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vivente

さくさく進めたい。

「魔法の練習なんてして何になるって言うんだよ……」

 文句を言いつつも、理十はパーカーのポケットから、ピンクブラウンの杖を取り出した。優理の杖と違い、装飾のないシンプルな物だ。

「光属性の魔法は昨日やりましたから、今日は土属性の魔法を練習してみましょうか」

 ヴェンさんの言葉に、優理は目を輝かせる。

「それがいいわ! あのね、理十の得意魔法は土属性なの!」

「勝手に言うな」

「んじゃ、まず土台から……」

 ヴェンさんは、上着の内ポケットから翡翠色の杖を取り出した。土属性の呪文を唱えながら小さく振ると、屋内訓練場の石の床の上に、土が降り積もっていく。仕上げに、風属性の魔法で土をならせば、約1メートル四方の小さな砂場が完成した。

「土は、あらゆる生命の源ですからね。この土を使って、小さな人形でも作ってみましょうか」

「土属性の魔法で土を固めて、人形の形にすればいいってこと?」

「まぁ、そんな感じです」

 優理の言葉に、ヴェンさんが頷く。

「はぁ……くだらね」

 ぶつぶつ言いながらも、理十は杖を握ったままだ。

「とりあえず、俺が見本見せますね」

 ヴェンさんが魔法を唱えると、一塊の土が宙に浮かび上がる。そのまま魔法を唱え続けると、土は少しずつ姿を変え、色付き、最終的には着せ替え人形ほどのサイズの、小さく可愛らしい女の子のお人形が完成した。

「すごい! リカちゃん人形みたい!」

「聖女様にさしあげますよ」

「ほんと!?」

 優理は目を輝かせて人形を受け取る。

『へぇ……ヴェンという男、なかなかに器用ですね』

 セツラが感心するように呟いた。

「ここまで細かいのは難しいと思うんで、今回はまぁ、てきとうに人形の形にしてみてください」

「わかった! やってみる!」

 優理は杖を構えると、辿々しく土属性の魔法を唱える。一塊の土が宙に浮かぶと、土は少しずつ形を変え––––……砕け散った。

「難しい!」

「聖女様の得意魔法は光属性ですからね。昨日の魔法より少し難しいかも……リト様もやってみます?」

「…………」

 面倒そうに杖を掲げ、理十が呪文を唱える。土の塊が宙に浮かび、ぐるぐると形を変えていく。やがて出来上がったのは、彩色された、四角い人形の––––……

「マイクラじゃん!」

 思ったことを優理が代弁してくれた。魔法を唱え終わると、マイクラの村人みたいなゴツゴツとした小さな人形を、彼は摘み上げた。

「いる?」

 そして何故かこっちに差し出してきたので、わたしは素直にその人形を受け取ってしまった。

「あ、ありがとうございます……」

「あんたおれより年上でしょ? 敬語いらない」

「でも、ヴェンさんも敬語で話してるし」

「お友達に敬語はいらないよエアリ! ついでにわたしにも敬語外してほしいし、優理って呼んでほしい!」

 そう言われても、他の魔導士は聖女様に礼儀を尽くしているのに、わたしだけそんな態度をとるわけには……

「まぁ、いいんじゃない? 今ここには俺しかいないし。聖女様のお願い、聞いてあげれば」

 助けを求めるようにヴェンさんに視線を向ければそう言われ、少し考えてから口を開く。

「じゃあ、他に人がいないときだけね」

「!!!!うれしい!!!!めちゃくちゃうれしい!!!!ありがとうエアリ!!!!」

 興奮した優理はわたしの腕を掴むとブンブンと上下に振り回した。

「じゃ、次はアンタの番だな」

 ヴェンさんに言われ、わたしは杖を構える。魔法初心者の理十がマイクラ人形を爆誕させたので、その程度の人形を作り上げるくらいなら違和感はもたれないだろうか。いや、一応サクリの推薦(?)で魔導士見習いになったので、もう少し手の込んだ人形を作り上げても大丈夫?

