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12/14

variato

今回はツヅミの話

「実家に帰りたいと言っていただろ? 一週間休暇をやるから、ゆっくり休め」


 宮廷に帰るなりファロ副団長にそう言われたわたしは、とりあえずアラルガンドの屋敷に帰ってきていた。今日は特に週末というわけでもないのでツヅミお兄ちゃんは学校に行っていて留守である。

「そもそもヴェンさんの村に滞在してた1週間も休暇みたいなものだったのに、さらに1週間も休暇をもらってしまってこれじゃあちょっと早い冬休みだわ」

 わたしは自室の机で頬杖をついてこの1週間をどう過ごすべきか考えていた。

『リタルダンドのお家に帰ってご両親のお顔を見てきたいんだっけ?』

「そうなんだけど……でもちょっと心配で」

 机の近くのベッドに腰掛けるイスナは首を傾げた。

『サクリ殿下の透視魔法ですか?』

 ベッドの反対側のソファに座っているセツラが言う。わたしは頷いた。

「アラルガンドの次男が一人でリタルダンドの屋敷を訪ねるのって変だよね?? リタルダンドの一人娘は『留守』なのに」

 サクリはアラルガンドの家族構成を把握しているくらいだから、リタルダンドの家族構成だって把握しているはずだ。両親と親しげにしている様子を見られたら、なにか勘付かれるかも。

『サクリも年がら年中透視してるわけじゃないと思うけどね。あいつ仕事はしないけど、国中飛び回ってて忙しそうだから』

「……そういえばわたし、週末はアラルガンドの屋敷で普通にお風呂入ってるし、寮でも寝るときはサラシ外してるけれど、そのタイミングで透視されたらやばい??」

 遠征任務のときにセツラとイスナにテントの外で見張ってもらったのは「サラシを解いたわたしの姿を他人に見られないため」だったはず。

『まぁ…………正確にいえば、見られるくらいなら大丈夫なんですよ。私の光魔法の認識阻害は視覚的なものなので。……あなたの裸体なんて誰にも見せたくないですけど』

「…………触れられたらアウトってこと?」

 眉間に皺を寄せるセツラに尋ねれば、彼は真剣な表情で頷いた。

『そんなこと、させませんけどね』

『でも透視魔法ってやばいね。プライバシーの侵害すぎない? 規制すべきだよ』

 イスナの言葉にわたしは全力で頷く。いつどんなところを見られているかもわからないなんて、恐ろしすぎる。たとえば、もし先日の、ヴェンさんとのあんな場面を見られでもしていたら––––––……

『そもそも、透視魔法なんて高度な魔法を使える魔導士は限られているんですよ。……あとは、胸部に布を巻き付けるあなたをもし透視していたとして、サクリ殿下がどう認識するかですね』

 セツラは深くため息を吐いた。

『今のところサクリが気付いている様子はなさそうだけどね。このまえ言ったけどさ、サクリはたぶん性別とかどうでもいいと思ってるタイプだから』

 本来なら、王子に身分を偽って宮廷に入るとか、不敬罪とかいろいろ罪に問われるはずだけどね、とイスナは笑った。ヴェンさんにはああ言ってしまったのに、もし何のお咎めもなかったとして、それもそれでこわいのだけれど。どうすればわたしは彼の興味から逃れることができるのだろう。

「一度女性だと認識すれば魔法は効かなくなるんだよね?」

『そうですね。疑惑ではなく「確実に女性だ」と気付いてしまえば。あとは、最初からあなたを女性だと知っている人間にも魔法は効きません。それこそ、ツヅミや、あなたの叔父、ご両親などですね』

 セツラが挙げた名前を聞いて、わたしは考えた。

「実家への帰省、週末まで待ってツヅミお兄ちゃんについてきてもらうとかはどうかな? アラルガンドの息子二人で訪ねたら、なにかちゃんとした用事があるように見えたり…………しないかな?」

