Trio
ようやく共通ルート終わりました!!!!
次回から分岐します!!!!
「エアリ、もう行くのか?」
週末のお昼過ぎ。アラルガンドの屋敷の自室から廊下に出ると、わたしの様子を見にきたらしいツヅミお兄ちゃんに声をかけられた。
「うん。明日の朝からまた宮廷で魔法の特訓だし……ツヅミお兄ちゃんも、もう学校の寮に戻るんでしょ?」
「オレも明日は朝から授業だからな」
わたしは、ツヅミお兄ちゃんの胸元を見た。首元にわずかに見える銀色のチェーン。服に隠れているけれど、その先には今もあのペンダントがあるはずだ。
「気をつけてね。なにあったらすぐ宮廷のわたしのところまで手紙を出して」
「お前こそ……あの『蝶』のメッセージ、便利だな。なにかあったらすぐにメッセージ飛ばせよ。……オレは魔法使えないから、すぐ返事返せないのが心苦しいけど」
「うん、わかった。……また来週末に会おうね」
ツヅミお兄ちゃんのことは心配だけれど、学校の寮にいる分には大丈夫なはず。ペンダントから魔王が現れるトリガーはきっと、『リタルダンド』か、『わたし自身』だと思うから。
「ああ。また来週な」
笑顔で手を振って、わたしはアラルガンドの屋敷を出た。
屋敷を出ると既に馬車が用意してあって、ツヅミお兄ちゃんが乗るのかなと素通りしようとすれば御者にとめられ、わたしのためにツヅミお兄ちゃんが準備した馬車だと言われたので、わたしは大人しくアラルガンドの馬車で宮廷に戻ることにした。
宮廷に戻ってすぐに団長の執務室に行ったけれど、週末ということもあってファロ副団長は留守だった。ちゃんと奥さんのもとへ帰れているみたいで安心した。明日も朝から仕事だろうし夜には帰ってくると思うけれど、さすがに執務室には来ないだろう。帰還の挨拶は明日の朝にすることにして、わたしはそのまま寮の部屋へと歩き出した。
約1か月ぶりに戻ってきた寮の自室。リタルダンドの自室よりもアラルガンドの自室よりもずっと狭いその部屋に、何故かわたしは心が落ち着くのを感じた。『日常』に戻ってきた感じがする。
「これが日常だなんて、変なの」
わたしは18年間、リタルダンド家の子爵令嬢として過ごしてきたはずなのに。男装をしてリタルダンドの屋敷を飛び出してからの2か月間は、わたしの今までの人生の中で、経験したこともないほど濃い2か月間だった。
セツラの言葉で魔導士になることを決意したわたしは、魔法学校の編入試験でサクリに目をつけられ宮廷魔導士見習いになった。サクリとの決闘で第一王子の死霊のイスナと眷属関係になったり、北の遠征任務でヴェンさんの秘密を知ったり、久しぶりに実家に帰ればツヅミお兄ちゃんが魔王に乗っ取られたり、本当にいろいろあった。宮廷では、今代聖女である異世界転移者の優理や理十とも出会って、理十とは「優理を元の世界に帰す方法を一緒に探す」と約束した。それから、優理に告白されて–––––––
「優理になんてこたえよう」
ぼふっとベッドに寝転がる。真っ直ぐに思い伝えてきた彼女。真っ直ぐにわたしを見つめる、濃い桃色の瞳を思い出す。
『彼女は、あなたに思いを伝えてすっきりしたかっただけでしょう? あなた自身になにかを求めているわけではないも思いますが』
『優理ちゃんが「男の子」としての君を好きになっちゃったことに、エアリちゃんは罪悪感を感じてるんだよね』
イスナはたぶん椅子に座っていて、セツラはたぶんベッドの端に腰掛けている。わたしはベッドの上で仰向けに寝転がっているので、彼らの姿は見えない。
「優理は、『対等な関係として呼んでくれた』って言ってくれたのに、わたしは彼女を裏切っている気がして」
自分で言っておいて、『裏切る』という言葉に胸が痛んだ。
「…………優理に、わたしが女性だって明かすリスクは、どのくらいだと思う?」
そう聞けば、セツラは少し間をあけてからこたえた。
『彼女、隠し事が苦手そうですからね』
