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con forza

ずっと言わせたかったセリフをサクリに言わせられたので満足した。

「誰だその男。随分と仲良くやってるようじゃないか」


 レイルはつかつかと歩いてくると、優理の腕を掴んで強引に席を立たせた。

「おい、やめろって」

 庇おうとした理十を睨みつけると、そのまま視線をスライドさせ、わたしに視線を向ける。

「エアリはわたしのお友達だよ。同じ宮廷魔導士見習いの仲間なの!」

 優理は掴まれていた腕を振り切って叫んだ。

「宮廷魔導士見習い? ……あぁ、最近サクリが連れて来たっていう奴か」

『うわ〜〜〜〜レイル相変わらずの悪役ムーブだなぁ……。エアリちゃん、気にしなくていいから、さらっとやり過ごそ』

 さらっとやり過ごすっていったって、どうやって?

––––––あぁ、きっと、わたしが軽率だった。優理と第二王子は婚約を前提とした関係だと、聞いていたのに。わたしは今、これでも一応『男』なのに。

「エアリ・アラルガンドです。聖女様を連れ回してしまい、申し訳ありません。レイル殿下」

 火に油を注ぐのは得策ではないと思ったわたしは、潔く謝ることにした。くすんだ碧眼、睨みつけてくる視線を受け止めて、深く頭を下げる。

「なに言ってるのエアリ! エアリを誘ったのはわたしなのに!」

「もしかして、昨日私とのランチの時間に遅れて来たのも、こいつと会っていたからか?」

「そう……だけど」

 優理は嘘がつけないのだろう。素直にそう言えば、レイルはますます表情を険しくする。

『聖女に興味がないなら放っておけばいいのに、自分の物に手を出されるとそれはそれで気に食わないなんて、ほんと、レイルはいつまでたっても子供だよね』

『そんなことを呑気に言っている場合ですか? エアリに手を出すのなら、私も容赦しませんが』

『待って待って、さすがに第二王子に危害を加えるのはまずくない? たとえ相手がどんなクズでもさ。エアリちゃんの仕業だと思われたらエアリちゃんの立場が悪くなっちゃうよ』