『まぁ、一人で訪ねるよりは違和感ないかも? それこそ、君の叔父さんに相談して、ちゃんとした「用事」を作ってもらえばいいんじゃない?』

『ちゃんとした用事を作るのなら、それこそあなた一人でもよいのでは? 兄は学校に寄宿しているから都合がつかなかったのだと察するでしょうし』

「うーん……それもそうかもしれないけれど……とりあえずツヅミお兄ちゃんに連絡してみようかな……」

 セツラはあからさまに嫌そうな顔をしていたけれど、一人きりで約2か月ぶりに両親と会って、『伯父・伯母と甥』の距離感で関われる自信がなかった。ツヅミお兄ちゃんと一緒に行動すれば、彼に倣って両親との距離感も保てるだろうし、わたしも少しは冷静でいられる気がした。

 わたしは杖を取り出し水魔法を唱えると、水属性の魔力を具現化し、レターサイズの青い紙を作り出した。宙に浮く青い紙に、杖で「週末はリタルダンドの実家に帰るのに付き合ってほしいから予定を入れないでほしい」という旨のメッセージを書くと、窓を開けて、紙を蝶の形にして空へと飛ばす。

「ツヅミお兄ちゃんは魔法使えないから返事は来ないだろうけど……」

 もし手紙を出してくれたとしても、魔法で飛ばすメッセージとは違い届くまで時間がかかるので、その前に週末が来てしまうだろう。

 そう思っていたのに。



「エアリ! 遠征任務終わったんだな!」

「ツヅミお兄ちゃん!? え、学校は!?」

 ツヅミお兄ちゃんが帰ってきたのは翌日の昼過ぎだった。もちろん、週末にはまだ早い。

「お前が飛ばしてくれたメッセージで、お前が遠征任務から戻ってきたって知って、顔が見たくて帰ってきた」

「授業は?? いいの??」

「今期の必要な単位はほとんど取り終わってるからな」

 エントランスで出迎えたわたしを、ツヅミお兄ちゃんは頭から足元まで見て、「怪我はないな」と言って笑った。

『エアリちゃんが屋敷にいるの知って急いで帰ってきたってこと?? あいかわらず過保護というかなんというか』

『彼の通っている経済の学校から、今日の朝出発したとして半日で……公共の馬車でも乗り継いで来たんですかね』

 イスナとセツラはそんなツヅミお兄ちゃんを見て若干呆れていた。


 リビングのソファで二人向き合って座っていると、メイドが二人分の紅茶を持ってきてくれた。一口飲むと、ツヅミお兄ちゃんは口を開いた。

「遠征任務、危ないことはなかったか?」

 わたしもティーカップに口をつけて、少し考えてからこたえた。

「特には……村を襲ってた大きな魔獣が、ちょっとだけ厄介だったけど」

「村を襲って!? 大丈夫だったのかそれ」

「大丈夫だよ。わたしとファロ副団長で全部倒したし」

 わたしは笑ってこたえたけれど、ツヅミお兄ちゃんは、はーっと大きなため息を吐いた。

「これからも、そんな危険な任務に出向くことになるのか?」

「それはまぁ……『千年に一度の大厄災』も近づいているし、各地方の魔力元素も安定しなくなってきているから……」

 こういった任務もこの先増えていくのではないか、と言えば、ツヅミお兄ちゃんは顔を顰めた。

「それ、お前が行く必要あるのか?」

「わたしの力が必要とされているなら、わたしはこたえたいよ」

「………………」

 ツヅミお兄ちゃんは黙ってしまった。心配してくれているのだと、痛いほど伝わってくる。

「心配かけてごめんなさい」

「いや…………オレはさ、お前が北の地に魔獣退治に行くって聞いて、ここ一か月勉強に身が入らなくて」

「……うん」

「オレがお前を心配してるってこと、わかってくれてるならそれでいいよ」

 ツヅミお兄ちゃんはそう言って、困ったように笑った。心配をかけているのはわかっているけれど、『行かない』という選択肢はわたしには選べない。

「それで? リタルダンドの屋敷に帰るんだっけか」

 紅茶を一口飲むと、彼は話題を変えた。わたしは頷く。

「そう! アラルガンドの次男が一人で行くのも変かなと思って、ツヅミお兄ちゃんにもついて来てほしくて」

「お前二か月くらい帰ってなかったもんな。手紙は出してる?」

「出してない……」

