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七 明かして分かり合う①

 朝起きてリビングに行き、わたしは目を見開いた。


「え!?なんで陽太がもう起きてるの?」

「・・・別に、中三ですから。」

「え!?髪の毛も整ってる!」

「・・・もう、中三ですから。」


 わたしは母の傍に近づいてこっそり聞いた。


「陽太、どうしたのかなあ。」


 母も不思議そうに首をかしげている。


「さあねえ。ま、自分のことは自分でやる自覚がついたならいいことでしょ。」

「ごちそうさまでした。」


 陽太はさっさと立ち上がるとお皿を洗った。

 わたしが母と朝ごはんを食べていると、もう鞄を持って登校しようとしている。

 朝から三度目のびっくり。


「え!?もう学校行くの?」

「だって、どうせ中学と高校別だし。じゃあ、いってきます。」

「いってらっしゃい。」


 母も見送りながらまた首をかしげた。


「シスコンまで治っちゃったわねえ。今までずーっと、中学だって高校だって、登校する時は一緒だったのに。」

「うん・・・。急に姉離れされると、なんかさみしいなあ。」


 わたしはいつものルーティンが崩れて、ふわふわした気持ちになりながら家を出た。

 涼也と合流すると、不思議そうな顔をされた。


「あれ?シスコンはどうした?」

「それがね、急に『もう中三だから』って言って、わたしより先に起きて先に学校に行ってしまったの。」

「はぁ~。ついに姉離れかあ。好きな人でもできたんじゃね?」

「ん゛っ、んっ」


 『好きな人』という言葉に反応して、ちょっとむせそうになった。


「そういう話ねぇの?」

「いや・・・ない、わね・・・。」


 自分のこともあって、少々歯切れの悪い返事になった。

 どうしよう、男の幼馴染に『恋人ができた』と報告するのって、なんだか気まずい。

 けれど、いずれわかることだし、早めに言っておくべきよね。


「あのね、わたし、新先輩とお付き合いすることになったわ。」

「おう、よかったな。・・・そうなると、俺と一緒に登校するの、まずくね?」

「・・・そこまで考えてなかったわ。でも、涼也だったら気にしないと思う。今はマコトのこともあるし。」

「そうだな。でも、帰りくらいは別になるだろ?今日からテスト期間だし、待ち合わせとかするのか?」


 テスト期間、そう聞いてわたしは固まった。

 昨日も話題に出たのに、浮ついていてすっかり抜け落ちていた。部活動ないじゃん。


「・・・まさか、忘れてたのか?」

「そのまさかです・・・。」


 涼也は大口を開けて笑った。


「あっはっは。さすがの姫様も、恋すると浮かれるんだな。」

「そっちこそ、希湖と最近いい感じだって聞いてますけど?」


 わたしがやり返すと、あからさまに涼也は顔を赤くした。


「なっ、いい感じ、というか、ちょっと、メッセージやりとりするようになってきたっつーか。」

「人の心配ばかりしてないで、自分も進んでみたらっ。」


 バシッと背中を叩くと、涼也は軽くつんのめった。


「でっ、でもよお、俺、ケンカっ早いし、希湖みたいな大人しい子に釣り合うか・・・。」

「ケンカしてたのは、小さい頃じゃない。今はちゃんとわきまえてるでしょ。それに、希湖は運動もできる方よ。今度一緒にサッカーしてみたら?」

「二人でサッカーしてもどうしようもないだろ。」

「じゃあ、ボタン付けでも教わったら?」


 そうか、その手があったか、と涼也はぶつぶつ呟きながら考え始めた。

 涼也が考え込んでいる間に、学校に着いた。

 クラスの子たちと挨拶したり、エンタメの話題を共有したりしているうちに希湖と柊悟も登校してきた。


 希湖がベストをくいくいと引っ張るので、話から抜けて壁際に移動する。

 小さい声で「昨日はどうだった?」と聞かれたので、わたしも小さい声で「付き合うことになったよ」と返す。

 すると、希湖は口は押えて、目はめいいっぱい見開いて、その場で両足をじたばたさせた。


「えっ!?すごい!すごいね!どこで?何て言われたの?」


 声量は抑えていたけれど、希湖のはしゃぎっぷりにさっき話していた女子グループが近づいてきた。


「何々~?」

「すごく楽しい話の予感がするんだけど、教えて~?」


 なんで、こうも女子と言うものは恋バナに敏感なのだろう。

 わたしは少し迷ったけれど、学内の知名度からしてバレるのも時間の問題な気がしたので、いっそ公にしてしまうことにした。心の中で謝っておく。新、勝手に決めてごめんなさい。


「えっと、わたし、彼氏ができたの。」


 恥じらいつつ、嬉しそうな表情を意識して言うと、とたんに女子たちから歓声が上がり、男女構わず人が集まってきた。


 誰?部活の先輩?あ、こないだ廊下に立ってた人?え?イケメンじゃん!いつから?やばいね!うわー俺たちの青春が終わった。いや、お前にそもそも脈ないから。いや、夢見るくらいはいいだろ。あぁぁあ俺たちのアイドルが!演劇部部長だろ?勝てねえよ。でも俺はそんな優姫ちゃんも推す。この二人ならカップルで推せる。尊い。美男美女だね。お似合いだよね。おめでとう!


