六 進んでみる③
駅について電車を降りると、圧迫感から解放されて深呼吸した。
隣を歩く新に声をかける。
「すみません、急に誘ってしまって。お時間大丈夫でした?」
「ああ、大丈夫。俺も誘おうか迷ってたところだったし。」
そう言って嬉しそうに笑ってくれたので、またドキッとしてしまう。
そのまま、さっきの劇の感想の続きを話していたら、あっという間に喫茶店に着いた。
日も落ちかけてくると、店内の趣も違うように感じられて、浮足立っていた心が少しだけ落ち着いた。
とりあえず飲み物を注文しておいて、お互いにすぐパンフレットを取り出したので、顔を見合わせて笑ってしまった。
そこからずっと、話が止まらなかった。演技のこと、脚本のこと、新はわたしの知らないこともたくさん教えてくれたし、わたしと意見が違っても、面白いと言ってくれた。
正直、わたし自身も驚いていた。こんなに語れるほど演劇に夢中になるとは思ってもみなかった。何かに夢中になれることは、こんなにも心が震えるのかと嬉しかった。
気が付けば一時間以上話し込んでいて、新が慌てて謝ってきた。
「すまん!付き合わせすぎた。時間、大丈夫か?門限とか。」
「はい、大丈夫です。連絡はしてあるので。わたしの方こそすみません。」
「いやいや。すごく楽しかったから。」
「わたしも、楽しかったです。」
なんとなく、お互いに口をつぐんでしまう。
きっと、お開きの流れなのだろう。けれども、名残惜しすぎて自分からなかなか言い出せない。
「あのさ。」
「はい。」
新がまっすぐわたしを見つめながら話しかけてくる。
「俺と付き合ってくれませんか?」
真剣なまなざし、赤く染まる頬、まっすぐ伸びた背筋。
わたしは呼吸を止めて、まばたきをした。
「優姫が好きだ。」
今まで何度も聞いてきた「好き」という言葉、そのはずなのに、何故だろう。新が言うとまるで違って聞こえてくる。温かくて少し重みのあるその言葉を、わたしは心の中でしっかり抱きとめると、体の中からじわじわと温まってくるようだった。
「わたしも、好きです。新が好き。」
わたしの言葉も、温かいといいな。届くかな、伝わるかな。
「よろしくお願いします。」
わたしがそう言うと、新は一瞬ぽかんという表情になったけれど、慌てて「こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げた。下げたまま、しばらく戻らなくなった。
「・・・?先輩?あれ?」
さっきのシーンはわたしの妄想だったのかしらと、若干不安を覚えながら声をかけると、とても小さい声で返事が返ってきた。
「すまん・・・今になって緊張が・・・あと・・・名前の呼び捨ては反則だろ・・・」
指摘されて思い返し、慌てて謝った。
「すみません!つい口がすべりました。」
やっと新は頭をあげて、横に振った。
「いや、むしろ呼び捨てがいい。学校では先輩後輩でも、恋人としては対等だから。」
「こっ・・・」
恥ずかしくて嬉しくて、でもやっぱり照れくさくてわたしが言葉につまると、今度は新が不安そうな顔になった。
「あれ?そういうことでいいんだよな?」
「はい・・・そういうことです・・・。」
またお互いに照れてしまって、次の言葉が出てこない。
「あー・・・とりあえず、店出るか。」
ごまかすように新は伝票をとった。
「あ、自分の分は払います。」
「いや、このぐらい俺が払う。」
「いいえ、さっき対等だからって言ったのは新先輩ですよ。」
「はい、今先輩呼びしたから俺が上。先輩命令です。払わせなさい。」
「あっずるい。」
新はさっと立ち上がるとまっすぐレジに向かい、そのまま支払いを済ませてしまった。
喫茶店を出て少し立ち止まり、軽く頭を下げる。
「ごちそうさまでした。」
「うん。あー・・・もし大丈夫だったら、隣駅まで歩かないか?」
「いいですよ。」
そうして二人並んで歩き出す。
なんだか不思議な気分だ。少し前は先輩後輩としてお出かけしていたのに、今は告白されて、承諾して、恋人になったらしい。ふわふわしていて、まだ実感が湧かない。
「そういえば、新先輩は今日は告白するつもりでずっといたんですか?」
ちらと顔を見上げてみると、恥ずかしいのか、ふいと目をそらされた。
「呼び捨てにしてくれたら答えるよ。」
「じゃあ、新、質問に答えてください。」