 やばい、なんとかこの場を穏便に切り抜けないとセツラの手が出る。なにか方法を考えなくては。

「たかが魔導士見習いが聖女を連れ回すなど、どんな教育をしているのやら。サクリに問いたださないとな」

「エアリはわたしの大事なお友達だって言っているじゃない!」

 正義感カンストしている聖女様は果敢にレイルに噛み付く。そのせいで、レイルの機嫌がさらに急降下していく。

「お前は少し黙れ」

「きゃっ」

 苛立ったレイルは、優理の肩を掴むと、なんと床に投げ飛ばした。

「優理!!」

 理十が慌てて駆け寄る。

「いっ……たぁ……」

 座り込んだまま、優理は上体だけを起こした。––––––いくらなんでもやりすぎだ。

「お前、ちょっと来い」

 レイルが、わたしに向かって一歩踏み出した。やばい。なにがやばいって、たぶんレイルの手がわたしに触れた瞬間セツラがレイルを攻撃する。

『……仕方ないですね』

「セツラお願い、待って」

 セツラの大きな掌がわたしの目を覆う。光魔法の気配がした。

「なっ……」

「え、」

 セツラが掌を外すと、わたしの目の前にいるレイルは、わたしのことなど視界に入っていないようにあたりをきょろきょろと見渡している。

「え、あれ、エアリ!?」

 優理と理十も、同じように視線を彷徨わせていた。

『私の魔法であなたの姿を隠しました。今のうちに、次の手を考えて』

 わたしは小さく頷くと、内ポケットから杖を取り出し、呪文を唱える。幻覚の光魔法。本当は、高度な光魔法はあまり得意ではないけれど、そんなことも言っていられない。

「なんだ、そこにいたのか」

 よし、成功。

 呪文を唱え終わると、わたしは優理と理十の手を取って走り出した。

「え、なになになになに」

「なんだ!?」

 見えない手に引っ張られ困惑しながらも、二人はわたしについてきてくれた。



 建物の外まで走ってくると、セツラがわたしにかけられていた光魔法を解いた。

「わ、エアリ!」

「おれの手を引いてた見えない手、やっぱりあんただったのか」

「よかったなんとかなって……」

 セツラが手を出さずにすんで、本当によかった……。

『私があなたにかけた魔法と同じものを二人にかけ、同時に幻覚の魔法で虚像を3体作り上げた––––……ふふ、お見事です』

 隣でセツラがくすりと笑う。あなたのせいでわたしはこんなにも焦っていたんですけどね。

––––––いやでも、セツラの光魔法が突破口になったのは間違いない。第二王子に危害を加えるのではなく、他の方法を取ってくれたのだ。

「ありがとうセツラ」

 二人に聞こえないように、小さな声で呟くと、隣から『どういたしまして』と返ってきた。

「エアリが魔法で切り抜けてくれたんだよね。本当にありがとう。……巻き込んでごめんなさい」

 優理は悲しそうに目を伏せている。いつも元気溌剌な聖女様のこんな姿を見るのは初めてで、心が苦しくなる。

「レイルはいつも意地悪ばかり言うけれど、暴力を振るわれたのは初めてで……あんなに怒ると、思ってなくて……」

「優理は悪くないよ。ボクが軽率だった。優理とレイル殿下の関係、ボクは知っていたのに」

「優理もエアリも悪くねぇよ。悪いのは全部あいつだろ?」

 わたしと理十がそう言っても、優理は瞳を伏せたままだ。

「レイル、わたしに興味なんてないくせに……ほとぼりが冷めた頃に、もう一度ちゃんと話してみるね」

「無理しないで」

「大丈夫。これはわたしが乗り越えないといけない問題だから」

 桃色の瞳を開いて、彼女はにこりと笑った。––––––彼女は、これしきのことで挫ける少女じゃない。これからも正々堂々と、レイルに向き合っていくのだろう。

 そうわかっているからこそ、わたしは少しつらかった。

「怪我してない? 大丈夫?」

「うん、わたしは大丈夫だよ。ありがとうエアリ!」

 こんなときでもパッと笑顔を浮かべて、彼女はわたしに微笑んでくれる。

「でもちょっと疲れちゃったから、今日はお部屋で休憩しようかな……理十はどうする?」

「おれも……部屋に戻る」

 理十は優理の様子を気にしているようだった。図書室を去っていく二人を見送って、わたしは小さくため息を吐いた。

『なんていうか……僕の弟がごめん』

「それこそイスナの謝ることじゃないでしょ…….典型的な悪役ムーブでちょっとビックリしちゃったけど」

『だよね……子どもの頃と変わってなさすぎて僕もビックリした……いやでも本当、エアリちゃんに怪我がなくてよかった』

『本当ですよ。どうやったらエアリに迷惑をかけず消せるかを考えているところでした。というか、今も考えています』

 サファイアの瞳にもペリドットの瞳にもほっとした色が浮かんでいた。––––––二人につらい思いをさせずにすんでよかった。



 屋内訓練場に戻りヴェンさんに事情を説明すると、「俺も軽率だった、すまない」と謝られてしまった。

 それから週末まで、優理がわたしの前に姿を現すことはなかった。週末、イスナを寮においてセツラと一緒にアラルガンドの屋敷に帰ってからも、つい優理と理十のことを考えてしまう。

「優理、ひどいめにあっていないといいけど……」

 自室の机で頬杖をつきながら呟く。窓から見える外の景色はもうすっかり暗闇にのまれ、一日の終わりを告げていた。

『そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよ。なにかあれば、あの賢い弟がちゃんと助けを求めるでしょう』

「うん。そうだよね……」

 屋敷に帰ると、ツヅミお兄ちゃんにこれでもかというくらい心配されてしまった。理十が優理のことを気にかけているのと同じように、ツヅミお兄ちゃんとわたしことをこれ以上ないくらいに気にかけてくれている。それは、うれしくもあり、申し訳なくもある。