『彼女の魔法に関しての教育係をやってるのって主にヴェンでしょ? ヴェンにはもうバレてるし、サクリはそういうの無関心だと思うから、いちばんバレたらまずいのは……第二王子のレイルじゃない?』
イスナの言葉に、わたしは彼のくすんだ碧眼を思い出した。優理と一緒に図書館で勉強していたわたしを睨みつけ、優理を床に突き飛ばした第二王子。
『……「第二王子」という立場さえなければ、彼なんていつでも消せるんですけどね』
『気持ちはわかるけど、レイル消したらサクリが第一王位継承者になっちゃうよ? それはそれでやばくない?』
相変わらず物騒なことを言い出す二人につられて、わたしも考えてみた。レイルとサクリ、どちらが王位を継いだほうがマシか。……微妙なところだ。
「わたしが女性だってわかって、逆にレイル殿下の敵意が薄くなる可能性はないのかな」
図書館で絡んできたレイルは、わたしに対して『自分の婚約者候補にちょっかいを出してくる「男」』として敵意を向けていたはず。
『どうかなぁ……レイルってあんまり頭良くないからさ、弱み見せたらこれみよがしにつけこんでくる気がしなくもないけど』
イスナの反応はあまりよくない。
「……でもセツラ、言ってたでしょ。男装を提案したときに。『実績を上げてから女性だと明かすのもそれはそれで面白そう』って」
最初から、『エアリ・アラルガンド』という男は……『男』としての『わたし』は、期限付きなのかもしれない。
「今はまだそのタイミングじゃないって、わかってるよ。でもわたし、優理には……」
そこから先は、言葉にすることを躊躇った。セツラとイスナは必死にわたしの秘密を守ろうとしてくれているのに、わたしはヴェンさんにも女性であることを伝えてしまったし、優理にも『伝えたい』と思ってしまっている。
『あなたがそれで、傷つかないなら』
静かに告げたセツラの言葉に、わたしは思わずベッドから起き上がった。私のすぐそば、ベッドに腰掛けていたセツラと目が合う。
『あなたのことは私が守りますから。話したほうがあなたが苦しまずに済むのなら、話してください』
セツラは、いつだって、わたしをいちばんに優先してくれる。ありがたく思うと同時に、だけどどうしても、切なくなってしまう。
「わがままでごめんなさい」
セツラはふわりと笑う。
『あなたは、あなたが思う「最善」を選べばいいんですよ。何があっても私が守りますから。たとえ、世界を敵に回しても』
ペリドットの瞳が真っ直ぐにわたしを見ている。その瞳は本気だった。
『僕だってそうだよ。前も言ったけどさ、この世界に「生きている」のはエアリちゃんなんだから。エアリちゃんの選択を、僕は守りたいって思うよ』
セツラの向こう側、椅子に座ったイスナの碧眼と目が合う。二人のためにもリスクのある選択はしたくないと思うけれど、わたしがリスクのある選択をすることができるのも、間違いなく二人のおかげだった。
「ありがとう。……もう少しだけ、考えてみる」
二人が守ろうとしてくれるわたしの意志を、わたしも大切にしたい。
翌朝。執務室の椅子で、長い足を組んで座っていたのは、ほとんど白に近い色素の薄い金髪を優雅に靡かせた人物。
「やあ、エアリ・アラルガンド。随分長い休暇だったみたいだけれど」
そう言って彼は、無造作に波打った長い前髪を耳にかけた。氷のように冷たいアイスブルーの瞳がわたしを見ている。
「そこ、ファロ副団長の席だと思ってました」
「まぁ、ぼくよりもファロが座っていることのほうが多いだろうね」
わたしの失礼な言葉に気分を悪くするわけでもなく、貼り付けたような笑顔で彼は笑った。
「君と会うのは3週間ぶりかな? 今までなにをしていたの?」
「また透視の魔法で見ていたんじゃないんですか?」
「ぼくだって暇じゃないよ」
『仕事もせずにほっつき歩いてるくせに何言ってんの』
隣でぼそりとイスナが呟く。
