accelerando
お気に入りのキャラをようやく出せてうれしい。
腰まであった黒髪をバッサリ切った。
セツラには『ウィッグではダメなのか』と何度も言われたけれど、不安要素は一つでも減らしておきたかった。ゆずらないわたしに、彼は『それならせめて、自分に切らせてほしい』と言ってきたので、お願いすることにした。男装を提案したのは彼自身のはずなのに、彼はわたしの長い黒髪をとてもとても惜しんでくれた。
「男の子に見える?」
『見えません』
「ええっ」
男装の提案に簡単にのってしまったが、そもそも成人女性であるわたしが簡単に男装なんてできるのだろうか。
『隠すことが得意な魔法は闇属性ですが、偽ることが得意な魔法は?』
「光属性?」
わたしかこたえれば、彼は満足そうに笑った。
『私に任せて』
ふっと彼が手をかざせば、わたしは彼の光魔法に包まれる。昨日も思ったけれど、彼は魔法を使うとき、『杖』を使わない。杖を使わない魔導士なんて、聞いたこともないけれど。
彼の魔法かわたしの身体に溶け込む。鏡を見てみたけれど、特に変化は見当たらなかった。
『私を信じて。私以上の光属性の使い手などいないのだから』
「それは……そうかも」
よくわからないけれど、彼がそう言うのなら間違いはないのだろう。
別れを悲しみわたしを心配する両親に、「上手くやるから大丈夫」と笑顔で伝え、わたしは家を出た。両親には心配ばかりかけてしまっている。本当に申し訳なく思うと同時に、だからこそわたしは両親のそばにいるべきではないのかもしれないとも思った。
いずれはアラルガンドの家も出て、独り立ちして、誰にも迷惑をかけずに一人の魔導士として生きていきたい。わたしの魔法で誰かを傷つけたくない。叶うのなら、この魔力は、誰かのために使いたい。
そのためにも、わたしはきちんと魔法を学びたいと思った。
約5年ぶりに会った叔父は相変わらずで、髪を切り男装に身を包んだわたしを笑顔で迎えてくれた。屋敷のエントランスでは、叔父の他に、数人の使用人と、それから、背の高い男性がわたしのことを待っていた。
「エアリ…………」
「ツヅミお兄ちゃん」
5年ぶりに会った従兄は、わたしの記憶にある姿よりもずっと大人びていた。わたし自身も女性の平均身長とくらべれば背は高いほうだけれど、彼のほうが頭ひとつ分ほど高い。
「久しぶりだな。…………魔法学校の入学試験を受ける……って、本当に?」
わたしの短い黒髪を見て、彼は複雑そうな表情を浮かべた。
「魔導士になりたくて」
「魔導士なんて、男の職業だろう?」
馬鹿にして言ったわけではないと、彼の表情を見ればすぐにわかった。
「だからこんな格好をしているんだよ」
頻繁に会っていたわけではないけれど、会えばいつもわたしのことを妹のように可愛がってくれた彼は、わたしのことを心の底から心配してくれているようだった。
「女だってバレたらどうするんだ。だってお前はこんなに––––––……」
ルビー色の瞳が翳る。5年前と比べて随分と大人になってしまったけれど、優しいところは変わらない。
「大丈夫だよ。絶対にバレないようにするから」
「どうやって?」
「魔法で」
「そんな魔法、聞いたこともない」
わたしだって聞いたこともない。でも、セツラがかけてくれた魔法だ。ツヅミお兄ちゃんには効果がないようだけれど––––––……
「大丈夫だから。わたしを信じて?」
「……入学試験はいつ?」
「1週間後に編入試験を受けさせてくれるって」
「オレも同行するよ」
「え」
驚いて顔を上げれば、ルビー色の瞳と目が合う。
「オレ、お前の従兄から実のお兄ちゃんになったらしいし? 保護者として同行する」
「わたしもう成人してるよ? それに、わたしとツヅミお兄ちゃんじゃ年齢も一つしか変わらないじゃん」
わたしがそう言っても、彼は頑なだった。ツヅミお兄ちゃんって、こんなに過保護だったっけ?