「聖女って何のために召喚されるんだろう。『世界を救うため』って、漠然としすぎているよね」

『千年に一度の大厄災に備えて、ですかね。まぁ、前回の大厄災は数百年も時期がズレてしまったので、千年前の聖女はお飾りだったと言われていますし、だからこそ私が魔王を倒すことになったのですが』

「そっか。魔王を倒すのって、本当は聖女の役割だったんだ」

 強い闇属性の魔力をもつ魔王に対抗するために、強い光属性の魔力をもつ少女が聖女に選ばれるのだとしたら。

「…………やっぱり、わたしが今世の魔王ポジションだったりしない?」

『それはありえません。実際に魔王と対峙したことのある私が言うのだから、どうか信じて』

「……うん」

 わたしは、セツラのことを信頼している。疑念は消えないけれど、セツラがそう言うのなら信じてみよう……と思う。

「でも、どうして前回の大厄災は時期がズレてしまったの? 魔王が現れたのって、前回の聖女召喚の数百年後でしょ?」

『それは……魔王が時間魔法の使い手だったことが関係しているでしょうね』

「時間魔法……過去へ行ったり、未来へ行ったりするってこと?…………そんな魔法が、存在するの……??」

 そうたずねれば、セツラは少し言い淀んだ。なにか、話しにくいことがあるのだろうか。

『時間魔法なんて使ったのは、後にも先にも私が倒した魔王だけです。あんなもの、本来は成功するはずがないのだから』

「そう……なんだ?」

 これ以上聞いてはいけない気がして、わたしは口を閉ざした。

「エアリ、まだ起きてるのか?」

 ドア越しにツヅミお兄ちゃんの声がした。部屋の灯りがまだついているのを見て、様子を見にきてくれたのだろうか。

「そろそろ寝るよ」

「明日からまた宮廷に戻るんだろ? ちゃんと休めよ」

 ツヅミお兄ちゃんの優しい声。なんだか安心して、眠気がやってくるのを感じた。

「うん、ありがとう。おやすみツヅミお兄ちゃん」

 ドア越しに挨拶をして、わたしは部屋の灯りを消した。



 


「えあり」


 夢の中で、誰かに、名前を呼ばれた気がした。



 

 

「エアリ!! 会いたかった!!」

 翌週、いつものように屋内訓練場でヴェンさんと魔法の練習をしていると、優理と理十がやって来た。

「優理! ここに来て大丈夫?」

「今日はちゃんとレイルにエアリと会う許可もらってるから! これで怒られたらさすがに絶縁かな!」

 数日ぶりに会う優理は、いつものように明るい笑顔を振りまいていて、心の底からほっとしてしまった。

「理十も大丈夫?」

「まぁ……あいつがひどかったのは図書館のときがピークだったから。それ以降は心配するほどでもなかったよ」

「本当に?? それならよかった」

 わたしがずっと二人のことを心配していたことを彼もわかっていたのだろう。彼の言葉に少し安心できた。

「わたしがエアリと仲良くしてるの見て、頭に血がのぼっちゃったんだろうね」

 何でもないことのように、あははと、優理は笑った。

「あんたにも迷惑かけると悪いと思って、数日は様子見てたけど、今日は機嫌よさそうだったから許可とって会いに来た」

「わざわざ会いに来てくれたんだ」

 理十の素直な言葉に、なんだか少し照れてしまう。自分で言っておいて、後から彼も恥ずかしくなったのか、頬を掻いていた。


 その日から、1週間に2回ほど、優理はレイルの許可をとってわたしに会いに来てくれるようになった。優理のことを心配してか、優理がくる日は必ず理十もつい来る。レイルとのランチ&ディナーは継続しているようで、その時間になると優理はレイルに会いに行ってしまうので、理十が来た日は理十と二人で昼食と夕食を取ることが日常になっていた。