「ヴェンさんの実家に行ったり、ボクの従妹の家に行ったりしてました」
「ヴェンの実家に行った話はヴェンから聞いたよ。村を救った英雄として、随分歓迎してもらったみたいだね」
自分の長い髪を指に巻き付けながらサクリはにっと笑う。皮肉のつもりなのだろうか。
「それで? 従妹の家……というと、リタルダンド子爵家のことかな」
「随分とお詳しいんですね」
「この程度はね。そういえば、リタルダンド子爵家の娘は成人を迎えても社交界に顔を出さないそうだけれど。元気にしていた?」
どくりと心臓が跳ねた。極力悟られないように平静を装って「はい」とだけ返せば、「そう。まぁ、興味ないけどね」と返ってきた。本当に興味なさそうな顔をしていたので、わたしのことを勘付いたわけではなさそうだ。
「サクリ殿下はいつもどこでなにをしていらっしゃるんですか?」
「ぼくに興味がある?」
「いいえ」
「正直だね」
はっ、と彼は笑った。彼の笑顔に今日初めて温度を見た気がする。
「でも君、ぼくを警戒しているよね?」
面白そうにわたしの顔を覗き込むアイスブルーの瞳に、思わず背筋がぞくりとする。
「警戒なんて……」
『してるに決まってますよね』
ずっと黙っていたセツラが口を挟む。思わず苦笑いを返してしまうと、サクリがすっと目を細める。
「『秘密』は自ら暴いたほうが楽しいからね」
口角を上げ、唇に弧を描く彼の笑顔のゾッとする美しさに、わたしは思わず視線を彷徨わせた。
ふと、彼がわたし越しに執務室の扉に目を向けた。誰かが歩いてくる足音が聞こえて、ガチャリと扉が開く。
部屋に入ってきた人物の、暗い赤色の瞳と目が合った。
「エアリか。戻ってたんだな……って」
ファロ副団長はサクリの姿を捉えると、みるみるうちに目を見開く。
「サクリ団長? どうしてこちらに?」
「ぼくの執務室にぼくがいることになにか疑問がある?」
「いえ……そんなことは……」
ファロ副団長の驚きように、サクリが宮廷魔導士団長の執務室にいることは本当に珍しいのだなと実感した。
「エアリの様子を見に来られたんですか?」
「それだけじゃないけどね」
サクリの表情は元の貼り付けたような笑顔に戻っていた。それだけじゃないってことは、それもあるってこと?
「ファロ副団長、休暇ありがとうございました」
当初の目的を思い出したわたしは、慌ててファロ副団長に挨拶した。
「家族とゆっくり過ごせたか?」
「はい。ありがとうございます」
わたしがそうこたえれば、彼はふっと優しく微笑んだ。……普段クールな人の微笑みって、なかなかの破壊力だ。
「団長はぼくなんだけどね。そろそろ訓練場に行ってあげたら? ヴェンが待ってるんじゃない?」
サクリはそう言って目を細める。……ヴェンさんの故郷の村での出来事を、彼はどこまで知っているのだろう。
「そうですね。……それでは、失礼します」
二人に頭を下げて、わたしは執務室をあとにした。
屋内訓練場の前の広場には、今日も朝から走り込みをしている屈強な魔導士たちが何人かいた。
「魔導士って結構体力仕事なんだね」
5日間馬をかっ飛ばしたり。1週間森の中を歩き回ったり。北の遠征任務で思い知った。
『あなたにはそれをカバーできるだけの魔法の技術があるでしょう? 任務中だって、上手く回復魔法をかけてたじゃないですか』
「それはだって……屈強な成人男性と同じペースで森徘徊してたらしんでしまう……」
本当は回復魔法には光属性か闇属性が効果的なのだが、今のわたしはどちらも苦手なので、水属性の魔法でヒーリングした程度だけれど。
『サクリの隊に連れて行かれなくてよかったよね。あそこがいちばん強行だったらしいから』
イスナの言葉にわたしは全力で頷いた。とめてくれたヴェンさんとファロ副団長に感謝だ。
「お、来たな。エアリ」
屋内訓練場に入ると、何人かの魔導士を風魔法で吹き飛ばしているヴェンさんがいた。…………何事?
