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キャラ増えていく。あとちょっと出ます

 数日後。アラルガンドの屋敷に、王室の印が押された書状が届いた。


 わたしの話に半信半疑だったツヅミお兄ちゃんは、届いた書状を見て顔面蒼白になっている。

「男と偽って魔法学校へ入学するってだけでも一大事なのに、まさかこんなことになるとはな……」

 ツヅミお兄ちゃんの言葉が、なんだか耳に痛い。

「少しでも危険を感じたら仮病を使ってでもすぐに帰ってくるんだよ」

 わたしの魔法学校入学試験に全面的に賛成してくれていた叔父も、今回の件はさすがに大いに戸惑っていた。

「とりあえず、住み込みとかではないんだよな? 夜にはここに帰って来られるんだよな?」

 心配するツヅミお兄ちゃんに、わたしは首を捻る。

「んーーーー……この書状には、この日に宮廷に来い、としか書いてないから、それは行ってみないとわからないかも……」

 一日中気を張っているのはさすがに大変だから、わたしも夜にはここに帰って来たいけれど……。

『あの第三王子がどこまで考えているか、ですね』

 セツラの言葉に、氷のように冷たいアイスブルーの瞳を思い浮かべる。彼がなにを考えてわたしを宮廷に呼んだのか、わたしにはよくわからない。

「これ以上興味もたれないように……なるべく目立たないように、なるべく関わらないようにしよう……」

 女だとバレるのもまずいけれど、闇属性を隠蔽していることがバレるのはもっとまずいと思う。どこかのなろう小説の主人公みたいに無双なんてしなくていいから、ひっそりと楽しく魔法を使って暮らしたい。誰にも迷惑かけずに好きなことやって暮らしたい。あぁでも、目立ちたくないと言いながら王子なんかに目をつけられて、それこそなろう小説みたい。

「まぁでも、わたしは男だから……」

 なんとか地雷だけは回避したい。だから男装して魔導士を目ざしているのだ。それに、もしかしたら、この物語の主人公はわたしではないのかもしれないし。

 聖女の存在を思い出したとき、わたしはそう思い立った。異世界から召喚された彼女こそ、この物語の主人公なのかもしれない。わたし自身も設定盛り盛りの自覚はあるのでモブキャラってわけではないと思うけれど……

「ラスボス扱いとかだったらどうしよう……」

 かつての魔王と同じ、闇属性を得意とするわたしが。聖女と対になる魔力をもつわたしが。聖女にとっての敵だったら?

 そう考えると、背筋に冷たいものを感じた。いや、大丈夫。わたしが望まなければ、そんなことにはならないはず。


 小さな独り言を聞いて、セツラがすっと目を細めたことに、わたしは気づかなかった。




 叔父はアラルガンドの馬車を出してくれると言ったが、アラルガンドが裕福な家とはいえ、そんな貴族令嬢みたいな交通手段はどうかな、と思ったわたしは、徒歩3時間かけて王都へとやってきた。

 直前までツヅミお兄ちゃんも付いてくる気満々だったのだが、通学している学校から急に呼び出しがかかったらしく、泣く泣く寮へ帰って行った。

 

 先日行った魔法学校とは比べ物にならないほどの大きな城、高くそびえ立つ城壁に、さすがに冷や汗が出た。まず、城壁の奥行きが規格外だ。どこまで続いているのだろう。そして、敷地内は何坪のスペースがあるのだろう。

 ついこの前古城を見たばかりだからもっと歴史ある趣きの建物を想像していたけれど、城壁の向こうに見える城は白く美しく、ここ最近建てられたようにも見える。グラツィオーソの歴史上そんなことはないはずなので、もしかしたら、老朽化を防ぐ魔法でも使われているのだろうかと考えた。

「来たのはいいけどどうすればいいの……」

 とりあえず、城門の前に立つ見張り?門番?っぽい人に声をかければいいのかな。……なんて言えばいいんだろう。書状を見せれば通してもらえる?

