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三 ほんとうのわたしは⑦

 ここまで話して、わたしは深く息を吐きだした。長年つかえていたものが取れた感じだ。

 長い話になってしまったが、母は時々相槌を打ちながら黙って聞いてくれた。

 しばらく沈黙が続いた。わたしは話し終えた解放感に浸っていたし、母は何から話そうか考えているようだった。


「ちょっと、飲み物を変えてくるわね。」


 母はわたしのマグカップを持つと、リビングへ行った。しばらくして戻ってくると、今度はココアの入ったマグカップと、お菓子を盛り合わせたお皿を抱えてきた。


「頭が疲れたでしょう。少し食べながら話しましょう。たまには夜更かしもいいでしょ。」


 いたずらっぽく笑うと、母はさっそくチョコレートに手をつけた。

 わたしも笑い返すと、いただきますとココアを飲んだ。

 お互いに一息ついたところで、母が話し出した。


「まず、あなたがこれまで一生懸命がんばってきたことはわかったわ。でも、マコト君が来てしまった今、あなたは”白雪姫”でい続けることに疑問を感じ始めたのではないかしら。」

「そう・・・かも。」

「今まで”白雪姫”を基準として考えてきたけれど、その基準がぶれてしまって、困っているという感じかな。」


 わたしは、こくりとうなずいた。


「じゃあ、その価値観を捨てるしかないわね。」


 母はあっさり言ってのけた。


「だって、もう”王子”も来ているし、どうせ諦めさせる方法も考えているのでしょう。だったら、これ以上あなたが”白雪姫”である必要はないわ。あなたは、今を生きる”優姫”として、どうしたいのか考えなくちゃ。」

「今を生きるわたしとして、どうしたいか。」

「鏡だった頃を思い出して、やりたかったこととかないの?”白雪姫”ではできなかったけど、本当はやりたいことだって、あったのではなくて?」


 わたしは目を閉じて考えてみたけれど、うなるだけで何も思い浮かばなかった。

 そんな様子を見て、母はため息をついた。


「本当に、雪ちゃんを守ることだけを考えていたのね・・・。そういえば、そのお友達とは今は連絡がとれるの?」

「わたしは連絡先は知らない。お父さんも多分、知らないと思う。幼稚園の頃だからお互いに交換なんてできなかったっていうのもあるけれど、でも、結果的にその方がわたしに因縁が集中できてよかったのかも。」


 そして、おそるおそる母に聞いた。


「お母さんは、本当の”白雪姫”に会いたかった?」

「そうねえ。会いたくない、かな。謝りたいことはたくさんあるけれども、わたしは現代に生きているから。もう、前世のことは置いておくことにしたの。あ、でもいい母親になりたいというのは本当の願いよ。なんだか、矛盾しているかしらね。」


 わたしは首を横に振った。


「そうやって、ちゃんと割り切れるところ、尊敬してる。そっか、みんなが言っていたことって、そういうことだったのかな。」


 わたしは過去を後悔してばかりで、実は何も進めていなかったのではないか。

 わたしのせいで、また周りが不幸になることを恐れて、立ち止まっていただけではないか。


 先へ、進みたい。


 わたしとして、優姫として、生きたい。


「お母さん、ありがとう。わたしも、割り切って生きてみる。」


 わたしがそう言うと、母はにっこりしてくれた。


「そうしなさい。あぁ、でも、優姫ちゃんが進路の相談をするなんて、大きくなったわねえ。」

「そういえば、お母さんはなんで化粧品会社で働こうと思ったの?」

「わたしもね、迷いながら決めたのよ。自分で化粧品を集めて、あれこれメイクを試すのに大学生の頃にはまってね。でも、趣味を仕事にすることになんとなく抵抗があってね。好きなことは純粋に好きなままでいた方がいいんじゃないか、とか、その会社のイメージにあうメイクをしなければならないんじゃないか、とか。でも、思い切って飛び込んでみれば、周りはメイク好きで話の合う人ばかりだし、販売員になって自分の好きを広めることができるって、すごく楽しかったわ。もちろん、うまくいかないこともあったけれど、今はこの職種でよかったと思っているわ。」


 わたしは少し考えてから言った。


「化粧品で、女王だった頃にもかかわりの深いものだけど、それを選ぶことに抵抗はなかったの?」

「ああ、わたしが思い出したのはもう就職した後だったからね。でも、正直、思い出した後は怖かったわ。結局、わたしはまた『美』に取りつかれてしまっているのではないかってね。でも、人の美しさは見かけだけで決まるものではないって、今は痛感しているから。」

「そっか、確かに、今のお母さんは毎日生き生きしていて、きれいだと思うよ。」


 わたしがそう言うと、母は穏やかにほほ笑んで「ありがとう」と言った。


「あぁ~、それにしても、白雪姫じゃなくなった優姫ちゃんが、実はギャルだったらどうしましょ。あはは。」


 その言葉に、わたしは一瞬固まったけれど、すぐに「それはないよ~」と冗談に笑い返すことができた。


 けれど、内心はざわつきが収まらなかった。

 白雪姫でない、鏡は、優姫は、いったいどんなヒトなの?

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