abbadare
今回はヴェンさんのターン
しばらくしてセツラが戻ってきた。戻ってくるなりセツラは『いいですか? 光魔法だって透視は得意なんですよ。まぁ今回はしてないですけど』とイスナを牽制していた。
『それで、明日の動きはなにかわかったの?』
イスナが本題に入ろうとすると、セツラは小さく溜息を吐いてからこたえた。
『…………明日から、三手に分かれて行動すると』
『サクリチームとファロチームとヴェンチームってこと?』
『そうです。あなたはヴェンの率いる隊に所属することになっています』
テント内に椅子は一つしかないので、セツラもイスナも狭いテント内で立ったまま話している。わたしだけ座っていて少し申し訳ない。
「正直、サクリ殿下の隊じゃなくてほっとしたかも……」
6日間ずっと一緒で疲れてしまった。しばらくは距離を取りたい。
『サクリ殿下の向かう地域がいちばん危険なので、あなたを連れて行かないように説得するとヴェンが言っていました』
「そっか、サクリ殿下はその場にいなかったから、まだ本決定じゃないのか……」
ヴェンさんの説得が上手くいくことを祈るしかない。
『ヴェンかー。さっきも言ったけど、ほんと気をつけてねエアリちゃん』
『何の話ですか?』
『ヴェンは誠実だけど女慣れしてるって話』
ヴェンってモテるからさ、出自関係なく、とイスナが呟く。
『私の光魔法は完璧ですが』
『そういうの関係ないんだって、ヴェンの場合は』
セツラは少しだけむっとした表情をしたけれど、
『彼女の秘密は私が守ります』
そう言って、わたしのほうを見た。
「なるべく男らしく振る舞えばいいのかな?『オラオラオラァ』とか叫びながら攻撃すればいい?」
『『それはやめて』』
二人同時に突っ込まれ、やっぱりこの二人って気が合うよなと、わたしは心の中で思った。
翌朝。一人きりのテントで目を覚ます。寝袋から出ると、水魔法で顔を洗って、簡単に身支度を整える。テントから出ると、二人の死霊がわたしを待っていた。
『おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?』
『おはようエアリちゃん。疲れはとれた? 大丈夫?』
「おはようセツラ。イスナ。しっかり眠れたし、わたしは元気だよ」
睡眠の必要がない二人は見張りも兼ねて、夜はテントの外で過ごすことになった。やっぱり少し申し訳ない気持ちもあるけれど、わたしが寝ている間に万が一誰かにテントに入られ、寝ている間はサラシを解いているわたしの姿を見られるようなことがあれば、いくらセツラの光魔法があるとはいえさすがにまずいので、セツラとイスナの申し出はありがたかった。
『寮の部屋には鍵があるけど、さすがにテントには鍵とかついてないもんね』
『施錠の魔法をかけてもいいんですけど……そんなことをする魔導士は他にいないみたいなので、かえって不審かも』
というわけで、遠征任務中はこのスタイルを貫くことにする。眠る必要がない二人は、わたしが寝ている間、わたしがいない状態でどう過ごしているのか、少し気になるところではあるけれど。
「お、エアリ。起きてるな」
テントの外で朝食の携帯食を齧っているとヴェンさんがやって来た。
「おはようございます」
「おはよう。テント畳むの手伝いに来た。一人じゃ大変だろ?」
「テント、持って行くんですか?」
「ああ。この辺りは副団長の担当になったからな。……今日からしばらく三手に分かれる。団長や副団長とは別行動だ」
なんてことのないように言って、ヴェンさんはわたしのテントを片付け始める。わたしは慌てて手伝った。
「テント畳めたら、俺の馬に括り付けて。馬引きながら移動するから」
「わかりました」
ここから先も馬で移動すると言われたらどうしようかと思ったけれど、さすがにそんなことはなかったようだ。
