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四 はじめて③

 そうしていつも通りにすごしつつ、昼休みや空いている時間に他のクラスへ情報収集に行ったり、それを整理したりしていたら、あっという間に日曜日になった。

 ひざ丈のワンピースに薄手のカーディガンをはおる。髪の毛は編み込みをしてハーフアップにした。化粧は控えめに。せっかくなので、ネイルを少し。ただ話を聞いてもらうだけなのに、少し浮かれている自分がいる。緊張感とも違う、この感じ、なんだろう。


「あれ、優姫姉可愛いね。出かけるの?」


 玄関で陽太に呼び止められた。


「うん。隣駅で新先輩とカフェで会うの。」

「うぇっ!それってデーふがっ」


 陽太の口は、見送りに出てきた母の手でふさがれた。


「あら、素敵じゃない。お昼はどうするのかしら?」

「時間かかるかもしれないから、自分で済ませるよ。」

「わかったわ。気を付けていってらっしゃい。」

「いってきます。」


 ふさがれても、まだ口をもごもごさせている陽太とにこやかに手を振る母に見送られて、わたしは駅へと向かった。

 歩きながら、新に伝えたいことを頭の中で反芻する。

 新は誠実な人間だ。だから、話す内容もありのままを伝えようと決めた。


 出会いは高校で演劇部に入ってからだし、顔を合わせるのも部活動くらいだが、周りへの接し方を見ていれば人となりがだいたい分かる。困っていそうな人がいれば自分から声をかけに行くし、トラブルが起きても冷静に対処できる。誰にでも公平に接しているし、わたしにも後輩として毎回声をかけてくれるし、さりげなく肩や頭をたたいて励ましてくれることもある。

 もちろん、拒絶される可能性もなくはないのだが、何故か新なら受け止めてくれる気がしていた。

 

 車窓をぼんやりと眺めていたら、一駅なんてあっという間だった。

 先輩を待たせたくなくて、待ち合わせより十分ほど早く着いた。改札を出てあたりを見回して、わたしは文字通り固まった。

 

 もういる!?

 

 遠目だけれど、あの背筋の伸びた立ち姿は間違いなく新だ。

 壁際に寄って携帯をいじっているので、まだこちらには気づいていないようだ。

 制服ではなくて、水色の半袖Tシャツとスキニーっぽジーンズをはいている。シンプルだけどそれが似合っているし、かっこいいとまで思ってしまった。

 姿を見ただけなのに、心臓の奥がきゅうっと締め付けられるような感覚がした。いつも学校で会っているはずなのに、この初めての感覚は何だろう。


 とにかく、これ以上待たせるわけにはいかないので、近づいていこうとしたところで、新が女性に話しかけられた。そこでまた足を止めて少し様子をうかがう。

 知り合いかしら。でも、少し年上に見える。話しかけられて、指で向こうを示したり、なんだか困った顔で両手を振ったりしている。これはわたしが行った方がよさそうかしら。


「新先輩、お待たせしました。」

「お、お、おぉぉ、優姫か。すみません、連れも来たので失礼します。」


 新はわたしの手を取ると、足早に女性から離れた。


「すまんな。道を聞かれて説明はしたんだが、案内まで頼まれそうになって・・・。」

「こちらこそ、お待たせしてしまってすみませんでした。」

「いや、そんなに待ってないというか、まだ時間前だったろ。」


 そこで新は腕時計を見ようとしてわたしと手をつないでいることに気付いた。


「あ、わりぃ・・・。」


 そっと離すけれど、行き場のない手が泳いでいる。

 思わずその手を追いかけそうになって、自分の手をぎゅっと握った。


「いえいえ、逆ナンから逃げるのに必死でしたし。」

「え!?あれってそういうことか!」

「そうだと思いますよ。新先輩かっこいいですし。」

「そ、そうか?」


 新は照れ隠しなのか、頭をがしがし掻いた。


「あーっと、それじゃ、店、行くか。」

「はい。」


 二人で並んで歩き出した。今度は手はつながない。

 喫茶店は駅から徒歩五分程度の裏通りにあった。温かみのある照明と、暖色系の色味のソファーが適度な距離感で並んでいる。BGMは知らない洋楽が静かに流れていた。お客さんの数はまばらで、落ち着いた雰囲気のお店だった。

 角の席を案内されて、わたしはカフェラテを、新はコーヒーを頼んだ。ムーンバックスやチェーンのカフェには行くけれど、こうした本格的な喫茶店は初めてでそわそわしてしまう。


