四 はじめて①
情けないことに、知恵熱を出した。
風邪をひくことは何回かあったけれど、考えすぎてパンクするなんて、幼稚園の時以来だ。
母は自分が遅くまで付き合わせてしまったせいだと、申し訳ないから看病すると言い出したけれど、一人で落ち着きたかったので仕事に行くように説得した。
陽太も大騒ぎして、自分まで熱が出たかもなんて言い出したけれど、母にしょっぴかれて登校していった。
父は通訳の仕事のため、早朝から出かけてしまっているので、一人部屋でひたすら横になっていた。
うつらうつらしながら、頭はパンクしているはずなのに、考え事がぐるぐる回ってまとまらない。心もざわざわしていて、なかなか休まらない。
”白雪姫”をやめる。
”鏡”に戻る。
もとのわたしは、どんなヒトだった?
そもそも、”鏡”だったころに人格はなくて、前世に起こったことに感情を抱いたのも、現世に生まれて過去を思い出した過程で抱いたものだ。
小さい頃のわたしは、どうやって過ごしていただろう。
といっても、”白雪姫”になる前なんて小さすぎて覚えていない。
じゃあ、わたしは、どこに戻ればいい?
どんなわたしが、ほんとうのわたし?
ぼうっと堂々巡りに考え込んでいるうちに、お昼になっていた。
携帯の通知音がして画面を開いてみれば、いくつかメッセージが届いていた。
希湖、涼也、柊悟からも、お大事にときていた。
クラスや部活の同級生グループからも、ゆっくり休んでね、といった内容でたくさん届いていた。
それぞれに、ありがとう、と返信していると、また通知音が鳴った。
「育ちゃんだ。」
絵文字がいっぱいで、文面からも元気いっぱいな性格がにじみ出ている。わたしを心配しているのと、大好きな優姫先輩に部活で会えないのがさみしいと書かれていた。
わたしは返信をうちながら、少し育のことがうらやましいと感じた。
こんなに素直に感情を表現できて、のびのびとしていて、いいな。
あれ?なんでうらやましいのだろう。
もしかして、わたしに足りないのはこの素直さなのだろうか。
また同じ考え事をしそうになったので、とりあえず何か食べることにした。
冷凍うどんを温めて食べると落ち着けたのか、少し眠ることができて、気が付けば夕方になっていた。
ピンポーン
階下からインターホンが鳴る。頭も寝てすっきりして少しマシになったので、素早く階段を降りていく。
そして、インターホンの画面に映る人物を見て固まった。
新先輩?え?なんで?見間違い?他人の空似?夢?いや、確実に、現実に、ここに写っているのは新だ。
わたしは慌てて通話ボタンを押した。
「は、はい。」
「急にお邪魔してすみません。優姫さんの部活の先輩の新と申します。優姫さんのお見舞いに来ました。プリントとか預かっているのですが。」
いつもより大人びた話し方で新鮮だな、とひたっている場合ではなく、自分が対応しなければならないことに気付いて慌てだす。
「す、すみません、今開けますので、少々お待ちください!」
なかば叫ぶようにして通話を切ると、わたしは大急ぎで顔を洗って髪をとかしてパジャマを整えると玄関に向かった。
「お待たせしました。」
「あ、優姫だったのか。寝てなくていいのか?」
「今は、大丈夫です。」
新がわたしをちらと見て、サッと目線を斜め上に外した。
何かあったかな、と自身を改めて見れば、パジャマのズボンのデザインがもこもこのミニ丈だったので、足の露出度が普段の校則スカート丈より増していた。
今さら意識すると余計恥ずかしくなりそうなので、平静を装って、とりあえず疑問に思ったことを素直に聞いた。
「どうして、新先輩がプリントとか預かっているのですか?」
「あ、あぁ。・・・なんかよくわからんが、押し付けられた。」
「えぇっ。」
わたしは驚いたのと同時に、申し訳なくなった。そんなに大事なプリントとかなら、希湖でも涼也でも届けられるのに、というか、同じクラスなのだからその方が早いだろうに。
