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三 ほんとうのわたしは④

「やっと、二人きりになれたね。」


 彼はニヤっと笑った。


「すみません。友達を待たせているので、失礼します。」


 多目的室は廊下の端にあり、彼の傍を通り抜けないと階段を降りられない。

 体を縮こまらせて素早く通り抜けようとしたが、さっと手首をつかまれてしまった。


「せっかく面倒なナイトたちがいないんだ。二人だけでゆっくり話そうよ。」

「わたしは話すことなんてありません!放して!」


 油断した。このくらいなら一人行動しても大丈夫だろうと、彼も友人ができて、もう下校しているだろうと、そもそも、もうこちらに興味がなくなったかもしれない、なんて。

 そんなことはなかったのだ。

 彼はまだ夢を見ている。王子様とお姫様は必ず結ばれるものだと。

 違うのに。わたしはお姫様じゃない。


「ねえ、あの時は本当に悪かったと反省したんだよ。あの後、君がいなくなってから、すぐに国のお金はなくなっちゃって、戦争も失敗したし、散々だったよ。やはり、僕が愛するべきは君だけだったんだ。だから、今度こそやり直そう。君と僕とで本当の愛を育もう。」


 手首を振り払おうと引っ張っても、押しても、振り回しても放してくれない。

 その間も、つらつらと話しているが、何も耳に入ってこない。

 怖い。どうして、そんなに自分のことしか考えられないの?

 ずっと、ずっと、わたしたちがどんな思いで過ごしていたか、あなたは考えられないの?

 そう考えると、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 こんな人間に振り回されるなんて、馬鹿らしい。


「放して!」

「やめろ!」


 わたしが叫ぶのと同時に、誰かがバシッとマコトの手をはたいてわたしの体を抱えてくれた。

 ハッと顔を上げると、新がすごい形相でマコトのことを睨んでいた。


「あ~あ。面倒なナイトが来ちゃった。」


 マコトははたかれた手をひらひらさせながら後ろに下がった。


「ねえ、本当にさ、そろそろ僕の話も聞いてく」

「聞くわけねえだろ。さっさと失せろ。」


 新が聞いたこともないくらい低い声で遮った。言いながら背中でわたしを隠してくれる。

 マコトがチッと舌打ちした。


「僕は君と話してないんだけど。」

「嫌がってる人間の手をずっと放さないやつの言うことなんか聞けるか。さっさと帰れ。」

「ねえ、優姫ちゃん、二人で話し合おうよ。僕たち今度こそ」

「だから、さっさと」

「黙りなさい。」


 わたしは新の背中からすっと出た。背筋を伸ばし、眼光は鋭く、声を落ち着けて話しかける。

 大丈夫。わたしは”白雪姫”。いや、”女王の白雪”だ。

 マコトも、新も、あっけにとられてわたしを見ている。


「今日はもう下校時間を過ぎています。あなたがのぞむなら、話し合いの場は後日設けましょう。今は下がりなさい。」

「わ、わかりました・・・。そ、それじゃ、後で都合のいい日決めようね。」


 先ほどの勢いはどこへやら、マコトはそそくさと帰っていった。


「おい、大丈夫か。」


 肩を叩かれて、わたしは長く息を吐きだした。


「ええ、大丈夫です。来てくださって助かりました。」


 笑顔をつくって振り返ったが、新は心配そうにわたしの手を取った。


「俺、そこそこ演劇やってきてるからわかるんだよ。さっきも今も、作ってるだろ。もう大丈夫だから。大丈夫だから・・・いいんだよ。」


 その言葉を聞いた途端、張りつめていたのものがふっと切れて、膝から崩れ落ちてしまった。すかさず新が抱きとめてくれて、座り込んだまま胸に寄り掛かった。ゆっくりと背中をさすってくれるのに合わせて呼吸も落ち着いていく。


「新先輩、ありがとうございます。」


 そう言いながら顔を上げたら、至近距離で新と目が合った。

 お、お、思っていたより、距離が近い!!!

 わたしはさりげなく下がって正座になった。そんなわたしの動揺も知らず、新はわたしの手首を取って赤くなったところを優しく触ってくる。


「ここ、赤くなってるな。職員室で冷やすものもらってくるか。」

「い、いえ、大丈夫です。家に帰ってから冷やすので、本当に大丈夫です。」


 思えば、さっきの体勢も淑女としてかなり恥ずかしいというか、意外とまつ毛長くて肌きれいだったとか、優しく触れてくる手の感触とか、とか、落ち着いてきていたはずの心臓の音がまた速まってくるのを感じた。


