コピペ令嬢と鈴蘭の姫
「お会いできて大変嬉しゅうございます。ようこそ識美宮へ」
自然に場に溶けゆくような涼やかな声でこの宮の主人は私を迎え入れた。
一番最初に訪れることになったのは識美宮、代々灰紅から来た姫君の宮殿である。宮の外観は白に近い色のレンガで造られた落ち着いた現代地球で言う西洋風のお屋敷のようなものだった。どちらかというと陛下とお会いしたあの本体の城に似た造りのように見えた。その中で一番の特徴は大きな時計だろう。デザイン性と機能性を両立した時計が宮の外観の中央に目立つように建設されている。大きな屋敷に大きな時計があるそれはまるで図書館や学校のような雰囲気がある。
「こちらこそ、本日はお招きどうもありがとうございます。初めまして、白水より参りました白雪宮の月華と申します」
そう言った私の今日の格好はいつも通り白が基調のドレスではあるが刺繍糸が灰に近い銀糸で胸元に花の刺繍がしてある物であり、靴のリボン、いつもつけている月華の花の髪長飾に加えてつけた髪紐などは紅色である。
これは外交相手の色を身につけて仲良くする気があることを表している。ドレス自体は御当主様にお呼ばれされた時の服装に近く、胸元が今流行りの漢服のような意匠のドレスだ。暖かい気候で良かった。随分と流行りのドレスが着やすい。
「ご丁寧にどうもありがとうございます、灰紅から参りました識美宮の霞と申します」
建物の内部に入って、そう挨拶し合う。ここでは身分は同一であるが互いに敬意を表して最上級の礼をする。そうして、初めの挨拶が終わったら宮のエントランスから中央の扉を通って応接室に迎えられる。
「どうぞ、おかけください」
そう言った彼女の周りにいた侍女が引いてくれた椅子に座る。革製品の多い白水と異なる木の椅子だ。美しい彫り物が施された椅子に上等な生地を使ったクッションが敷かれていて背中もお尻も痛くない。
しずしずと識美宮の侍女がテーブルに歩み寄りティーカップとお茶菓子をおく。チューリップの花を上から覗いたような可愛らしい形のティーカップに透き通ったお茶が注がれている。お菓子は一口サイズの焼き菓子だ。灰紅で栽培されているらしい、ころんとした鈴のような花を模したそれがわざと重なるように食器の上に置かれていてとても愛らしい。
「長旅でお疲れの中、早々にお呼びたてしてしまってごめんなさいね」
私の髪とは異なった灰色に近い銀髪、落ち着いた色彩の赤色の目、微笑む唇は薄く、全体的な雰囲気は物静かなお姉さん、と言うところだ。着ているドレスも流行りの漢服の意匠ではあるがプリンセスラインのように広がっておらず、どちらかというとエンパイアラインのようになっている。肩と腕を隠す羽織りはくすんだピンク色にグレーのキラキラした刺繍糸で花の刺繍が入っていてオシャレだ。髪は編み込みの入ったサイドテールにされており、水色のリボンでまとめられている。どちらかと言うと落ち着いたデザインと色合いが多い中でくっきりとした鮮やかな紅色に彩られた唇が色っぽい。確か事前情報によると年齢は私の(と言うか七の姫の)三歳上の二十歳。大人っぽく落ち着いているが、まだまだ歳若い。気やすい口調に変更したのは堅苦しい挨拶が終わったからだろう。
「どんな方か気になってしまって、すぐに呼んでしまうの。一番最初に来たものだからもう四人も呼んでいるのにね」
そう、霞妃は言うが実際のところは五宮の暗黙のルールがあるからだろう。五宮にやって来た妃が名実共に妃として認められるのは他の四人の妃への挨拶と陛下の最初のお渡りがあってから。だから私はまだ月華様と呼ばれているのだ。
「他の宮の方々はどんな方でしたの?この後もお呼ばれしていて、緊張しないように人となりを教えてもらえないかしら?」
敬語が混じらないように注意しながら私はそう聞く。ある程度の事前情報は仕入れてあるが情報はいくらあっても良い。
「そうね、わたしの次に来たのが瑠璃宮の華恋妃、あの土地特有の繊細な美しさを持った方だったわ。大人しい方で貴女に歳が近いし仲良くなれるかも。
そしてその次に来たのが宝玉宮の麗晶妃、とても豪華な美しさで、この国有数の豊かさを誇る茶赤そのもののような方だったわ。頼り甲斐のある性格をしてらっしゃるから、困ったことがあったら頼ってみてもいいかもしれないわ。
その次、貴女の前に来たのが花香宮の清泉妃。とても愛らしい方よ。私たちの中で最も若い方なのだけど、しっかりしてらしたわ」
大人しい、頼り甲斐がある、しっかりしている。性格の部分に重点を置いた情報だ。容姿やご趣味は事前情報で集められるから実際に会ってわかった情報というのはありがたい。しかし、瑠璃宮の華恋妃は大人しい、か。てっきり我儘だったり反骨精神旺盛な方なのかと思っていた。ならば、なぜ。私に招待状を送って来なかったのだろう?五宮において暗黙の了解であろうとそれを汲み取れない妃の評価は下がる。大人しい方なら尚更、早く招待状を送りそうなものなのに。お身体の具合でも悪いのだろうか。
「こんなところで良いかしら?」
私が考え事をし始めた頭がその一言で我にかえる。陛下のご挨拶の一件で気を引き締めようと思っていたのに。
「は、ええ、どうもありがとう」
はい、と敬語を使いそうになって慌てて直す。これだから気を抜いてはいけないのだ。私は他の妃達と比べるとどう足掻いても教養も振る舞いの自然さも足りないのだから、美しく振る舞うことを留意しなければならなかったのに。反省。
気を落ち着かせるために出されたお茶に手をつける。透き通ったオレンジっぽい茶色をしたそれは紅茶のようだ。紅茶は前世からして詳しくないが、香りもいい。
「美味しい……」
自然と口から出ていた。渋くない、苦くない。それでいて口の中はすっきりとしている。えっ、すごい。お茶ってこんなに美味しいのがあるんだ?!