「サクリ団長に俺の訓練は生ぬるいって言われたからな。実戦訓練してた」
ヴェンさんが翡翠色の杖を下ろすと、吹き飛ばされていた魔導士たちは「鍛え直してきます!」と言って広場のほうへ出て行った。
「ヴェンさんは相変わらず強いですね」
「ここに来て1か月で団長と決闘したアンタに言われてもな」
訓練場の奥にいるヴェンさんに歩み寄って「ただいま戻りました」と報告すれば、ヴェンさんは「おかえり」と優しく笑ってわたしの頭を撫でる。
「実家に戻ってたんだって?」
「はい……リタルダンドに」
周りにヴェンさん以外いなくなったことを確認してそう伝えれば、ヴェンさんは小さく目を見開いた。
「そうか……アンタ、リタルダンド子爵家の令嬢か」
「はい。エアリ・リーン・リタルダンドです」
「貴族だったんだな」
「貴族って言っても貧乏貴族で。アラルガンドよりお金ないし」
ヴェンさんのブラウンの瞳がどこか寂しそうに翳ったのを見て、わたしは咄嗟に言い繕った。
「貴族のお嬢様が、こんな男所帯で、一人で寮暮らし頑張ってんだな。サクリ団長なんかに目つけられて」
そう言ってヴェンさんはまたわたしの頭を撫でる。
「わたしが頑張れてるのは、ヴェンさんがいてくださるからです」
ヴェンさんがわたしの教育係で本当によかったと思っている。素直にそう伝えれば、ヴェンさんは大きく目を見開く。
「アンタさぁ……俺にキスされたの忘れたわけ?」
ブラウンの瞳がぐっと近づく。真っ直ぐな瞳にどうこたえればいいのかわからなくて、わたしは数回瞬きした。
「無防備すぎ。これからも宮廷魔導士としてここでやってくんだろ?」
動かないわたしを見て、ヴェンさんは呆れたように、けれど優しく笑った。ブラウンの瞳が遠ざかる。
「魔法の特訓すっか。さっきの奴らにやってたよりも、もっと高度なやつをさ」
そう言って、ヴェンさんは翡翠色の杖を持ち上げた。それにこたえて、わたしも上着の内ポケットから桜の木の杖を取り出した。
『ていうかさ、今のところ「そういう面」でいちばん危険なのはヴェンだよね。生きてる人間の中では』
午前中の訓練を終え、寮の食堂で一人昼食を食べていると、テーブルを挟んだ向かいの空席に座っているイスナが呟いた。
『あなたを「異性」として見ているという点では、あなたの従兄もなかなかですけど』
「ツヅミお兄ちゃんのこと? ツヅミお兄ちゃんはツヅミお兄ちゃんだよ」
わたしの隣の空席に座るセツラは難しそうな顔をしている。あはは、とイスナが笑った。
『エアリちゃんってさ、聡いのか鈍いのかよくわかんないよね』
「えー。自分に向けられた感情に鈍い天然系主人公はわたしのキャラじゃないと思うんだけどなぁ」
周りに怪しまれないように小声で会話をしていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。顔を上げれば、くすんだ薄紅色の髪をした少年が立っていた。
「久しぶり」
「理十! 久しぶり。元気? わたしになにか用事?」
「用事っていうか……ヴェンにあんたはここにいるって聞いて」
理十は椅子を引いて当然のようにわたしの向かいに座ろうとしたので、イスナが慌てて横にずれる。
「はじめての遠征任務だったんだろ? どうだった?」
「魔獣たくさん倒してきたよ……そういえば」
ヴェンさんの故郷の村で見つけたスマートフォンは、優理を元の世界に帰す手掛かりになるだろうか。そう思ったけれど、ヴェンさんの秘密を勝手に理十に話すわけにはいかない。
「なに?」
「……ううん。落ち着いたら、優理を元の世界に帰す方法、いろいろと探っていきたいなと思って」