 セツラはわたしの横で静かに城壁の向こうに見える城を眺めている。なにか思うところがあるのかもしれない。

 いつまでも城門の前をうろうろしていても不審者扱いされるだけだと思ったわたしは、意を決して、門番のほうへ歩き出そうとして––––––……

 ふと、目に留まった金色。太陽の光を跳ね返すような眩しい金髪の男性が、城門前をうろうろしていることに気づいた。離れていてもわかる、見るからに高そうな、格式高い衣装に身を包んだその若い男性は、かなり高位の貴族であるように見えた。

 こんなところで一人、なにをしているのだろう。

『あれ、死霊ですね』

「え!?」

 気づかなかった。セツラ以外の死霊を見るのは初めてだけれど、わたしにはセツラの姿も普通の人間と同じように見えているし、見分けるのは難しい。

「あ、でも、言われてみれば透けてる……」

 門番のすぐ近くをうろうろと歩き回っているのに、門番たちの目には全く入っていないようだ。

『目を合わせないで』

 セツラに言われ、咄嗟に目を背けた。

『私のことも、見えないふりをして。…………ここから離れる気配はないですね。横を通り過ぎるしかないか……』

 セツラはわたしの背後に来ると

『あなたに取り憑いている背後霊のふりをしますから。このまま行きましょう』

 そう言って、20メートルほど離れた場所にある城門を見据えた。

『同じ死霊である私に話しかけてくるかも知れませんが、何があっても無視してください。害のある霊かもしれませんから』

 上手く無視できるだろうか。動揺してしまいそうで、緊張する。

 ぐっと手を握って、わたしは門番へ向かって歩き出す。

 なるべく、金髪の死霊を見ないようにして。わたしが話しかけるべき、門番のほうだけを見て。

『やぁ。君は、この少年に取り憑いているの?』

 わたしが門番に話しかけるより先に、金髪の死霊がセツラに話しかけた。

『だとしたら?』

『いや、別にどうってわけでもないけれど。久しぶりに僕と同じ幽霊を見たから嬉しくて。生きてる人間は、話しかけても返してくれないからさ』

 セツラの冷たい声にも動じず、彼は嬉しそうに話し続けている。死んでいるとは思えない、明るく朗らかな声で。

「すみません、あの、書状をもらって来たんですが」

 そんな二人のやりとりを極力見ないように努力しながら門番に話しかける。わたしが差し出した書状に押された王室の印を見て、門番は目を見開いた。

「すぐにお通しします」

 そんなわたしと門番のやりとりを無視し、死霊二人は会話を続けている。

『あれ、なんか君、透けてないね? 幽霊なのに』

『生前の魔力が強かったので』

『あーー、そういうの関係あるんだ? 確かに僕、魔法はからっきしだったからなぁ。剣の腕はそこそこ自信あったんだけど』

『剣の腕?』

 怪訝そうなセツラの声。わたしの目の前で、重い城門が、ギギ……と音を立てて開いていく。

『その服の装飾……王家の紋。まさか、8年前に殺された、イスナ・コン・グラツィオーソ殿下か!』

「は!?」

 最近聞いたその単語に、わたしは思わず声を上げてしまった。いやだって、また殿下って!?

