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rusticana

北の遠征任務編、終わり!!!!

 ヴェンさんの腰に腕を回してギュッとつかまる。

 今日は、遠征任務で過ごした数日の中でも、格段と寒い。秋の終わり。北の地は王都とくらべて気温が低く、ヴェンさんの背中から伝わる対応が、どうしようもなく心地よく感じた。


 ヴェンさんの馬でやって来たのは、あの日、ファロ副団長の応援に行くときに通り過ぎた無人の集落だった。この集落は森から近いので、しばらくファロ副団長の指示で少し離れた場所にある村まで避難していたのだ。それがまさか、避難先の村まで野獣が下ってくるとは思ってもみなかっただろう。

 あの日無人だった集落には人が戻り、営みを再開していた。馬から降りて、わたしはヴェンさんのあとに続いて歩く。畑仕事に精を出す村人たち。久しぶりに帰省したらしいヴェンさんに、村人たちが声をかける。「その子は誰だい?」と尋ねる年老いた村人に、ヴェンさんは「職場の後輩」とこたえていた。

「なんもない村だろ?」

「いえ。のどかで、いいところだと思います」

 少し自虐的に言ったヴェンさんに、わたしはありきたりの言葉を返してしまう。でも、これは本音だ。ヴェンさんに声をかける村人は誰もがあたたかい笑顔を浮かべている。この集落に住む村人は誰もがヴェンさんのことを知っていて、なおかつ好意的だ。『他人』の行き交う王都とは全く違った空気感が、この場所にはあった。

 少し歩いてたどり着いたのは、木と石と固めた土でできた、どこかかわいらしい見た目の、小さな2階建ての家だった。

「ヴェン!」

 1階の窓から中年の女性が顔をのぞかせる。あのとき助けた女性、ヴェンさんのお母さんだ。

 彼女は急いで玄関の扉を開けると、外へ出てきてわたしたちを出迎えた。

「魔導士さん、ようこそいらっしゃい。なんにもないところだけど、精いっぱいおもてなしするので、どうか寛いでいってくださいね。ヴェンもおかえり。もう少し顔見せに来てくれてもいいんじゃない?」

「悪かったって。最近ちょっと忙しくて」

 ヴェンさんとファロ副団長が忙しかったのは本当だ。主にサクリが仕事をしないせいで。

「エアリ・アラルガンドといいます。よろしくお願いします」

 わたしがぺこりと頭を下げると、「こちらこそよろしくお願いします。あのときは本当にありがとうございました」と言って、女性も頭を下げた。

「お昼ご飯もうすぐできるから、どうぞ入って」

 女性に促されて、わたしは家の中に入る。

「おじゃまします」

 暖炉が焚かれた部屋はあたたかかった。シチューだろうか。おいしそうな匂いが部屋中にただよっている。

「さぁ、座って座って」

 女性に椅子を引かれ、わたしは素直に腰をかける。ヴェンさんは、そこがこの家での彼の定位置なのだろうか、自然な動きでわたしの向かいに座った。……なんだこれ。ヴェンさんの家でテーブルを挟んで向かいあって。横にはヴェンさんのお母さんが立っていて。ちょっと気まずい。

 ヴェンさんも同じことを思ったのかどこか気まずそうに視線を逸らした。

『なんかさぁ、エアリちゃんを前にしたときのヴェンってあんまりヴェンらしくないんだよね。たどたどしいっていうか』

 わたしの隣でぼそりとイスナが呟く。セツラは黙ってヴェンを見ていた。

 やがて女性が持ってきたのは、この村の畑で採れたのだろう野菜がごろごろと入ったシチューと、この村で育てた麦から使ったのだろう、芳ばしい香りのしたパンだった。

「こんなものしかなくてごめんなさい。どうぞ召し上がって」

 この国には「いただきます」の習慣がないので、ヴェンさんはそのまま食事に手をつけ始める。わたしは心の中で「いただきます」を唱えるとスプーンを手に取りシチューを口に運んだ。

