ernst(Ven・Rito①)
ようやく書けた!!!!!!
遅くなりました!!!!!!
①ヴェンさんの先祖である先代聖女や、今代の聖女である優理・その弟の理十を元の世界に帰す方法について
解決すべき問題はたくさんあるが、まずわたしは理十との約束を進展させたいと考えた。
自分が帰る方法ではなく、『優理を元の世界に帰す方法』と言った彼。その思いにこたえたいし、わたしは、理十のことも元の世界に帰してあげたいと思っている。
元の世界とこちらの世界を繋ぐもの––––……例えば、先代聖女が持ち込んだ、2025年モデルのスマートフォンは、優理や理十を元の世界に帰す手掛かりにならないだろうか。
「先代聖女の遺品を今代の聖女様に触らせたい?」
翌日、屋内訓練場に行くなりわたしはヴェンさんにそう提案してみた。
「聖女様ならあのプレートの使い方がわかるかもしれないじゃないですか。遺書らしきものに何が書いてあるかもわかるかも……」
「そりゃそうだが……」
ヴェンさんほどの人がこの発想に至らなかったとは考えにくい。思ったとおり、彼の顔は険しかった。
「……聖女様に秘密がバレるかもしれないだろ?」
ヴェンさんが先代聖女の血を引いていることは、この国で決して明るみになってはいけない事実だ。やはり彼はそこを気にしているのだろう。
「聖女様の人柄は俺だってわかってるつもりだ。信頼できる方だよ。でも、彼女は……」
「隠し事が上手くなさそう、ってことですよね」
ヴェンさんは黙ったまま頷く。
気持ちはわかる。わたしも自分が女であることを優理に明かすか悩んだとき、いちばんネックになったのがそこだったから。
「ヴェンさんの持ち物だってことは知らせずに、『先代聖女の遺品が宮殿の宝物庫から出てきた。まだ公表していないから誰にも内緒で、これがなにか見てみてほしい』って伝えるのは?」
優理はきっと単純だから、すんなり信じるに違いない。そう思いわたしが提案すると、ヴェンさんはふっと苦笑いを浮かべた。
「アンタ、息するように嘘つくんだな」
「え」
そして、わたしの頭を撫でる。
「あんま嘘に慣れすぎんなよ?」
その手のひらはひどく優しかった。
ヴェンさんとの話し合いの末、わたしが最初に提案したとおり、ヴェンさんの家のものだということは知らせずに、秘密裏に優理にスマートフォンを見せることにした。
「理十にも見せちゃっていいですかね?」
「まぁ、いいんじゃね? 聖女様も弟に隠し事はしたくないだろうし」
その日、優理と理十は午後から屋内訓練場に顔を出した。二人に見せたいものがあると伝えれば、優理は「なんだろう!」と桃色の瞳を輝かせた。
誰かに会話を聞かれるのもまずいので、宮廷の使われていない部屋に移動する。わたしは魔法で内側から扉に鍵をかけた。
「自分の能力隠す気なくなったよな、アンタ」
手慣れた様子で魔法を使うわたしを見て、ヴェンさんが呟く。
「今さら魔法に慣れてないふりしたって仕方ないじゃないですか」
宮廷魔導士団長のサクリとの決闘は大勢の人に見られていたし、観戦していた魔導士たちが口々に誇張した噂を広めるものだから、今や宮廷中に『魔導士見習いでやって来た少年が宮廷魔導士団長と互角に戦った』という間違った話が広まってしまっている。何度も言うけれど、あれは互角じゃない。わたしは死にそうだった。
「施錠の魔法、便利そうだな」
「リト様器用だから、練習すればできるようになるんじゃないですかね」
「わたしは今風属性で施錠したけど、土属性の魔法使った施錠の方法もあるしね」
理十はじっとドアノブの鍵を見つめている。扉自体にも鍵はついているが、物理的な鍵なんて破ろうと思えば誰でも破れてしまう。魔法で施錠しておけば、高度な解除魔法を使える魔導士でなければこの扉を開くことはできないはずだ。
「この世界の魔法って不思議だよね。『これをしたかったらこの属性』って決まってるわけじゃなくて、考え方次第でいろいろな属性の魔法で応用できるってことでしょ?」
優理はこの世界の『魔法』についてよく勉強しているようだ。
「そうですね。例えば、治癒魔法や回復魔法には、光属性の魔法を使う魔導士もいれば、闇属性の魔法を使う魔導士もいる。……エアリは遠征任務中、よく水魔法でヒーリングしてたよな」
「それは……わたしの得意魔法は水属性なので」
ヴェンさんの言葉に、わたしは笑って誤魔化した。回復魔法といえば光属性か闇属性だが、わたしの得意魔法は水属性ということになっているので、ヒーリング程度の水魔法を頻繁に使ってもそれほど違和感はないはず……だと思う。
セツラだって、なんでもかんでも光魔法の応用で対応してしまうし––––……そういえば、セツラが光属性以外の魔法を使っているところって、見たことないかも?