『え?』

 金髪の死霊の驚いた声。顔を上げちゃいけない。彼はきっと今わたしを見つめている。顔を上げたらきっと、目が合ってしまう。

『彼、今君の声に反応したよね?』

『……長く取り憑いていますから。聞こえてしまうこともあるのかも?』

『そんなことある?』

 セツラが誤魔化そうとしている。そのまま誤魔化されてほしい。

『…………』

 沈黙が続く。ギギギギギ…………早く門よ開いてくれ。

『ねぇ』

「うわ!!!!!!」

 突然現れた青。わたしは大きく反応してしまった。少しして、それが彼の瞳の色だと気づく。彼は、わたしの顔を覗き込んでいた。

『やっぱり見えてるね、僕のこと。なんで見えないふりしようとしたの? え、ていうか、生きてる人間で僕のこと見える人間に出会ったの初めてなんだけど』

 はーーーーっと、セツラの重い溜息が聞こえる。

「ごめんセツラ」

『いえ、私も悪かったです。そんなことより……門番に怪しまれてますよ』

「あ」

 門番は怪訝そうな顔でわたしを見ていた。

『とにかく、中に入りましょう』

『待って待って! 君たちどういう関係!? 僕も行くよ!!』

『来ないでください』

「どうぞ、お通りください」

 門番に言われ、ようやく開いた門の先へ足を踏み入れると、金髪の死霊は、うれしそうにわたしたちの後をついてきた。



 城門から少し歩き、人通りの少なくなったところで、諦めたわたしは金髪の死霊と向き合った。

 太陽の光を跳ね返すような眩しい金髪。青い空を取り込んだような深いサファイアの碧眼。セツラの言った通り、服の装飾には王家の紋が刻まれている。

「本当に……イスナ王子、なんですか?」

『イスナでいいよ。僕とっくの昔に死んでるし、王子とかもう関係ないしね』

 そんなことを言って、イスナは明るく笑った。太陽のような笑顔。

『君の名前も教えてくれる?』

『教えなくていいです』

『じゃあ、そういう君は?』

 イスナの碧い瞳がセツラに向けられる。

『私は…………セツラです。セツラ・ルーノ・リタルダンド』

『え!? あの伝説の魔導士の!?』

 諦めたようにセツラが名乗ると、イスナは大袈裟に驚いた。

『へーーーー! 確かに顔、なんとなく見たことあるかも。昔肖像画とかで見たのかな。そんな何百年も昔の伝説の魔導士を引き連れてる、君はいったい何者?』

 その瞳が再びわたしに向けられる。どうせこのままついて来られたら名前くらいバレてしまうし、アラルガンドのほうなら名乗ってしまってもいいだろうか。

「わたし……ボク、は、エアリです。エアリ・アラルガンドです」

『アラルガンドって、この城にもよく出入りしている商家だよね。こんなかわいい男の子がいたんだね』

『彼はもう成人してますよ』

『え、本当に?』

 吸い込まれそうな青空。蒼い瞳に見つめられて、なんとなく居心地が悪い。

『いくつ?』

「このまえ18になったばかりで……」

『えーー。僕が死んだときと二つしか変わらないんだ? それにしては、随分可愛らしく見えるけれど』

 顔を覗き込まれ、ふっと、優しく微笑まれて、思わずドキリとしてしまった。第三王子もそうだったけけれど、顔が整いすぎている。

『距離が近い』

『過保護だなぁ』

 セツラに言われ、彼は少し距離をとった。

『商家の息子さんが、今日はなにしに宮廷に? お父さんの代わりに商談とか?』

 どれだけセツラに冷たくされても、彼は全く気にせずに、楽しそうに会話を続けている。

「いえ…………あの…………サクリ殿下から、書状を貰って」

 

『は?』

 

 彼の顔から、表情が消えた。

「え…………あの…………イスナ?」

 冷え切った瞳。この人は間違いなく、あの第三王子と血の繋がりがあるのだと、そう思った。

『サクリ…………サクリかぁ。君みたいな可愛らしい男の子の口から、まさかその名前が飛び出すなんて』

「えと……サクリ殿下のこと、嫌い、ですか?」

『嫌いなんてものじゃないよ。だって僕は、サクリに殺されたんだからさ』

「え、」

 凍えそうなほどに冷え切って、色をなくしたその瞳に、わたしは思わず寒気を感じた。

『第一王子のイスナ・コン・グラツィオーソを殺したのは、第二王子のレイル・メノ・グラツィオーソのはずでは?』

 セツラの問いに、わたしも小さく頷く。第一王位継承のイスナ王子を殺して、第二王子のレイル王子が第一王位継承者に繰り上がったって––––––……

『僕を殺したのはサクリだよ。世間が勝手にレイルが殺したと思ってるだけで』

「どうしてサクリ殿下が? サクリ殿下は、王位なんて興味ないですよね?」

『25になっても婚姻もせず自由気ままに生きているこの国の最高魔導士、それがサクリ・ピユウ・グラツィオーソだったと思いますが』

 わたしたちの問いに、彼は静かに目を閉じた。そしてしばらくの沈黙の後、再び口を開く。

『僕が死んで、レイルが王位を継いだほうが面白いことになると、彼は思ったんだろうね。サクリは、そういう男だよ』

「そんな……」

 第二王子の評判は、あまりよくない。第一王子のように剣術に優れているわけでもなく、第三王子のように魔術に優れているわけでもない。何の取り柄もない平凡な男だと、そう世間では噂されているけれど……。

