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malinconico

ようやくメインキャラ全員出せました!!

 いつも明るくて、いつも元気で、天真爛漫で。

 どんなときにも笑顔を忘れずに、どんなことがあってもひたむきに希望を信じ、どんな困難にも屈せず、どんな絶望もひっくり返して、どこまでの前向きに、自分の信じた道を突き進んでいく。

 そんな乙女ゲームの主人公が、わたしは、心の底から好きだった。

 今どきの乙女ゲームの主人公は思考が現実寄りのものが多い。ちょっと鬱陶しいくらいに、ちょっと引いてしまうくらいに、ひたすら光を放ち続けるポジティブ思考の主人公なんて、ひと昔前の乙女ゲームにしか出てこないかもしれない。

 でも、どうせ物語の中なのだから、そんなところくらい、現実に寄せなくてもいいじゃない。ファンタジーなのだから、純粋無垢で天真爛漫な女の子が、ひたむきにひたむきに希望だけを信じて、どんな困難だってどんな絶望だって全部全部乗り越えて、なによりも大きな幸せを掴むような、そんな話があってもいいじゃない。

 絶対に、わたしではなれないからこそ、現実では叶えられないからこそ、そんな主人公に憧れた。


 

「エアリは18なんだ! やっぱり同じくらいだね! だって、わたしの世界でいったら高1と高3ってことでしょ?」

 言いたいことはわかるが、この世界の住人として、ここで「そうだね」とか答えるわけにはいかないので、返答に困ったわたしはただ微笑んだ。

「エアリはどのくらい魔法が使えるの? わたしは3か月前に練習を始めたばかりだから、まだ全然で……でもさっき、綺麗に光の輪っかを作れたの! 見ててね!」

 初対面の自分にもこれ以上ないくらい人懐っこく微笑んで、彼女はピンクゴールドの杖を構える。呪文を唱えて、杖を振る。その姿は、とてもぎこちがなくて、とても可愛らしい。

 杖の先から、ふわっと広がった金色の光の輪。キラキラと輝き、空気中へと消えていく。小さな光魔法だ。

「……すてきですね。聖女様の得意魔法は、光属性ですか?」

「そう! あ、優理でいいよ! 同じ年くらいの子ってあまり宮廷にいなくて……お友達になってくれるとうれしいな」

 キラッキラの桃色の瞳に見つめられる。宮廷魔導士の男たちに囲まれるわけだ。こんなの、可愛すぎる。

「えっと……優理様?」

「様もいらないんだけど……でもみんな、どんなに言ってもわたしのこと『聖女様』って呼ぶし、名前で呼んでくれるだけうれしいかも?」

 首を傾げて微笑まれた。可愛い。

「エアリの魔法も見てみたいなぁ。エアリの得意魔法は?」

「ボクは水属性です」

「サクリさんと一緒なんだね! あ、サクリさんって、わたしを召喚した王子様なんだけど、すっごく魔法が上手で」

「そうですね」

「サクリさんの魔法見たことあるんだ! すごいよね! わたしも1回しか見たことないけど……そもそもサクリさん、あまり宮廷にいないし……」

 そう言って、優理は寂しそうな表情を見せた。サクリのことが好きとかそういうわけではなく、きっと、知っている人に会えないのが単純に寂しいのだろう。

「どんな魔法がお好きですか?」

 気づけば、そう声をかけていた。はっと顔を上げて、彼女はうれしそうに笑う。

「きれいなやつ!」

「きれいなやつ……か」

 上着の内ポケットからサクラの枝の杖を取り出して構える。横にいるヴェンさんの視線を感じる。

 小さく杖を振って、呪文を唱えた。

「わぁ……!」

 杖の先から溢れる小さな水飛沫と、光の粒子が合わさって、小さな虹を描いていく。入学試験のときに唱えようとしてやめた魔法。小雨を降らせようとしただけであんなことになってしまったので、やめておいてよかったと心の底ら思う。

