三 ほんとうのわたしは⑥
わたしのほんとうの前世は、女王に作られた”鏡”だった。
女王は情報収集の道具としてわたしを作った。わたしは鏡でも燭台でも、人が映り込めるものになんでも入り込んで、女王の求める情報を集め、報告した。
そのうち、女王は鏡に映る自分の姿を見て、その容姿についても意見を求めるようになった。
わたしは街中の噂を拾い集めて、この国で一番美しいのは女王らしいということを導き出して『あなたが一番美しいです』と答え続けた。
けれども、白雪姫が成長するにつれて、そちらの噂の方が女王より上回ってきた。
そこで、自分に人間の感情がわかればよかったのに。
自分がただの道具にすぎなかったがために、たった一言で、大切な人たちの人生を狂わせてしまった。
『白雪姫が一番美しいです』
それから、女王による白雪姫暗殺未遂、女王の死、白雪姫と王子の結婚、王子の反逆があり、わたしは王子の手によって、剣で突かれて死んだ。
このことを思い出したのは、幼稚園に入園し、雪という女の子と出会ったのがきっかけだった。
雪こそ、本物の”白雪姫”だった。実際、見た目も可憐で、本当にお姫様のようだった。
同じ名前ということで、わたしたちはすぐに仲良くなったのだが、一年ほどたってからお互いに不思議な夢を見ていることがわかった。まだ前世と言う言葉も分からない頃に、誰かの人生の記憶があることにわたしたちは戸惑った。しかも、その話にお互い重なる部分があることも。
ある日、雪が白雪姫の絵本を買ってもらった。それを読んだ雪は自分はこの姫だったのだと結びついた。両親にも話したらしいのだが、よくある幼子の妄想だと笑われてしまったらしい。
雪はわたしにも幼稚園で絵本をこっそり見せてくれた。そこでわたしも、自分が鏡であることを自覚できた。
そこで、雪がぽつりと言ったのだ。
「わたし、あの王子にはもう会いたくないなあ。」
その言葉が、わたしの心に刺さった。
気づけば、わたしたちは白雪姫の絵本を抱えながら、お互いにぽろぽろ涙を流していた。
悲しみ、後悔、悔しさ。今なら感情に名前がつけられるけれど、あの時は心がごちゃごちゃになったまま泣いていた。
気づいた先生たちに心配されて、あれこれ聞かれたけれど、多分「母親が子供を殺そうとしたことがショックだったのかな」ということで落ち着いた。
家に帰ってから、わたしは熱を出した。うなされながら、昔の記憶を鮮明にたどっていた。
白雪女王が叫びながらどこかへつれていかれる。つらい。
剣でいきなり一突きされた。こわい。
白雪女王の命令で、あちこちへ潜り込む。おもしろい。
白雪姫と王子が結婚した。うれしい。
女王が死んだ。かなしい。
女王が小人の家へ向かっていく。どうしよう。
白雪姫が小人と生きていた。あんしん。
白雪姫が一番美しい。そうだよね。
女王が一番美しい。そうですとも。
女王の命令で、あちこちへ潜り込む。たのしい。
女王様、はじめまして。ありがとう。
鏡の頃には湧かなかった感情が、今は溢れかえってきた。
そして、自分を生み出してくれた人に、自分を大切にしてくれた人たちに、わたしはなんてことをしてしまったのだと後悔した。
あの時、わたしが『女王が一番美しい』と言い続けていれば、きっと平和だったのに。
ああ、わたしは今度こそ間違えない。そして、守るのだ。
白雪姫と、女王の平和を。
体調がよくなって登園すると、真っ先に雪が心配してくれた。
わたしは雪の手をとって、こう頼んだ。
「わたしに白雪姫をやらせてほしい。」
わたしが”白雪姫”ということにすれば、王子から雪を守ることができるかもしれない。
最初はそんな安直な考えだった。
雪は戸惑ったし、やらせるのは悪いとも言ったが、わたしが頼みに頼み込んでとりあえずやってみることになった。
わたしは少しずつ、”白雪姫”を自身に映していった。誰にでも優しく、穏やかで、でも正義感のある、そんな”白雪姫”になっていった。
反対に、雪は『おてんば姫』と称されるほど、明るく元気に振舞った。
卒園時、雪は親の都合で、わたしも母が亡くなった都合で、お互いに遠いところへ行くことが決まっていた。
「これからだね。」
雪はそう言って、わたしの手を握った。
「入れ替わり作戦、うまくいってもいかなくても、それも『うんめい』だからね。優姫のせいじゃないからね。」
わたしもうなずいて答えた。
それから小学校で涼也と出会い、父の再婚で陽太と凜子と家族になった。俊斗と楓賀と会うこともできた。
これで、”白雪姫”の因縁が、わたしに集まってきていると考えた。
あとはこのまま”王子”を引き付けて、”白雪姫”を諦めさせることができれば、わたしたちの勝ちだ。
そして高校に入学して、さらに登場人物が増えて、最近やっと”王子”が来た。