『保護者なんて必要ないですけどね。私がいますし』
わたしのすぐ横でセツラがぼそりと呟いた。もちろん、彼には聞こえていない。
「…………送迎くらいにしてね。恥ずかしいから」
彼は渋々頷いてくれて、わたしは少しほっとしたのだった。
それから数日間、わたしはアラルガンドの屋敷の、与えられたわたしの部屋で入学試験の準備をした。
アラルガンドの屋敷は、大きさこそリタルダンドの屋敷と同じくらいの規模だが、リタルダンドの屋敷よりもずっと手入れが行き届いている。
使用人の数が全く違うのだ。
朝昼夜と食堂で食べる料理も、正直実家のものより美味しくて、高級そうな味がした。よほど商売が上手くいっているのか。どこぞの貧乏貴族よりも裕福な暮らしをしているようだ。
わたしに与えられた部屋も実家にあるわたしの部屋と同じくらいの広さだったけれど、窓や家具は綺麗に磨かれ、カーペットには埃一つ落ちていない。実家の自室よりも壁紙や家具の装飾がシンプルなのは、わたしがアラルガンド家の『次男』だからだろう。
「試験って、なにをするんだろう? わたし、魔法は本当に独学だから、基礎的なこととかできる自信ないな……」
『私が魔導士をやっていたのは何百年も前ですから、あまり参考にならないかもしれませんが、定番なのは「魔力測定」とかでは?』
「魔力測定…………わたしの魔力の量を、数値で測るってこと?」
自室の机で、叔父に手配してもらった、入学試験予定の魔法学校の資料をめくるが、入学試験について、詳しいことはなにも書いていなかった。
「そういえば、わたしの魔力量って結構やばいんだっけ?」
『それはもう』
セツラは楽しそうに同意する。わたしは思わず溜息を吐いた。
「魔力量抑える練習しとけばいいのかな??今闇属性の魔力隠蔽してるから、これ以上魔力隠す魔法使うと逆にボロ出そうだし……」
ブツブツ呟いていると、トントントン、とドアをノックする音が聞こえた。
「エアリ、いるか?」
聞こえてきたのは。つい数日前にわたしの兄になった、わたしの元従兄の声。
「いるよ」
椅子から立ち上がり扉を開ける。ここ数日で見慣れた明るい茶髪に、ルビー色の瞳。
「試験に向けて勉強中?」
部屋の奥のわたしの机上を見て彼が呟く。
「そう。ツヅミお兄ちゃんもお部屋で勉強してたんでしょ?」
「まぁ、これでもこの会社を継ぐ人間だからな。エアリは…………魔法が得意だったんだな」
そう言った彼の表情はどこか暗かった。
「ほら、リタルダンドの家はあの『セツラ・ルーノ・リタルダンド』を輩出した家なのに、それ以降魔導士になった人間はいなかっただろ?」
「それは……そうだね。ずっと、魔法の才能がある人間は生まれなかったから」
「伝説の魔導士が生まれるまで、リタルダンドは魔導士の家系だったはずなのに。彼を最後に魔導士は途絶えた。それを今さら––––––……お前が継ぐ必要はないのに」
彼の表情はどこか苦しそうで、わたしは返答に困った。
「お前の魔力がどの程度なのかは知らないが……女ということを差し引いても、『リタルダンド』の名前は目立つ。オレが『アラルガンド』でよかった。リタルダンドとアラルガンドが血縁だと知る人間は少ないからな」
「……心配してくれてありがとう。わたし、ツヅミお兄ちゃんの弟になれてよかったよ」
少し考えてからそう伝えれば、彼はどこか照れたように笑った。
「急に妹なんてできて、オレは複雑だけどな」
「そうなの?」
「そうだよ」
「うれしくないの?」
「……どうかな」
細められたルビー色の瞳を見上げた。5年前は同じくらいの背だったから、こうして見上げることもなかったのにな、と思う。
「そういえばそれ、いつもつけてるよな」
ふと、彼はわたしの首元のペンダントに目を止めた。
「これ? リタルダンドの家宝らしくて」
「やっぱりそうか。それ、オレも持ってる」
「え?」
「色は違うけど」
『なっ』
イライラした気配を醸し出しながらもずっとわたしたちの様子を見守っていたセツラが、初めて声を上げた。
『それはよくない』
「え?」
思わずセツラのほうを見てしまう。ツヅミお兄ちゃんには不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「ううん……なんでも」
彼は不思議そうな顔をしながら話を続けた。
「リタルダンドの家宝は対だ。もう片方をアラルガンドが受け継いだんだ」
「そう……だったの?」
「あまり、人目に触れないようにしたほうがいいって、成人の儀のとき、オレは言われたけどな」