 とりあえずやってみよう。わたしは呪文を唱えた。先ほど、ヴェンさんが成功させた魔法をイメージする。わたしも、女の子の人形にしよう。ふわふわとしたピンク色の髪––––……そう、聖女様のような、かわいらしい女の子の人形を作ってみよう。

「え!!!!これ、わたし??」

 そんなことを考えながら作ったら、聖女様をそのまま小さくさたような人形を爆誕させてしまった。

「すごいわエアリ!!!!本当に魔法が得意なのね!!!!」

 優理は興奮している。わたしは、宙に浮いたままの人形を自分の掌にのせる。すると、

「え、」

 動いた。掌の上の小さな聖女様が、自らの力で立ち上がったのだ。

「すごい動いた!!!!」

 隣で優理が叫ぶ。

「あーーーー、ミニゴーレムだな、こりゃ」

 その隣でヴェンさんが呟いた。

 小さな聖女様は、わたしの掌の上でくるくると回転している。

「魔力が切れたら動きは止まって、ただの人形になると思うが……」

「だそうだけど……優理、いる?」

 わたしがそう言えば、優理はパッと笑顔を輝かせる。

「本当に!? もらっていいの!? ありがとう!」

 人形が、わたしの掌から優理の掌に移動する。小さな聖女様は薄紫色のドレスを翻して、クルクルと回転を続けていた。

「本当にすごいね、エアリは。理十も人形作れちゃうし、失敗したのはわたしだけかぁ」

「聖女様の魔力は俺や団長に並ぶほどですから、コツさえ掴めばすぐにでもできるようになりますよ」

『––––––さすが聖女、ですね。彼女の魔力は世界を救う魔力。ヴェンの言った通り、サクリ殿下やヴェンに並ぶほどの力です。それに、あのリトという少年。魔力は聖女に劣るものの、魔法の扱い方が上手い』

 わたしは、自分の左腕に抱えた小さな人形に目を落とす。3か月前にこの世界に来て、もうこの程度の魔法が使えてしまうのは、確かに才能だろう。

「優理、不器用だからなぁ」

「理十が器用すぎるの! 見てて! 今度こそ成功させてみせるから!」

 そうしてわたしたちは、お昼時まで土属性の魔法の練習を続けたのだった。



「そろそろ昼食の時間だな……」

 懐から懐中時計を出して、ヴェンさんが呟く。

「うそ! もうそんな時間!? やば!!!!」

 ヴェンさんの呟きを聞いて、優理は土魔法の詠唱を途中でやめた。宙に浮いていた土がパラパラと落ちる。

「わたしレイルのところに行かなきゃ! 本当はエアリやみんなとランチにしたかったけどレイルすぐ怒るから……理十かわりにエアリとランチしてて!」

「は!?」

 マイクラ人形を量産していた理十が声を上げた。

「レイルって、第二王子のレイル殿下?」

「そう! ランチとディナーは一緒に食べることになってて……やばい入り口のところにもう従者が迎えに来てる〜〜絶対遅刻だ怒られる〜〜」

 わたしの問いに答えながら、優理は訓練場の出入り口へパタパタと走って行った。

「聖女様って、レイル殿下と仲がいいんですか?」

 それにしてはすぐ怒るとか怒られるとか言っていたし、あまり会いたそうではなかったけれど。

「んーーーーまぁ、レイル殿下は聖女様と婚約予定だからな」

「ええ!?」

 ヴェンの言葉に、わたしは大袈裟に驚いてしまった。

「まだ公にはなっていないがな。––––––元々は、サクリ殿下が成人し、正式に宮廷魔導士団長に就任したら、すぐにでも聖女を召喚する予定だったんだ。イスナ殿下の婚姻相手として」