「もう数ヶ月吹いてないし、絶対音出なくなってるな……」

「フルートのこと? 楽器って、数日吹いてないだけで音鳴らなくなるもんね」

「わかってんじゃん。あんたも楽器経験者?」

「やばいまた墓穴掘った」

「おれとの会話に気抜きすぎじゃね?」

 はは、と理十が笑う。わたしとの会話に気を抜いているのはそちらも同じだと思う。

「この世界にも楽器はあるし、頼めばフルートくらい貰えるんじゃない?」

「そうかもしれないけど……誰に頼めばいいんだよ。優理と違って、おれは聖女にくっついてきただけの一般人だから、優先度低いんだよ」

「……そうなの?」

 聞けば、理十の立場は結構微妙なものらしく、聖女の従者や侍女たちも、聖女の『弟』に対する距離感をはかりかねているらしい。

「でも、聖女の血縁者なんだから、聖女と同じくらい待遇よくすべきだと思うけどな」

「まぁ、気遣われたら気遣われたで困るんだけどな」

「んー……ちょっと待ってね」

 わたしは内ポケットから杖を取り出すと、土属性の魔法を唱えた。土から生まれた筒状のものを、火属性の魔法で焼き、水属性の魔法で磨き、光属性の魔法で光沢を与えてみる。

「はい」

「なにこれ」

「えーと……メッキの横笛? ごめん、フルート作りたかったんだけど、構造よく覚えてなくて、これが限界」

「あんたがフルート吹きじゃないってことはわかった」

「ごめんて」

「いや……」

 わたしの手から横笛を受け取ると、彼は慣れた仕草で構える。そして、息を吹き込んだ。

「鳴った」

「鳴ったね!」

「いや作った本人が驚いてんなよ」

「いやいやだって、楽器とか初めて作ったし」

 魔法使ったり楽器吹いたり食堂でやりたい放題だが、幸いにも周りは男たちでがやがやとうるさくて、それほど目立ってはいない。

「これ、もらっていいの?」

「もちろん」

「ありがとう」

 素直にお礼を言われ、なんとなく照れてしまう。

「こんなに楽器吹いてないのあの事件があったとき以来でちょっと焦ってたからさ、正直うれしい」

「あの事件?」

「や……あんたに言ってもわかんないと思うけど。部活の時間めっちゃ削られた時期があって」

 どくり、と心臓が跳ねる。考えすぎだろうか。いや、でも、もしかして……それって––––––

「理十が元いた世界って、西暦何年だったの?」

「?……2025年だけど」

 疑念は確信に変わる。2025年は、わたしが殺された年だ。

 でも、わたしがこの世界に転生してから、もう18年は経っているはずだ。理十たちが召喚されたのは、数か月前。

『こちらの世界とあなたたちがいた世界では、時間の軸がズレているんですよ。…………当初の予定通り、7年前に聖女召喚が行われていたとしても、「ユーリ シノミヤ」は16歳の姿で召喚されていたはずです』

 時間が、ズレる。前にセツラと話した、聖女召喚と魔王の話を思い出した。

『あなたは、なにも心配しなくて大丈夫ですから。……だから私は、あなたには『聖女』と関わってほしくないのに』

 苛立ちと、それから悲しみを含んだセツラの声。

『そんなふうに言ったらエアリちゃんに困っちゃうって。ユーリちゃんもリトくんもエアリちゃんの大事なお友達でしょう?』

『……あなたにエアリのなにがわかると?』

 低い声で、セツラが呟く。

「エアリ? 大丈夫か?」

「あ、うん、ごめん。大丈夫」

––––––セツラは、わたしになにか隠している。でもそれは、きっとわたしを守るためだ。

「……聞かないって約束したけどさ、やっぱり気になるな、あんたのこと」

「そうだね……。優理と理十が元の世界に帰れる方法が無事に見つかったら、そのときに話すよ」

「約束だからな」

 理十が笑ってくれたから、わたしも笑って返した。

 セツラもいつか、話してくれるだろうか。

 きっと、そのときが来たら。



 そんな日々が、一か月ほど続いたある日。


「エアリ!!!! 起きてくれ!!!!」

 本来の起床時間よりも早く、寮の扉をノックする音でわたしは目を覚ました。

「え、なに!? ヴェンさん!?」

 急いで身支度をして扉を開ける。なんだなんだと、セツラとイスナも鏡の中から姿を現した。

「朝早くにすまない」

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

 よほど急いでいるのか、ヴェンさんは額に汗をかいていた。

「いや、久しぶりに団長が宮廷に帰って来たんだが…………とにかく、一度団長に会ってほしい」

 ヴェンさんのあとに続いて歩く。向かった先はいつもの屋内訓練場だった。

 