「ほんとに、わざわざすみません。」
「いや、優姫が謝ることはない。だいたい、押し付けてきたのは育なんだ。」
「育ちゃんが?」
「その、昨日のことがあったから、俺が様子を見に行った方がいいとか何かかんか言って、涼也たちのところまで行ってプリント回収してきて、住所までもらって・・・まあ、確かに、心配していたのは本当なんだが。」
新はわたしの顔をじっと見た。
「顔色悪いな。眠れていないのか?」
ばちっと目が合って、思わず惹き込まれそうになって目をそらした。新には色々と見通されている気がする。
「長話させて悪かったな。ゆっくり休めよ。」
そう言って帰ろうとした新のワイシャツの背中を、くんとつまんだ。
「え?」
「え?」
自分でも無意識の行動だったので、思わず声が出てしまい、すぐに手を離した。
「すみません!全然、引き留めるつもりはなくて、その、大丈夫ですので、あの、本当に、色々とありがとうございました。」
そう言って頭を下げたら、頭頂部にコンッと軽い感触がして、反射的に手を当てて顔を上げた。
「お前の大丈夫は、信用できないんだよなあ。」
新はそう言うと、デコピン発射体勢の指先をおでこに近づけてきた。
思わず目をつぶっていたら、今度はあたたかい手のひらの感触だった。
「ん、まだ熱あるな。何か考えちまうなら、とにかくあったかいもの食べろ。そんで、悩んでいることはいったん箱に入れてしまっておけ。後で空いてる日送るから、そこで話聞かせろ。じゃあ、本当に、ゆっくり休めよ。」
最後にわたしの頭をなでてから、新は自転車にまたがるとサッと帰ってしまった。
残された額の感触が、じんわり熱を帯びていた。
少しぼうっとしていたら、塀の陰からにゅっと人影が出てきて、思わず声が出てしまった。
「ただいま。」
「なんだ、陽太かぁ。」
「こ、こんにちは。」
「あ、楓賀君も。こんにちは。」
陽太と楓賀がそろって出てきて、ほっとする。
「さっきの、誰?」
「あ、ええと、部活の部長だよ。プリントとか届けてくれたの。」
「新ってやつ、あれか・・・。なんでわざわざ部長が?」
「んー、それは押し付けられたって言ってたけど・・・。」
「ふうん。で、優姫姉は体調いいの?」
「まだ少し熱っぽいけど、だいぶマシになったよ。」
「あ、あの、これ、よかったら。」
楓賀君がそう言って、飲み物やゼリーなどが入った袋を差し出してくれた。
「え、これ、買ってきてくれたの?あ、プリンもある!」
「帰りにスーパー寄ってきちゃった。本当はダメだけど、こういう時くらいは許されるでしょ。」
「そ、それじゃ、僕はこれで・・・。」
「え、楓賀君帰っちゃうの?お茶くらい出すよ?」
「具合悪い人いたらお互い気を使うでしょ。楓賀も最初から、心配だから差し入れだけして帰るって言ってたし。」
「ありがとう。今度、とびきり美味しい夕飯作るね。」
楓賀は顔を赤らめてうなずいた。そして玄関先でそのまま別れた。
それから陽太に背中を押されてベッドに連行され、夕飯ができるまで横になってなさいと言われた。すぐに母が帰ってきた音もして、その生活音を聞きながら少し気が緩んでうとうとしていた。
夕飯は雑炊を作ってくれた。リビングで一緒に食べたら、二人とも少し安心してくれたようだった。
自室に戻ってまたぼんやりしていると、携帯が鳴った。不思議なことに、新に話を聞いてもらえると思うと、悩んでいたことをすんなり脇に置いておくことができた。
携帯を開くと、新から日程の提案のメッセージがきていた。とりあえず一番早い日を選んで返信すると、またすぐに返ってきた。
「今週の日曜日十時半、隣駅のカフェ・・・。」
呟きながら、手帳アプリにメモしていく。
メッセージには『うまく話そうとか、また考えすぎるなよ。お大事に』とも書かれていた。
不思議だなあ。気持ちがふわふわしている。緊張もあるけれど、会えることに喜ぶ気持ちの方が大きい気がする。
この感情の温かさに身をゆだねながら、眠りについた。