「~~~っ!もうちょっと恥じらいとかないのかよ・・・。」
今度は目を開いて、明らかに照れている。
ちょっと、からかうのが楽しくなってきた。
新は観念したのか、頭をかきながら話し始めた。
「今日、話してみて、やっぱり楽しかったから、次も誘おうと思ったんだが、ただの先輩後輩だけで行くのはちょっと変かなっと思って、いや、男女の友情を否定しているわけじゃないんだが、自分に恋愛感情があるのに、はっきり言わないまま誘うのも不誠実だと思ったんだ。」
恥ずかしいからか、大分早口だったけれど、やっぱり新は真面目だなあと思った。
「じゃあ、新はずっと、わたしのことが好きだったんですか?」
「そうだよ。新歓で、俺がくしゃみ爆発して、笑ってくれた時からずっと。」
「え!?」
それは驚きだ。まさか、最初の最初がきっかけだったなんて。
「きれいな顔の子だなあって思ってたけど、笑ってるところが無邪気で可愛かったから。話してみても楽しいし、頭もいいのに謙虚で、誰にでも優しいところを尊敬してる。完璧に見えて、強がりな弱いところもあるのも、可愛い」
「待って待って待って、それ以上はキャパオーバーです。」
わたしは両手を広げてストップをかけた。思ったよりすらすらと語られて、顔の火が全然収まらない。
新はカラカラと笑いながら「さっきの仕返しだ」と言った。
「ちゃんと、好きなのは見た目だけじゃないってわかったか?小道具づくりに真剣になっているところも、きれいなドレス見て女子とはしゃいでいるところも」
「わかりました!わかりましたから!」
ちゃんと、わたしが気にしていたところも気づいてフォローしてくれる。自分のことをしっかり見ていてくれたことに安心感を覚えた。
もう日は落ちて、朱に染まる頬の色も見えない。
今なら何でも話せる気がした。多分、お互いに浮かれて気が大きくなっているせいもある。
「あの、部活のスキンシップも下心があったということですか?」
「あ~あれは無意識でした。その、近すぎだって自覚したのも、育に叱られてからだったし。というか、あれ、嫌じゃなかったか?」
「全然。気さくな先輩だな~、ぐらいでした。」
「そっか・・・まあ、嫌じゃなかったならいいや。え、そうしたら、優姫は、その、どうして俺のことが好きになったんだ?」
するりと新の指が、わたしの手に絡んできた。
ぱっと顔を上げると、真剣にわたしの言葉を待っている。
あれ、これ、また無意識スキンシップかしら。言ったそばから?
手の温もりが直に伝わってきて、鼓動が速くなる。
「えっと、意識しだしたのは、マコトから助けてもらった時です。その後、喫茶店で話をして、改めて好きだなって思いました。わたしのことを、ちゃんと見てくれるし、一緒にいて安心できます。あと、えっと、姿勢がいいところが、かっこいい、と、思ってます。」
「お、姿勢は自分でも気をつけてるから、嬉しいな。」
新はにかっと笑った、と思ったら顔面をむずむずさせ出した。
つないでいた手をするりと抜いて、新は口を押えて道端にかがむと、どでかいくしゃみをした。
丁寧にハンカチで手を拭いてから、隣に戻ってきて気まずそうな顔をしているのを見て、わたしはくすっと笑ってしまった。
「優姫は、俺のくしゃみを嫌がらないのな。」
笑っているところをのぞきこまれて、思わず口を押える。
「いや、むしろ笑ってくれる方がよくて・・・その、白雪姫はさ、すごく嫌そうな顔してたから。」
最後はわたしに遠慮したのか、ちょっと小声だった。
「え、そうだったんですか?」
「うん。あれ?そういうところは知らないのか。」
「はい。白雪の命令でわたしは動けていたので、わたしはほとんど、幼少の白雪と、仕事をしている白雪しか知らないのです。」
「そうか。やっぱり育ちがいいからか、くしゃみを連発する俺とは距離があったんだよな。その代わり、ふにゃふにゃしてるねぼすけや、照れ屋は可愛がってたな。あ、あとごきげんも。」
「そうだったんだ・・・だから、陽太はわたしの弟になったのかしら。」
「育は・・・なんで俺のところにきたのかわからん。」
「ふふふっ。今じゃ”鏡”のわたしと恋人ですもんね。」
思い切って新の手を取ってみた。
一瞬、びくっとされたけれど、おずおずと指を絡ませてくれた。
ドキドキはするけれど、大きな手に包まれている安心感が強い。