 あまりにも騒ぎすぎて、他のクラスまで入ってきて、担任の先生が来て追い返すのに苦労していた。浮かれすぎないようにと、軽く釘を刺されてしまった。


 休み時間になるたびに、希湖を中心に質問攻めになった。おかげで隣の席の柊悟は毎回涼也の席へ避難することになった。


 マコトは落ち込んでいる男子を励ましたり、表面上は気にしていないような素振りだった。

 これで本当に諦めてくれるといいのだけど。

 そんなことも、ちらと考えながら、昼休みになった。


 周りの子も購買や食堂に急いで行ったり、いつものグループで食べようとしたりしている。わたしも、いつも通り、四人で食べようと机に手をかけたら、希湖と涼也と柊悟から「え?」と声があがった。

 わたしも思わず「え?」と返したら、希湖にぐいぐい手を引っ張られて廊下に出た。


「いやいや、昼休みは新先輩と食べるんじゃないの?」

「え、だって、学年違うし、約束してない。」

「じゃあ、今から約束しに行こう。教室行こう。」


 そう言って、希湖は階段を上っていこうとする。


「待って待って、無理無理!わざわざ教室行くのとか、こ、心の準備が!」


 そうやって壁際でもたもたしていたら、階段を急いで降りていた人と肩がぶつかった。

 あ、と思った瞬間、かかとが階段から外れて、重心が後ろに傾いた。


「あぶない!」

「あぶねっ」


 とっさに、両手を引っ張られて転ばずに踏みとどまることができた。

 片方は希湖に。

 片方は新に。

 手を引かれて踊り場の角で立ち止まる。ここなら人もうまく避けてくれるだろう。


 突然の本人の登場に口をぱくぱくさせているうちに、希湖は「じゃ、あとはがんばって」と手を振って教室へ戻ってしまった。


「何だ?食堂に行くところじゃなかったのか?」


 新が首をかしげて聞いてくる。

 わたしは首を横に振って、思い切って話した。


「お昼ご飯、ご一緒できたらと思って、先輩の教室に行くところでした。」

「あ、あぁ~・・・そっか、うん。そうか。食堂でよければ、一緒に食べるか?」


 ここまで来たら引き下がれない。わたしは首を縦に振った。

 新は「ちょっと連絡するわ」と携帯をいじってメッセージを送った。


「すみません、先約がいるならそちらを」

「いや、ただのつるんでるやつらだから、全然気にしなくていい。」


 そして携帯しまうと「行くか」と歩き出した。

 助けてもらってからずっと手をつないだまま、エスコートするように新は歩いていく。

 これも無意識なのかなあ。すれ違う人みんな二度見していくけれど、気にならないのかしら。

 ちょっと恥ずかしい。けれど、嬉しい。でも、恥ずかしいけど手は放したくない。

 