「わたしも聖女らしく、治癒魔法とか回復魔法とか、早くできるようになりたいな……」
やっぱり魔法の練習頑張らなきゃ、と意気込む彼女は、自分が聖女であることを受け入れているように見えた。
「……で? おれたちに見せたいものってなんだよ」
そんな優理の様子をどこか不機嫌そうに見ていた理十が口を開いた。
ヴェンさんが、銀色の小さな箱を取り出す。箱の蓋を開けたら、二人はどんな反応をするだろう。何故だかとても緊張してしまい、ドキドキ鳴る胸をおさえながら、わたしは様子をうかがった。
「「スマホ!!!!」」
箱の中身を確認した瞬間、二人同時に叫んだ。
いや、まぁ、そうなるよね。
「え、なんで!? なんでこの世界にスマホが!?」
「まだ公表していないので極秘にしていただきたいんですが……宮廷の宝物庫から出てきまして。おそらく、先代聖女の遺品ではないかと」
慌てふためく優理に、打ち合わせ通りヴェンさんが説明する。
「なるほど! 先代聖女様のスマホなのね!」
「いや、先代聖女が召喚されたのって千年前だろ!? 千年前にスマホなんてねぇだろ」
納得しかけた優理に理十が突っ込む。優理は「たしかに!」と言って目を瞬かせた。
というか、先代の聖女が召喚されたのは千年前だと知っているあたり、理十もそれなりにこの世界について勉強しているのかもしれない。
「しかもこれ、2025年モデルの最新型だろ?」
「ほんとだ!!!!理十よく気付くね」
「優理が鈍いんだよ」
ぽんぽんと言葉が飛び出す姉弟に相変わらず仲がいいなと思いながら、打ち合わせの通りわたしも口を開く。
「優理はこれが何だかわかるの?」
「そっか、エアリはスマホなんて知らないよね」
「や、でもあんた……っ」
なにか言おうとして理十は言葉を飲み込んだ。わたしが理十たちの世界の知識があることを理十は知っているけれど、それはわたしと理十だけの秘密のはず。じっと理十に視線を送れば、理十は「わかってる」とでも言いたげに視線を逸らした。
「スマホ、っていうんですねこれ」
「正式にはスマートフォン」
ヴェンさんが箱を差し出すと、理十は箱の中に入っているスマートフォンの画面に触れる。当然ながら、画面は映らない。
「充電切れかな……それとも壊れてる?」
優理が首を傾げた。
「充電してみればいいんじゃねえの?」
「でもどうやって?」
二人に先代聖女の書いた手紙を見せられればよいのだが、ヴェンさんの血筋の秘密が書いてある可能性もあるので、手紙の存在は隠しておくことになった。まぁ、そんなことは書かれていないとわたしは知っているのだけれど。
「スマホ、って、何に使う物なの?」
充電には光魔法が必要。その可能性になんとかこちらで誘導するしかない。
「んーとね、通信? って言ってもわかんないか……電話? えーっと、離れた人と会話したり、離れた人にメッセージを送ったりできるの!」
「……俺たちが使ってる蝶の魔法みたいなものですかね」
「そっか。この世界の魔導士って蝶の魔法で手紙送ってメッセージのやり取りしてるんだっけ。ヴェンが使ってるの見たことあるかも」
「即時性からすれば、メッセージアプリがそれに近いかもな」
頷く3人を見ながら、わたしは会話を進める。
「優理と理十なら、そのスマホっていうのを使うことができるの?」
「いや、1台だけあっても意味ないだろ。メッセージを受け取る側も持ってないと」
「そもそもバッテリーないしね。充電できたとしても、壊れてるかもだし」
「充電って?」
なにも知らないふりをするのって緊張する。理十には気付かれているかもしれないが、だとしてもわたしとの約束を守ってくれているようだ。
「んーー……この機械、えっと、スマホは、電気で動くから、電気が必要なの」