『君は、サクリに呼ばれてきたの?』

「はい……魔法学校の入学試験のときに、たまたま視察に来ていたみたいで、それで……」

『目をつけられちゃったんだね? 可哀想に。あいつが目をつけるなんて、君はよほどの魔法の使い手なんだろうね』

 憐れみの瞳を向けられた。その瞳に色が戻ってきていて、少しほっとしてしまう。

『でも、悪いことは言わないから。あいつには近づかないほうがいい』

『そうしたいのは山々なんですけどね』

 苛立つようなセツラの声。

『あー、まぁ、王室から書状貰っちゃあ、出向かないわけにもいかないかぁ』

 彼は、少しだけ考える素振りを見せて、それから、作ったような、綺麗な笑顔で言った。

『やっぱり、僕も付いて行くよ。君のことが心配だし……こんな僕でも、少しくらい役に立てることがあるかもしれないから』


 その笑顔は、少し寂しそうだった。



 

 どこに行ったらいいのかわからず宮廷の入り口でうろうろしていると、見張りの男に声をかけられた。

 書状を見せると、慌てた様子で、宮廷内の来客用の部屋に通された。

 わたしがソファに座ると、セツラはわたしの右側に、イスナはわたしの左側に座った。もちろん、わたしにしか見えていないが。


「待たせてすまない。アンタが、エアリ・アラルガンド?」

 しばらくして、この部屋に現れたのは、サクリではなかった。

「俺はヴェン。サクリ団長から、アンタの教育係を任された宮廷魔導士だ」

 現れたのは、こちらもまた、若い男性。森の木々の色を映したかのような深い緑色の髪を緩く編み込んでいる。

「アンタは宮廷魔導士の見習いとして、今日から俺たちと一緒に訓練を受ける……って聞いているが」

「そうなんですか!?」

 宮廷魔導士の見習いとして訓練を受ける? しかも今日から? そんなの初耳だ。

「驚いた顔をしているな。あの団長のことだから、まぁ何も伝えていないだろうなとは思っていたよ」

 彼はそう言って苦笑した。

『彼もかなりの魔力量ですね。第三王子と並ぶレベルじゃないですか?』

『ヴェンねー。実力は副団長のが上だけど、魔力だけならヴェンのが上だよ。この国で3番目に強い魔導士だね』

 わたしを挟んで死霊二人が会話している。

「得意魔法は?」

「水属性です」

 この質問にこの答えを返すのも慣れてきた。

「団長と一緒か。それで目をつけられちゃったんかな……アンタ、魔法学校の在籍経験がないって、本当?」

「……本当、です」

「サクラの木の枝を杖にしてるっていうのは?」

「それも、本当です」

「へぇ」

 ブラウンの瞳がじっと見つめる。髪色もあいまって、森の木の枝の色を連想させた。

「魔法学校の在籍経験もなく? 森に落ちている枝を杖にしている宮廷魔導士見習いねぇ。団長の悪い冗談かと思ったんだが」

「変、ですか?」

「変っていうか、他にないよな。まぁ、俺も人のこと言えたもんじゃないが」

『ヴェンはね、宮廷魔導士で唯一の平民の出なんだよ。平民の男が王家の血を引く団長と並ぶほどの魔力を持ってるなんて、まぁ、「異例」だよね。ていうかエアリくんって、なんか訳アリ?』

 イスナが横でいろいろと喋っている。宮廷の前を彷徨っていた彼は、宮廷内部の事情について詳しいのかもしれない。

「ま、いろいろあるんかな? 聞かないけど。団長には、寮は一人部屋を与えてくれって言われてるが、今日から住めそう?」

 ヴェンさんの口調は優しかった。もしかしたら、同情してくれているのかもしれない。

「や、さすがにそれは難しいです……家族にも報告しないと……」

「そりゃそうだ。じゃ、今日は魔導士の訓練場案内したら帰すから、また明日来な」

「家から通うことはできませんか?」

「んーーー……まぁ、団長が頷けばできなくはないかもしれないが、団長副団長以外は基本みんな寮暮らしだし、異例中の異例になっちまうからな……。アンタ、ただでさえいろいろと異例だろ。さらに目立つぞ?」