そう言って、彼は自分の胸元を押さえた。もしかしたら、服の下にそのペンダントを付けているのかもしれない。
わたしも服の下にしまっておいたほうがいいのかもしれない。そう思って、服で隠れるようにペンダントを付け直した。
「勉強邪魔して悪い」
ふと気づいたように彼は言って、わたしから少し距離を取る。
「ううん。様子見に来てくれてありがとう」
「頑張れよ」
「うん!」
部屋を出て行った彼を見送って、わたしはセツラに視線を向けた。
「あなたの魔力を凝縮させたこのペンダントの対––––––って、まさか」
『エアリ』
彼のひんやりとした人差し指がわたしの唇に触れた。
『あなたが触れさえしなければ、ただのペンダントです。…………忘れて』
「色違いって言ってた」
『エアリ』
「それってつまり」
次の瞬間には唇を塞がれていた。––––––彼の唇によって。
『お願いだから黙って』
懇願するような彼を呆然と見つめる。ペリドットの瞳が揺れていた。
「……ツヅミお兄ちゃんが持ってて、大丈夫なの?」
『あなたが触れさえしなければ』
彼はそう繰り返した。
『あれはただのペンダントですよ。何百年もそうだったのだから。少なくとも、彼はそう思っているはずです』
たしかに、わたしが母から受け継いだペリドット色のペンダントも、わたしが触れる前はただのペンダントとして、ただの『リタルダンドの家宝』として、代々受け継がれてきたはずだった。
「わかっ………た。ツヅミお兄ちゃんのペンダントには、関わらないようにする」
わたしがそう言えば、彼はほっとしたように息を吐き出した。
きっと対のペンダントは、黒曜石のように深い闇色をしているのだろうなと思ったけれど、また唇を塞がれても困るから、口には出さなかった。
まるでお城のようだと思った。実際、校舎は古城を再利用したものらしい。
試験が終わる頃に迎えに来ると言ったツヅミお兄ちゃんと別れて、わたしは校舎を囲う城壁の奥へと足を踏み出した。
中途半端な時期に魔法学校への入学を決めたので、通常の入学試験はとっくに終わってしまっている。今日編入試験を受けるのはわたし一人だ。編入試験といっても、わたしに『前の学校』なんてものはないのだけれど。
こちらの世界では子爵令嬢としてドレスやワンピースばかり着ていたから、ボトムスにパンツなんて初めてで最初は違和感のあった男装服も、この一週間で随分と慣れた。上はワイシャツにベストいうシンプルな男装。もちろん胸にはサラシを巻いた。セツラの魔法があるから大丈夫だとは思うけれど、男装で外に出るのは初めてなので正直とても緊張する。
事務室で受付を済まし、控え室の椅子に座って待っていると、中年の男性が現れて、わたしを別室へと案内する。
『教員の魔導士みたいですね。でもまぁこんなものか』と、セツラが横で失礼なことを言っていた。
案内された部屋に入れば、天井も壁も真っ白な部屋の床に大きく描かれた6色の魔法陣が見えた。
これまでの人生、わたしの近くには魔道士なんていなかったし、自分以外の魔法に触れる機会も少なかったから、正直興奮する。
『こんなもので目を輝かせるなんて。かわいらしいですね』
と、セツラが横でまた失礼なことを言っている。
中年の男性に促されて、わたしは大きな魔法陣の中央に立つ。
「得意魔法は?」と聞かれて、躊躇うことなく「水属性です」とこたえた。
すると、なにか水属性の魔法を使ってみてほしいと言われる。あなたの魔力を測るから、と。
鞄に入れていたサクラの木で作った杖を取り出す。その杖を見て、男性は確かに目を見開いた。やっぱり市販の杖を買ってきたほうが無難だったかなと今さら後悔するが、ここまで来てしまったのだからもうどうしようもない。
水属性の魔法…………なんにしよう。虹を描く魔法にしようか。でもあれは光魔法との合わせ技だから、少し高度に見えてしまうかな。なるべく……自分の魔力量を小さく見せられるような……だれでも扱えるような、無難な魔法がよい。
考えていると、男性に「この部屋に雨を降らせることはできるか?」と問われた。もちろんできる。この部屋に散っている水属性の魔力元素を、ただ雨の形に具現化するだけだ。……その程度の魔法なら、魔力量も誤魔化せるかもしれない。
わたしは杖を構え、簡単な呪文を唱えた。すぐ横で、クスリと、セツラが笑う気配がした。
ズザァーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
バケツをひっくり返したかのような大雨。
いや、世界をひっくり返したかのような大雨!!!!