 わたしがそうこたえれば、ツヅミお兄ちゃんは目を見開いた。

「そりゃ絶対心配してるだろ。手紙くらい出してやれよ」

「だってサクリ殿下の透視魔法が……」

「透視?」

「や! なんでもない!!」

 慌てて首を振るわたしを、彼は訝しげな目で見つめる。

「お前、監視されてるのか? サクリ殿下って、お前を宮廷魔導士に引き抜いたやつだろ?」

「うーーーーん……サクリ殿下は透視の水魔法が得意だから……!!『もしかしたら』って、警戒してて!!」

「大丈夫なのかよそれ。お前が女だってバレたら」

「大丈夫!! わたしも認識阻害の魔法とか、いろいろ使ってるから!!」

 手紙は文字を書くから、透視魔法で内容を見られてしまうかもしれない。その可能性を考えたのもあって、わたしは両親に手紙を出すこともできずにいた。だからこそ、直接会って話がしたい。

「お前本当に……ギリギリの状態を過ごしていないか? オレも宮廷について行くことができたらな……」

「わたしは大丈夫だよ、ツヅミお兄ちゃん」

 ツヅミお兄ちゃんには言えないし、見えないけれど、今もわたしの両隣には、セツラとイスナが座っている。わたしは一人ではないのだから。

「お願いだから……オレには全部話してくれよ。本当に、お前が心配なんだ」

 そう言った彼に、わたしは笑って返すしかなかった。



 叔父さんに相談すると、「ちょうど届けてほしいものがあったから助かるよ!」と言われ、小包をいくつか持たされた。

 ツヅミお兄ちゃんが一足先に帰って来たので、もう週末を待つ必要もない。明日にはリタルダンドの屋敷に帰ることにした。平日だから父は夜まで帰ってこないかもしれないが、母は常に家にいるはずだ。

『本当に、彼を連れて行くんですか?』

 自分の部屋、ベッドの上の布団の中で目を閉じ、眠りにつこうとしていると、暗闇からよく知った声がした。

「セツラ? 鏡の中に帰ったんじゃなかったの?」

 セツラは、アラルガンドの屋敷の、わたしの部屋にある三面鏡にも同じ魔法をかけ、寮にある三面鏡の鏡の向こうの部屋と繋げてしまっていた。先ほどイスナと二人で、それぞれの部屋へ帰っていったはずだったけれど。

『彼を連れて行くんですか?』

 わたしの問いかけにはこたえず、彼は同じ言葉を繰り返した。

「ツヅミお兄ちゃんをリタルダンドの屋敷に連れて行くのがそんなに嫌?」

 リタルダンドの屋敷はわたしの家であるのと同時に、かつて『セツラ・ルーノ・リタルダンド』の家でもあったはずだ。

『いえ……』

 彼は困ったように口を噤む。灯を消しているせいで、表情はよく見えない。

『せめて、彼のペンダントはこの屋敷に置いていかせてください』

「ああ……わたしのこのネックレスと対になってるっていうペンダントだよね」

 寝ている間も外したことのないネックレス……そのペンダントトップの存在を、わたしは服の上から確かめる。かつての大魔導士、セツラ・ルーノ・リタルダンドの光属性の魔力が凝縮されていたペリドット色のペンダント。その対となるものを、ツヅミお兄ちゃんが持っている。

『そう。なんのためにあなたの叔父にリタルダンドの縁を切らせて、商家を継がせたのか』

「え、なに、どういうこと?」

『とにかく、これだけはゆずれません』

 セツラは強い口調でそう言った。

「わかった。ツヅミお兄ちゃんに、ペンダントは置いていくよう伝えるね」

『そうしてください。リリー』

 彼に名前を呼ばれる。彼はまだなにか言いたげだったので、わたしは黙って聞いていた。

『あなたはずっと、今のままのあなたでいてくださいね』

 そう言ってセツラは、鏡の向こうへ帰って行った。



 




「えあり」


 暗闇で、誰かが、わたしの名前を呼んでいる。


「えあり」


 何度も何度も、わたしの名前を呼んでいる。



 



 次の日、出発前にツヅミお兄ちゃんに「ペンダントは屋敷に置いていってほしい」と伝えると、「肌身離さず持っていろと言われているんだが」とはじめは渋ったが、どうしてもと説得すれば怪訝な顔をしながらも自室の机の引き出しにペンダントをしまってくれた。