『僕、ここで死んだ霊だから宮廷から離れられないんだよね。君の事情はわからないけれど、正直、君が宮廷の寮に住んでくれたらかなりうれしいかも』

『この男のことはどうでもいいですが、まぁでも……一人部屋ならなんとかなりますかね? 万が一、なにかあったら私の魔法でどうにかしますよ』

 二人の死霊の言葉に、わたしは考える。

「とりあえず、今日は家に帰って、家族に相談して、明日また来ます」

 考えたけれど、すぐに答えは出なかった。一度家に帰って、叔父さんとツヅミお兄ちゃんに相談しよう。

 宮廷魔導士見習いにはならない、なんて選択肢は初めから存在しないみたいだし。

「ん。そうしな。じゃ、訓練場案内するから、おいで」

 そう言って、ヴェンさんは立ち上がった。来客室の扉を開くと、そのまま、わたしが部屋を出るのを待っていてくれる。優しい。

『ヴェン、モテるんだよね。侍女たちに』

 イスナの言葉の意味がわかる気がした。



 ヴェンさんのあとに続いて、宮廷を歩く。なるほど、すれ違う侍女たちがヴェンさんをチラチラと見ているような気がする。身分関係なくこれだけモテるのだから、よほど『いい男』なのだろうか。

「訓練場行く前に、まずは副団長に挨拶だな。この時間なら、団長の執務室にいるはず」

「団長の?」

「そ。サクリ団長、基本的に自分の気が向いた仕事しかしないから。執務とか全部、副団長がやってて……」

 広い宮廷をひたすらに歩く。やがてたどり着いたのは、宮廷の中でも最東にある部屋だった。

 ヴェンさんが、扉を3回ノックする。

 入れ、という低い声がして、ヴェンさんが扉を開く。部屋の奥、執務用の机の椅子に座り、書類を睨んで顰めっ面をしている男性が、ふと目線を上げて、こちらを見た。

「お忙しいところすみません。今日から見習いで入るエアリ・アラルガンドを連れて参りました」

「あ、あの、エアリ・アラルガンドです」

 ヴェンさんのあとに続いてる部屋に入ると、わたしは深くお辞儀をした。

「あぁ、団長が言っていた…………魔法学校の在学記録もなく、木の枝を握って魔法を使う少年……だったか? なんの悪い冗談かと」

「それが副団長、全部本当のことみたいですよ」

「は?」

 くすんだ、暗い赤色の瞳が不機嫌そうにわたしを見た。

「訳アリか? お前と一緒だな」

「俺に『訳』なんてありませんよ」

「どうだか」

 ハッと、男性が笑う。30代後半くらいだろうか。目の下には隈が浮かんでいる。

「悪い。団長の自由奔放さに頭を悩ませていてな。おれはファロ・リゾルート。宮廷魔導士の副団長をやっている」

「エアリ・アラルガンドです。よろしくお願いします」

 わたしはもう一度深々と頭を下げた。

『ファロ、こう見えてもすっごい愛妻家で、優しい男だから、そんなにこわがらなくても大丈夫』

 横でイスナが人物紹介してくれる。先ほどのヴェンさんのことといい、なんでも教えてくれるから、正直ついてきてくれて助かったかもしれない。

『サクリが全然仕事しないせいで仕事が立て込んでて、最近ずっと家に帰れてないみたいだったからなぁ。それでちょっと、機嫌悪いのかも』

『迷惑な男ですね、第三王子は』

 でも、わたしを挟んで会話をするのは、やっぱりちょっと気が散るかも。

「得意魔法は?」

「水属性です」

 これ、毎回訊かれるけれど、魔導士の挨拶なんだろうか。

「そうか。おれは火属性。聞いてるかもしれないが、ヴェンは風属性で、団長は」

「水属性ですよね。魔法、見ました」

 食い気味で言ったわたしに、ファロ副団長は、少しだけ目を見開く。

「団長の魔法を?」

「はい」

「そうか。それは、運がいいな」

「団長、訓練場にはほとんど足を運ばないからさ。実戦にでも出ない限り団長の魔法を見れる機会なんてほぼないんだよ」

「今日もいらっしゃらないんですか?」