「久しぶりだね。エアリ・アラルガンド」

 

 色素の薄い、波打つブロンドの髪。氷のようなアイスブルーの瞳の持ち主が、優雅に足を組み、椅子に腰掛けていた。

「サクリ殿下……」

 約一か月ぶりに会う彼は、相変わらず、なにを考えているのかわからない、貼り付けた笑みを浮かべている。

「この一か月、魔法の練習は捗ったかな? といっても、聖女と一緒にままごとに明け暮れているようにぼくには見えたのだけれど」

『見えた……透視の魔法か。私にすら魔力の痕跡を感じさせないとは、さすがこの国の最高魔導士といったところか』

 セツラが悔しそうな声で呟く。

『わ〜〜〜〜サクリだね〜〜〜〜久しぶりに会った〜〜〜〜なんでまだ生きてるのかな〜〜〜〜はやく死んでくれないかな〜〜〜〜殺殺殺殺呪呪呪呪』

 サクリを見てからイスナは情緒がおかしなことになっており、まともな会話もできそうにない。

「ヴェンもヴェンだよ。ぼくは君を信じて教育係を任せたのに。まさか、エアリ・アラルガンドの実力を見誤るほど、君のその目は愚かじゃないだろう?」

 ヴェンさんに向けられた視線は、直接目を合わせていないわたしでもわかるくらいに冷え切っていた。

「申し訳……ございません」

「君たちがいつまでたっても遊んでいるから、今日はぼくが直々に指導してあげようと思って」

 にこりと、サクリは目を細める。言いようのない恐怖を感じて、背筋がぞくりとした。

「ぼくと、決闘しようか」


 

「いや、団長、冗談ですよね?」

 凍りついた空気を打ち砕くように、ヴェンさんが声を上げる。

「冗談だと思う?」

「いやでも、エアリはまだ見習いで…….実戦訓練だって一度もやっていないのに、そんな、よりにもよって団長と決闘だなんて」

「一か月もあげたのに、エアリ・アラルガンドにまともな実戦訓練一つさせてあげなかったのは君だよ。心優しい君のことだから、なにか事情がありそうな彼に勝手に同情したんだろうけど」

「それは……」

 冷え切ったサクリの瞳に耐えられないとでもいうように、ヴェンさんは視線を逸らした。

「一応言っておくけれど、ファロに助けを求めようとしても無駄だよ。彼は長期の遠征任務に向かわせたからね。当分は帰ってこない」

 にっと、サクリは口角をつりあげる。凍えるようなアイスブルーの瞳でわたしを見据えて、言った。

「一日あげる。決闘は明日だ。君がなにを隠しているのか僕は知らないけれど、少しでも手を抜いたら、殺すから」



 言いたいことだけ言って、サクリは早々に訓練場を去っていった。

「すまない、エアリ」

 ヴェンさんの顔色が悪い。

「団長の命令は絶対だ。……できるだけのことをして、明日に備えるしかない」

「そう……ですね」

 サクリはわかっていた。ここ一か月のわたしの『魔法の練習』が、何の練習にもなっていなかったこと。周りに驚かれない程度に、てきとうに魔法を使ってやり過ごしていたこと。