 ちらっと見えた彼のペンダントは、わたしの思っていたとおり、黒曜石のような深い闇色をしていた。


 叔父さんに頼まれた荷物があるので、リタルダンドの屋敷まではアラルガンドの馬車で行くことにした。アラルガンドの屋敷からリタルダンドの屋敷までは歩いても2時間かからないくらいなので、馬車を使えば1時間もかからず着いてしまう。

 事前に魔法でメッセージを飛ばしておいたのもあって、玄関前には既に一人の執事がわたしの帰りを待っていた。

「お帰りなさいませ、エアリお嬢様。ようこそいらっしゃいました、ツヅミ御坊ちゃま」

 久しぶりに『お嬢様』と呼ばれ、なんともいえない気持ちになった。あぁ、ここがわたしの『家』だったと、一気に体の力が抜けていくような、そんな感覚。

「御坊ちゃまなんて久しぶり呼ばれたな。オレをそう呼ぶの、今はもうこの屋敷の使用人くらいだろ」

 数年前にリタルダンドの屋敷に遊びに来たときと同じ呼び方で呼ばれたツヅミお兄ちゃんは、少し照れくさそうだった。

 扉を開けて屋敷に入れば、エントランスには母が待っていた。

「エアリ!」

「お母様!」

 思わず抱きつきそうになって、はっと気づいて自重する。『伯母と甥』の距離感を保たなくては。

「元気だった? あなた手紙もくれないから、心配していたのよ」

「ごめんなさい、いろいろあって手紙が出せる状況じゃなくて……」

「どういうこと?」

「ええと……話せば長くなるんだけど……」


 応接間に移動すると、わたしとツヅミお兄ちゃんは同じソファに座り、テーブルを挟んだ向かい側に母が座った。セツラとイスナは自分たちの定位置をツヅミお兄ちゃんに取られたとぶつぶつ言っている。

「あなたの叔父さんから、魔法学校の入学試験に向かったはずのあなたがいろいろあって宮廷魔導士見習いになったと聞いたときは本当に驚いたのよ」

「見習い期間ももう終わったけどね……このまえも遠征任務で北方まで行ってて……」

「遠征任務?」

 わたしは、これまでの経緯を、母に心配かけすぎないように誤魔化しながら、おおまかに説明した。

「宮廷魔導士団長って、第三王子のサクリ殿下のことよね? そんな方に目をつけられたって……大丈夫なの?」

「今のところはなんとか……」

「あなたが女性であることももちろんだけれど……得意魔法が『闇属性』であることも、もちろん隠せているのよね?」

 母の言葉に、横に座っているツヅミお兄ちゃんがぴくりと反応した。ツヅミお兄ちゃんはわたしが『女』であるという秘密は知っているけれど、『かつての魔王』しか存在しないはずの『闇魔法の使い手』であることは知らないはずだ。魔法の知識に疎いツヅミお兄ちゃんだって、『闇属性が得意魔法』ということの異質性はきっとわかっているはず。

「たぶん、大丈夫」

「たぶんって……あなたの得意魔法が王族になんて知られてしまったら、それこそ、この国全体を敵にまわすことになるかもしれないのよ?」

 母の心配はもっともだ。だからこそわたしは、サクリとの決闘のときも、魔獣討伐の任務のときも、絶対に闇属性の魔力を解放したりしなかった。

「大丈夫だよ。気をつけてるから」

「本当に……?」

 母は小さくため息を吐く。

「まぁ……あなたの選んだ道だから。わたしは信じるしかないけれど」

 メイドが紅茶と焼き菓子を運んできた。ティーカップに注がれた熱い紅茶を、母はコクリと一口飲んだ。

「久しぶりに来てくれたのに、こんな話をしてごめんなさいね。エアリが迷惑をかけていない?」

 母に話しかけられ、ツヅミお兄ちゃんは慌てて首を振る。

「迷惑だなんてそんな。エアリさんと過ごせてうれしいです。週末、屋敷に帰るのが楽しみになりました」

「本当に? ならよいのだけれど……それにしてもツヅミくん、立派になったわね。5年前に会ったときは、背も今のエアリくらいしかなかったのに」

「ありがとうございます。伯母さんは5年前と変わらず美しいですね」

「あら。そういうところまで成長してしまったのね」

 二人の会話を聞きながら、わたしはテーブルのお皿に載ったクッキーを齧った。わたしの座っているソファの後ろに立っているはずのセツラから不機嫌オーラをビシバシと感じるのは、わたしの得意魔法のことがツヅミお兄ちゃんに知られてしまったからだろうか。