「すごく綺麗!! これは、水属性の魔法なの?」

「水属性と……それから、光属性の魔法を合わせたものですね」

「そんなことができるのね!」

 こんな小さな魔法でも優理は目を輝かせてわたしの魔法を褒めてくれた。なんだか少し恥ずかしい。

「へぇ……本当に、そんな木の枝でこれほど正確に魔法を使えるんだな。そりゃ、団長に目をつけられるわけだ。しかもこれで独学ときた」

 感心するようなヴェンさんの声。こんな小さな魔法で感心されるくらいだから、もうなにをどうしても、魔法を使えばわたしは目立ってしまうのかもしれない。経歴と、この杖が全部悪い。

「その杖は、木の枝でできているの?」

 ヴェンさんの言葉に、優理が反応した。

「そうです。サクラの木の枝を削って作ったもので……」

「桜! この世界にも桜があるのね!」

 さくら。桜。そうだ、桜だ。その言葉は、普段自分が口にしている言葉と、なんだか少し響きが違うように感じた。日本の四季、春を象徴する『桜』。

「じゃあ、お花見とかもできるのかな? そういえば、この世界には四季があるの?」

「ありますよ。聖女様の召喚が行われたのは夏で、今は秋ですね。サクラの季節は数ヶ月先かと」

「そっかぁ」

 優理は、残念そうに呟いた。喜怒哀楽が激しい。そんなところも、ひと昔前の乙女ゲームの主人公っぽい。

「春になってもまだわたしがこの世界にいたら、みんなで一緒にお花見をしようよ!」

 彼女は明るい笑顔でそう言った。でも、その言葉に引っかかったのはきっと、わたしだけじゃないと思う。

 優理は、いつか、帰るつもりでいるのかもしれない。彼女の元の世界、生まれた国に。

 ––––––……召喚された聖女は、その生涯をこの世界に捧げること。聞いていないのだろうか。それとも、聞いていてなお、元の世界へ帰ることを諦めていないのか。

『私、本当はあなたを聖女に会わせたくなかったんですよ』

 ここに来てからずっと黙っていたセツラが口を開いた。

『あなたには、元の世界なんて忘れてほしい』

 元の世界。

 聖女は異世界転移者だ。元の世界に帰る方法なんて存在するのかもわからないけれど、きっと、帰れる可能性はゼロじゃない。

 でも、わたしは?

 わたしは、殺された。あの日、あのとき、あの場所で––––––……

「エアリ?」

 聖女の声で、思考の渦から引き上げられる。自分が転生者であることを思い出しても、元の世界に帰りたいなんて、今まで思ったことはなかったのに。

「大丈夫?」

「大丈夫、です。お花見、すてきですね。ボクも桜、すごく好きで」

 この世界のサクラは、日本の桜とは違う。だから、ソメイヨシノのような、あんな満開の薄紅色は、もう見られないかもしれないけれど。

「ありがとう! この世界の桜はどんなふうに咲くのかな? とっても楽しみ!」

 そう言って満開の笑みを浮かべる薄紅色の彼女は、まるで桜の化身のようだと思った。



「なんかアンタ、すげー疲れてない?」

 大丈夫か?と、ヴェンさんに顔を覗き込まれた。慣れない場所って疲れる。こんなんで明日からやっていけるのだろうか。

 優理と別れて、最後に、寮の部屋を案内してもらった。アラルガンドの屋敷の自室の3分の1ほどの広さだったけれど、必要な家具は揃っているし、一人部屋にしては充分な広さだと思う。

「じゃあ、明日はとりあえず荷物持ってここに来てもらって。朝から来れる?」

「……家族を説得できれば」

 脳裏によぎったのはツヅミお兄ちゃんの顔だった。絶対反対するし、絶対心配するだろう。

『明日朝イチでここに来るなら、僕はここで待ってようかな』

 そういえば、イスナは聖女の前では一言も喋らなかったなと思い至って、わたしはチラッとイスナの顔を見た。

 周りに人がいるときは、不審に思われないように、なるべくセツラやイスナのほうは見ないように意識している。だから、全然喋らないなと思いながらも、彼の顔をうかがうことができなかった。