「おいしい」

「本当? ありがとうございます」

 女性はうれしそうに笑って、自分の分の食事を持って食卓につく。

「まだお若そうなのに平民の出で宮廷魔導士だなんて、エアリさんはご立派なのね。出身はどちら?」

「えっと……王都から徒歩で3時間ほどの街で」

 それはヴェンさんも同じでは?と思いながらわたしはこたえた。

「アラルガンドは商家なんだよ」

 ヴェンさんが口を挟む。

「まぁ。平民と聞いたけれど、じゃあ、わたしたちとは違うのね。……お口に合うかしら」

「とってもおいしいです!」

 心配そうに呟く女性に、わたしはもう一度力強く伝えた。

 女性は何回か目を瞬かせた。

「それならよかったです。ありがとう。ヴェンもおいしい?」

 微笑んで、それからヴェンさんに視線を向ける。

「んー……おいしいんじゃない? いつもの味」

「それ、ほめてる?」

 わたしたちはスプーンを進める。シチューはやさしい味がするし、素朴な味のパンも美味しかった。

「お父さん、ちょっと遠くの畑まで行ってるけど、夕方には帰ってくると思うから」

「あー……父さんにもしばらく会ってないな。元気?」

「早朝から夕方まで畑行ったまま戻ってこないくらいには」

「そりゃよかった」

 そう言って笑ったヴェンさんの顔がどこか優しくて、あたたかいスープに、わたしの心もあたたかくなった気がした。



 ヴェンさんのお母さんは「2階のヴェンの部屋に泊めてあげればいいじゃない」と言っていたけれど、ヴェンさんが気を遣って村長と交渉し、村長の家の来客用の部屋を借りてくれた。生きた男性と二人きり、一つの部屋で一晩越すのはやっぱり心配なので助かった。村長はわたしのことを「村の恩人だ」と言って歓迎してくれた。

 夕食は村長の家の大広間で村人たちも集めてみんなで食べることになった。ヴェンさんのお母さんとお父さんも来るらしい。歓迎パーティーみたいで、ちょっと気恥ずかしい。

「素直に受け取っときな。アンタがいなけりゃ、俺のお袋は死んでたかもしれないし」

 ヴェンさんと二人で、夕暮れの村を散歩する。沈むゆく夕日の強い光に麦畑が照らされて、黄金色に輝いていた。

「そういや、まだお礼言ってなかったな。……母さんを助けてくれて、ありがとう」

 足を止めて、ヴェンさんがこちらを見た。ブラウンの瞳は、夕日のせいか、いつもより赤みがかっているように見えた。

「いえ、ボクは全然……あの、こちらこそ、いつもお世話になってます。ありがとうございます」

「はは、なんだよそれ」

 わたしの言葉に、ヴェンさんはおかしそうに笑った。その笑顔もいつもより眩しく見えて、心臓が、心が揺れる。


 その後、ヴェンさんは馬に括り付けてあったわたしの荷物を部屋まで運んでくれた。「夕食の時間までもう少しあるから、準備できたら呼びに来る」と言って部屋から出ていくヴェンさんを笑顔で見送る。ヴェンさんが去ると、横から大きなため息が聞こえた。

『さっきの空気なに!!!!思わず僕も空気読んじゃってずっと突っ込めなかったじゃん!!!!』

『あなたの心を惑わす不届者はやはり排除すべきでは?』

 イスナとセツラが騒ぎ始める。

「惑わされてなんか……!」

 わたしは思わず叫んでいた。セツラとイスナが、驚いたようにこちらを見る。

 先ほどの、思わずどきりとしてしまったあれは、たぶん、雰囲気に呑まれただけだ。だってそういう空気感だったから。

「わたしはべつに、ヴェンさんのこと好きになったりなんかしないよ」

 誰とも恋愛する気なんてない。わたしは、乙女ゲームの主人公になんてならない。どれだけフラグが乱立しようが関係ない。そのフラグ全部へし折ってでも、わたしは、

「わたしは––––––」

 

『リリー』

 

 セツラがわたしを呼ぶ。二人きりのとき以外にその名で呼ばれたのははじめてかもしれない。

『すみません。あなたのこと、追い詰めるつもりじゃなかった』

 はっとしてセツラのほうを見れば、揺れるペリドットの瞳がわたしを見ていた。

「セツラ……?」

 これはなんなのだろう。どうしてこんなにも、焦燥感に駆られるのだろう。この気持ちの正体を、セツラは、なにか知っているの?