「電気って?」
質問を重ねれば、優理はまた首を傾げた。
「そっか、電気もわかんないよね。えっと、電気っていうのは……」
「あー…………雷のあの、バチバチってやつな」
「つまり、そのスマホってやつに雷落とせばいいってことですかね?」
「それは壊れるだろ」
ヴェンさんの言葉に理十が突っ込む。スマホに雷落としたら壊れるね。
「雷……ってことは、光属性の魔法が使えるんじゃないかな。雷落とせば壊れちゃうなら、もっと優しい光魔法を使ってみれば?」
「たしかに! エアリ天才!」
「いやそのくらい誰でも思いつくだろ。優理以外」
「理十はいっつも一言多い〜〜」
あいかわらずわちゃわちゃしている兄妹の横で、ヴェンさんがじっとわたしを見ていた。やばい、少し喋りすぎただろうか。不審に思われた?
「光属性の魔法なら優理の得意分野だろ? やってみろよ」
「えー……! でも、上手く加減できなくて壊れちゃったらどうしよう……この世界じゃ修理なんてできないだろうし」
「俺がやってみてもいいですけど……これが何なのかよくわかっていない俺が魔法をかけたら、それこそ壊してしまうかもしれませんしね……」
その理論でいけば、スマホを知らないはずのわたしが魔法をかけるわけにもいかないだろう。そっと理十に視線を送る。
「おれも光魔法はそんな得意じゃないし……壊れたら取り返しがつかない、っていうのがネックだよな」
しばらく4人で唸っていると、優理がパッと顔を上げた。
「今すぐはちょっと不安だけれど、魔法の練習もっとたくさんして、もっと上手く扱えるようになったら、わたし、やってみる。充電ってことは、このスマホに光魔法の電気を、こう、少量流し込むようにすればいいんだよね? たぶん」
「まぁ、そうなんじゃねえの?」
理十が頷けば、優理は嬉しそうに笑った。
「そうと決まれば、わたし、もっともっと魔法の練習を頑張らなくちゃ!」
そう言って右手を握りしめる優理を、理十はどこか優しげな顔で見つめている。そんな兄妹二人の様子を、ヴェンさんはじっと眺めていた。
いつも通りレイルとディナーの予定が入っている優理や、用事があるというヴェンさんと別れ、わたしはまた理十と二人で食堂に夕食を食べに来ていた。
ヴェンさんはいつも昼食や夕食時には「用事がある」と言ってどこかに行ってしまうので、なにをしているのかと尋ねてみれば、どうやらファロ副団長と一緒に食事をしているらしい。「あの人放っとくと食事忘れるんよ。どこかの団長のせいで多忙だから」とヴェンさんは苦笑いを浮かべていた。
食堂の注文口へ行き、なんとなく今日はお肉が食べたい気分だったのでBセットを注文すれば、隣で理十も同じものを注文していた。
四人席のテーブルに、理十と向き合うように座る。もちろん理十には見えていないけれど、わたしの横にはセツラ、理十の横にはイスナが座っている。
「あんたさ、スマホ、知ってんだろ」
ナイフとフォークで肉を綺麗に切り分けながら、理十がおもむろに口を開いた。
「……まぁ、ある程度は?」
理十たちのいた世界についての知識をわたしがもっていることは既に理十にバレているので、無理して隠すこともないだろう。
「そういう約束だし詳しくは聞かないけどさ……優理やヴェンには話さないの?」
「や、だって。なんで知ってるの? ってなるでしょ?、普通。そしたらわたし、こたえられないし……」
そう。普通だったら知りたいはずだ。生まれたときからずっとこの世界で生きてきたはずのわたしが、何故異世界の知識をもっているのか。
「理十は聞かないでくれているよね。ありがとう」
思ったことを素直に伝えれば、理十は少し顔を赤らめた。