『ここに住み着くつもりですか?』

『本当は屋敷まで一緒に行きたいんだけどね。……セツラはどうしてそんなに自由に動けるわけ?』

『…………私が、彼に取り憑いている死霊だからですかね?』

 セツラと話すイスナの姿に、特に気になるところはない。セツラは、わたしとの眷属の関係をイスナに話す気はないらしい。

『えー、じゃあ僕も彼に取り憑いちゃおっかなー』

『彼に取り憑いていい死霊は私だけですよ』

 明日から暮らすことになるらしいわたしの部屋。その部屋の真ん中にイスナは留まった。

『君は、聖女と同じ世界から来たの?』

 扉を閉める直前、イスナがそう尋ねてきたけれど、ヴェンさんが近くにいるから、わたしはこたえることができなかった。


 

 城門を出てしばらく歩くと見慣れた紋の入った馬車がとまっていた。

「エアリ」

 馬車の中から、窓越しに声をかけられる。

「ツヅミお兄ちゃん! お迎えに来てくれたの?」

 ツヅミお兄ちゃんにうながされて馬車に乗り込む。ツヅミお兄ちゃんの向かいの席に座ると、当然のようにセツラがわたしの隣に座った。

「どうだった?」

 馬車が進みだすと、待ちきれないとばかりにツヅミお兄ちゃんに問いかけられた。

「どう……うーん。明日から宮廷魔導士見習いとして寮で暮らせって言われたかな」

「サクリ殿下にか!?」

「や…………サクリ殿下には会えなくて……でも、サクリ殿下の命令だと思う……」

 わたしがそう言うと、ツヅミお兄ちゃんは、はーーーーっと長いため息を吐いた。

「断れない……よな」

「うん……それに、あまり目立ちたくなくて」

「………………」

 ツヅミお兄ちゃんは黙ってしまった。ちょっと気まずい。

「あのね、寮っていっても一人部屋だし、なんとかなると思うの。お風呂に入れないのは残念だけど、そのへんも魔法でなんとかなるし……」

 少しでも安心させたいと思って言葉を並べるけれど、どう言えば彼が安心してくれるのか、わたしにはよくわからない。

「オレもさ、……もうすぐ長期休暇終わるから、学校の寮に戻んないといけなくて。でも、週末には屋敷に帰ってくるようにするから。だからお前も、週末には帰ってこい」

 伏せていた瞳と再び目が合って、そのルビー色の瞳が揺れていた。

「うん……週末には帰れるように交渉してみる」

 わたしが頷くと、彼はまた大きなため息を吐く。

「頼むから、気をつけろよ。いろいろと」

「うん。ありがとう」

 彼にこれ以上心配かけさせたくなくて、わたしはもう一度、強く頷いた。



 屋敷の自室に戻り、荷造りを始める。リタルダンドの屋敷から来たときも最低限必要な物しか持ってこなかったから、荷物はそれほど多くない。

『…………第一王子の死霊のことですけど』

 セツラに話しかけられ、わたしは荷造りの手を止めた。

『あのとき、私が、ついあなたに話しかけてしまったから……あなたの元の世界のことで』

「うん。……あのさ、セツラ」

 わたしは立ち上がると、セツラに目線を合わせた。目線を合わせるといっても、身長差があるからわたしが見上げる形になってしまうけれど。

「イスナには、全部話そうと思う」

 彼のペリドットの瞳が揺れた。想像していた通りだ。

「彼は宮廷に住む死霊だし……わたしが女であることを隠し通すのは難しいと思うんだよね」

『寮の部屋に入れないようにすれば』

「それに、セツラとこうして会話したいときに、イスナの存在をいちいち気にかけるのは非合理的だと思うの。イスナに全部事情を話してしまえば、部屋の外で、たとえイスナが近くにいても、気にせずセツラと話せるでしょう? わたしの魔力のこととか、元の世界のこととか」

 もちろん、周りに人がいないときに限るけれど。

『イスナ殿下は……ずっと宮廷に住み着いているだけあって、宮廷の内情に詳しいですね。正直、こちらの味方になってくれれば、心強いとは思います。サクリ殿下のことも警戒しておきたいですし』