「そうなんですか!?」

 思わずガバッとイスナのほうを見てしまった。聖女の前では黙りっぱなしのイスナが、気まずそうに視線を逸らす。

「どうした?」

「いや、あの、なんでもないです」

「そうか?」

 怪訝そうな顔をするヴェンさんに、続けてくださいと話を促す。

「それが、8年前にイスナ殿下が殺されて…………そもそも団長が聖女召喚にあまり乗り気でなかったのもあって、結局7年も延期になってしまった」

「そう…………だったんですね」

 イスナが優理の前では急に無口になるのは、彼女に思うところがあるからだろうか。

「優理はあんなやつと婚約なんかしねぇよ」

 ひどく苛立った声で、理十が口を挟む。

「あいつは優理のこと––––……『聖女』としか、『道具』としか見てない」

 レイル殿下は確か、今年で26だったはずだ。10歳も年下の娘など、恋愛対象にならないのかもしれないが…………王子と聖女。政略結婚というやつだろうか。

「リト様の前でする話ではなかったですね。申し訳ありません」

 ヴェンさんの謝罪に、理十は顔を背ける。

「寮内に食堂があるから、エアリはそこで昼食取りな。俺は昼は用事があるからちょっと外す。呼びに行くまで寮でゆっくりしててくれ。……リト様は、」

「……エアリとランチする」

「わかりました。エアリ、リト様のことは頼んだ」

 そう言って、ヴェンさんは行ってしまった。理十と二人、死霊も入れると四人、取り残される。

「えと……行こっか、食堂」

 頷いた理十と一緒にわたしは食堂へ向かった。

 当たり前だけれど、宮廷魔導士たちの寮の食堂なので、周りは屈強な成人済み男性ばかりで、少し居心地が悪い。理十と二人なんてちょっと気まずいかなと思ったけれど、一人だったらもっと気まずかったかもしれない。

 メニューを見て、受け取り口でてきとうにランチメニューを注文する。わたしはCランチで、理十はAランチだ。すぐに出来上がったランチを受け取ると、わたしたちは空いているテーブルに着いた。

「理十、この世界の文字読めるんだ」

「言葉だって話せてるだろ? そのへんは、なんか、召喚されたときに上手いこと変換?されてるらしい」

「へぇ……」

 まぁ確かに、異世界転移ってそういうものかもしれない。

「理十っていくつ?」

「14」

「そっか。ボクは」

「18だろ。優理に聞いた」

「あ、うん……」

 どうしよう、なんの話題をふれば会話が続くだろうか。

「14ってことは……まだ学生、だよね」

「ああ。夏休み、コンクールの直前だった。今年こそは県大会目ざしてやるって思ってたのに、急にこんなところに連れて来られて」

「コンクール? 部活? 何部?」

「吹奏楽」

「楽器は?」

「フルート」

「フルート!?」

 この少年がフルート! それはちょっと意外というか、ギャップというか……

「……いや、あんたさ」

「え?」

 大きく見開かれた桃色の瞳。あれ、わたし、今––––––

『めっちゃ普通に会話してましたね????』

『僕たちのわからない話してたよね……』

 死霊二人の言葉ではっと我に返る。やばい。やらかした。

「あんた、何者?」

 食事の手を止めて、桃色の瞳がじっとわたしを見つめる。

「何者って、ボクは……」

「なんでおれの世界のこと知ってんの?」

「いや、フルートくらいこの世界にもあるよ!?」

「そういうことじゃないだろ、誤魔化すなよ」

 真っ直ぐな桃色の瞳に射抜かれる。どうしよう。なんて言えば……

「ちょっと事情があって……優理や理十がいた世界のこと、詳しいんだよね……」

 上手く誤魔化せる気がしなくて、悩んだ結果、わたしはそう答えた。

「ふーん……どのくらい詳しいの?」

「どのくらい? うーん……中学校とか、夏休みとか、部活動とか、わかる程度には」

 これ、言っちゃって大丈夫? 正解がわからない。だらだらと冷や汗が流れる。

「ね、このこと、優理やヴェンさんやサクリ殿下には……いや、この世界の人間の誰にも言わないでほしいんだけど……」

「なんで? おれたちと同じ、異世界転移者ってわけじゃないんだよな?」

「うん……できれば理由も聞かないでほしい……」

「…………」

 理十はしばらく黙っていたけれど、やがてにやりと口角を上げた。イタズラを思いついた少年のように。

「黙っててやってもいーけど? そのかわり、おれのお願い聞いてよ」

 やばいこれ、完全に弱みを握られたときの台詞だ。

「なに、お願いって……」

「優理を、元の世界に帰す方法、一緒に探してほしい」

「え……」

 理十の瞳は、どこまでも真剣だった。

「だめ?」

 揺れることのない真っ直ぐなその瞳に、目を逸らせない。

「だめじゃない! 全然! だめじゃない!」

 思わず椅子から立ち上がっていた。自分が帰る方法ではなく、『優理を元の世界に帰す方法』と言った彼。レイルの婚約の話が出たとき、ひどく苛立った声で口を挟んできた彼。

「理十は、優しいんだね」

「は!?」

 顔を真っ赤に染めたまま、理十は再び料理に手をつけた。



「えーーーーんもうやだ〜〜〜〜」

 戻ってきたヴェンさんと三人で午後からも魔法の練習を続けていると、しばらくして優理も戻ってきた。

「レイルったらちょっと遅れただけでめっちゃ怒るじゃん!?『私は貴方と違って忙しいんです』とかなんとか言って! じゃあもうわたしと毎日ランチなんてしなくていいよ〜〜〜〜」

