ。

 だけど、本物の行方はわからない。 

 なら、せめて、間違いだけでも正さないと。


「気が重い・・・。」


 わたしは枕を抱きしめて布団に倒れ込むと、目を閉じた。

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