 小さくため息を吐くと、わたしはクッキーを紅茶で流し込むのだった。



 叔父さんから預かっていた小包を渡すと、母はうれしそうにそれを受け取った。母は最近お菓子作りにはまっているらしく、叔父が珍しい果物や材料を仕入れたときには、安く売ってもらっているらしい。もしかして、今日の焼き菓子も使用人ではなく母が作ったのだろうかと思って尋ねると、「まだ人に出せるほどには上手く作れなくて」と笑っていた。

 わたしもツヅミお兄ちゃんも3日ほどリタルダンドの屋敷に滞在することになったので、わたしはツヅミお兄ちゃんを来客用の個室に案内した。

「ツヅミお兄ちゃんはこの部屋使って! わたしの部屋からも近いから」

「なぁ、エアリ」

 屋敷の廊下を歩く間、ずっと黙っていたツヅミお兄ちゃんが口を開いた。何を聞かれるかは、わかっていた。

「お前の得意魔法、『闇属性』なのか?」

 来客用の部屋のドアノブを掴んだまま、わたしは少しだけ動きを止めた。母がツヅミお兄ちゃんの前であんな話をしたのは、ツヅミお兄ちゃんを信頼しているからだろう。……わたしだって、彼を信頼している。

「そうだよ。珍しいよね」

 だからわたしは、笑ってそうこたえた。ツヅミお兄ちゃんは苦しそうな顔をしている。

「オレは魔法には詳しくないけれど……『闇属性』が得意魔法なんて、ありえるのか?」

「ありえるかありえないかでいえば……うーん……微妙なところかな。闇属性が得意魔法の魔導士なんて、わたしと、あとは『かつての魔王』くらいだから」

「…………」

 ツヅミお兄ちゃんは黙ってしまった。しばらくの沈黙の後、もう一度口を開く。

「……全部話してくれって、言っただろ」

「ごめんなさい、心配かけて」

 わたしがそう言えば、ツヅミお兄ちゃんはドアノブを握っていたわたしの手を強引に掴んだ。

「オレは、お前の心配がしたいんだよ」

 そしてそのまま、彼の胸元までもってきて、彼の両手で、ぎゅっとわたしの右手を包む。

「お願いだから、『心配させたくない』なんて思わないでくれよ。オレに、お前の心配をさせてくれよ」

 わたしを見つめるルビー色の瞳は揺れていて、わたしは咄嗟に声が出なかった。

「オレに、これ以上秘密を作らないでくれ」

 彼はそう言うけれど、わたしには、まだまだ話せていないことがたくさんある。セツラとイスナのことも。わたしが『転生者』であることも。

「……わたし、ツヅミお兄ちゃんのこと信頼してるよ」

 わたしの右手を包み込む彼の両手に、わたしの左手を重ねた。

「だから、ツヅミお兄ちゃんも、わたしのことを信じてほしい。たとえわたしが……全部を話せなかったとしても」

 身勝手なお願いをしていることはわかっている。ツヅミお兄ちゃんは苦しそうに目を伏せた。

「お前のこと、信じてないわけじゃないんだ……でも」

「わかってるよ。ごめんね、お兄ちゃん」

 そっと、彼が手をはなす。

「お前には、お前の事情があるんだよな。きっと」

 顔を上げた彼は、どこか泣きそうな顔をしていた。

「案内ありがとな。オレ、ちょっと部屋で休むわ」

 そう言って一人部屋に入っていく彼に、わたしは言葉を返すことができなかった。



「秘密を抱えるのってつらい……」

 約2か月ぶりのリタルダンドの自室。わたしは机で頭を抱えて思い悩んでいた。

『あそこで、「もう隠していることなんてないよ」って言えないのがエアリちゃんだよね。そんな誠実な君が僕は好きだけれど』

『……あなたは、彼にあなたの秘密を「打ち明けたい」と思うんですか?』

 机の近くのソファに座るセツラにそう問われ、わたしは少し考える。

「秘密を打ち明けたいというよりは、ツヅミお兄ちゃんを悲しませたくないというか、巻き込みたくないというか……」

『だったら、彼を「巻き込まない」ために、隠し続けないといけない「秘密」だって、あるんじゃないですか?』

「……セツラがわたしになにかを隠しているように?」