『ごめんエアリちゃん、僕も騒いじゃって』

 申し訳なさそうなイスナの声。

『僕もセツラもついつい騒いじゃうし、これからも騒いじゃうだろうけど、……でも、この世界に『生きている』のはエアリちゃんなんだから、エアリちゃんのしたいようにすればいいんだよ』

 イスナの表情に、胸が痛む。わたしだって、わたしの死霊二人に、そんな顔させるつもりなんてなかった。わたしは、ただ……

『大丈夫。あなたは、なにものにも囚われなくていいんですよ』

 目の前のセツラが膝をかがめ、ぎゅっとわたしの手を握る。その冷たさに、どうしても安心してしまう。

「わたし、なんかおかしいよね」

 強迫観念ともいえるなにかに、突き動かされている。

『大丈夫』

 先ほどまで揺れていたペリドットの瞳が、まっすぐにわたしを見ていた。

『大丈夫ですから』

 セツラのその言葉を、わたしは無条件に信じてしまう。




 しばらくして、わたしはヴェンさんに呼ばれ、大広間へ向かった。

 大きなテーブルに並べられていたのは、村の作物を存分に使ったご馳走たちだった。立食形式なのか、テーブルの周りの椅子はすべて片付けられ、部屋の隅に積まれていた。

 たくさんの村人たちが、かわるがわるわたしにお礼を言いにきてくれる。なんというか、とても恐縮である。

 村人たちは、優しく、明るく、穏やかで、『いい人』たちだった。そしてなによりも皆気さくだ。

 ヴェンさんのお父さんは、茶髪に灰色の目をしていた。ヴェンさんの面影はたしかにあるけれど……でもどちらかといえば、ヴェンさんは母親似のようだ。

 村人たちにお酒を勧められたが、そういえばわたしはこの世界では、成人してすぐに魔導士を目ざして家を出たので、成人の日にリタルダンドの屋敷で初めて、少しだけお酒を飲んだけれど、それ以降は全く飲んでいなかった。

 今のわたしの体がどの程度アルコールに耐性があるのかはわからないが、こんな旅先で悪酔いしても人に迷惑をかけるだろうと思って、わたしはお酒を断った。

『飲まないんですか?』

 隣でぼそりとセツラが呟く。セツラはお酒が好きなんだろうか。

『……まぁ、生前はそれなりに嗜んでましたね』

 わたしが言いたいことを察したのか、セツラは続けて呟いた。なんとなく、セツラはお酒に強そうだなと思う。

『僕もそれなりに飲めたよ。この身体じゃ飲めないけど』

 この村のワインは美味しそうだよね、とイスナが呟く。わたしは転生前もそれほどお酒は強くなかったな、と思い出した。


 お酒が入って盛り上がり始めた村人たちの熱気にあてられて、わたしは外に出た。

「さむっ……」

 外は驚くほど寒かった。部屋では暖炉も焚いていたし、人も50人近く集まっていたから、彼らの熱気で、むしろ暑いくらいだったのに。

 これ以上ここにいたら風邪を引いてしまいそうだ。やはり屋内に戻るべきだろう。そう思い、身を翻そうとして、


「…………?」


 なにか、感じた。


『なにを』感じたのかはわからない。けれど、確かに『なにか』を感じた。この感覚は––––––


『光属性の、魔力の気配。ごく僅かですが』


 そう呟いたセツラの声は、夜の暗闇の中でよく響いた。わたしにしか聞こえないはずなのに。


「どこから?」

『……あそこから』


 セツラがすっと腕を伸ばし、指をさす。村長の家の庭の奥。あれは––––……蔵?