「喜んでもらえて嬉しい。それは灰紅でつくられたものなの。紅水茶と言って低地でも香り高く色も美しいお茶になるようなもので、灰紅が胸を張って他の土地にお出しできる物のひとつよ」
美味しさにびっくりしている、私に軽く笑いながら霞妃はそう言う。灰紅の地は都のすぐそばだ。都の南にあたる金藍、黒緑と都に挟まれた土地だ。だから、霞妃は一番最初に着けたのだろう。別に一番最初に着くことが偉いわけではないが、一番最初に着けば最後まで招く側になれる。そして、一番最初に陛下に挨拶することができる。まあ、私は一番都に遠いので最後なのだけど。良いんだ、最初と最後は印象に残りやすいって言うし。
話がそれた。灰紅という土地の話だ。温暖な気候ではあるものの、灰紅自体は土地面積がそこまで大きくない。農耕にそこまでの面積を割くことができないでいるため、例えば花やお茶、少量が高価なものを栽培している。そして彼の地で重要とされているのは物流である。南側に位置する土地が都に行くには大体灰紅を通る。だから陸路を掌握できているのだ。そして灰紅は知識階級の多さでも有名だろう。宮廷に出仕する者は各土地の中で最も多い。
「確か、灰紅にはとても大きな図書館があるとか?」
「ええ、ご存知だったのね。そう、それも灰紅が胸を張れるもののひとつなの」
自分の出身地を褒められてか、嬉しそうな霞妃は軽く目を閉じて夢を見ているような心地で語る。
「この宮にある時計も見た?あれはこの国最大の図書館にあるもののレプリカなの。初めて今の形の時計を発明したのも灰紅のもの、どう?美しいでしょう?」
「ええ、とっても」
おそらく灰紅が大好きでおられるであろう貴女の顔も。好きな物を熱心に語る様子というのはとても好ましい。識美宮、と名付けられたのもそんな灰紅の背景があるからだろう。彼の地の知性を讃えている。
お菓子とお茶がなくなり、私はそろそろお暇することにした。あまり長居するのも、よろしくない。
「おもてなし、どうもありがとう」
その言葉に終わりを察した霞妃がにこやかに笑う。やはりその姿は、灰紅で多く育てられている、鈴蘭のような花に似ている。
「とても楽しい時間だったわ、また遊びに来てちょうだいね」
その言葉を少し裏切るように私は聞く。
「最後にひとつよろしいかしら」
霞妃は少し目を丸くさせていたけれど頷いてくれた。
「貴女から見て、陛下はどのような方かしら?」
そう聞く。
霞妃は絶やさなかったにこやかな微笑みをもっと深くして、満面の笑みで言う。
「とっても素敵なお方よ。お優しくて、わたしのことも好いてくださって、できるだけ多く平等に、皆にお渡りしてくださるの」
その笑顔は、好きな人の好きなところを語る、ただの恋する少女のようだった。それがかつての七星に似ているような気がして、霞妃を好ましく思いつつ、私は少し寂しくなった。
識美宮を出ていく。たくさんの侍女に囲まれながら霞妃が変わらぬ笑顔でお見送りをしてくれた。穏やかな風が、庭に咲いた鈴蘭のような花を揺らしていた。
私生活が忙しくて更新がままならなくてすみません。これからは週一、週二程度の更新になりそうです。