 わたしはセツラの顔を見たけれど、セツラは頷くことも首を横に振ることもしなかった。

『セツラがツヅミに隠しておきたいのは、べつにツヅミを心配してのことじゃないだろうけどね』

 口を挟むイスナに、セツラは『うるさいですね』と呟く。

「そう……だよね。苦しいからって、なんでもかんでも話せばいいってわけでもないんだよね……」

 はぁーーっと、思わず大きなため息が出てしまう。ツヅミお兄ちゃんのこともそうだし、優理のこともそう。しばらく会っていないけれど、次に会ったとき、わたしはどんな顔をして彼女の前に立てばいいのだろう。

 真っ直ぐに思いを伝えてきた彼女に、自分が女であることを隠して。

「考えてても気が滅入るだけだ……そうだ! 書庫に行こう! 書庫!!」

 思い立って、わたしは椅子から立ち上がった。

『あなた、本当にあの場所が好きですね。私ならここにいるじゃないですか』

『どういうこと?』

「書庫にはセツラの肖像画があってね! あと、セツラの伝記もいっぱいある」

『セツラの肖像画見たりセツラの伝記読んだりしに行くってこと? 本人ここにいるのに?』

 それはちょっと面白いね、とイスナは笑った。

『自分の肖像画が飾ってある部屋で自分の伝記を読まれるの、ちょっと気まずいんですが』

「そんなの今さらだよ! 行こう行こう!」

 嫌がるセツラと面白がるイスナを連れて、わたしは書庫へ向かった。


 書庫に入ると、いちばんはじめに目に飛び込んでくるのは部屋の奥の壁に飾られた大きな肖像画だ。

『うわっ。セツラだ。え、めっちゃ大きい〜〜』

 語尾に「笑笑」でも付きそうなほど、面白そうにイスナが言った。

『……あなたこそ、王室にはあなたの肖像画なんて山ほどあるんじゃないですか?』

『まぁそれもそうだけど。肖像画と今の死霊のセツラの見た目、ほとんど変わらないね』

「これ、セツラが25歳のときに描かれたものだよね? 額縁の後ろに制作年月日書いてあったはず」

 つまり、セツラが死ぬ3年前に描かれたものだ。

「書庫にはいろいろな本があるんだけど、奥のほうにあるのは全部セツラの伝記で〜……」

 喋りながら、わたしは部屋の奥へと足を進める。書庫は、本の匂いがする。少し古い本の匂い。

「セツラの幼少期から、魔王を倒すに至るまでの過程が書いてあるんだよね。でも、作家によってちょっとずつ詳細が違ってて、どれが正しいのかわからなくて」

『あの人たちは好き勝手話を盛って書きますからね』

「女関係爛れてたって本当?」

『うわそうなの? セツラやば』

『そんなわけないでしょう』

 私のことをなんだと思ってるんですか、と言って、セツラは咳払いをした。信じてたわけじゃないけれど、嘘でよかったと、少しほっとしてしまった。

『じゃあ、伝記に書かれてることもそんなにあてにならないね』

 本棚の伝記を1冊とって、ぺらぺらとめくりながらイスナが呟く。

『もちろん事実も混ざってますけどね』

「何割くらい?」

『4割?』

『嘘情報のが多いってこと!?』

 わたしも、本棚の伝記を1冊手にとって、ぺらぺらと頁をめくってみる。この書庫には、誰が集めたのか、いろいろな作家の書いたセツラの伝記が置いてある。詳細は少しずつ違うけれど、共通しているのは、セツラがリタルダンド家の人間であったこと。銀髪緑眼の美しい男であったこと。光属性を得意魔法とする大魔導士であったこと。激闘の末、見事魔王を倒して見せたこと。そして、倒された魔王は、強大な闇魔法の使い手であったこと。

 すぐ隣で本棚に並ぶ背表紙を睨んでいるセツラを見つめる。自分が闇魔法の使い手であることに、やはり不安は尽きないけれど、でも、伝記の中の伝説の大魔導士が、今はわたしの隣にいる。


 だからきっと『大丈夫』。何度も口にしたその言葉を、わたしはもう一度胸の中で呟くのだった。

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