 ペリドットの瞳が揺れている。彼も、迷っているのだろう。

「わたしが聖女と同じ世界から来たことも、察してるっぽかったし、もう全部話して、わたしたちの味方になってもらおうよ。生きている人間とは話せないから、秘密が漏れる心配もないでしょう?」

『それはそうですが……』

「彼のこと、信用できない?」

 銀色の長い睫毛に隠れて、ペリドットの瞳が伏せられる。

『あなたの死霊は、私だけですよね?』

「え」

 再び開かれた瞳は、真っ直ぐに、わたしのことを射抜いていた。

『あなたの、闇属性の魔力のことを話して、私との眷属のことも話して、彼が、あなたの眷属になりたいと言ったら?』

 嫌だ、と、彼の瞳が訴えている。

『あなたは、彼のことも眷属にしますか?』

「………………」

 言葉が出なかった。

 独占欲、だろうか。彼はどうして、こんなにも、わたしのことを思ってくれているのだろう。

『すみません。困らせてしまいましたね』

 そう言って、彼は再び瞳を伏せる。なにか言わなくちゃ。自然と体が動いて、彼の手を取っていた。

「でも、わたしにとって、セツラはセツラだけだよ」

 何度触れても、彼の体はひんやりとしている。温度のない体。わたしだけの死霊。

「それだけじゃ、だめ?」

 イスナを眷属にしないと約束することは、なんとなくできなかった。どうしても必要になったら、もしかしたら、そういうこともあるかもしれない。例えば、わたしが魔導士として成長し、宮廷外の任務に赴くことになって、どうしても人手がほしいとき、とか。

 破ってしまうかもしれない約束は、セツラとはできない。

 セツラは、ぱちぱちと、数回瞬きをする。光魔法を凝縮したような、ペリドットの瞳。目を逸らすことはできなかった。

『……キスをしても?』

「なっ」

 想像もしていなかった言葉が彼の口から飛び出して、一瞬遅れて心臓が跳ねた。

「……セツラは……わたしのことが、好き、なの?」

『…………どうでしょう。強いていうなら、「執着」かな』

 執着––––––……わたしが彼のことを認識したのは最近だけれど、リタルダンドの屋敷に住まう幽霊だった彼は、『ずっと見ていた』と言っていた。わたしがこの世界に生まれたときから。わたしのことを、ずっと。

「……セツラが、それで、安心できるなら」

 少し考えてそう伝えれば、セツラは切そうに、けれどうれしそうに微笑んだ。

 繋いでいた手を離して、彼の右手が、わたしの頬に触れる。いつも以上に冷たく感じるのは、わたしの顔が熱いからかもしれない。

 近づいてくるペリドットの瞳に吸い込まれそうで、わたしは思わず目を閉じる。

 ふと、唇に、柔らかく、冷たい感触。触れるだけのキス。


 彼とキスをするのは、これで三度目だ。




 次の日、今日も徒歩3時間かけて宮廷に出向く気満々だったのだが、ツヅミお兄ちゃんに説得されて、わたしは馬車に押し込まれた。

 ツヅミお兄ちゃんは、わたしに付いて行こうとしたところを叔父さんにとめられて、渋々と屋敷の自分の部屋に戻って行った。

「ツヅミが過保護ですまないねぇ。でも、どうかわかったやってほしい。君のことが心の底から心配なんだよ」

「もちろんです、叔父さん。心配掛けてごめんなさい」

「いいんだよ。私は君の父親で、ツヅミは君の兄なんだから。行ってらっしゃい『エアリ・アラルガンド』」

「行ってきます!」

 叔父さんに見送られて、わたしは馬車で屋敷を出発した。1時間ほどで宮廷に着き、昨日ヴェンさんにもらった入城許可証を門番に見せて、門を通過する。昨日は宮廷を歩き回ったけれど、外を回れば寮の前まで馬車で行けるはずだ。

