三 ほんとうのわたしは⑤
すでに家族みんな帰宅しており、夕飯の支度が始まっていた。
義母が「おかえり」と言いながらお茶碗によそっていく。
「今日は少し遅かったわね。すぐ食べる?」
「うん。食べる。ちょっと演劇のことで話し込んじゃって。」
「それって、新部長って人も一緒だったの?」
陽太が食事を運ぶのを手伝いながら聞いてきた。
「そうだよ。」
「ふうん。二人きり?」
「ううん。他の部員もいたよ。」
「それならいいや。」
何が良いのかわからないけど、とりあえず嘘に納得してくれたので良しとしよう。
マコトから絡まれたことは伏せておくことにした。余計な心配をかけたくないし、向き合う覚悟も決めてきたところだ。それより、義母の方に相談することを片づけないといけない。
「お母さん、進路のことで相談があるのだけど、寝る前に時間ありますか?」
真剣に相談したいことなので、つい丁寧語になってしまう。
「相談事なら、いつだって時間をとるわ。でも、もうそういう時期なのねえ。」
「優姫姉の進路?僕も気になる!」
「陽太は部屋にいなさい。わたしと二人だけで話したいということなのでしょう?」
義母にそう言われてうなずく。
「お風呂あがったら、わたしの部屋に来て。そこならゆっくり話ができるでしょう。」
「わかりました。ありがとう。」
陽太は不満そうだったけど、それ以上食い下がることはなかった。
みんなで片づけをして、順番にお風呂に入って、明日の用意まで終わらせてからわたしは義母の部屋をノックした。普段はあまり入ることがないので、少し緊張する。
「どうぞ。」
中からドアを開けて、義母が迎えてくれた。
壁には仕事用の本や参考資料が並び、化粧品のサンプルらしいものもいくつかある。部屋の隅にはパソコン用のデスクもついている。こじんまりとした部屋だが、整理整頓が行き届いている。
床にクッションが二つ並べてあり、義母がホットレモネードを渡してくれた。
一口飲むと、お腹の中が温まり緊張がほぐれてきた。
「それで、進路の話と言うことだけど、具体的に聞かせてくれる?」
義母にうながされて、わたしは話し出した。
自分がどの道に進むべきなのかわからないこと。やりたいこと、追求したいことがないこと。他の人に相談したこともかいつまんで話した。
「人をまとめるべき立場になった方がいいと頭ではわかっているのだけど、政治をしようにも会社を興そうにも、その目的がないから、結局自分が何をするべきなのかわからなくなってしまったの。」
わたしはそうまとめると、残ったレモネードを飲んだ。
義母はコップを自分の傍らに置いて話し出した。
「そうね。あなたはわたしと会った時から、なんでも卒なくこなすけれど、楽しいからじゃなくて義務としてやっている、という感じだったわね。だからピアノも小学校卒業で切り上げてしまったのだけど。そういえば、将来の夢の作文も『わたしの目標は王子と結婚しないこと』って書いていたわね。」
「え、それは覚えてないわ。」
「そうかもね。だって小学一年生の時のだもの。ごめんなさいね、あなたのことを知りたくて、とっといてあったのを勝手に読んでしまったの。」
「小さい頃書いたものだし、もういいけど・・・ちょっと恥ずかしいな。」
「それで、この先も”王子”と結婚しないというのは継続でいいのかしら。」
そこでわたしはハッとした。母にはまだマコトが転校してきたことは伝わっていないのだ。
案の定、義母はものすごく驚いた表情をした。
「なんというか・・・前世の因縁ってここまで続くものなのね。あ、でも」
そこで義母は言葉を区切ると、意を決したようにわたしを見つめて言った。
「まだ、”白雪姫”はいないわね。」
凜子が言った意味を理解するのに、数秒かかった。いや、頭が理解を拒んだという方が正しい。
「どう、して」
それはどういう意味なの、どうしてわかったの、いつから知ってたの、どうして、なんで、どこで。様々な疑問が心をざわつかせたが、口から出せたのは一言だけだった。
凜子はわたしを落ち着かせるように手をとった。
「安心して。多分、わたしにしか分かっていないと思うわ。優姫ちゃんが『やるべきこと』にこだわっているみたいだったから、伝えるなら今だと思ったの。あなたの前世は”白雪姫”じゃない。あなたは”鏡”でしょう?」
穏やかな声で告げられて、わたしは言葉をなくしてしまった。
どうしよう。バレてしまった。けれど、凜子にしか分からないと言っていた。でもどうしてわかった?もし、これが他の人にも勘づかれてしまったら、わたしたちの計画が、壊れてしまう。
動揺しているわたしを、凜子はそっと抱きしめた。
「もういいのよ。あなたはずっと上手くやっていたわ。でも、もういいの、大丈夫なのよ。」
その言葉を聞いて、新からも『大丈夫』と言われたことを思い返し、気づけばぽろぽろと涙を流していた。
ほんとうに、もういいのか。大丈夫なのか。わたしは、今度こそ、守ることができたのか。
母の胸元で泣くなんて、いつぶりだろうか。特に凜子の前ではほとんど泣いたことがないはずだ。けれども今、こうして抱きしめられていて、本当に母のようなぬくもりを感じていた。
それもそうか。だって、”わたし”を作ったのは”女王”なのだから。
わたしがようやく落ち着いてきてから、気になったことを教えてくれた。
「あなたが白雪姫の記憶を持っていると気づいてね、最初に違和感があったの。」
「違和感?」
わたしは鼻を少しすすりながら聞き返した。
母は軽くうなずくと話を続けた。
「せっかく自由になれたのに、どうしてまた”白雪姫”を繰り返しているのかしらって。前世に縛られてしまっているのなら、どうにか解放してあげないといけないと思ったわ。でもね、あなたの様子を見ていると、自分から進んで”白雪姫”になっている気がしたの。それに・・・自分でこんなことを言うのも変だけど・・・優姫ちゃん、わたしに嫌悪感を抱いたことないでしょう?」
わたしは首を縦に強く振った。
「それが大きな矛盾だったわ。もし本当の”白雪姫”なら、自分を殺そうとした相手のことを快く思うはずがないのよ。でも、あなたは継母になるわたしのことを、”女王”であったわたしをむしろ喜んで迎えてくれたでしょう?」
そこで母は肩から力を抜いて困ったような笑みを浮かべた。
「まあでも、わたしも今度こそいい母親になりたいと思っていたから、”白雪姫”がわたしに優しくしてくれることに甘えていたわ。本当は、そんなことないのにね。」
わたしは唇を噛んでうつむいた。
「騙していて、申し訳ありませんでした。」
そう言って頭を下げると、母はわたしの頬を両手で優しく挟んで顔を上げさせた。
「気づいていて、今まで言わなかった、わたしも同罪よ。それに、あなただって理由があるのでしょう?まさか、自分の作った”鏡”に人格が宿って、同じ時代にまた生まれるなんて思いもしなかったけれど。今度はあなたの話を聞かせて?」