「……だから、そういう約束だっただろ? おれはあんたに詳しいこと聞かないし、それを人にも話さない。そのかわり、優理を元の世界に帰す方法を探すのに協力してもらう、って」
「でもさっきちょっと喋りそうになってたのね?」
「!……あれはっ」
「ううん、大丈夫。わたしの演技に合わせてくれてありがとね」
わたしがもう一度お礼を言えば、理十は何故だか少し困ったような顔をした。
「秘密抱えすぎだろ、あんた。大丈夫なのかよ」
「理十は優しいね」
「いや、あんたが––––……今日のスマホの件だって、あんたがヴェンに、おれたちに見せるように持ち掛けてくれたんじゃねえの? いろいろ誤魔化しながら」
スマートフォンを前にしたときの会話でも思ったけれど、理十は本当に、頭の回転が速いというか、なんというか。
「そう、だよ。優理を元の世界に帰す方法を探すうえで、なにか手がかりになればいいと思って」
彼は、その濃い桃色の瞳をそっと逸らして、それから、もう一度わたしのほうを見た。
「あんたが、いろいろ自分のこと誤魔化しながらも、おれたちのために話を進めようとしてるの、見ててわかったから……正直、うれしかった」
照れながら、でもその桃色の瞳は真っ直ぐだった。思わず見つめ返してしまう。
「でも……なんていうか。あんた、女であることも、おれたちの世界の知識があることも、全部誤魔化しながら生きてるんだって思ったら」
「理十は、優理のことだけじゃなくて、わたしのことも心配してくれるの?」
理十は小さくその瞳を見開くと、
「心配するだろ、そりゃ」
わたしのほうを見ながらそう言った。
「え、」
いつものように、そんなわけないだろとか、そういうこたえが返ってくると思っていたわたしは素直に驚いてしまう。
「……なんだよ。おれがあんたを心配したらおかしい?」
実の姉を心配するのと同じように、わたしのことも心配してくれている。
「ううん……うれしい」
理十のなかでそれだけの存在になれていることが、素直に嬉しかった。
「……冷めないうちに食おーぜ」
「そうだね……!」
なんだかあたたかい気持ちになって、わたしは食事進めたのだった。
理十と別れ寮に戻ると、わたしの部屋の扉の前、壁にもたれてヴェンさんが立っていた。
「ヴェンさん?? なにかあったんですか??」
「いや……ちょっとアンタと話がしたくて……ちょっとだけでいいから、部屋に入れてくれないか?」
『追い返しましょう』
『こんな時間に女性の部屋に入ろうとするのはよくないんじゃないかなヴェン』
横にいる死霊二人の声が聞こえた。咄嗟に返答に悩んでいると、ヴェンさんは困ったように笑った。
「すぐ帰るから。……ほんの少しでいい」
「……わかりました」
隣で叫んでいる死霊二人に申し訳ない気持ちもあったが、こんな顔のヴェンさんを追い返せない。
わたしはヴェンさんを部屋に迎え入れると、パタリと扉を閉じた。ヴェンさんは部屋の奥には入ろうとせず、扉のすぐ前で口を開いた。
「聖女様やリト様にも話してたんだな。……アンタが、女だってこと」
「……わかりました?」
「男として振る舞うときは、アンタ、意識して一人称変えてるだろ?」
ヴェンさんは、相変わらずどこか複雑そうな顔で笑っている。
「……話したのは、昨日です。どうしても、嘘をつきたくない状況になって」
「……そうか。…………他に、アンタが女だって知ってるのは?」
「宮廷では、ヴェンさんと優理と理十だけです。家族も含めると、両親と、叔父と……それから、従兄…………アラルガンドの長男だけです。『エアリ・アラルガンド』である『ボク』にとっては『兄』ですけど」
「7人か。多いんだか少ないんだか……アンタの家族は、アンタのことちゃんとわかって、協力してくれてるんだよな?」