しばらく無言で歩いていたら、わたしの家の最寄り駅に着いてしまった。
けれど、新は駅を無視してまだ歩こうとした。
「え、ちょっと、駅すぎてますけど。」
「せっかうだから、家まで送る。」
「ものすごく遠回りになるじゃないですか。帰りも遅くなっちゃいますよ。」
「だって、まだ一緒にいたいから。」
ストレートに言われると、心臓に悪い。言い返す言葉もなくて、自宅への道を歩く。
それから、期末テストのことや、部活のこと、夏休みのことなど、他愛のないことを喋りながら歩いた。
こんな時間に通学路を、しかも新と一緒に歩くのなんて、不思議な感じだなあとぼんやり考えていたら、自宅の明かりが見えてきた。
「すみません、わざわざ送っていただいて。」
「だから言ったろ・・・一緒にいたかったからだって・・・二度も言わせるな。」
「あいたっ」
こつんとおでこをはじかれた。
照明に顔が照らされて、今ならこれが照れ隠しなのだとよくわかる。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。じゃあ、またな。」
「はい。帰り道気をつけて。」
新は手をひらひらさせると、もと来た道を歩き始めた。
その姿が見えなくなるまで、まだ温もりが残っている手を握りしめながら立っていたら、後ろから不意に声をかけられた。
「ちょっと、帰りが遅すぎるんですけど。」
「わっ、陽太。でも、ちゃんと連絡したでしょ。」
明らかにむくれた顔をして、陽太が玄関を開けて立っていた。
「とりあえず、中入ったら。お母さんがずっとそわそわしてる。」
そんなに心配かけちゃったかしらと、慌てて靴を脱いでリビングに行く。
「ただいま。遅くなってごめんなさい。」
予想とは裏腹に、母は笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい。帰り道は大丈夫だった?」
「うん。新に送ってもらった。」
「そうなの。しっかりしてるわね。先に夕ご飯食べる?私たちは先に食べちゃったのだけど。」
「ほしい。お腹すいちゃった。」
母はいそいそと立ち上がると、おかずを温めてくれた。
わたしも、ご飯くらいは自分でよそうために台所へ立つ。
「劇はどうだった?」
「すごく面白かったよ。映画と違う迫力があった。」
「あの辺は小劇場が多いみたいだけど、どんなところだった?」
「うーん、レトロっぽい雰囲気?あ、あと、新と付き合うことになったよ。」
多分、母が本当に聞きたいことはこれだろうな、と自分から言ってみれば大当たりだった。
母は両手を叩いて満面の笑顔で「まあ!まあ!まあ!」と叫んだ。
「えぇ!?ついに、わたしの娘に彼氏が!あら!まあ!恋バナしましょ、恋バナ!」
「なんでお母さんと恋バナするのよ・・・。」
そわそわしているのもうっとうしいけど、これもこれでうるさいな。
これ以上話題を広げないためにはどうしたらいいのだろうと考えながらテーブルにつくと、いつの間にか陽太はいなくなっていた。
「あら、わざわざ出迎えのために降りてきてくれてたのかしら。」
わたしが首をかしげていると、母も目の前の椅子に座った。
「まあ、大好きなお姉ちゃんの恋バナなんて聞きたくないでしょうしね。はい、それで、なれそめは?」
「えぇ~。黙秘しまーす。」
「やだぁ、つれないわぁ。それじゃ、新君はどんな子なのかだけでも教えて。」
それからずっと、母の質問攻めをかわしながら就寝まで過ごすことになった。あまつさえ、一緒に寝ようとするのを断るのはすごく骨が折れた。
やっと自室で一人になって、机の上に置いてあった半券をなんとなく手に取ってベッドに横になる。
プロの演劇の面白さ、好きなことを語り合う楽しさ、初めて告白する時の胸の高鳴り、恋人と手をつなぐ緊張感と嬉しさ。
今まで得てこなかった感情に満たされていて、疲れているはずなのに寝付けない。
明日から新を見るたびに、にやけてしまいそうだ。
演劇自体も面白かった。やはり、わたしは演じることが向いているのだろうか。役者になれば、新といる時間が増える?いやいや、そんな不純な動機で決めていいはずがない。ただ、将来の方向性の一つに演劇関係を入れてもいいのかもしれない。
将来のことも、恋人のことも、少しずつ、進んでいけたらいい。
そう思いながらわたしは目を閉じた。




