六 進んでみる①
柊悟と新にさんざん脅されたけれども、マコトは相変わらず話しかけてこなかったし、『人脈づくり』にも忙しそうだった。最早隠すことなく、女子たちと腕を組んだり、顔を近づけて会話したりする姿を見かけるようになった。
ただ、話しかけてこないわりには、距離が近くなった気がする。希湖たちや、マコトの取り巻きがいるため、すぐ隣になることはないが、気づいたら視界に入る距離にいる。意識しすぎか、何か企みがあるのか、不安を抱えつつも目を合わせないように注意しながら生活を送った。
文化祭に向けての機運も徐々に高まりつつあり、クラスのコンセプトは和風お化け屋敷になった。そして、わたしは他の女子と一緒に雪女に任命された。希湖は受付係、涼也と柊悟は壁から腕だけ出して脅かす係になった。マコトは親の都合で直前に引っ越すことになるかもしれないということで、係は免除。準備は手伝うらしいが、女子と遊ぶ口実に思えてならない。
演劇部も指導に熱が入ってきて、同じシーンを何度も繰り返したり、自主練習をしたり忙しくなってきた。
そんな中で、ついに新と演劇を見に行く日になった。午後公演なので、家でお昼を軽く食べてから電車に一時間ほど揺られて行く。新とは電車内で待ち合わせだ。わたしの方が先に乗るので、乗った場所を連絡することになっている。
服装は希湖と一緒に騒ぎながら悩んだあげく、パンツスタイルになった。前回はワンピースだったので逆を攻める作戦だ。裾の広いハイウエストのパンツに、少しだぼっとした半袖をインして、髪型は緩い三つ編みにして全体的にカジュアルに見えるようにしてみた。
「なんか気合入ってる・・・。」
玄関で陽太にジトっとした目でみられてギクッとする。
「どこか変かしら。」
靴を履いてくるっと回ってみたけど、陽太は首を横に振った。
「全然。いつもより可愛い優姫姉と出かけられる新に嫉妬してるだけー。」
「先輩をつけなさいって、もー。陽太とはまた今度ね・・・っていうか、もうお姉ちゃんと一緒に出掛ける歳でもないでしょ。」
「むー・・・義弟だっていいじゃん・・・。」
「はいはい。それじゃ、いってきます。」
不貞腐れている陽太の頭を軽くなでてから、家を出た。
予定した電車に乗れたので、新にメッセージを送る。するとすぐに「了解」と返信がきた。
ドアの隣に立って、流れていく車窓にそわそわしながら次の駅に着くと、ドンピシャで新がホームに立っていた。
目が合って一瞬けげんな顔をされたが、ドアが開いてすぐ微笑みながら「よお」と声をかけてくれた。
「こんにちは。乗っている場所、わかってもらえてよかったです。」
「ああ。メッセージありがとう。わかりやすかった。」
新は車内を見回した。乗客は多くもなく少なくもなく、二人で並んで座れる席はなさそうだった。
「優姫、あそこ空いてるから座っとけ。」
「いえ、大丈夫です。」
「でも、ここから一時間くらいあるぞ。俺のことは気にしなくていいから。」
新が強引に空いている席の前に立ってしまったので、申し訳なく思いながら席に座る。せめて背筋は伸ばして、申し訳ない気まずさを紛らわせようとする。
隣のお兄さんはうつむいて寝ているらしく、反対隣のおばさまは携帯の画面を見つめていた。
「それにしても、私服になると雰囲気が変わるな。」
新は片手で吊革につかまったまま、話しやすいようにかがんでくれた。それだけで少しドキッとしてしまう。
「さっき目が合った時、不思議そうな顔してましたね。」
「うん。一瞬、誰だかわからなかった。でも、何を着ても似合うのはうらやましいな。」
さらっと褒められた!?
動揺していることを気づかれないように、わたしも言葉を返す。
「新先輩は、シンプルなのが好きなんですか?」
新の服装は、今日は紺のポロシャツと黒スキニーだった。
「好き、というか、柄物を切るとヤンキーだって育に笑われて・・・目つきのせいかな。」
どんな柄のを着たのか、ちょっと想像して笑ってしまった。
「でも、シンプルなのかっこいいと思います。」
「お、ありがとう。」
ちょっと照れている。その表情にまたキュンとしてしまう。
帰りまでもつかしら、わたしの心臓。
「そうだ、先にチケット代渡しますね。」
わたしは代金を入れておいたポチ袋を渡そうとした。けれども、新は手を振って断った。
「いいよ。今日は俺が誘ったんだし。」
「でも、わたしも見たかったので、ちゃんと払います。」
「うーん・・・じゃあ、とりあえず受け取っておくな。ありがとう。」
少しほっとした。ここで借りを作っておくのは何だか嫌だったのだ。
「そういえば、これから行く駅って降りたことあるか?」
「いえ、今日初めて降ります。」
「そうなんだ。そもそも、こっち方面って遊びに行ったりすることあるか?」
「この手前の駅に映画館があるので、年に何回か見に行ったりはしますね。先輩は、映画は見ますか?」
「好きな俳優とか、脚本家がやっているやつなら見るかな。」
そこで電車が少し揺れて、隣で寝ていたお兄さんの頭がわたしの方にもたれかかってきた。それを新が手の甲で押し返してくれた。頬を手のひらがかすめるだけで、心臓が跳ねる。
その拍子でお兄さんが目を覚ましてあたりを見回すと、ちょうど停まった駅で降りていった。
隣が空いてしまった。他に座りに来る乗客もいない。
「新先輩も、どうぞ。」
わたしが声をかけて、ようやく新も座った。
肩が少し触れるか触れないか。それでも体温が伝わってくる気がして、心臓がうるさい。
なんとなく、二人で前を見たまま沈黙を過ごした。
緊張はしている。けれども、隣にいると安心感もある。
ちらと顔を見上げると、いつものように背筋を伸ばして車窓を眺めているようだった。
「新先輩。」
呼びかけると、「ん?」と顔を向けてきた。
目が合って、わたしは軽く息を吸い込んでから言葉を出した。
「・・・好き・・・ってさっき言っていた、俳優って誰ですか?」
「あぁ、えーと」
新は考えながら携帯を操作しはじめた。
あっっっっっぶなかった!!!
見惚れた勢いで告白するところだった!
まだ目的地にすら着いていないのに、何しようとしているんだ、わたし!
「この人なんだけど・・・知ってるか?」
新が検索してくれた画面をのぞきこむ。
「あ、ドラマで見たことあります。」
「このドラマの脚本家さんも、俺が好きなの。」
「そうなんですね。脚本家まで注目したことなかったです。」
それから、新が脚本家についても話し出してくれたので、わたしも少し落ち着きを取り戻すことができた。