「なになになになに!!!!????なにが起きた!!??どうなってるの!!??」
戸惑うわたしの耳に、噛み殺したような笑い声が聞こえる。いうまでもなくセツラだ。
「ちょっとセツラ!!!!どういうこと!?」
『あなた、この大きな部屋全体に雨を降らせようとしたでしょう? そりゃあこうなりますよ』
クスクスと可笑しそうに笑うセツラ。わたしはただ、この部屋全体に小雨を降らせようとしただけなのに。
『この魔法陣はね、言うなれば拡大鏡なんですよ。最低限の魔法しか使えない、最低限の魔力を、限界まで拡大して、その人物の魔力の本質を見るんです』
「つまりこれから魔法学校に入学しようって人間はそもそも部屋全体に雨なんて降らせることはできないってこと!?」
『御名答』
笑い続けるセツラはどこか嬉しそうだった。なにがそんなに面白いのか、なにが嬉しいのか、意味がわからない。
「やばいやばいやばいやばい浸水する!!!!」
辺りを見渡せば、わたしをこの部屋まで連れて来た中年の男性は気を失って水面に浮いていた。なんてこと。
部屋の扉は閉められている。水が腰まで来たところで、わたしは咄嗟に、杖をもう一度振りなおそうとした。この大量の水をどうにかする魔法なんていくらでもある。もう周りからどう見られるとかそんなことまで気にしていられない。この部屋にはどうせわたしとセツラと気を失った男性しかいないのだから。
この大量の水を中央に集めて凍らせて、大きな氷像でも作り上げてみようか。
そう思い、杖を振り上げた、そのとき。
後ろで扉が蹴破られた。
いや、蹴破ったのではない。魔法で破壊したのだ。部屋に溜まった水を押し流すほどの水圧––––––水属性の魔法で、扉を蹴破った。
扉が開いたことで、部屋に溜まっていた水が部屋の外へ流れ出ていく。
「はっ…………」
頭上から、乾いた笑い声が聞こえた。
「この水魔法は、君が?」
からっと乾いた、楽しそうな男の声。見上げれば、色素の薄いブロンド、ほとんど白に近い金髪を靡かせた、長身の男が、わたしのすぐ後ろに立っていた。
その長髪は腰にかかるほど長く、無造作に波打っている。前髪も長く片目を覆っていて表情がよみにくいが、その口元は薄く笑みをつくっていた。
彼がすっと腕を持ち上げる。その手にはガラスのように透明な杖が握られていた。
彼の口が動く。呪文を唱える。
「あ……」
その呪文は、知っている。
彼は呪文を唱え、杖を振り、大量の水を中央に集めるとその水を凍らせ、そして削る。繊細に。
部屋の中央に生まれたのは、瑞々しい大樹の氷像だった。
「おや?」
氷像を見つめるわたしを見て、彼はまた笑った。
「もしかして、同じことをするつもりだった?」
長い前髪の間から、切長のアイスブルーの瞳が見えた。その瞳は、この状況を面白がっていた。
「……まさか」
波打つ心臓を両手でおさえて、わたしはこたえた。
雨はいつの間にかやんでいた。わたしたちの服もいつの間にか乾いていた。
わたしがやろうとしたことを、全部彼がやってしまった。彼は、何者なのだろう。
『彼、かなりの魔力の持ち主ですよ。……それこそ、この国でもトップレベルの』
呟くセツラの声はとても静かだった。わたしもそれは感じる。水の引いた床の部屋で突っ伏している中年の男性もこの学校の魔道士だろうが、レベルが違う。
「きみをこんな学校に入れるのはもったいないな」
そう言って、彼はその細く長い指でわたしの顎をすくった。強引に上を向かされ、彼のアイスブルーの瞳と目が合う。
「ぼくのもとにおいで。可愛がってあげるよ」
ぞくり、と、背筋に冷たいものが走った。長い前髪に覆われていてもわかる。美しく整った彼の顔の、そのアイスブルーの瞳は、こわいくらいに冷え切っていた。
「こちらにいらっしゃいましたか!」
冷え切った空気を切り裂くように、パタパタと後ろから足音が聞こえた。振り返ると、床の上に突っ伏している男性と同じような格好をした男性が何人かこちらに向かって走ってくるところだった。
「この子はこの学校の新入生?」
彼はわたしの肩に手を置いて男たちに尋ねた。
「はい。……いや、いえ。今日の入学試験に合格できれば、ですが」
「じゃあ、まだここの生徒ってわけじゃないんだね」
彼はぐっとわたしの体を引き寄せた。
「それなら、この子はぼくがもらうよ」
『なんなんですかこの人!!!!』
耐えきれず叫んだのはセツラだった。わたししか聞こえない叫び声に、わたしも同意して頷いた。
「いいよね?」
「は………….ええ…………殿下がおっしゃるのであれば」
思いがけない単語に、わたしは勢いよく顔を上げる。殿下?