「どうした?まだ具合悪いか?」


 黙ってしまったわたしを心配して、新はまた触れようとしてくる。

 恥ずかしいからやめてください、と言うのも恥ずかしくて、自分でもよくわからない感情にキャパオーバーしそうになっているところに、声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん!優姫先輩いたって・・・あ!ごめん!」

「育ちゃん、そこに優姫いるの!?」

「待って、希湖先輩、今多分いいところ!」

「おい!優姫は無事か!?」

「まじ空気読め!馬鹿!」

「はあ!?先輩に向かって今なんつった!?」

「まあまあ涼也君、確かに今ちょっといい感じかも~」

「え???」


 階段の方からいつもの声が聞こえてくる。

 そのとたん、新先輩が両手を上げてわたしからサッと距離をあけた。


「あ~~~・・・すまん。」


 顔は横に向いたまま、片手で顔をおおってぼそっと呟いた。耳が赤くなっているのが丸見えだ。

 今さらそんな照れ顔されて、心臓のあたりがぎゅっとしぼられたようになった。


「だい、じょうぶ、です。」


 わたしはなんとか声をしぼりだすと、先輩をおいて階段の方へ向かった。

 壁から顔をのぞかせると、三人して「わっ」」と声をあげて驚いたかと思えば、育が真っ先に飛びついてきた。


「ゆきせんぱぁぁぁい!心配してたんですよぉぉぉ!護衛も付けずに指導室にも教室にも昇降口にもいないんですからぁ!」


 わたしは大げさな言い方に思わずくすっと笑ってしまった。


「ごめんなさい。ちょっと・・・部室が気になっちゃったの。」


 ここで新を探していたというと、変な方向で盛り上がりそうな気がしてやめた。


「希湖と涼也もごめんなさい。だいぶ待たせちゃったよね。」


 希湖は首をぶんぶん横に振った。


「いいのいいの。それより、何もなかった?大丈夫だった?」


 そう聞く瞳は、心配半分、なんで新先輩とああいう状況になったのか知りたい!という期待半分で若干キラキラしていた。


「え~~~と、とりあえず、帰りながら話すね。」


 わたしは目をそらしながら、どう話そうか急いで頭を回転させた。


「じゃあ、俺は自転車だから。」


 新がさっとその場を離れようとしたところを、育が腕をぎゅっと捕まえた。


「だーめ♡」

「いや、なんで。」

「今日は当事者なので、いてもらいます。」

「いや、優姫がいれば十分だろ。」

「お・に・い・ちゃ・ん?」


 育に笑顔で詰め寄られて新は諦めることにしたらしい。わたしから少し離れた位置で一緒に歩き始めた。


 マコトに絡まれたことを話したら、案の定みんなに心配されたし、叱られた。そこは本当にわたしの不注意だったので、素直に反省して謝った。

 そして、新が助けに来てくれたくだりになると、希湖と育から根掘り葉掘り質問攻めにされた。自分の感情が出ないように、短く、事実だけを答えるようにしていく。

 ちらと後ろを見ると、新も気まずそうにしていて、隣を並んで歩く涼也に肩を叩かれて慰められているようだった。


 ようやく駅前通りまできて、新と育は道を分かれていった。

 わたしは希湖と涼也と歩き出し、二人に自分の決意を話した。


「わたし、マコトの話をちゃんと聞いてみようと思う。」


 しばらくの間が空いた後、涼也に「ええっ」と肩をつかまれた。


「いや、なんで、あいつの話なんて、聞いたってどうしようもないだろ。」

「それでも、いつまでもこうやって逃げて、彼に振り回されるのも、もう嫌なの。」

「話したって、諦めないかもしれないぞ。」

「そうしたら、諦めるまで行動で示していくわ。」

「あいつのことだから、強硬手段に出ることだって」

「涼也君、いったん優姫に任せてみたら?」


 半ば言い争いみたいになっていたところに、希湖が助け船を出してくれた。


「話す時は、ちゃんと昼間で、人の多いところにすればいいし。その場所までの送り迎えはわたしか涼也君がすればいいし、話し合いが終わってうまくいってもいかなくても、マコト君がまた転校するまで優姫を一人にしないようにすれば、安全じゃない?」

「いや、そもそも話を聞く必要がないだろ。」

「でも、根本的な解決をしないと、一生つきまとわれるかもしれないのよ。」


 希湖がわたしの手をぎゅっと握って、わたしの目を見て言った。


「優姫。わたしはちゃんと立ち向かおうとしてるの応援する。当日は絶対呼んで。何かあったらすぐ助けるから。」


 すると、涼也もため息をついて頭をかきながら言った。


「言い出したら聞かないのは変わらないな。わかった。俺も行く。絶対無茶するなよ。」


 わたしは二人に顔を向けて「ありがとう」と言った。


 結局、この日も家まで送ってもらってしまった。

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