 葛藤しながら、食堂まで手をつないで入ってしまった。

 すでに大勢の生徒でいっぱいになっていたが、窓際に向かい合わせで座れるところが空いていたのでそちらへ向かう。

 席の間を縫いながら歩くうちにも、目撃者はどんどん増えていく。自分たちが話題になっているような気がして、自意識過剰かしらと思いつつ顔が火照ってくる。


 よく見たら、演劇部の女子の先輩たちのグループが座っている隣だった。

 案の定、すぐに気づかれて声をかけられた。


「あ、新と優姫ちゃんじゃーん。え、あなたたちやっと付き合ったの?」


 直球で聞かれて、新は「え?」と返した。

 すると、もう一人の先輩がすかさず突っ込んだ。


「手つないで歩いてくるとか、ラブラブじゃーん。」


 指摘されたとたん、新はぱっと手を放して自分の顔をおおった。

 先輩たちがその様子を見てけらけら笑う。


「ほんと、無自覚タラシだよねえ。」

「首まで真っ赤じゃん、かわいい~。」

「・・・飯買ってくる。」


 新は頭をガシガシかきながら食券機へ並びに行った。


「優姫ちゃん、座って待ってたら?」


 副部長(今度の劇で姫役をする)に声をかけてもらって「失礼します」と言って座った。とたんに、先輩たちが興味津々に身を乗り出してくる。


「で、本当に付き合ってるの?」


 予想通り、聞かれたので、わたしは「はい」と答えた。

 すると、先輩たちは口々に「よかった~」と言った。

 どういうことかわからずに、顔を見比べていると、副部長が話してくれた。


「新って、優姫ちゃんに気があるよねっていう話はさ、前々からしてたのよね。」

「えっ、先輩たち、新先輩の気持ちに気付いていたってことですか!?」

「そりゃ、だってあからさまなんだもの。部活の時だけだけどさ、優姫ちゃんが来るまでドアの方ずっと気にしてるし。」

「何かと理由をつけて話しかけにいこうとするし。」

「特に育ちゃんが入ってからは、本当にためらいがなくなったよね。」

「部長になったっていうのもあるかもね。」

「スキンシップも多いし。むっつりだよね。」

「誰がむっつりだよ。」


 話し込んでいたところに帰ってきたので、みんな驚いて飛びのいた。

 ラーメンののったお盆を机に置いて、新もわたしの向かいに座ると、副部長が続きを話し出した。


「新の気持ちがやっと届いてよかったね、っていう話をしてたの。」 

「ごふっ」


 新が水を飲もうとしてむせた。


「本当にね。優姫ちゃん、何も気づいてなさそうだったものね。」

「その辺、どうなの?本当に何とも思ってなかったの?」

「はい、そうです・・・。」


 こんなに周りにはバレていたのに、わたしだけ気づいていなかったことに少し申し訳なく思えてきた。


「どうする?文化祭の配役、今から姫役交換する?」


 副部長がいたずらっぽく聞いてきたけど、わたしは首を強く横に振った。


「いいえ!それはそれ、なので、きちんと分けて考えますので、今のままでお願いします。」

「あはは、冗談だよ。わかってるよ。新だって演劇馬鹿だもの。それくらい公私混同はしないでしょ。」

「当たり前だ。」


 新はラーメンをすすりながら答えた。


「じゃ、そろそろお邪魔虫は退散しまーす。」

「優姫ちゃん、また話聞かせてねー?」

「新に泣かされたらすぐ言うんだよ~。」


 先輩たちははしゃぎながら席を立って行った。

 しばらく黙って麺をすする新。わたしもお弁当に箸をつけつつ、恐る恐る声をかけた。


「あの、わたし、勝手に付き合っていることを話してしまって、すみませんでした。」


 新はもう一度水を飲むと、やっと目を合わせてくれた。


「あー・・・その、話すのはいい、というか、仕方なかったんだろうな、とも思うし、どうせすぐバレる、とは思ってたけど、正直・・・少し困ってる。」

「ですよね・・・すみません。」


 わたしは改めて頭を下げた。


「まあ、すぐ夏休み入るし、大丈夫だろ。それにしても、よくこの視線にいつも耐えられるな。」

「あはは。もう、慣れですね。」

「俺も舞台に立ってるから慣れてるつもりで覚悟はしていたけど、やっぱり、私生活まで見られるっていうのは違うな。」


 気まずさがほぐれてきて、やっとお弁当が喉を通るようになってきた。


「それで、明日も一緒に食べるか?」

「えっ?いいんですか?今日でこりごりかと思ってました。」

「これも慣れだろ。それに、せっかく部活動以外でも会えるようになったのに、こんなぐらいで負けるのは癪だ。」


 嬉しくて顔が緩んでしまう。


「じゃあ、明日は食堂で先に席とって待ってます。」

「おう。人多いから、気をつけろよ。ついでに聞くけど、帰りはどうする?」

「帰りもご一緒していいんですか!?」


 思わず驚いてしまったら、新に笑われた。


「優姫さ、付き合ったらどうしたい、とか考えてなかっただろ。」

「言われてみれば・・・そもそも、人を好きになったのも初めてなので、ドラマとかで知識はあるけれど、自分がそうなるっていう実感がなくて。」

「なるほどな。俺は、一緒に飯食ったり、帰り道歩いたりしたいと思ってるが。」

「わ、わたしも、そうしたいです!」

「じゃあ、決まりだな。」


 新はにっと笑った。


「あ、ただ、俺自習室で勉強してから帰りたいんだが、いいか?家だと育がうるさくて・・・。」

「大丈夫です。わたしも図書室で勉強することにします。」


 そこで予鈴が鳴ってしまったので、わたしたちは慌てて片付けた。

 すぐに授業が始まったので、また質問攻めにならなくてよかった。



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