 まぁわたしが遅れたのが悪いんだけどね!?と言いながら優理が泣きついてくる。

「もうあんなやつ放っておけよ」

「放っておけるものなら放っておきたいけど〜〜〜〜このあともディナーの約束ある…………」

 ぶつぶつ言いながらも優理は小さな鞄からいそいそとピンクゴールドの杖を取り出した。魔法の練習を再開するようだ。

「わたしまだ一回も人形の魔法成功させてないし……ディナーの時間までにはなんとか成功させたい……!」

 そう言って、健気に土属性の魔法を唱え始める。頑張り屋さんの聖女様だ。

 人形の量産に飽きたわたしと理十は、別の魔法を試すことにした。土属性と水属性と光属性の魔法を上手く組み合わせて、地面に花を咲かせる魔法だ。

 理十が魔法の詠唱を始める。こちらの世界に来て3か月とは到底思えない、すらすらと滑らかな詠唱。三つの属性の詠唱を、上手く組み合わせていく。

 ぽん!と、地面に一輪のピンク色の花が咲いた。

「え!? なにそのお花! かわいい!」

 優理が魔法の詠唱の途中で叫んだ。宙に浮いていた土の塊がぱらぱらと地面に落ちる。

「リト様は本当に器用ですね」

 ヴェンも感心したように花を見ている。

「このくらい簡単だろ? 優理はさっと人形の魔法成功させろよ」

「がんばる!」

 優理はまた土魔法の詠唱に戻っていった。

「あんたもやってみろよ」

 一輪の花を摘み取って、理十が言う。

「うん」

 わたしも杖を構える。このくらいの魔法なら、確かに難しくはない。呪文を唱え、1メートル四方の土の上に、色とりどりの花畑を作ってみた。

「わー!!!! すごい!」

 優理が魔法の詠唱の途中で叫んだ。土がぱらぱらと地面に落ちる。

「自分の魔法に集中しろって」

「だってすごくない!? これ、土属性と水属性と光属性を組み合わせた魔法なんだよね?? わたしたちの得意魔法を組み合わせると、こんなに綺麗なお花畑ができるのね!」

 きらきらと瞳を輝かせる優理。結局ディナーの時間までに優理が人形の魔法を成功させることはなかった。



 ヴェンさんと別れ、夕食も食堂で理十と二人で食べて、理十と別れたわたしは寮の自室へとようやく戻ってきた。

「つかれた〜〜〜〜!!」

 ぐっと背伸びをする。『『お疲れさま』』と、死霊二人に同時に声をかけられた。

 自室の机の上に、理十からもらった大量の人形を並べる。

「花瓶…………つくるか」

 土属性の魔法を唱えて、小さな一輪挿しを作った。水属性の魔法で水をためると、ピンクの花を一輪挿す。

「なんか……いろいろもらったな……」

 なんだかんだで懐いてくれたのだろうか? 夕食も一緒に食べたし。

「聖女様も、その弟も、いい子たちだね……」

『……そうですね。第二王子と婚約予定と聞いて、同情しそうになるくらいには』

 そう言って、セツラはイスナに視線を向ける。

『その話題、僕に振っちゃう?』

『なにか、思うところがありそうだったので』

『いやべつに……僕も同じだよ。レイルと結婚させられるなんて、可哀想だなと思ってただけで』

 ベッドに腰掛けて、イスナは言った。わたしもイスナの隣に座る。セツラは机の椅子を引くとその椅子に座った。

『あなたが生きていて、あなたと結婚したほうがよかった?』

 セツラの言葉に、イスナは碧い瞳を伏せる。

『さぁ……どうかな。僕と結婚しても、サクリの標的にされていたかもしれないし』

「聖女を召喚したのは、サクリ殿下なんだよね?」

『そうだね。……さっきヴェンも言っていたけれど、本当はサクリが18のとき……僕が21のときに聖女召喚を行う予定だったんだ。サクリにはもう既にそれだけの力があったからね』

「でも、延期になったって」

『そう。僕がサクリに殺されて、まぁなんていうか、いろいろ揉めてさ。結局、サクリに王位を継ぐ気なんてなかったから、第二王子のレイルがそのまま第一王位継承者に繰り上がったんだけど。レイルって、元々評判よくなかったから』

 イスナの顔を横目で見たが、瞳を伏せているせいで感情は読み取れなかった。

『サクリも聖女召喚に乗り気じゃなかったからずっと延期になったままだったんだけど、何を思ったのか、3か月前、急に聖女召喚を成功させちゃったんだよね。弟くんも巻き込んで』