「実戦の経験なんて、もちろんないよな?」

 ヴェンさんに聞かれ、わたしは言い淀む。…………いや、ここはもう、正直に話すべきだろう。どうせ決闘を見られればバレる。

「決闘の経験はありませんが、森の魔獣を倒しまくってました」

「は?」

「実家の屋敷の裏に手頃な森があるのが悪いんです」

「アラルガンドは商家だろう? そんな田舎にあるのか?」

「実家じゃなかった従妹の屋敷でした」

 アラルガンドの屋敷より貧乏貴族のリタルダンドの屋敷のほうがずっと王都から離れた場所にある。それこそ、屋敷のすぐ裏に森があるくらいには。

「はぁ……独学、って、そういうことだったのかよ」

 ヴェンさんは、疲れを隠さず息を吐いた。…………気まずい。

『一人で森に入って魔獣倒しまくってたってこと? 随分と勇ましい子爵令嬢様だね』

 サクリがいなくなったので、イスナの情緒が戻ってきている。

『見守ってるこちらとしてははらはらしましたけどね……』

 そんなふうに言われると恥ずかしい。誰にも内緒まで森に入っていたつもりだったのに、セツラには全部見られていたのだ。

「それなら、ある程度はこっちも本気出して大丈夫だな。時間もないし、とりあえず俺と決闘の練習すっか」

「よろしくお願いします」

 ぺこりと頭下げると、苦笑いを返された。

「……決闘なんて、宮廷魔導士の訓練でもそうそうするもんじゃないんだがな」



 サクリとの決闘に備えて、セツラとイスナと、3人で話し合って決めたことは三つ。

 一つ目は、魔法を出し惜しみしないこと。もうこうなってしまったからには、人の目とか気にしている場合じゃない。サクリは「少しでも手を抜いたら殺す」と言っていた。イスナ曰く、彼は冗談でそんなことを言うタイプではないらしいから。本気でやるしかない。常識的に考えたら独学では到底習得不可能な難易度の高い魔法も、躊躇わず使っていくしかない。

 二つ目は、水属性の魔法を全面的に使うこと。森で魔獣と闘った経験は数えきれないほどあるけれど、そのときわたしが主に使っていたのは闇属性の魔法だ。水属性の魔法をあまり戦闘で使ったことはないけれど、得意魔法は水属性だと自称しているのだから、水属性の魔法をメインで使っていかないと違和感をもたれるだろう。闇属性の魔力を隠蔽している今、闇属性の魔法の成功率は著しく下がっているので、闇属性の魔法は基本的には使えない。

 三つ目は、闇属性の魔力を絶対に解放しないこと。これは絶対条件だ。わたしの本当の魔力量を、そしてわたしの得意魔法が闇属性であることを、絶対にサクリに知られてはいけない。もし知られたらどうなってしまうのか、本当に全く予想がつかないとイスナは言っていた。確かなのは、決して良い展開にはならないだろうということだけ。