『のぞいてみます?』

「いや、さすがに鍵かかってるんじゃない?」

『そんなもの、開けてしまえばいいでしょう?』

「それ、犯罪では……?」

 セツラの言葉に苦笑いを返しながら、わたしは庭の奥の蔵を見つめる。魔力の気配、なんて、わたしにはわからないけれど、でも何故だか、とても惹きつけられる。

『気になるならのぞいちゃえばいいんじゃない?』

 イスナまでもがそんなことを言う。

『宮廷魔導士としてさ、魔力の痕跡はちゃんと調査しなきゃ。そうでしょ?』

 イスナの言葉に後押しされ、わたしはゆっくりと足を動かし始める。集まった村人は皆村長の家の中。当たり前だけれど、庭には誰もいない。

 庭の奥の蔵まで足を進めると、蔵には古びた南京錠がかかっていた。……このくらい、腕に覚えのある魔導士なら造作もないだろう。懐から杖を取り出し、小さな声で風属性の魔法を詠唱すると、ガチャリと音がした。

 もう一度風魔法を唱え音を消すと、わたしは蔵の重い扉を開く。蔵の中はそれほど広くなく、昨日までわたしが寝泊まりしていたテントの中ほどの敷地しかない。

 簡単な光属性の魔法を唱え、あたりを小さく照らす。もう長い間使われていないだろう古い壺や、埃を被った置物が並ぶ中、わたしの目は、ひとつの小さな箱に引き寄せられる。

 蔵に置かれた物のどれもが埃と土を被っているのに、棚に置かれたその小さな箱だけは、今買ってきたばかりの宝石箱のように輝いて見えた。


『光属性の魔法……いや、これは』

 はっとしたようなセツラの声。わたしは棚に手を伸ばし、その小さな箱を持ち上げる。

 わたしの両手になんとかおさまるくらいの大きさの箱は、銀色の金属でできていたようだった。

『腐食を防ぐ光属性の魔法がかけられています。おそらく中身も当時のままでしょう』

「あけてみてもいいかな?」

『特定の人物にしか開けられない魔法。……かなり高度ですが、これも光属性の魔法を応用してかけられていますね』

「じゃあ、わたしじゃあけられないかな?」

 わたしの言葉に、セツラは黙ってしまった。セツラのほうを向けば、彼は戸惑うような表情を浮かべていた。

『……あけられるとしたら、あけてみたいですか?』

 しばらくして、セツラはわたしにそう問いかける。

「……うん」

 わたしは素直に頷いた。

『では、開けてみましょう。きっと、あなたのような人に見てもらいたかったのではないかと思います』

 わたしは、箱の蓋を外した。パコッと小さな音が鳴って、箱の中身が明らかになる。


「え…………?」


 驚きのあまり、心臓が口から飛び出しそうだった。

 箱に入っていたのは、わたしの手のひらにぎりぎりおさまるくらいの大きさの……長方形で、平べったくて、表面はガラスのような物で覆われていて––––––


「うそ……」


 それは、どうからどう見ても『スマートフォン』だった。


 わたしは箱からそれを取り出す。2025年モデル。転生前のわたしの世界の、当時の最新機種。


「え…………え…………??」


 混乱のあまり、膝から崩れ落ちそうになる。バッテリー切れなのか、それとも壊れているのか、電源は入らない。


『なにそれ。なにかのプレート?』

 イスナが不思議そうに尋ねるが、それどころではない。


 箱の中をよく見れば、小さく折り畳まれた紙が入ってきた。広げてみれば、それはわたしのよく知った言語で書かれた『手紙』だった。


「スマホがない生活なんて、今さら耐えられないよね? わたしはちょうどスマホいじってるときに召喚されたからこっちの世界に持って来れたけど、あなたはそうじゃないかもしれない。あなたが次の聖女なのか、別のなにかに巻き込まれてこの世界に来ちゃったのかはわからないけれど、せっかくなのでわたしのスマホを託しましょう。光属性の魔法で充電できます。インターネットがなくても意外とやれることは多いよ! 活用してね! 今代の聖女、辻村あかり より」


 なんだこれ!!!!!!