「理十を巻き込んだのはわざとなのかな?」

『たぶん。サクリのことだから、間違えて二人連れてきちゃった、なんてことはないはずだよ』

 イスナはサクリの魔法の腕を信用しているようだ。

『まぁ、僕が心配しても仕方のないことなんだけど、気になっちゃうというか……せめて僕が死んでなければ、って申し訳なさを感じてしまうというか……』

「そんな! イスナは何も悪くないのに?」

 わたしが声を上げれば、イスナの視線がこちらに向けられた。

『千年前に召喚された聖女も、婚約者の王子の傍若無人な態度に耐えきれず逃げ出した、って言われているじゃない?』

『あぁ……確か、王子の従者だった平民の男と駆け落ちしてどこかへ逃げた、っていう伝説ですよね?』

 わたしも、その話は聞いたことがある。今世まで語り継がれている聖女伝説の中の一つだ。

『できるのなら、今世の聖女も逃してあげたい。それこそ、叶うのなら––––––元の世界に』

 サファイア色の碧眼が、わたしを見つめる。

『私は…………元の世界のことなんて、忘れてほしいんですけど』

 大きなため息を吐いて、セツラが言った。

『ごめんね。君には辛い思いをさせるかもしれないけれど……でも、幽霊である僕の力では、どうすることもできないから』

「ううん。わたし、理十とも約束したもの。優理を元の世界に帰す方法を探す、って」

 わたしがそう言うと、イスナは申し訳なさそうに微笑んだ。

『……私は、あなた以外の人間なんて、どうでもいいんです。誰よりもあなたに、傷ついてほしくないのに』

「わたしは、大丈夫だから」

 揺れるペリドットの瞳を見て、わたしは、彼を抱きしめた。



 死霊とはいえ、さすがに一人用の部屋に三人で暮らすのはちょっと狭いかも?と思っていると、なんとセツラが部屋に置いてある鏡台の、鏡の向こう側に、魔法で『もう二部屋』作ってしまった。

「え、この鏡の向こうに部屋があるってこと? それも二部屋も?」

『死霊とはいえ、さすがに女性が男性二人と同じ部屋で過ごすのはよくないでしょう?』

「え、でもセツラ、昨日までお風呂とトイレ以外ほぼずっとわたしの隣にいたよね? それこそ、寝るときだって……」

『…………これからは自重します』

『セツラの魔法すごいね?? さっき自分の部屋覗いてきたけど、生前の自室そのまんまだったよ』

『まぁ、記憶にある中でいちばん馴染みの深い場所を再現する魔法ですからね。あなたにいちばん馴染みのある場所が形として現れているんでしょう』

『へ〜〜〜〜!』

 この鏡台は開くと三面の鏡になっていて、右側にセツラの部屋が、左側にイスナの部屋が映っていた。真ん中は普通の鏡。わたしの部屋が映し出されている。

『ていうか、僕がエアリちゃんと一緒にいること、わりとすんなり許してくれるんだ?』

『いや、本当はすごく嫌ですけど……追い出したら出て行ってくれるんですか?』

『それはまぁ、出て行かないけど』

 なんだかんだでこの二人、結構相性がいいのではないだろうか。

「仲良しだね」

『『どこが?』』

 二人同時に睨まれてしまった。

「……そういえば、ヴェンさんも優理も、宮廷魔導士団長のサクリ殿下と並ぶほどの魔力の持ち主なんだよね?」

『そうですね』

「わたしの魔力って、その三人と比べるとどのくらいなの?」

 ふと気になったことを聞くと、セツラは無言のまま微笑んだ。

「え、なに、こわいんだけど……」

『ほら、今のあなたは、あなたの魔力の大部分である闇属性のほとんどを隠している状態ですから。あの三人には僅かに劣りますね。ファロよりは高いと思いますけど』

「じゃあ、わたしが闇属性の魔力を解放したら?」

『それはまぁ……あなたの想像する通りです』

「待って待って、想像できない。どういうこと????」

 セツラはにこにこ笑っている。どうして言葉で説明してくれないの。

『えー、でもエアリちゃんって今、魔力のリソースだいぶセツラに割いてるんじゃないの? だからセツラは幽霊なのに魔法が使えるんだよね?』

『それはそうですけど……それにしたって、彼女の魔力は有り余るほどなので』

「なにそれこわいんだけど」

『大丈夫ですよ。あなたが水魔法の使い手であるうちは』

 にっこりと微笑むセツラに、わたしは言いようのない不安を感じた。


 