––––––「少しでも手を抜いたら殺す」。そう言うサクリに、最後まで闇属性の魔力を解放せずに闘うなど、本当にできるのだろうか。


「覚悟はいいか?」

「はい」

 人に対して攻撃的な魔法を使うのは初めてだ。緊張で身体がこわばる。相手はどこまで攻撃してくるのか、わたしはどこまで相手を攻撃していいのか。なにもわからない。

「団長がどんな条件を出してくるかはわからないが、とりあえず今回の勝利条件は『相手を戦闘不能にすること』。これでいこう」

「杖を取り上げたり、気絶させたりすればいいってことですよね?」

「ああ」

 屋内訓練場全面を使って、30メートルほど離れた距離でヴェンさんと向かい合った。

「こちらからいこうか」

 いつもより低い声が聞こえた。ヴェンさんが杖を構える。––––––来る。ヴェンさんの得意魔法は、『風』。

 突如湧き上がる突風。訓練場の中央に生まれた大きな竜巻がこちらに向かってくる。

 …………決闘初心者のわたしに、きっと彼の初手は、わかりやすく自分の得意魔法をぶつけてくれると思っていた。

 咄嗟に、風属性の対である土属性の魔法を唱えた。大きな岩の壁が聳え立つ。

「詠唱はやいな」

「……ありがとうございます」

 竜巻に砕け散った岩を、水属性の魔法でヴェンさんのほうへ押し流す。大量の水と共に、そのままヴェンさんの身体も押し流そうとして、

 ヴェンさんは再び風魔法を唱えた。彼の身体が宙に浮く。

「飛んだ!」

 空高くくるりと一回転して、水の引いた地面に降り立った。

「アンタからも仕掛けておいで」

 咄嗟に、考える。相手を殺さない程度の、相手を攻撃する魔法。よいアイディアが思いつかない。

 水属性の魔法を唱える。––––––複雑な魔法なんていらないのかも。空気中の水属性の魔力元素を全部使って、わたしの魔力で……

「全部押し流す!」

 大洪水の具現。入学試験の浸水なんて目じゃないくらい。訓練場を覆い尽くす水で全てを押し流す!

「うっわ雑だな!」

 ヴェンさんが、また風魔法を詠唱する。––––逃げ場なんてない!

 大きな荒波。宙に浮かぼうが関係ない。彼の身体を引き摺り込むように。全部全部押し流して!

「……俺の魔力量舐めんなよ?」

 風魔法が発動する。空気が彼を包み込む。彼の周りだけ荒波を遮っている。

 彼は魔法の詠唱を続ける。彼の周りの空気がどんどん膨らんで、荒波を押し戻す。わたしのほうへ、高い波が押し寄せる。

「突き破る!」

 わたしはまた魔法を唱えた。水属性と風属性の詠唱を重ね、水を凍らせる。その氷柱を、鋭い風魔法に乗せて彼のほうへ……

「属性重ねるのが上手いな」

 彼が魔法を唱える気配。

「させない!」

 素早く水属性の魔法を唱え、彼を包み込む空気の厚みを氷柱が貫いた瞬間、大量の水をその中に送り込んだ。

「うわっ」

 彼が唱えた火属性の魔法が水に濡れて消える。

 ヴェンさんはびしょ濡れになった。

 さてどうする。彼の杖を奪うには––––––

「次は、こんなのはどう?」

 彼はまた、魔法の詠唱を始めた。…………闇属性?

「え……なに……」

 急激に意識が遠のく。これは、対象を眠らせる魔法……!

 咄嗟に光魔法の詠唱を呟く。重い眠気に、舌が空回る。そもそもわたしは、光属性の魔法があまり得意ではなくて……

「……っ!」

 光属性の詠唱を途中でやめ、火属性の詠唱を重ねる。大きな光に大きな音。破裂音と、火薬のにおい。……日中ではただそれだけの意味しかもたない、ただの花火!

「っ!」

 けれどその大きな音と光にヴェンさんは確実に一瞬怯んだし、わたし自身も一瞬目が覚めた。

 すかさず、正確に光魔法を詠唱する。目覚めの魔法。––––––起きなきゃ!

「はーーーーっ」

 一気に意識が覚醒していく。……直接相手の精神に作用する闇属性の魔法……あれは、よくない。わたしは今、自分の体内の闇属性の魔力が著しく低いから、闇属性の魔法への耐性が無さすぎる。

 物理的な攻撃なら躱しようがあるけれど、これは––––––……

「っ…………」

 杖を構える。今のわたしに闇属性の魔法はほぼ使えない。相手がどんな方法で来ようと、わたしは物理で攻めるしかない。

 もう一度、水属性の魔法を唱えようとして……


「エアリ!?」


 突然聞こえた第3者の声に、思わず詠唱をやめた。


「聖女様!?」


 ヴェンも驚いたように大きな声を出し、構えていた杖を下げる。


「ここは危険です。離れて」

「なんで闘ってるの!? ケンカ!?」

 優理はパタパタとこちらに向かって走ってくる。

「ここは訓練場なんだから、魔法の練習に決まってんだろ!」

 後から走ってきた理十が叫んだ。優理の目が見開かれる。

「魔法の練習?……これが? だったら、昨日までのあれはなんだったの? エアリは……」

 大きく見開かれた桃色の瞳が、わたしを見ていた。

「昨日までの魔法の練習なんて、本当は必要なかったのね」


 その瞳に、わたしは何を返せばいいのかわからなかった。

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