他の団員たちも同じテントのメンバーで協力してテントを片付け、それぞれの馬に括り付けていた。……そういえば、ヴェンさんはファロ副団長と同じテントだと言っていたけれど、別行動になったらテントはどうするんだろうか。
「準備できたら移動すっか。任務中、アンタは俺のそばから離れんなよ。初めての遠征任務なんだから」
そう言って、ヴェンさんは優しく笑う。……こんな態度こそ、わたしは妹扱い……つまりは、弟扱いをされているように思うのだけれど。
ここを拠点に活動するらしいファロ副団長とその団員は、彼らが一晩過ごしたテントをそのままに魔獣討伐へ向かった。サクリ率いる隊はいちばん離れた場所へ向かうので、早朝には出発したらしい。「アンタを起こしに行こうとするからさ、ファロ副団長と必死にとめたんよ」とヴェンさんは笑っていた。
ファロ副団長たちが向かった方向とは逆の方向へ、わたしたち30人ほどの団員は、馬を引きながら進んだ。道中で現れた魔獣を、魔法を使って倒していく。ヴェンさんが彼の得意魔法である風属性の魔法を使ったので、わたしも水属性の魔法を使って応戦した。––––––大丈夫。このくらいなら、闇属性の魔力を解放しなくても、簡単に倒せる。
他の魔導士たちも皆わたしとサクリの決闘を見ていたので、わたしが簡単に魔獣を倒してみせても驚く者はいなかった。今さら弱いふりをしても仕方がないと、わたしもさくさく魔獣を倒していく。
わたしたちは夕方まで魔獣を倒しながら歩き続けた。
「んじゃ、ここを俺たちの拠点にすっか」
ヴェンさんの合図で、魔導士たちは馬に括り付けていたテントをおろし、野営の準備を始める。今日の魔獣討伐はここまでのようだ。
ヴェンさんは当然のように彼の馬からわたしのテントをおろし、テントを張り始める。
「わたし自分でやりますよ!」
「アンタ、自分でテントなんか張ったことないだろ? 朝の様子見てたらわかる」
「それは……そうですけど。ありがとうございます」
わたしはテントを張るヴェンさんを手伝った。
「ヴェンさんはテント、どうするんですか? 昨日はファロ副団長のテントで寝るとおっしゃってましたけど、ファロ副団長のテント、置いてきちゃいましたよね?」
「あー…………んー……そうだな」
手を動かしながら、ヴェンさんは少し考える仕草を見せた。それから、わたしのほうを見て、にっと口角を上げる。
「アンタのテントに泊めてくれるか?」
「え!?」
「冗談。そんなに慌てんな。傷つくだろ?」
わたしの態度に、ヴェンさんは苦笑いを浮かべる。
「べつに嫌ってわけじゃ……!ないんですけど……」
「わかってる。アンタの一人用テントは団長の指示だから、俺はアンタのテントじゃ寝れないさ。てきとーにそのへんの団員のテントに入れてもらう」
「……ごめんなさい、わたしだけ一人用のテントもらって」
「だから、俺たちは団長の指示に従ってるだけだって」
ヴェンさんはそう言って笑う。でもなんとなく、わたしの言葉に、彼は本当に傷ついたのではないかと、そんな気がしてしまって。
その日の夜、わたしはもやもやした気持ちで眠りについたのだった。
それから3日間ほど、わたしたちはこの場所を拠点に魔獣討伐を行っていった。一日に遭遇する魔獣は30体ほど。明らかに以上な数だ。各地の魔法元素のバランスが崩れているというのは本当なのだろう。
4日目、いつものように魔獣を倒しながら足を進めていると、ヴェンさんのもとに魔力を具現化した赤い蝶が飛んできた。
「それって……」
「ファロ副団長からの伝言だな」
ヴェンさんの指先がその蝶に触れると、蝶はふわりと羽を翻し、一枚の、レター用紙サイズの赤い紙になった。
そこに書かれた文字を、ヴェンさんの目線が追う。彼の表情は、どんどん険しくなっていった。
「なんて書いてあるんですか?」