 

『……先代の聖女が、死の間際に書いた遺言……ですかね?』

「これが??????」

 こんな遺言があってたまるか!!!!


『そのプレートはもしかして、エアリちゃんの世界の道具ってこと?? その文字も??』

「そう!!!! ていうか先代の聖女ノリ軽!!!!」

 やばい。突っ込んでる場合じゃない。


『まずい。誰か来ます!』

 蔵の外に人の気配を察知して、セツラが叫んだ。わたしは慌てて蔵の扉を中から閉めると、灯を消して蔵の中の棚の下の小さなスペースに隠れる。

『この魔力の気配……おそらくヴェンですね』

「やばい南京錠そのままにしてきちゃった!」

 もう南京錠を再びロックする時間なんてなかった。扉の向こうに、人の気配。

「姿を隠す魔法を使って切り抜けるしか……」

『凡人相手ならそうすべきですが、相手は宮廷魔導士の中でも高い実力を持つ、あのヴェンです。目の前で魔力を動かせばさすがに気付かれます。しかも、今この集落で魔法を使えるのはあなたとヴェンだけなのだから……』

 どうして、よりにもよってヴェンがこんなところに? 彼でさえなければ、いくらでも切り抜ける方法はあったのに––––––……


 蔵の扉が開く。音消しの魔法を解除するのを忘れたので、扉が開くときの音は鳴らなかった。その時点でもう詰んでいる。

 外から入り込む冷気にわたしは身震いをした。

「…………エアリ?」

 蔵にいるのがわたしであることを疑うことなく、ヴェンさんはわたしの名前を呼んだ。


『……どうする?』

 イスナが尋ねる。できることなんてなにもない。ここが、どんな事情によって隠された場所だったとしても。勝手に暴いたことを、素直に謝るしかない。


 わたしは棚の下から這い出ると、光属性の魔法を唱えて灯をつけた。片手にはスマートフォンの入った箱を握りしめて。


「アンタ、それ…………まさか、開いたのか?」


 ヴェンさんの瞳が驚愕で見開かれる。わたしは箱からスマートフォンを取り出すと、ヴェンさんに見せた。

「高度な光属性の魔法が施された小箱に、この世界には存在しない異国の文字……これ、先代の聖女様の遺品、なんですよね……?」


 千年前、先代の聖女は、婚約者である王子の傍若無人な態度に耐えきれず従者と駆け落ちし、そのまま行方をくらましたはず。

 そんな彼女の遺品が、何故こんなところにあるのか。


「それは、俺の一族がなんとしても隠しきらなければならない『秘密』だ。千年前とはいえ、聖女を連れ出した罪は重い。その従者を、その従者の一族を、王室は、今も許していない」