 寮に着くと、わたしは馬車から荷物を下ろした。セツラが手伝い出いたさそうにしていたけれど、はたから見たら荷物が勝手に動いているように見えてしまうので今回は遠慮してもらった。

『おかえり! 待ってたよ』

 部屋に入ると、ベッドにイスナが腰掛けていた。

『当然のように寛いでますね』

『君が今日からここで暮らすんだと思うとうれしくて。8年間ずっと話し相手もいなかったからさ』

 セツラを無視して、イスナはわたしに話しかけてきた。

『荷物はそれだけ? 僕透けてるから荷解き手伝えないの申し訳ないなーって思ってたんだけど、そのくらいならそんなに時間かからないかな』

「……そっか。イスナは、物には干渉できないんですね」

『その言い方。セツラはできるんだ』

『……まぁ』

 セツラはわたしが手に提げているトランクをこれ見よがしに取り上げると、部屋の奥の机の上に置いた。

『やっぱり、セツラが君に取り憑いている幽霊だから?』

「イスナ、あの、そのことなんですけど」

 セツラの顔をうかがえば、どこか複雑そうな表情をしながらも、彼は頷いてくれた。

「お話したいことがあります」



『うん。まぁ、訳アリなんだろうなとは思ってたけど、思ってたより訳が深かったかなぁ』

 イスナはそう言って、わたしの顔をじっと見つめる。深いサファイアの碧眼に、わたしの顔が映っている。

『一度言われてしまえば、どう見たって可愛らしい女の子なのにね。どうして気づかなかったんだろう』

『私の光魔法は完璧ですから』

『幽霊なのに魔法が使えるんだね。セツラが彼女の「眷属」ってやつだから?』

『そうですけど』

『へぇ』

 セツラと話しながらも、イスナはまじまじとわたしの顔を眺め続けている。…………なんだか恥ずかしい。

『話してくれてありがとう、エアリちゃん。きっとセツラは反対したでしょう?』

「こちらこそ、聞いてくれてありがとうございます」

『それ。敬語もいらないって。僕は死んでるんだから。歳だってそう変わらないじゃん』

『あなた、死んでいなかったら今年で28でしょう?』

『そんなこといったら君は何百歳になるわけ? 俺は20歳で死んだんだから永遠の20歳だよ』

『だとしたら私は永遠の28歳ですね』

『おじさんじゃん』

『は?』

 セツラがわたし以外と話すところはイスナ以外で見られないから、二人の会話は聞いていて少し面白い。

 それにしても、セツラの死没が28なのはわたしも初めて知った。28歳っていうことは––––––……

『セツラと話すときはもっと気兼ねなく話してるじゃん。僕ともそうしてほしいな』

 気がつけば、さっきよりずっと近くにイスナの顔があった。

『距離が近い』

『ね。僕も、君の味方になるって約束するから。闇属性のことも、異世界からの転生者であることも……君が女の子であることも。サクリに知られたらやばそうだし。バレないように、僕も協力するよ』

「……うん。ありがとう、イスナ」

 そう返せば、イスナは碧い瞳を細めて、うれしそうに笑った。



 ノックの音がして扉を開くと、そこにはヴェンさんが立っていた。

「お、来てるな。早速訓練場行けるか?」

「はい!」

 ヴェンさんの後に続いて歩いて行くと、たどり着いたのは屋内訓練場だった。この時間は外で走り込みをしている人が多いらしく、屋内訓練場にいるのはわたしたちだけだ。

「アンタ、体力作りとか向いてなさそうだから、基本的にはここで魔法の練習だな。慣れたら手合わせとか、実践訓練も入れていくとして……」

『どのくらいのレベルに合わせて魔法の練習の「ふり」をするかですよね。あなたの魔法はとうに見習いの域をこえていますし』

『実力出したら周りがビックリして目立っちゃうってことだよね? サクリに目をつけられてる時点で充分目立ってると思うけど……』

 当然のように付いてきてくれた死霊二人がまたわたしを挟んで会話をしているせいでヴェンさんの話に集中できない。

「初日……っていうか二日目だし、今日は聖女様と一緒に基本的な魔法の練習でもしてみっか? アンタが朝から来るって言ったら、聖女様も同じくらいの時間に来るって……お、噂をすれば」

 ヴェンさんの視線の先を見れば、屋内訓練場の入り口に、ふわふわの薄紅色の少女が見えた。今日は淡い紫色のドレスを着ているようだ。

「おや、珍しいお客さんもいるな」

 よく見てみると、少女の後ろに、もう一人いる。少女よりも少し背の高い––––……少年?