「はい」
わたしが頷けば、ヴェンさんはどこかほっとしたように小さく息を吐いた。
「それならいい。……秘密を抱えることの苦しさを、俺は知ってるから。しんどくなったら言えよ?」
「ありがとうございます」
ヴェンさんといい理十といい、どうしてわたしの周りにいる人はこんなにも優しい人が多いのだろうか。
「話はそれだけだ。こんな時間に訪ねて悪かった」
「ヴェンさんは、」
部屋を出ていくヴェンさんを引きとめるように、わたしは尋ねた。
「ヴェンさんの秘密を知っている人は?」
ヴェンさんは少しだけ驚いたような顔をすると、柔らかく笑った。
「言っただろ? 家族と村長。あとはアンタだけだよ」
そして「おやすみ」と言って、わたしの部屋から出て行った。
『こんな時間に男を部屋に入れちゃダメだよエアリちゃん! 特にヴェンは君にキスしたことだってあるんだから!』
それを言ったらセツラやイスナはどうなるんだと思ったが、死霊を生者と同じ価値観で判断するのも野暮だろうか。
『聖女の弟も……思っていた以上に危険人物だったかもしれません』
「理十もヴェンさんも優しいだけだよ」
『それが下心なんだって!!』
セツラとイスナに言われ、わたしは考えた。気づかないうちに、また『フラグ』を乱立させているのかもしれない。わたしは誰とも恋愛するつもりなんてないのに。……いや。これこそが魔王の『強迫観念』で……
『……また難しいこと考えてます?』
はっと顔を上げれば、ペリドットの瞳がわたしを覗き込んでいた。
『ごめんエアリちゃん。また騒いじゃったよね僕』
顔を覗き込むセツラの向こうに、こちらの様子を伺うイスナの碧い瞳が見える。……また二人に心配かけてしまっている。
「わたしは大丈夫。……今日はもう寝ようか」
二人は「わたしのしたいようにしていい」と言ってくれているのだから。
わたしはもっと、自分自身にちゃんと向き合うべきなのかもしれない。
翌日から、優理は毎日のように屋内訓練場に顔を出すようになった。もちろん、理十も一緒だ。
今までも熱心に魔法の特訓をしていたけれど、ヴェンさんにお願いして、特に光属性の魔法の特訓を中心に練習スケジュールを組んでもらい、今まで以上に熱心に練習に取り組むようになった。横で優理と一緒に魔法の練習をしながら、理十はそんな彼女の様子を見守っていた。
もちろん、レイルの機嫌を損ねないように、レイルとのランチやディナーの時間は厳守している。「言うこと聞いてればレイルは怒らないから」と笑いながら優理は言った。
そんな日々が、一ヶ月ほど続いて。
「できた……!」
優理の明るい声が屋内訓練場に響き渡る。
優理は、ピンクゴールドの杖を右手に握ったまま、左手に持ったガラス瓶を自分の目の高さまで持ち上げた。
ガラス瓶の中では、ガラス瓶におさまるギリギリの大きさの光の塊が輝いていた。
「完璧です。大きすぎず小さすぎず……光魔法の加減のコントロール、すっかり上手になりましたね」
ヴェンさんが感心したように褒めれば、優理は「えへへ」と嬉しそうに笑った。
「最初は魔力詰めすぎて瓶割りまくってたのにな。……今では光属性の魔法に関しては、おれよりもコントロール上手いんじゃねぇの?」
「え、理十に褒められた! 理十がわたしのこと褒めるとか……明日は大雨かな!?」
「……もう二度と褒めねぇ」
「嘘だってば!!ごめん理十!!もっと褒めて!!」
相変わらずわちゃわちゃと仲睦まじい姉弟の様子を見守りながら、わたしはヴェンさんに視線を送った。
ヴェンさんは頷くと、口を開く。
「聖女様……レイル殿下とのランチが終わったら、このあいだの部屋に来ていただけませんか?」
