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五 思い返すと⑥

 まさか、と思って表示を見ると『新先輩』と出ていて、心臓が止まりかけた。


「へっ、な、なんで、いや、えっ、ど、どうしよう。」


 わたしが携帯を持っておどおどしている隣で、希湖は目をキラキラさせていた。


「どうしようじゃないよ。早く出ないと失礼だよ。」

「そ、そっか。」


 心臓が鳴りやまないまま、通話ボタンを押した。

 希湖は少し離れた位置に座りなおして、好奇心を隠すことなくこっちを見つめている。


「はい、優姫です。」

『お、メッセージくれたからかけちまったけど、大丈夫だったか?』


 耳元で聞きなじみのある声が聞こえてくる。機械越しで少し響きが違うけれど、いつもの安心感のある声だ。

 わたしは一呼吸おいて「大丈夫です」と返した。


「こちらこそ、夜分にすみません。」

『全然。それに、夜九時なんてまだ夕方みたいなもんだろ。』

「それは、ちょっと暴論じゃないですか?」

『そうかあ?まあ、俺が夜型なのもあるかもなあ。』

「へぇ、意外です。朝からシャキッと起きてるイメージでした。」

『いやー、真逆だな。しょっちゅう寝坊して自転車爆漕ぎして、遅刻すれすれで登校してるぞ。』


 そんな姿を想像してしまって、思わず笑ってしまった。そして、ふと気づく。


「あれ?でもこの間は、わたしより先に教室の前で待っていましたよね?」

『あー・・・あれは、育に怒られて、優姫になんて謝ろうか考えてたら、緊張で目が覚めた。』


 電話越しでも、表情が想像できるくらい、気まずそうな声をしている。

 そんな気持ちも、隠さず伝えてくれることに、嬉しく思いながらもわたしは慌てて謝った。


「すみません、気を遣わせてしまって。」

『いや、あれは俺も・・・あぁ、これ以上はやめよう。やめやめ。で?話したい事って何だ?』


 わたしは背筋を伸ばして本題に入った。


「マコトと話をしました。そして、改めて近づかないでほしいと、伝えられました。」

『そうか。・・・・・・頑張ったな。』

「はい。ご心配をおかけしました。」

『まあ、まだ同じ学校にいる間は心配は心配だけどな。ああいうのは、逆恨みしてきそうだし。』

「柊悟にも同じようなこと言われました。」

『柊吾って・・・ああ、”先生”か。あいつが言うなら尚更だな。』

「そうですか・・・。」


 すっかりケリがついたと思ったのに、あれだけ言って伝わらなかったのかと、自分が情けないやら悔しいやら複雑な気持ちになった。


『お前、自分の伝え方が悪かったとか、考えるなよ。』


 考えていることを見透かされてハッとした。


『あいつはまだ、現世に来て挫折したことがないんだろ。だから自分が生まれ変わって今度こそ完璧になれたと思い込んでいる。これ以上はあいつの問題だ。正攻法でダメなら、また違う角度から叩き潰し直せばいいんだ。その辺は、柊悟の方が考えるの得意だろ。よく相談してみろ。』


 わたしは気持ちを奮いなおして「ありがとうございます」と伝えた。

 すると、新の口調がまた変わった。


『あと、ちょうど俺も話したいことがあったんだが・・・今度、一緒に演劇見に行くって言った話、まだ予定空いてるか?』

「もちろん空いてます!」

『良かった。じゃあ、時間と場所、後で送るから。』

「はい。楽しみにしています。」

『俺も、一緒に見るの楽しみにしてる。じゃあな。おやすみ。』

「おやすみなさい。」


 通話を切った後、自分の心臓のうるささに気付いた。

 最後、さらっとすごいこと言われなかった!?一緒に見るのが楽しみって、どういうこと?演劇だけじゃなくて、そこにわたしの存在も込みで楽しみなの?そうなの?