 低い声で、ヴェンさんは言う。わたしの灯した小さな灯では、ヴェンさんの表情を見ることはできない。


「聖女が駆け落ちした従者との間に子を宿して、その血が千年後の今もこうして続いているなんて––––––決して知られてはならない」


 一歩一歩、ヴェンさんがこちらに向かって歩いてくる。わたしの隣で、セツラとイスナが警戒を強める。


「なぁ、俺はアンタをどうしたらいい? このことを知っているのは俺の一族と村長だけだ。村長はきっと、アンタを許さない」


 ヴェンさんが、わたしの顎を乱暴に掴んだ。ようやく見ることができたヴェンさんの表情、その瞳は、どこまでも暗く沈んでいる。

「いっそのこと……アンタを俺の一族に迎え入れちまうか?」

「ヴェンさん!」


 ただならぬ雰囲気を感じてわたしは叫んだ。ヴェンさんの抱える秘密が、許されないものだというのなら。


「聞いてください! わたしにだって、秘密くらいあります!」

「秘密?」


 ヴェンさんは、わたしの目をじっと見つめている。嘘は許さない、言い訳なんて聞くつもりはない、とでも言うように。


「ヴェンさん、あのときわたしに言ったじゃないですか。あの言葉は、正しいです。ヴェンさんの言ったとおりです」

「は?……なにを」


 戸惑うヴェンさんに、わたしはきっぱりと告げた。


「わたしは女です。身分を偽って、第三王子サクリ殿下が率いる宮廷魔導士に入団しました。サクリ殿下の前で、わたしは嘘を吐き続けました。これは、重罪です」


「女…………」


 顎を掴んでいた手が外され、わたしの頭に置かれる。その大きな掌が、わたしの頭を撫でた。


「そうか…………やっぱりアンタ、女だったんだな」


 そう言って、ヴェンさんはふっと笑った。そのブラウンの瞳には、いつもの優しさが戻ってきていた。


「アンタの大事な秘密、教えてくれてありがとう。そんな大きな秘密を抱えて、アンタは任務中も、一人で頑張ってたんだな」

「一人なんかじゃないです。ヴェンさんがそばにいてくれたじゃないですか」


 いつものヴェンさんに戻ってくれたことがうれしくて、わたしは笑った。ヴェンさんには、優しいブラウンの瞳が似合う。


「俺さ、アンタのこと、どこか自分と重ねてしまうところがあって……だからわかるよ。いや、勝手にわかってるつもりになってるだけかもしれないが」

「秘密を隠し通すのは、つらいですよね」

「ん…………でも、アンタの秘密、村長にも教えていいって許してくれるなら、俺が村長を説得する。蔵開けてその箱の封印解いちまったことは、隠せないだろうから」


 たしかに、この箱にかけられていた光属性の魔法をかけなおすことは、わたしにはできない。

『これは聖女特有の魔法ですから。箱にかけられていた「条件」が、聖女でしか発動不可能だ』

 セツラが小さく呟く。セツラがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。もしかしたら優理なら、もっと魔法が上手くなれば同じ魔法をかけられるのかもしれないが。