ヴェンさんの意図を察し、優理は真剣な表情で「わかった」と頷いた。
「俺がやってみてもいい?」
そう言うと、理十は土属性の魔法を唱え、空き部屋の扉に内側からガチャリと鍵をかけた。
「さすがリト様。一か月で施錠の魔法を習得されてしまったのですね」
ヴェンさんが感心したように声を上げる。
「毎日毎日魔法の特訓する優理に付き合ってたからな。優理が光魔法練習してる間、おれもいろいろと便利そうな魔法を練習してみた」
「理十って昔からなんでも器用だからなぁ」
「優理だってこの一か月で光魔法すごく上手くなったよね! 今からそれを実践するんでしょ?」
わたしがそう言えば、優理の表情がパッと明るくなる。
「ありがとうエアリ! 見ててね。特訓の成果を発揮してみせるから!」
ヴェンさんが取り出した銀色の小さな箱。蓋を開ければ、魔法の飛び交うこの世界に似つかわしくない、小さな科学の結晶。
優理はそれを……スマートフォンを、そっと箱から取り出した。
緊張しているのか、小さく息を吐き出してから、優理はピンクゴールドの杖を構えた。
「今からこのスマホに、光魔法をかけるよ。……いい?」
確認をとるその声はどこかかたかった。ヴェンさんが頷けば、優理は静かな声で詠唱を始めた。
光属性の魔力がスマートフォンを包んでいく。優理が詠唱を続ければ、端末の表面を包んでいた魔力が少しずつ、染み込むように浸透していくのを感じた。
優理の緊張が伝わってきて、わたしまで緊張してきてしまう。
先代聖女の遺品であるスマートフォン。北の地で見た、軽すぎるノリの遺書を思い出す。千年前、婚約者の王子の傍若無人な態度に耐えきれず、平民の男と駆け落ちし逃げ出したという彼女は、ヴェンさんの先祖だという彼女は、いったいどんな人物だったのか。このスマートフォンの中身を見ればわかるかもしれない。
やがて、真っ黒だった画面に、ぽん、と白い光が灯った。
「ついた……」
理十が小さく呟く。優理は大きく目を見開きながらも、そのまま詠唱を続けた。待ち受け画面が表示される。映っていたのは小さな男の子だった。背景に近代的なものは映っていないので、この世界で撮られた写真だろう。……どこか、ヴェンさんの面影がある気がする。
『なんかプレートが突然光ったかと思ったら人の顔が映ったんだけど!』
『光魔法のように見えますが……あなたの世界に魔法はないんですよね?』
わたしの隣から、イスナとセツラの驚いた気配が伝わってくる。
優理はそのまま詠唱を続け、スマートフォンの充電が80パーセントをこえたところで詠唱をやめた。
「うそ……ほんとに、わたしの魔法でスマホ充電できちゃった……」
「これが『スマホ』ですか……? プレートに急に人の顔が映し出されましたが……」
優理の左手に握られたスマートフォンを、ヴェンさんはしげしげと見つめている。
「これは写真っていって……えっと」
優理が首を捻っていると、理十が小さくため息をついて口を開いた。
「人の顔を映し出してそのまま記録として残す、みたいな? この世界にだってそういう魔法はあるだろ」
「それはまぁ……よりリアルな肖像画を描くために、魔法で顔を映し出すという方法もあるにはありますが……」
「これは魔法じゃないけどね。わたしの世界に魔法はないから。魔法じゃなくて、科学!」
そう言いながら、優理は右手に握っていた杖を近くのテーブルに置くと、慣れた手つきで、スマホの画面を人差し指指で上にスライドした。
「ロックかかってない……」
「誰かに使ってもらうこと前提で宝物庫に残したのかもしれないな」
理十の鋭い指摘に思わずどきりとしながら、わたしはおそるおそる、スマートフォンの画面を覗き込んだ。