「おぼえててくれたんだ」
「あたりまえじゃん」
理十は少しうれしそうに笑った。
「そういえば、あんたが遠征任務に出掛けてから、優理ちょっと様子がおかしかった。窓の外眺めてぼーっとしてることが増えたっていうか。いつもあんなに五月蝿かったのに」
あんたのことそんなに心配だったのかな、と理十は首を傾げた。わたしな、薔薇園での彼女の笑顔を思い出していた。
「あとで優理にも会ってみるよ。今はレイル殿下とランチ中だよね?」
「ああ。優理も喜ぶと思う。おれもここで昼飯食べよっかな。なんか持ってくる」
そう言って注文口に向かった理十を見送りながら、わたしは優理のことを考えていた。
午後の訓練が終わり、わたしは優理を探して宮廷を彷徨い歩いていた。いつも寮と訓練場と団長の執務室くらいしか行かないので、宮廷の内部構造は全く把握できていない。迷子になりそうになる度に、イスナが助けてくれていた。
寮と訓練場と執務室以外でわたしが行ったことのある場所といえば––––––……
「優理」
夕日の差し込む一人きりの図書館で、彼女は静かに机に向かっていた。優理は顔を上げてわたしの姿を捉えると、ぱっと顔を輝かせる。
「エアリ! 帰ってきてたんだ! おかえりなさい!」
うれしそうに満面の笑顔をわたしに向ける優理は、目を逸らしたくなるほど眩しかった。
「遠征任務はどうだった? 怪我とかしてない?」
「ボクは大丈夫だよ、優理。ありがとう」
「よかった」
優理はほっとしたように微笑む。彼女の手元を見れば、この国の歴史に関する本が広げられていた。
「優理はこんな時間までこの国のことを勉強していたの?」
「うん。わたしこれでも一応、この国の聖女だから」
そう言った優理の笑顔が翳ることはなく、わたしはそれが逆に心配になった。
「優理は…………元の世界に帰りたい、って思わないの?」
わたしと言葉に優理は目を見開き、その表情から、一瞬––––––ほんの一瞬だけ、笑顔が消えた。
「帰りたいよ。でも、この世界にはエアリがいるから」
次の瞬間には、彼女はまた笑顔を浮かべていた。そんな彼女に、わたしはやっぱり、伝えなくてはいけないと思ってしまった。
「あのね、優理。このまえのことなんだけど」
「あ、気にしなくて大丈夫だよ。わたしが伝えたかっただけだから。困らせてごめんね」
そう言って笑う優理の手を、わたしは思わず握りしめていた。今度こそ驚いた表情を浮かべて、彼女の濃い桃色の瞳がわたしを見た。
「エアリ……?」
「ボク……ううん、わたし、」
心臓が嫌な音を立てている。好きになった相手が本当は女だと知ったら、彼女はどう思うだろう。
でも、だからこそ、言わなくちゃ。
「わたし、本当は女の子なの」
「え?」
濃い桃色の瞳が、みるみる見開かれていく。今にもこぼれ落ちてしまいそうなほどに。
「……ほんとだ。エアリ、女の子だ。そう言われてみれば、そうとしか見えないのに……不思議」
優理は見開いた桃色の瞳でまじまじとわたしを見た。わたしは目を合わせていられなくて、そっと目を閉じる。
「ごめんなさい、優理。わたし、」
「でもわたしは、やっぱりエアリが好きだよ」
わたしは思わず閉じた目を開いた。
優理は笑っていた。
「エアリが男の子でも女の子でも関係ない。わたしは、エアリのことが『好き』」
「それは」
「もちろん、恋愛的な意味でだよ」
夕日に照らされた彼女の笑顔があまりにも美しくて、静かに心臓が跳ねた気がした。
「エアリが女の子であることを知っている人は他にもいるの?」
「宮廷には、ヴェンさんだけ」