「おはようエアリ! 今日もあなたに会えてうれしい!」

 聖女様……優理は、今日も朝から眩しい笑顔を振りまいていた。圧倒的光属性。

「あのね! 今日は弟も連れてきたの。友達になってあげてほしくて」

 優理の後ろについて歩いてきた、少年。くすんだ薄紅色の髪に、桃色の瞳。この世界では珍しい、上はパーカー、下はジーンズという服装は、元の世界のものだろうか。

「この世界に友達なんかいらないって」

 不機嫌そうな桃色の瞳がわたしを睨む。背はわたしとほとんど同じくらいだ。

「紹介するね! この子は四ノ宮 理十。わたしの弟なの!」

「………………」

 リトとよばれた彼はしばらくわたしを睨むと、興味がないというふうに視線を逸らした。

「えっと……ボクは、エアリです。エアリ・アラルガンド」

「………………」

 無視されている。

「もう理十ったら! 失礼でしょ! ごめんなさいエアリ。理十、この世界に召喚されてからずっと不機嫌で」

「あたりまえだろ! こんな訳がわからない世界に突然連れて来られて……なんで優理は受け入れてるんだよ!」

 優理に怒鳴った彼の言い分を、わたしはもっともだと思ってしまった。––––それにしても、聖女が召喚されたことは知っていたけれど、弟、とは?

「聖女召喚のときに、近くにいた弟さんまで巻き込まれて一緒に召喚されちまったみたいでな」

『巻き込まれて、ねぇ』

 ヴェンさんの言葉に、イスナは思うところがあるらしい。サクリが意図的に弟も一緒に召喚した、ということだろうか。

「そんなこと言ったって、帰る方法がわからない以上は、帰る方法が見つかるまで、ここで頑張るしかないじゃない」

「帰る方法なんてあるのかよ!? 誰も探してないだろ、そんなもの! 見つかるわけない!」

 優理の弟ということだから、たぶん、中学生くらいだろう。優理の言うことも正論だけれど、彼の言うことももっともだ。

 聖女の召喚に、聖女の意志は関係ない。選ばれた聖女は、成す術もなく、なにもわからないまま、ただこちらの世界に召喚されるしかない。

 それは、聖女側にとっては理不尽以外のなにものでもないはずで、そのことに対して怒りを向けるのは当然の反応だ。

 ––––––……正直、可哀想、だと思ってしまった。同情してしまった。

「ごめんね」

 傲慢にも、わたしは謝罪の言葉を口走っていた。

「勝手にこの世界に呼び出して、ごめんなさい」

「は…………?」

 理十は、桃色の目を見開いてわたしを見つめる。ヴェンさんも優理も黙っていた。しばらくの沈黙。

「あんたがオレたちを召喚したわけじゃないのに、バカじゃねぇの?」

 しばらくの沈黙のあと、彼はそう言った。彼の言うことは正しい。わたしが謝ることじゃない。関係のないわたしが勝手に謝るなんて、それこそ傲慢だ。

「ねぇ。今日は理十も一緒に魔法の練習をしようよ! わたしもエアリも魔導士見習いだし、理十も魔力はあるんだから、一緒に見習いになったらいいと思うの!」

 気まずい空気を打ち壊すように優理が言う。ヴェンさんも、それは名案ですね、と頷いている。

「……まぁ、他にやることもないし、今日くらいは優理に付き合ってやるか」

「うんうん! 一緒に頑張ろうね!」


 うれしそうに笑う優理に、理十もつられたのか、呆れたように小さく笑ったのだった。

 

 

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