「すごく、素敵なお店ですね。新先輩はよく来られるんですか?」

「ああ。親父と演劇見た後は、必ずここでコーヒー飲んで、感想言い合ってから帰るんだ。」

「お父さんも演劇好きなんですか?」

「というか、俺の演劇好きは親父からだからな。話を聞くと、赤ん坊の頃から連れまわされていたらしい。」

「すごい・・・小さい頃から刷り込まれてますね。」


 そこで頼んでいたドリンクが運ばれてきた。クリームの上にはリーフの模様が浮かんでいて、すぐに崩してしまうのがもったいなくて、少し眺めて一口だけ口にふくんだ。

 少し曲がった葉っぱを見つめて、わたしはカップを置くと、新をまっすぐ見た。新も察したのか、カップを置いて向き合ってくれる。


「あの、わたしの悩みを聞いてもらう前に、前提として話しておかなければならないことがあるんです。」

「おう。」


 わたしは、一呼吸おくと、静かに告げた。


「わたしの前世は、白雪姫ではなくて、鏡です。」


 沈黙が訪れた。新は目を見開いたまま固まった。それは数秒間だったと思うのに、わたしには長い時に感じられた。


「はぁ~~~」


 新は両手で頭を抱えていったんうつむいてから、コーヒーを飲むとまたため息をついた。

 何を言われるか、緊張しながら待っていると、新が話だした。


「ちょっと、確認したいんだが、そのことを知っているのはあと誰?」

「わたしの母・・・女王だけだと思います。」

「えっ、女王と一緒に住んでるの?」

「はい。その母は前から気づいていたらしいのですが、先日直接言われました。あの、新先輩、騙していてすみませんでした。」

「いや、別にそこは気にしてないからいいっつーか、あ~、優姫の演技力のうまさはそこからきてたのか~と腑に落ちたというか、気づけなかった俺が悔しいというか・・・。まあ、それはいいや。本筋からそれる。それで、悩みはなんだ?」

「え、まって、怒らないんですか?」


 わたしはもっと責められるかと思って拍子抜けしてしまった。

 新もきょとんとした顔をしている。


「なんで?だって何か理由があって”白雪姫”になっていたんだろ?それで悪さをしようってわけでもないだろ?むしろ被害に合ってるじゃないか。そうだよ。本物はどうしてんだよ。優姫の方が傷ついてんじゃん。」


 なんか思ってたのと違う方向で怒り出したので、わたしは自分の後悔と、自分が望んで身代わりになったことを話した。


「そっか・・・頑張ったんだな。」


 しみじみとそう言われて、少し肩の力が抜けた。わたしはそのまま知恵熱を出した原因についても放した。


「それで、母に看破されて、これからは白雪姫をやめて自分の好きなことを考えるってなったんです。でも、じゃあ、鏡のわたしはどんな人間なんだろうって考えだしたら、なんだかわからなくなっちゃって。」


 わたしはカフェラテをスプーンでくるくるかきまぜた。もう葉っぱは原型をとどめていなくて、わたしはそれをくっと飲んだ。

 新はしばらく考え込んでから切り出した。


「好きな食べ物は?」

「へ?」

「自分のことが知りたいんだろ。ぱっと思いついた答えを言ってみろ。」


 わたしはそういうことか、と合点すると「カレー」と言った。


「嫌いな食べ物は?」

「こんにゃく。」

「好きな動物は?」

「鳥。」

「好きな色は?」

「青。」

「次は・・・両親に反抗したいと思うか?」

「いいえ、二人ともこんなわたしを育ててくれた大切な方たちです。」

「じゃあ、友達の陰口を言ったりするか?」

「いいえ、嫌なことがあったら直接言います。」

「それは強いな・・・。では、知らない人が近くで困っていたら通り過ぎるか?」

「いいえ。自分のできる範囲で力になりたいです。」

「親切な人間は嫌いか?」

「いいえ。」

「親切な人間でいることは苦しいか?」

「・・・いいえ。」

「じゃあ、それでいいんじゃねえの。」

「え?」


 わたしは首をかしげた。


「白雪姫をやめるも何も、そもそも、優姫は白雪姫みたいな人間だったっていうことだよ。他人の痛みがわかって、他人に親切にできる、優しくて強くて可愛いのが”白優姫”という人間だっていうことじゃねえの。」

「わたしが、そもそも白雪姫みたいな人間・・・優しくて、強くて、かわ・・・え?」

「あ」


 新は気まずそうにコーヒーを飲んでごまかそうとした。けれども、そっぽを向いても耳が赤いことはバレバレだ。そんな仕草が可愛いと思ってしまって、つい笑い声がもれてしまった。可愛いと言ってもらえた嬉しさもある。言われ慣れているはずなのに、新が言うとどうしてくすぐったい感覚になるのだろう。


「・・・笑うなよ~。せっかくいいこと話してたのに。」

「だったら、もっと堂々としていてください。」

「まさか、口から出るとは思わなかったんだよ、こっちも・・・。」


 新は咳ばらいをすると「それで」と切り返してきた。


「これで、自分を知るとっかかりにはなりそうか?」

「はい。おかげさまで。ありがとうございます。」


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