三 ほんとうのわたしは①
彼と対峙してから二週間経った。驚くほど彼は何の接触もしてこなかった。挨拶もしない、目も合わせない、お互いに空気になったように過ごしていた。希湖をはじめ、涼也も柊悟も気を配ってくれたけれど、彼には本当に何か行動を起こす気がないようだった。
涼也経由で聞いたのか、陽太と楓賀にも心配されて、陽太は「高校までついていく!」と言い張ったが、楓賀になだめられて毎日彼と何か起こらなかったか報告するということで落ち着いた。
生徒指導の狩野先生も「転校生はもめごとの元になりやすいから」と言って、目を光らせてくれているらしい。
彼の存在は上級生、下級生にも伝わっているらしく、モデルみたいにかっこいいということで噂になっていた。当然、育と新の耳にも入ってきていて、遠目からでも”王子”だと勘づいたらしい。「優姫先輩、あいつ、一回ぶん殴ってきていいですか。いえ、一回じゃ足りないですね。ぼっこぼこにしてやりましょう!」と育は息巻いていたけれど、新に首根っこをつかまれて「現代でやったら退学になるぞ。雪と同じ学校にいられなくなるぞ。」と言われて渋々大人しくなった。新からは「何かあったらすぐ相談しろよ。」と言ってくれた。
つくづく”白雪姫”は本当に愛されていたのだと実感した。
こうしてわたしは”白雪姫”としての生活を続けることができた。
そうして穏やかにすごしていたのもつかの間、また私は悩みを抱えることになる。
進路選択である。
自室の机で、真っ白な希望調査と向かい合う。
今まで”白雪姫”だったらどのように行動するか、ということを基準に色々なことを選択してきた。
小学校はピアノを習ってみたり、中学校は合唱部で活動したりした。どちらも王族の教養としてお城でやっていたことだからだ。(合唱ではなく声楽だったが。)勉強もそつなくこなしていたので、そこそこ偏差値の高い高校に進学した。演劇部に入ったのはスカウトだが、いつもと違う自分を演じることを面白く感じたのでそのまま続けることにした。もともとなのか、普段からの賜物か、誰かになりきることが得意らしいということも演劇を続ける理由だった。
しかし、将来となると、さっぱりわからなくなってしまった。
”白雪姫”として、人々の上に立ち、国を導いていく人になればいい。
頭ではそう考えていても、心のどこかに引っ掛かりを感じている。
今まではなかったこの迷いに、どう対処したらよいかわからない。
「大人に、相談してみるか・・・。」
階下に降りると、父がリビングでテレビを見ていた。
わたしは軽く見回して「お母さんは?」と聞いた。
「凜子さんなら、部屋で仕事をしていますよ。」
父は誰に対しても丁寧に話す、優しくて誠実な人だ。通訳や翻訳の仕事をしていて、海外出張などで家にいない時間が多い。でもその仕事のおかげで、ドイツ人の母と出会い、わたしが生まれた。母はわたしが幼稚園年中の時に病死してしまったが、父は仕事をやり繰りしつつ惜しみなくわたしに愛情を注いでくれた。
そして、わたしが十歳になると、小学校の役員を通して、凜子と意気投合した。父はまた海外を中心に仕事をしたいけれども、わたしの学校を心配して悩んでいたらしく、凜子もこれから反抗期に入るであろう陽太に父親という存在が必要になってくるであろうと考えており、二人とも利害が一致するということで再婚することにしたそうだ。だから、父と凜子の関係は夫婦というより、ビジネスパートナーといった感じだ。
わたしは幼稚園から”白雪姫”として覚醒していたので、凜子と陽太に初めて会った時にわかってしまった。最初、凜子は戸惑っていたが、わたしの方から前世には触れず、仲良くなりたいとアプローチしていったので徐々に打ち解けていくことができた。陽太は本能のままというか、すぐにわたしに懐いた。後からこっそり聞いたら、陽太が前世を思い出してきたのはわたしと一緒に暮らすようになってしばらく経ってかららしい。
凜子が家でも仕事をするくらい忙しいのなら、彼女に相談するのは後で空いている時間を確認してからにしよう。
とりあえず、わたしは父に進路希望調査票を見せた。
「ちょっと、進路で悩んでいて、話を聞きたいのだけど。お父さんはどうして今の仕事に就いたの?」
父はテレビを消して、わたしに向かい合った。
「僕の場合は、趣味の延長ですね。外国の文化が好きで、色々自分で調べていくうちに、言語にも強くなって、今の仕事につながりました。」
「趣味の延長・・・」
「でも、厳しいことに、趣味を仕事にできる人はあまりいません。僕はラッキーな方です。だから、自分がどんなことに喜びを見出せるかというところに着目した方がいいと思いますよ。例えば、人を助けるとか、何かを創造するとか、マニュアル通りに動くとか。」
わたしは父の言葉を聞いて、考え込んだ。
趣味も、喜びも、”白雪姫”にはないものだった。そもそも、考えたことすらなかった。
勉強も、部活も、人との交流も、”白雪姫”の義務としてやってきていたので、心がどう動いているのか考えたことがなかった。
黙り込んでしまった娘を見て、父は優しそうに笑った。
「まあ、すぐに答えが出せるものでもないですから。色々な経験ができそうなところにとりあえず行ってみるというのも良いと思いますよ。やってみて無駄なことはない。どの道を選んでも僕は応援します。」
父の温かい言葉に、わたしは微笑んだ。
「ありがとう。もう少し考えてから提出することにする。」
そして、おやすみなさいと告げてから自室に戻った。