「んー……たぶんな。団長がどこでなにしてるのか、俺たちも把握できてないんよ」

 困ったようにヴェンさんが笑った。

「団長から呼ばれてわざわざ来てるのに、悪いな」

『そもそもサクリが宮廷にいることのが珍しいしね。いつもふらふらしてるからさ』

 サクリを警戒してドキドキしながら宮廷にやって来たのに、そもそもいないなんて肩透かしだ。

「じゃ、副団長、俺この子案内してくるんで」

「あぁ、頼む」

「副団長もあまり気負いすぎないで、今週末は奥さんのところ帰ってあげてくださいね」

「お前に言われるまでもないな」

 サクリのことはわからないけれど、とりあえずこの二人は、イスナが言うように悪い人ではないのだろう。


 

 魔導士の訓練場は、団長の執務室のすぐ近くの広場と、その周辺の建物らしい。広い宮廷敷地内でもいちばん端っこ。極東だ。

「あの建物が寮で、その横が屋内訓練場。ここが屋外訓練場の広場。晴れてる日は大体がここで体力作り、屋内は魔法の訓練って感じだな。……アンタひ弱そうだしなぁ。ちょっと屋内行ってみっか」

 急に「じゃあ今からここで筋トレな」とか言われたらどうしようかとビクビクしていたけれど、そんなことにはならずにほっとしてしまった。ヴェンさんもさっき会ったファロ副団長も、服を着ていてもわかるくらいがたいが良いけれど––––……わたしも訓練したら、もう少し男らしい身体になれるだろうか。

 広場で走り込みをしたり、筋トレをしている男性たちは、揃いも揃って身体が大きく、腕も足も太かった。

 

 屋内訓練場に入ると、中は思いの外静かだった。

「やけに静かだと思ったら、聖女様が来てんな」

「え」

 ヴェンの一言に、小さく心臓が跳ねる。

 そりゃあ、いつかは会ってみたいと思っていたけれど。宮廷に行くようになればそのうち会えるかもしれないと、思ってはいたけれど。

 屋内訓練場の中心に、人だかりがあった。一人の人物を、何人かが取り囲んでいる。

「こう……かな」

「そうです。お上手です」

「ありがとう。もう一回やってみるね……あ」

 男性たちの集団、身体と身体の隙間から、まんまるとした桃色の瞳が覗いている。

 周りの男性とくらべると一回りも二回りも小さく見えるその少女は、こちらに気づくと嬉しそうに手を振った。

「ヴェン!」

 人をかき分けて、こちらにやって来る。

「聖女様。今日も魔法の練習ですか?」

「そうなの。さっきね、初めて上手に光の輪っかを作れたのよ!」

 ヴェンさんのところにやって来て、嬉しそうに報告する少女。

 パッチリと見開かれた深い桃色の瞳。肩まであるふわっふわの薄紅色の髪。レースとリボンがいっぱいの、こちらもふわふわとした薄いオレンジ色のドレスを身に纏い、細かな装飾の入ったピンクゴールドの杖を手に握っている。

 

「その人は?」


 桃色の瞳と目が合った。あまりの可愛らしさに眩暈がする。


「ボクは、エアリ・アラルガンドです。宮廷魔導士見習いとして、本日からここでお世話になります」

「見習い? それって、わたしと同じってとこ?」

 キラキラと輝く瞳。まるで、ひと昔前の乙女ゲームの主人公のような。明るくて、真っ直ぐで、誰もから好かれる女の子。そんなふうに見えた。

「そうですね。この宮廷に、魔導士『見習い』は聖女様と彼しかいません」

 ヴェンさんがそう言うと、彼女はパッとわたしの手を握った。

「うれしい! わたしは四ノ宮優理。16歳。あなたも同じくらいかな?」

 

 目を細めたくなるほどの眩しい笑顔。昔大好きだった乙女ゲームの主人公が、こんな感じだった。


「いっしょに頑張ろうね!」

 

 彼女は、わたしが『共感性羞恥心』を感じないタイプの、この物語の本当の『女主人公』なのではないかと思った。

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