「魔獣が……俺たちの包囲をどこから抜けたのかわからないが、森から逃げて村を襲っているらしい」
「え、でも、集落の人たちはみんな避難させたんですよね??」
「それが、結構下までくだってるみたいでな……数名、実力のある魔導士を応援によこせと」
どうすっかなーとヴェンさんが唸る。ヴェンさんはこの隊を率いるリーダーなので、自分が隊を抜けて応援に行くわけにはいかないのだろう。
「ボクが行きます」
わたしがそう言えば、ヴェンさんは大きく目を見開いた。
「……言っただろ。俺のそばから離れんなって」
「でもボク、たぶんヴェンさんの次に強いですよね?」
人命がかかっているかもしれない。それなら、できる限りのことをしたかった。力を出し渋っている場合ではない。
「……わかってんじゃん。自分の実力」
はぁ、とヴェンさんは重いため息を吐く。
ヴェンさんは一人の団員を呼びつけると、彼に事情を説明した。
「エアリも行かせるけど、こいつは一応今回が初任務だならな。サポートしてやってくれ。あと、馬にも乗れないから、アンタの後ろ乗せてやれ」
「承知しました」
ヴェンさんはそれから、何人かの団員を呼びつける。応援に向かわせるのは、わたしも含め5人のようだ。
「信頼できる魔導士を選んだから大丈夫だとは思うが……気をつけろよ」
ヴェンさんは大きな掌でわたしの頭を撫でた。ブラウンの瞳にはわたしを心配する色が強く滲んでいる。
「ボクは大丈夫ですから。ヴェンさんもお気をつけて」
「あぁ。…………なぁ、」
ヴェンさんはそうわたしに声をかけてから、躊躇するように口を閉じた。首を傾げるわたしに、言ってもいいか迷うように視線を逸らし、けれどそのブラウンの瞳はもう一度わたしを見据えた。
「アンタ本当は、女だったりしない?」
「え?」
予想もしていなかった言葉に、心臓が大きく跳ねる。
「いや、なに言ってるんだろうな俺。忘れてくれ」
ヴェンさんは慌ててわたしから視線を逸らす。
「気をつけて行ってこいよ」
困ったように笑うヴェンさんに、わたしも困ったように笑い返すことしかできない。
「はい。行ってきます」
団員の一人の後ろに乗せてもらって、わたしたちは馬で森を駆け抜けた。振り落とされそうな恐怖に怯えながらも、団員のお腹を後ろから抱きしめるように腕で掴む。サラシを巻いた胸が背中にあたっていて、女だとバレはしないかとどきどきした。
『ほら!!!!言ったでしょ!!!!ヴェンには気をつけろって!!!!』
『まだバレたわけではありませんから』
セツラとイスナは馬のスピードに合わせてわたしの横を飛んでいた。そういうことできるんだ? いつもは死霊のくせして地に足つけて歩いていたのに。
『ていうかその団員めっちゃ役得だよね。僕が生きてたらエアリちゃんは僕の後ろに乗せてあげたのになぁ』
『まぁ……今夜は悪夢を見る魔法でもかけておきますか』
完全にとばっちり。かわいそうだからやめてあげて。
しばらくして森を抜けると、そのまま道を下っていく。ファロ副団長たちがあらかじめ避難させたため人のいない集落を通り抜け、しばらく走り続けていると、遠くに、先ほどの集落よりは少し大きな村が見えてきた。
「!!!!」
村を襲っていたのは、わたしたちが森で倒していたよりも大きな魔獣だった。しかもどうやら、1体ではないらしい。
「どうしてあんなに大きな魔獣が森を抜けて村に!?」
魔導士の一人が叫ぶ。
ファロ副団長率いる30人ほどの団員と、地方の魔導士なのだろう数名の男たちが、魔獣に魔法をぶつけている。
わたしたちは急いで駆けつけると、馬から降りて臨戦態勢に入った。
「ファロ副団長!」
「エアリか。ヴェンは来なかったんだな。自分で駆け付けたかっただろうに」
「? どういうことですか?」
「いや、いい。さっさと魔獣を倒すぞ」