「説得、できますか?」

「たぶんな。村長、いい人だからさ。自分には関係ないのに、俺たち家族を本気で心配してくれるくらいには」

「……たしかに。この村の人はみんないい人ですよね。誰もが優しくて、おだやかで、あたたかくて」

「この村のこと好き?」

「はい!」

 わたしが頷けば、ヴェンさんはうれしそうに顔を綻ばせる。

「んじゃ、お互い宮廷魔導士なんてやめて、ここで一緒に暮らすか?」

「え?」

 戸惑うわたしを見つめて、ヴェンさんはおもしろそうに笑う。

「冗談。……でもさ、アンタが女だってことは、こういうこと、してもいいってことだよな」

 ぐっと膝を屈めて、ヴェンさんはわたしの顔を覗き込んだ。そのブラウンの瞳は、さっきまでの優しげなものとも違っていて。


『『!!!!!!』』


 気づいたときには、唇を奪われていた。


「あーあ。アンタが女でほんとよかった。結構本気で悩んでたんだ。この気持ちをどうしたらいいかって」


 しばらくして、ヴェンさんはわたしの唇を解放した。顔が熱い。たぶんわたしの顔は今真っ赤になっているだろうと自覚した。

 わたしの両隣からはセツラとイスナの殺気をビシバシと感じる。


「いつまでもこんな薄暗く埃っぽい場所にいるのもあれだよな」


 そう言ってヴェンさんはわたしに手を差し出す。


「行こう。今日の主役はアンタだったはずだろ?」


 少し戸惑ってから、わたしはその手を取った。




 ヴェンが村長をどう説得してくれたのかはわからないが、村長はヴェンの言葉に納得してくれたらしかった。

「で、そのプレートはなんなんだ?」

「さぁ……なんでしょうか……」

 いっそこのまま転生者であることも話してしまおうかと思ったが、セツラとイスナに猛反対され、わたしはとてつもなく心苦しいけれど、そっちの件は誤魔化すことにした。

「中に入っていた手紙のような紙も、なにが書いてあるのかさっぱりわからないし……」

 それはそうだ。あの手紙は、こちらの世界からすればまた異世界の国である『日本の言葉』、『日本語』で書かれたものなのだから。

 翌日、先代聖女の遺品であるスマートフォンをつつきながら、わたしとヴェンさんは村長の家の来客用の部屋でのんびりしていた。昨日あんなことがあったのに密室で二人なんていいのかと思うが、あまり人には聞かせられない話をしているので密室になってしまうのも仕方がない…………と思う。

「にしても、なんで急に箱の封印解けたんだろうな。アンタ、べつに特別なことはなにもしていないんだろ? 千年間、ずっと封印が解かれたことなんてなかったのに」

「それは……わたしが聖女と同じ、強い魔力を持った『女性』だからですかね。女性の魔導士って、普通は聖女くらいじゃないですか」

 手紙を読む限り、封印が解けた原因はわたしが転生者とはいえ『異世界から来た人間』だからだろう。先代聖女は、日本からこの世界へ迷い込んでしまった人間に、遺品であるスマートフォンを託したかったようだから。

「んー……そうなんかな」

 ヴェンさんは少し腑に落ちないと言った様子で唸っていたが、それ以上追求してくることはなかった。

「……ヴェンさんが平民なのに魔力が強いのって、やっぱり、聖女の血が入っているから……なんですか?」

 わたしがそう尋ねれば、ヴェンさんは数回瞳を瞬かせて、こたえた。

「そ。……魔法の才能がある人間なんて、ずっと生まれてなかったんだが……俺のはなんていうか、『先祖返り』ってやつ? 得意魔法の属性は聖女と違うけどな」

 そう言われて、わたしは納得した。ヴェンさんの魔力は、今代の聖女である優理にも並ぶほどのものだったから。

「俺の魔力は先代の聖女に因縁のあるものだから、魔導士なんて、なっちゃいけないと思ってた。だけど、お袋が背中を押してくれて……」

「優しいお母様ですもんね」

「アンタの家族は?」

「え?」

「アンタの家族はどうだったん?」

 わたしは、リタルダンドで過ごした日々を思い出した。そして、家を出ることを決意したあの日のことを。父も母も、わたしを心の底から心配して––––––けれど、わたしを信じて送り出してくれた。

「きっと、ヴェンさんと同じです」

「……そうか」

 ヴェンさんは、どこかほっとしたように微笑んだ。

「いつか会ってみたいな。アンタの家族にも」

 

 初日にアラルガンドの屋敷へ魔法でメッセージを飛ばしてから7日目の昼過ぎ、ようやく村に馬車が到着した。

 村人たちはわたしとの別れを心の底から惜しんでくれて、思わず目元が熱くなった。この村に来ることができて、本当によかったと思う。

 ヴェンさんは、わたしの荷物を馬車に運んでくれた。

「俺は先に馬で戻っていつもの屋内訓練場で待ってるからさ。アンタはゆっくり帰っておいで」

「はい。ありがとうございます」

 そんなわたしたちの様子を見て村長が微笑みながら言う。

「ヴェン、頑張るんだぞ」

「言われなくても」

 そうこたえて、ヴェンさんは口角を上げた。

『…………ねぇ、今の村長のヴェンへの励ましって、どういう意味だと思う? …………村長は、エアリちゃんが女の子だって、ヴェンから聞いて知ってるんだよね』

『まぁ、ヴェンの両親に知られていないのが不幸中の幸いというか……』

『一家総出で応援されないだけマシかー』

 わたしは、ぶつぶつ話し続ける死霊二人の会話を聞きながら馬車へ乗り込んだ。


 そして、約4週間の旅を経て、寒くともあたたかい北の地を後にしたのだった。 

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