 色々な感情が溢れそうでパッと希湖を振り返ると、にやにやしながらにじり寄ってきた。


「優姫、すごく顔真っ赤だよ。なあに?何があったの?」


 朝が弱いこと、それでも謝罪の時は緊張で目が覚めたこと、マコトのことでまた励まされたこと、話したいことはたくさんあったけど、口だけがぱくぱくして声にならない。


 希湖がスッと飲み物を差し出してくれたので、とりあえず喉を潤す。

 息を吐きだして、吸って、そのまま声に出す。


「新先輩、一緒に劇を見に行くことを楽しみにしててくれるって!」


 希湖は目を見張って驚いた。


「えぇ!?それって、つまり、デートに行くってこと!?ウソ!?いつ?いつ、そんな流れになってたの?」

「進路相談の流れで、自分の趣味探しの話になって、それで誘ってもらったの。」

「え、新先輩って天然なの?無自覚なの?こわ~。」

「こわいって何よ。」


 わたしが軽くにらむのも気にせず、希湖はぐいぐい詰め寄ってくる。


「新先輩って、思わせぶりな態度が多いけど、その辺、優姫はどう思ってるの?」

「思わせぶりって?」

「ほら、部活とかしょっちゅう頭をなでてくれるんでしょ?しかも優姫だけ。」


 そう言われて恥ずかしさで固まった。


「ど、どうしてそれを?」

「育ちゃんが言ってたよ~。お兄ちゃんが優姫と距離が近いのだけど、優姫からは何か言ってませんかって。」

「人のいないところで、そうやって盛り上がってたのね・・・。」

「すねないでよ~。で?どうなの?入部してから、今まで新先輩のこと何も意識してなかったの?」


 そう聞かれて、少し考える。


 入学して、当時の三年生に勧誘されて演劇部を見た。新歓用に短い演目が行われていて、そこで初めて新に会った。でも、最初は新が”くしゃみ”だとわからなかった。その時は桃太郎の雉役に徹していて、『なんか、あの人の演技すごいなあ』くらいにしか思っていなかった。

 しかし、いざ鬼退治という段になって新が急に口を押えてうずくまると、周りの先輩が慌てて「みんな!耳をふさいで!」と慌てて指示を出した次の瞬間にあのバカでかいくしゃみが出て、頭を揺らされた。その時『あ、前世のこびとだ』と気づいたのだ。こんな出会い方があるのかと、その後笑いをこらえながら、劇の続きを見るのが大変だった。

 

 そのまま、先輩方からの熱心な勧誘に負けたのと、演劇もまんざらでもないと思って入部した。それからしばらくは新と接点はなかったのだが、入部して一カ月ほど経ったころ、役作りのためのグループディスカッションが行われ、そこで初めて新と同じグループになったのだ。

 演劇なんて初めてだし、一年生の分際で生意気かと思ったが、新は丁寧に話を聞いてくれた。話をまとめる時も、誰の意見を否定するわけでもなく、でも、みんなが納得できるように合理的にもっていく手腕に感心した。


 そのディスカッションで自分が何を話したのかは覚えていないのだが、その日から、新が声をかけてくれるようになった。始めは毎日ではなかったのだが、それが徐々に増えていき、部長になる頃にはスキンシップも増えていった。

 他愛のない話でも、話しかけてくれるのは純粋に嬉しかったし、たまに演劇のことでアドバイスを受けたり意見を求められたりするのも、刺激になって楽しかった。


「だから、ただの仲の良い先輩後輩、っていう認識で、スキンシップもその延長かなって思っていたのだけど・・・。」

「まあ、新先輩も下心がある感じじゃないもんね。ハプニングが起こってお互い意識し始めたってことかぁ~!きゃー!なんかいいね、そういうの!」


 ぽつぽつと入部した頃からのことを話しながら考えを整理したけれど、新に恋をするなんて想像もしていなかった。そもそも、告白をされたことはあっても、自分が恋に落ちることがあるなんて思ってもいなかった。


「わたしも勇気、出してみようかなあ。」


 希湖がぽつりと言った。


「あら、今電話してみる気になった?」

「違うよ!告白してみようかなって話!」

「ほんとに!?」


 今度はわたしが希湖に詰め寄った。


「うん。優姫に言ってたこと、やっぱり自分にも当てはまるからさ。言わないでいるままだと、もったいないかなって思いなおした。」


 希湖は頬を赤らめながら、瞳に真っすぐな決意を宿していた。

 そんな彼女の肩に、自分の肩をそっとくっつける。


「そっか。いつするとかは、聞かないでおくね。わたしまで緊張しちゃう。」

「うん。告白できたら、教えるね。それで?デート服はどうするの?」

「デート服って言わないでぇ。緊張しちゃうぅ。」


 その夜は二人でたくさん笑って、笑い疲れるまで起きていた。 

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