七 明かして分かり合う③
数日間、陽太の想いを知ってしまったわたしは全力で知らないふりをしつつ、どうやって真実を話そうか思案した。
そして、明日から夏休みだというのに、重たい気持ちを抱えたまま終業式を過ごした。
新にだけは、事情は伏せつつ陽太と楓賀に自分の正体を明かすことを伝えた。
「一人で抱え込みすぎるなよ。」と、頭をなでてくれて少し勇気が出た。
そして、帰宅して、ちょうど夕飯を食べに来た楓賀と陽太に思い切って声をかけた。
「大事な話がしたいから、夕飯の後、部屋に行ってもいい?」
陽太も楓賀も顔を見合わせてけげんな表情をしたけれど、うなずいてくれた。
食事中は、楓賀もいるからか、陽太は以前よりは口数は少ないけれど、和やかに会話が弾んだ。
片付けもして、父と母に「ちょっと三人で話したことがあるから」と陽太の部屋に向かった。
カーペットの上で、陽太と楓賀に向かい合う形で座る。
二人とも、ちょっと不安そうにわたしのことを見つめてくる。
いざ、本当のことを話そうとすると、心臓がぎゅっと痛くなる。
失望されるかもしれない。
嫌悪されるかもしれない。
それでも、陽太の想いはないがしろにしたくない。
陽太も知るなら、楓賀も知っておいた方が、陽太のことを支えてくれるかもしれない。
わたしは深呼吸すると、自分が”白雪姫”ではなく”鏡”であること、幼少期の始まりからのことを全て話した。
「今まで本当のことを黙って、騙していて、すみませんでした。」
最後に頭を下げて話終えると、痛いほどの沈黙がおりた。
恐る恐る顔を上げてみると、案の定、怖いくらい表情が固まっている陽太と、目をぱちくりさせている楓賀の顔が見えた。
「あ、あの、このことを知っている人って、他に誰かいますか?」
楓賀がおずおず聞いてきた。
「母と、新だけが知っているわ。」
「ど、どうして、僕たちに打ち明けてくれたんですか?」
「もう、本物の”白雪姫”からマコトを引き離すことには成功したし、身内には知っておいてもらおうかと思って。楓賀君は陽太と仲が良いしね。」
「ぼく、ちょっと頭冷やしてくる。」
陽太はいきなり立ち上がると、部屋を出て行った。
玄関のドアの開閉音がして、楓賀と二人きりになる。
少し気まずい沈黙を破ったのは楓賀だった。
「あの、僕個人の、その・・・感想?を言ってもいいですか?」
「はい。もちろん。」
わたしは姿勢を正した。
「えっと、まず、話してくれて、ありがとうございます。その、黙っててもよかったんじゃないかって、正直思うんですけど、でも、これって、えっと、陽太のためですよね?」
わたしは何て言おうか迷って、黙ってしまった。
楓賀は頭を振りつつ話を続けた。
「あ、いえ、優姫お姉さんが気づいていることは、陽太には話しません。ただ、僕としては言ってもらえてよかったかなって。多分、陽太の恋心には、今度こそ”白雪姫”を幸せにしたいっていう想いがあると思うので。だから、お姉さんが”白雪姫”ではなかったと知って、ショックではあるけれど、きっと、方向を修正していけると思います。」
「楓賀君は、陽太のことをよく見てくれているのね。」
「まあ、ずっと、一緒にいるので。」
楓賀ははにかんで笑った。
「僕は、優姫お姉さんが”白雪姫”を引き受けてくれて、よかった、と思います。なんとなく、ですけど。えっと、それじゃ、そろそろ、陽太の様子を見に行ってみますね。」
「うん。ありがとう。」
楓賀も部屋を出て行き、わたしは大きく息を吐きだした。
これでよかったのだ、きっと。
自分でそう言い聞かせながら、その夜は過ごした。
結局、陽太は楓賀の家に泊めてもらった。
翌日、わたしが部活動にいっている間に帰ってきた。
けれど、ずっと部屋に引きこもったまま出てこなかった。
夕飯も、部屋で食べたいと言って、母が運んでいた。
部屋から出てくるのは、真夜中にお風呂に入る時だけ。(あの睡眠大好き人間が真夜中に起きているなんて!)