 二人が鏡の向こうに帰って行ったあと、わたしは水魔法を使って全身を清めると、寝衣に着替えた。もちろん、日中巻きっぱなしだった胸のサラシも全部解いた。

「やっぱりお風呂入りたいな……土日は屋敷に帰っていいってヴェンさん言ってたし、土曜日と日曜日は絶対お風呂入る……」

 そういえば日本と違って外国は湯船にお湯を張る文化はあまりないって聞くけれど、この世界の人はお風呂好き多いよな……と思い立った。

 いそいそとベッドに入り布団を被ると、急激な眠気に襲われた。

「おやすみなさい……」

 一人呟いて、わたしは眠りへと落ちていった。



「おはよーエアリ!! 今日は一緒に座学をしよう!!」

 次の日、屋内訓練場でヴェンさんと一緒に朝から魔法の練習をしていると、勢いよく現れた元気いっぱいの優理にそう言われた。

「おはよう優理。……座学って?」

「この世界についてのお勉強?? エアリには必要ないかもしれないけれど、わたしの横に座って、わからないところとか教えてくれるとうれしいな」

「おい優理! 置いていくなって!」

 少し遅れて理十もやって来た。

「理十もやるよね? 座学」

「おれは、この世界について学ぶ気は……」

「でも、エアリもいるよ??」

 エアリもいるなら理十も来るよね?と優理に問い詰められ、理十は返答に困っているようだった。

「じゃあ、魔法の練習は午後からだな。午前中は聖女様と一緒に座学を受けておいで」

「やった!! ヴェンありがとう!! エアリ、こっち!!」


 意気揚々と歩き出した優理に連れられて、わたしたちは宮廷内にある図書館へとやって来た。

「わ…………本がたくさん」

「エアリは本が好きなの?」

「うん……嫌いではないかな」

「じゃあ、また時間があるときに図書館に遊びに来よう! 理十もこう見えてわりと本の虫なんだよ?」

「こう見えてってなんだよ」

「へーーーー」

「おい、意外だなって顔すんな」

 フルート吹きだったり、読書好きだったり、理十って意外と文系というか、クリエイティブな才能があるのかも?

「先生! おはようございます!」

 図書室の奥、自習エリアのようなスペースに、眼鏡をかけた中年の女性が立っていた。

「今日もお元気ですね。聖女様。それにリト様と…………あなたは?」

 女性はわたしを見て怪訝そうな顔をする。

「エアリ・アラルガンドです」

「エアリはね、わたしと同じ、宮廷の魔導士見習いなんだよ!」

「あぁ……サクリ殿下が引き抜いてきたという……随分とお若いんですね」

 名前も知らない女性がわたしのことを知っているという事実にわたしは驚いてしまった。もしかしてわたし、自分で思っている以上に有名人……?

「それでは、3人ともお座りください。今日はグラツィオーソ王家の歴史についてお勉強しましょう」

「はい先生!」

 優理が元気よく返事をする。

 授業は、この世界の人間なら誰もが知っているような常識的なことばかりで正直眠たかった。理十は興味がないのか途中で何度も寝落ちてしまい、その度に先生に起こされていた。

 うとうとする意識の中で、思う。集団……といっても3人だけれど、こんなふうに授業を受けたのはいつぶりだろう。転生してからはこれでも子爵令嬢だったから、授業はわたしの部屋に家庭教師を呼んでの一対一だった。

 転生前は––––––どちらかといえば、逆の立場だったから…………

「エアリ・アラルガンドさん?」

「はいっ!?」

 眠りの淵にいたわたしは、先生に声をかけられ覚醒した。

「全く……揃いも揃って。聖女様はご立派ですね。きちっとノートもお取りになって」

「わたしあんまり頭よくないから、頑張らないと勉強置いて行かれちゃうんだよね」

 えへへ、と優理は笑う。

「では、続きから」

「ユーリ!!」

 先生の声を遮る、鋭い男の声。

 振り向くと、図書室の入り口の扉の前に、一人の男が立っていた。

 くすんだ金髪に、くすんだ碧眼。その輪郭は、どこかあの二人の面影があって––––––

「…………レイル」

 優理が呟く。その顔と名前は、わたしでも知っている。


 この国の第二王子にして、第一王位継承者、『レイル・メノ・グラツィオーソ』その人だった。

 

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