魔獣を見上げる。体長10メートルはあるだろうか。森で倒した魔獣は5メートル弱ほどだったので、倍以上だ。
ファロ副団長が火属性の魔法を唱える。村の家屋に被害を与えない程度の火で魔獣を焼く。しかし、しばらくして火が消えた後も、魔獣は倒れない。
「火属性に耐性がある……?」
わたしは水属性の魔法を唱えた。魔獣を水の渦で巻き上げ窒息させようと試みるが、いつまでたっても魔獣は呼吸を続けている。これ以上は周りの家屋を破壊しかねないと、わたしは魔法を打ち消した。
「さっきからこんな調子でな。おそらく、あの魔獣は四属性に耐性がある」
それを聞いたわたしの横の魔導士が闇属性の魔法を唱える。闇属性の魔力に包まれた魔獣は、しばらくして意識を失った。
「今のうちに」
魔導士たちが光属性や闇属性の魔法を使って魔獣を攻撃していく。そういうことならと、わたしはセツラとイスナに視線を向ける。わたしが光属性の魔法を唱えるふりをすれば、セツラが強力な光魔法を発動し、魔獣を撃ち抜く。イスナは闇属性の魔力を具現化した日本刀で魔獣を切り裂いた。
グアアアアア!!と大きな断末魔を上げ、魔獣を具現化していた魔法元素が空気中に霧散していく。魔獣は消滅した。
「倒せた!」
「あと2体だな」
わたしが喜びの声をあげれば、ファロ副団長は冷静に残りの数を告げた。
次の魔獣を倒そうと、わたしは走り出す。2体目の魔獣がいたのは、村人たちが避難している広場の近くだった。村人たちを必死に守りながら、何人かの魔導士が魔獣と闘っている。
そのとき、魔獣が雄叫びを上げ、その鋭い爪を村人に向かって振り下ろそうとしているのが見えた。
「!!!!危ない!!!!」
わたしは村人と魔獣の間に滑り込むと、あわてて水属性の魔法を唱え、溢れかえる大量の水で魔獣を押し返す。
続いて光属性の魔法を唱えるふりをする。セツラは魔獣に向かって雷を落とし、感電したのを確認するとすぐさま周りの水を蒸発させた。瀕死の魔獣をイスナが日本刀で切り裂く。2体目の魔獣も、魔法元素として空気中に散っていった。
「一人で倒したのか。すごいな」
ファロ副団長がこちらに向かって歩いてくる。
「そんなことは。皆さんが魔獣の体力を削っておいてくださったおかげで倒せたんです。……残りの1体は?」
「なんとか倒せた。応援に来てくれた魔導士たちのおかげでな」
ファロ副団長の言葉に、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
「死傷者ゼロか。魔獣が村を襲っていることに気付いたときは焦ったが、何事もなく終わってよかった」
そう言って、ファロ副団長は優しく笑った。いつもサクリのせいでしかめ面ばかりしているファロ副団長のこんな顔は初めて見たかもしれない。
「助けていただきありがとうございました」
後ろから声をかけられ振り向けば、年配の女性が地面に両膝をついてわたしを見ていた。
「本当に、なんとお礼を言っていいか」
「いえ、そんな……」
深い緑色の髪に、ブラウンの瞳。その女性には、確かに誰かの面影があった。
「もしかして……ヴェンさんのご家族ですか?」
ヴェンさんの家族は、北の地に住んでいると言っていたはずだ。
「ヴェンを知っているんですか?」
わたしの言葉に、女性は大きく目を見開いた。
「ボクの教育係をやってくださっていて……ヴェンさんには、とてもお世話になっているんです」
「それは本当ですか?……もしかして、ヴェンも来ているんですか?」
「はい。今は少し離れた場所で魔獣討伐をしているんですが……」
「この任務もあと数日で終わるでしょうから、そうしたら息子さんは帰省させますよ」
横にいたファロ副団長が口を挟む。女性はうれしそうに微笑んだ。
「本当ですか!? あの子ったら、なかなか家に帰ってきてくれないから……」