『……第三王子のサクリ・ピユウ・グラツィオーソか』
はっとしたようにセツラが呟く。なんだって? 第三王子? そんな男がどうしてこんなところに。
『私はずっとリタルダンドの屋敷から出られなかったので、全ては屋敷の人間が話していたのを聞いた知識でしかないですが……グラツィオーソの第三王子は今、宮廷魔導士の団長を務めていたはずです』
「宮廷魔導士団長……」
「知ってるんだ? ぼくのこと」
わたしの呟きに反応された。いや知らないが。王家の人間なんて、国王と、第一王位継承者の第二王子の顔と名前しか知らない。というか、ほとんどの国民がそうなのでは? わたしが世間知らずなだけか?
『彼は間違いなく、今この国でトップの魔導士ですよ……まぁ、全盛期の私の足元にも及びませんが』
セツラの声は警戒を滲ませていた。彼は……サクリはいまだにわたしから目を逸らしてれくれない。氷のように冷たいアイスブルーの瞳から、わたしも目を逸らすことができない。その口元は確かに、楽しそうに弧を描いているというのに。
「また、招待状を送るよ」
ぽん、とわたしの肩を叩くと、サクリは目を細め、笑みの形を作った。貼り付けたような笑み。そんなふうにわたしは感じた。
「じゃあ、この子の入学試験は不合格ってことで」
ひらひらと手を振って、彼は扉の向こうへ歩いて行く。その後ろを「もちろんです!!」と叫びながら男たちがついて行った。
「…………なんだったの」
なんだかよくわからないが、試験は不合格らしい。つまり、この学校には入学できない。でも––––––……
『彼、あなたを宮廷魔導士に引き抜く気ですよ』
セツラの、苛立ちを隠そうともしない声に、わたしは静かに頷く。
「魔法学校も卒業せずに宮廷魔導士になるなんて、もしそんなことになったら異例すぎるよね……!?」
『それはもう。魔法学校も卒業せず魔導士として宮廷に入るなんて、それこそ聖女くらいです』
「聖女……?」
どうして今まで気づかなかったのだろう。……そうだ。この世界には『聖女』という存在がある。世界を救うため、異世界から召喚される『聖女』の伝説。聖女は千年に一度召喚されるとされ、つい数ヶ月前、宮廷魔導士団長が千年ぶりの召喚に成功したと、そう騒がれていたじゃないか。
聖女の名前は『ユーリ シノミヤ』つまり『しのみや ゆうり』、どう考えても日本人だろう。
わたしと同じ。
『宮廷にいる聖女に会いたい?』
思考を読まれた気がして横を向けば、わたしにしか見えないペリドットの瞳と目が合った。
「それは……わたしの元の世界を知る人間なんて、聖女様しかいないし」
会ってみたいに決まってる。
『……私の魔法は完璧なはずです。でも、彼のようなこの国の最高魔導士に至近距離から見つめられれば、さすがに「表面の違和感」くらいは感じ取ってしまう、かも、しれない』
「さっきは、どんな様子だった?」
『あなたが女性だと、気付いた様子はありませんでした。でもあなたは……彼に目をつけられてしまったから』
心配です、と強く訴える視線に申し訳ない気持ちになる。両親といい、ツヅミお兄ちゃんといい、いろいろな人にたくさん心配をかけてしまっている。
『……いえ、すみません。第三王子からの勅令が届いてしまえば、あなたは宮廷におもむかざるをえない』
セツラの瞳が翳る。
「そっ……か。それもそうだよね」
『私が心配しているのはもう一つ。第三王子は水属性の魔法の使い手です』
「それはわたしもわかった。…………わたしの得意魔法……私の体内で最も高い割合を占める魔法元素が、本当は水属性ではないこと、見破られるかもしれない、ってことでしょ?」
『……彼に対してでなければ、絶対にそんな心配の必要はないと、言い切れるのですが……。私に、生前ほどの魔力があれば……』
わたしは、比較対象の魔導士を死霊になったセツラくらいしか知らないから、サクリの実力がどのくらいのものなのかよくわからない。いまこの国で最大の魔力をもつという彼の魔法が、どのようなものなのか。