そんな状態が数日続き、さすがに、父が話を聞くために部屋に入ったが、考えがまとまったら話すと言われて追い返された。
気になるけど、気にしないように普段通りすごすことはストレスのかかることだったけれど、わたしと話をしてから一週間後、ついに「話があるから」と家族全員リビングに集められた。
「進路なんだけど、県外の寮のある高校で、農業を勉強したいんだ。」
お金のかかることだし、何よりこんな自分が家を出てやっていけるのか不安もあったけれど、やっぱり今から本格的に農業に携わってみたいというい話だった。
今まで引きこもることが多かったのは、ネットで色々な学校を検索し、通学できる高校と比べてのメリットやデメリットをまとめたプレゼン資料を作っていたらしい。
両親は驚きつつも、陽太がまとめた資料を関心をもって眺めていた。
「これだけ考え抜いて自分で出した答えなんだ。僕は応援したいと思いますよ。どうですか?凜子さんは。」
父は陽太に微笑みながら凜子に目を向けた。
「そうね。農業はとにかく大変というイメージだけど、でも、今から行きたいということはそれだけ本気なのでしょう。やれるだけ、やってみたら。」
凜子からもOKが出たので、あとはこの夏休みに見学に行くところを選んで、両親の仕事の調整をする時間となった。
わたしは声をかけてから自室に戻った。
陽太が家を出る。本気で農業を勉強したいから。
本当に、それだけ?
わたしと、一緒の家にいるのが嫌になったという理由もあるのではないか?
本当は家から通いたいのを、無理させてしまったのではないか?
宿題を開くけれど、内容がまるで頭に入ってこない。
悶々としながら過ごしていたら、ノックの音が聞こえてびくっとなった。
「優姫姉、今ちょっといい?」
わたしは緊張しながらドアを開けた。
「どうぞ。」
「いや、ここで大丈夫。あのさ、さっきの進路の話だけど、優姫姉の話より前に、寮に入ることは考えていたんだ。」
「そう、なの。」
図星を突かれて言葉に詰まる。
「それでね、僕、優姫姉が好きだったんだ。」
さらりと言われて、心臓が跳ねる。
「だけど、優姫姉が”鏡”だって聞いて、僕、白雪姫に恋していたのか、優姫姉に恋していたのか、わからなくなっちゃった。だから、一旦距離を置いて、考えてみたいんだ。」
「・・・そうなのね。」
「入寮してもさ、夏休みとかお正月は帰ってこられると思うし、僕、たくさん勉強して、たくましくなってくるから。だから、気持ちの整理がついたら、また話を聞いてくれる?」
陽太はわたしを見つめて、にっと笑った。
「それまでは、今まで通り、仲の良い姉弟でいてくれる?」
「・・・ありがとう。ありがとう。」
感謝の気持ちが溢れてきて、気づいたら、涙が頬を伝っていた。
「あ、あれ?なんだろ、ちょっと、安心したっていうか」
慌てて涙を止めようと思って顔を拭うと、陽太の腕が伸びてわたしの体をそっと引き寄せた。
ああ、もうこんなに大きくなっていたのか。
初めて会った時は、無邪気な笑顔に見上げられていたのに、今ではわたしの頭を肩に寄せられるくらい、成長していた。
「ありがとう。もう大丈夫。」
わたしはそっと一歩下がった。
陽太は照れくさそうに「よかった」と言った。
「それじゃ、僕はまた母さんたちと話があるから。」
「うん。受験、がんばってね。」
「ありがと。」
陽太が明るく笑うのに、わたしもやっと、いつも通りの微笑みを返すことができた。