「息子さんには忙しく働いてもらってますからね。なかなか帰せなくてすみません」
「いえいえそんな! お役に立てているならなによりです」
ファロ副団長とその女性はそのまましばらく会話を続けていた。少しして、女性はファロ副団長とわたしに頭を下げると、その場を去っていった。
「優しそうな方でしたね」
「そうだな。……ヴェンが平民でありながら宮廷魔導士になれたのは家族の支えがあったからこそだと言っていたからな」
「そうなんですね……」
わたしは自分の両親の顔を思い出した。突然男装をして魔導士になると言い出したわたしを、心の底から心配しながらも送り出してくれた両親。そういえば、あの日から一度もリタルダンドの家に帰っていない。
「ボクもたまには実家に帰ろうかな……」
「お前は毎週末帰ってるだろ」
「……そうですね」
わたしはファロ副団長に苦笑いを返す。わたしが毎週帰っている家はアラルガンドであってリタルダンドではない。もちろん、ツヅミお兄ちゃんのいるアラルガンドの屋敷も、わたしにとっては第二の実家みたいなものなのだが。
ファロ副団長と別れて、ヴェンさんのいる拠点に戻ったのはその日の夕方だった。
「エアリ! 日が暮れる前に無事に帰ってきてくれてよかった」
ヴェンさんはわたしが無傷なのを確認すると、あからさまにほっとした表情を浮かべた。
「村を襲っていた魔獣はバッチリ倒したので安心してください。ヴェンさんのほうはどうでしたか?」
「この辺りの魔獣はあらかた倒せたな。この調子だと、長くともあと二日ほどで任務を終えれるんじゃないか?」
「そうなんですね。……そういえば、ヴェンさんのお母様に会いました」
「は?」
わたしの言葉に、ヴェンさんは目を見開く。
「ファロ副団長が、この任務が終わったらヴェンさんを帰省させるって言ってました」
「マジで?」
ヴェンさんはさらに目を見開いた。
「いや、まぁせっかくここまで来たんだから、許されるなら帰りに俺だけ隊を離れて帰省すっかなとは思ってたんだが……ファロ副団長もお袋と話したんだな」
「ヴェンさんの話をしてました」
「マジか……いや、べつに困ることもないが」
ヴェンさんは小さくため息を吐いた。
「とにかくお疲れさま。今日はもう休みな」
そう言って、ヴェンさんはまたわたしの頭を撫でる。
「…………これ、なんなんだろうな。男の頭を撫でたいなんて、今まで思ったことないんだが」
去り際に、ぼそりとヴェンさんがなにか呟いた気がした。
「おつかれ〜〜〜〜! セツラもイスナも、今日はありがとう!!」
テントに入ると、わたしはぐっと背伸びをした。セツラとイスナがいてくれたからこそ魔獣を倒せた。村を襲っていた魔獣に対して、今回わたしはわりと無力だったように思う。
『何度も言っているじゃないですか。私の力はあなたの一部だと』
『そうだよエアリちゃん。この剣だって、君がくれたものなんだから』
「……ふふ。……二人がいてくれて本当によかった」
わたしがそう言えば、二人はうれしそうに微笑んだ。
『それにしてもさ、ヴェンのあの態度。君が女の子だって本気で思ってるわけじゃないけど、男の子であるはずの君のことが気になっちゃって、戸惑ってる、って感じだったよね』
『そうですね……このままなにもアクションを起こさないのであれば、まぁ、たいへん不本意ではありますが、放っておくのも手だとは思いますけど』
そう言ったセツラの声には苛立ちが滲み出ていた。セツラはヴェンのことが気に入らないらしい。
「まぁでも、ヴェンさん優しいし、気になっても直接なんかしてくることはないと思うけどな……」
いつものように折り畳み用の椅子に座りながらわたしは死霊二人と話す。これも日常となりつつあった。
『エアリちゃんは警戒心が薄すぎるよ〜〜! 頭撫でられるの嫌じゃない?? 嫌だったらちゃんと嫌って言うんだよ??』