「きっと、なんとかなるよ。だって、わたしがどこへ行こうと、セツラはずっと隣にいてくれるんでしょう?」
私がそう言えば、セツラは小さく目を見開いた。
『それは、もちろん』
「じゃあ、きっと大丈夫!」
それは素直なわたしの本音だった。一人では心細かったかもしれないけれど、今はセツラが隣にいる。生前の、全盛期ほどの力はないとしても、魔王を倒した伝説の魔導士なのだ。
『私があなたを守ります。なにがあっても』
「ありがとう」
ひんやりとした手を握って、いまだ目を覚まさず床に突っ伏したままの男性を置いて、真っ白な部屋を後にする。
事務室で不合格書を受け取ると、城門の外で待っていたツヅミお兄ちゃんと合流した。
「予定よりも遅かったな」と言う彼に、わたしは笑顔で不合格書を見せ、帰路についたのだった。
「殿下? 先ほどからなにを見ていらっしゃるのですか?」
来賓室のソファで足を組み、迎えの馬車を待つサクリは、先ほどから、自らの魔法で生み出した水の球体を胸の前に浮かせ、その中を熱心に覗いていた。
まるで、占い師が、水晶玉を覗き込むように。
「知りたい?」
口元は確かに口角を上げてあるのに、その一言に言いようもない悪寒を感じ、護衛は首を横に振った。
そんな護衛の存在を無視し、彼はまた水の球体を覗き込む。
高い水属性の魔力をもつ彼にしか見えない球体の『中身』。球体の中に、先ほどの少年の姿が映っていた。
国立魔法学校の視察なんて、普段は副団長に任せる仕事だ。それが、今ちょうど副団長は別の任務で長期の遠征に出ていたのだ。どうしても副団長以上の定期的な視察が必要だとうるさいから、仕方なく、本当に仕方なく、自分がおもむいた。
それでも、普段だったら強引にでも断っていたと思う。自分は、自分の興味がある仕事しか受け入れないから。
それを、まぁ仕方がないから行ってやるかと、宮廷から離れた場所にあるこんな古城まで足を運んだのは、いったいどんな気紛れか。
球体に映る少年は、先ほどからずっと、なにもない宙に向かって話し続けている。独り言かとも思ったが、それにしては表情の変化が激しい。
おかしい、と思う。この少年は違和感だらけだ。初心者用の、魔力を増大して見せる魔法陣の上で、大きな魔力を動かし、部屋を浸水させていた彼。
魔法学校の在学履歴は存在しなかった。あれだけの魔力を、あれだけの魔法を、独学で身につけたというのか。手に握られていたのは、サクラの木の枝を削って作られた杖。彼の手作りだろうか。まともな杖さえもたず、彼は大きな魔法を成功させた。本当に?
自分の水魔法を見て、まるで「自分もそうするつもりだった」のだと、驚くこともなく、当然のように氷像を見上げていたあの少年は、いったい何なのか。
そしてなによりも、彼の顔を見て、視線を合わせたときに感じた、強烈な『違和感』。表面的にも、内面的にも、彼はすべてを偽っているように感じた。おかしい。なにかがおかしい。でも、その『なにか』がわからない。
少年は、いまだに宙に向かって話し続けている。そして、どこか嬉しそうに笑った。
話している内容まではわからない。盗聴の魔法もあるが、さすがに気づかれるかと思い使わなかった。いや、彼はきっと気づかないだろう。あのときも、魔法で扉を蹴破るまで自分の存在に気づかなかった。彼は他人の魔力に鈍感だ。あれだけの魔力をもちながら、魔導士のいない環境で育ったのかもしれない。
それでも警戒するだけのなにかが、この少年にはあった。違和感だらけの少年。あのとき、星を溶かしたかのような銀色の瞳で、じっと自分を見上げていた。それこそ、夜を溶かしたかのような黒い髪をもった、まるで夜空のような少年だ。
「面白いものを拾ってしまったかな」
口に出た一言は、自分でも驚くほど弾んでいた。