「そっか。じゃあ、ヴェンとわたしと、3人だけの秘密だね」
そう言って優理は、わたしの手を握り直す。––––––……あぁわたしは、彼女をあまく見ていたのかもしれない。
『ごめん。言い出せる雰囲気じゃなくてずっと黙ってたんだけどさ』
『もう一人いますよ。この部屋に』
「え、誰!?」
死霊二人の言葉に驚いて、わたしは思わず声を上げてしまった。そんなわたしの声にまた驚いたのか、本棚の向こうからガタリと音が聞こえた。
「誰かいるの?」
優理が椅子から立ち上がる。
本棚の後ろから現れたのは、優理によく似た髪色と、瞳の持ち主。
「あんた……女だったのかよ」
その濃い桃色の瞳は、驚愕に満ちていた。
「なんだ理十かぁ。よかった……」
自分の弟に聞かれていたことをそれほどおおごととして捉えなかったらしい優理は、ほっとした様子で理十に近づいていく。
「じゃあこのことは、理十とヴェンとわたしとヴェンさんの、4人だけの秘密だね。……理十?」
優理が理十の顔を覗き込む。
「どうしたの? 顔真っ赤……って、え、もしかして」
「な!」
理十は慌てた様子で優理の口を抑えようとしたけれど、一歩遅かった。
「理十がわたしの恋のライバルってこと!?」
「うるさい!!」
優理の言葉に理十が勢いよく叫ぶ。
「なに言ってるのかわかんねぇよ」
「でも顔赤い」
「夕日のせいだろ!!」
どこかの名探偵が映画で言っていたような台詞を叫んで、彼は俯いた。
「あんたが女だなんて、おれ全く思ってなかったから…………おれ…………」
「もう! 男の子でも女の子でも、エアリはエアリでしょ?」
「なんで優理はいつもそうなんだよ!」
バッと顔を上げた理十。その濃い桃色の瞳と目が合った。
「エアリ」
彼は小さな声でわたしの名前を呟いた。彼に名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
「おれ、あんたのこと信じていいんだよな?」
その桃色の瞳は揺れていた。
「隠していてごめんなさい。でも、約束は守るから」
わたしの言葉に、彼は顔を赤くしたまま、どこか困ったように小さく笑った。
寮の自室に戻ってくると、わたしはそのままベッドにダイブし、枕に突っ伏した。
「は〜〜〜〜〜〜!! つかれた!!!!」
『一か月ぶりの魔法の特訓お疲れさま、エアリちゃん』
「魔法の特訓というかなんというか…………今日一日でいろいろあった……」
『すみません。図書館でのこと…….あなたがあまりにも真剣な表情で聖女と向き合っていたから、なかなか言い出せなくて』
「それはいいよ……優理にバレたら理十にバレるのも時間の問題だった気がするし……ありがとうセツラ」
枕に突っ伏したまま、わたしはもごもごと喋る。
抱え込んだ事情が、解決すべき問題が、わたしにはたくさんあるような気がする。まずは、なにから考えるべきか……
ごろんと寝転がってベッドに仰向けになり、もう見慣れてしまった白い天井を眺める。まるで乙女ゲームに出てくる個別ルートへの分岐のようだと思いながら、わたしは考えた。
今、わたしがいちばん気になるのは––––––……
①ヴェンさんの先祖である先代聖女や、今代の聖女である優理・その弟の理十を元の世界に帰す方法について
→ヴェン・リトルートへ
②宮廷の事情や、イスナやサクリ、レイルなど、王子たちの関係、8年前のイスナの死や、わたしに好奇の視線を向けてくるサクリについて
→イスナ・サクリルートへ
③ツヅミお兄ちゃんの身体を乗っ取ろうとした魔王や、セツラがわたしに隠している秘密について
→セツラ・ツヅミルートへ