『私が彼の腕を魔法で斬り落としましょうか?』
『それだったら僕の剣でザクっとやっちゃったほうがはやくない??』
「二人とも物騒!!」
わたしは、わたしの頭を撫でるヴェンさんの手のひらを思い出す。セツラやイスナには悪いけれど、嫌……ではないと思う。むしろ、うれしい。
『まぁ、ヴェンって基本的にはいいやつだからね』
そう言って、イスナは苦笑いを浮かべる。
『……そうですね。あなたが宮廷魔導士として活動する以上、頼りになる味方は必要でしょうし』
セツラは諦めたようにため息を吐いた。
「とにかく、明日からも任務がんばろう!……ヴェンさんのことは、ちょっと警戒してみるね」
わたしがそう言うと、二人は困ったように笑って、『おやすみ』を言ってテントから出ていった。
それから二日で森に住む魔獣を全て討伐し、わたしたちは宮廷に帰ることになった。
「ヴェンさんは、宮廷に帰らずこのまま帰省するんですよね?」
わたしのテントを畳むのを手伝ってくれているヴェンさんにそう尋ねれば、ヴェンさんは困ったように頬を掻いた。
「いや……それがな。ファロ副団長が、エアリのこと平民だってお袋に話したらしくって」
「え?」
話が見えず、わたしは首を傾げる。
「そしたらお袋が、お礼をしたいからアンタも連れてこいって言ってたみたいで。貴族様のおもてなしはできないけど、平民ならって」
ヴェンさんは少し躊躇するように視線を彷徨わせ、それから、わたしを見て尋ねた。
「どうする? アンタも、俺の実家ついて来る?」
『うわー!!!!それは断ってもいいと思うよエアリちゃん!!!!』
『なんで婚約者でもない男の実家に行ってその家族に会わないといけないんですか????』
横でセツラとイスナが騒いでいる。わたしは深い緑色の髪にブラウンの瞳をもった中年の女性を思い浮かべる。とても優しそうな人だと思った。ヴェンさんと同じで。……断るのは、少し申し訳ない気がする。
「わたしも行きます」
『ちょっとエアリちゃん!!!!』
『本気ですか????』
横で騒いでいる死霊二人を無視し、わたしはまっすぐヴェンさんのほうを見た。
「本当に? 俺の故郷なんて、なんもないけど。街なかに屋敷を構えてるアラルガンドと比べたら、あまりの見窄らしさに驚くんじゃない?」
「そんなことないです! ヴェンさんが育った場所なんだから、きっと優しくてあたたかい場所に決まってます」
わたしがそう言えば、ヴェンさんは驚いたように目を見開いた。
「……へぇ。俺のこと、そんなふうに思ってくれてんだ?」
ヴェンさんはクスリと笑う。わたしはなんだか恥ずかしくなって目を逸らした。
「それに、サクリ殿下の馬車で帰るのも気まずいですし……正直、いい口実ができたな、っていうか」
「じゃあ帰りはどうすんの?……俺の馬の後ろに乗ってく?」
「いや5日間ずっとそれはさすがに!!アラルガンドの馬車を呼びます! 馬車が来るまでは宿に泊まって……」
わたしが必死に否定すれば、ヴェンさんはまた笑う。
「帰る場所は同じなんだから、べつにいいだろ?」
「えっと……!」
「……そんなに嫌なら、馬車が来るまで俺の村に泊まればいい。俺の家が嫌なら、村長の家なら来客用の部屋もあるし」
「あの! 本当に! 嫌ってわけじゃなくて」
必死なわたしに、ヴェンさんはふっ声を出した。
「わかってる。アンタがいつも一人になりたがるのは、なにか事情があるんだろ? 無理には聞かないから、安心しな」
ヴェンさんはまた、その大きな掌でわたしの頭を撫でる。最近こればっかりだ。癖になってしまったのだろうか。彼も、わたしも。
「ま、村まではすぐだからさ。俺の後ろ、乗ってくだろ?」
わたしは、ヴェンさんの馬の後ろに乗って、彼の生まれ育った村––––––小さな集落へと向かったのだった。




