コピペ令嬢と牡丹の姫
「ようこそ、我が宝玉宮へ」
豪華絢爛な屋敷の一室で宮の主人は、部屋に全く見劣りせず鮮やかな美貌で笑った。
識美宮の後にお邪魔したのは宝玉宮である。もちろん一度私の宮である白雪宮に戻ってお色直しをしてからの訪問だ。貴族やお金持ちというのは優雅に見られがちであるが、実際には忙しいというのはこの世界ではやはり間違いではないらしい。一日に何件もお偉いさんとの会食が入っているようなものだ。当然疲れる。
気を取り直して今回のファッションだ。茶赤の方の招待なため、大変気を遣う。茶赤というのはこの国有数の農業地帯である。つまりこの国の食糧の大部分を生産しているところであるため大変豊かな土地なのだ。土地が豊かであればゆとりが生まれる。生きるのに絶対必要というわけではないもの、つまり趣向品の類は多くこの茶赤が流行を生み出していると言っても過言ではない。
つまり、今流行りの上半身が漢服風のドレスも元は茶赤で流行っていたものなのだ。その時点でかなり緊張する。どうしよう、もう流行りは一周して別のものになってますよ、とかだったら。流行りに上手く乗れない妃とか馬鹿にされる対象間違いなしだ。
ということで一層気合を入れたファッションがこちらである。ちゃんと花露らに調べてもらって選んだドレスは、胸の上で縛る形になっている直線方のドレス、というより漢服である。思ったよりガッツリ漢服。胸の上で縛る形のスカートの下に着る形になる羽織は薄手で透け感がありとても可愛い。自分の色を基調にしつつ、相手の出身地の色をワンポイント入れるのが良いので、今回もファッションの大部分を占めるスカート部分は白、薄手の羽織は水色である。ワンポイントとして入れるのは爪紅と口紅、そして髪長飾である。爪と唇はきっぱりとした鮮やかな赤、そして髪長飾はべっこう飴のような色をした平たいものを追加でつける。
そうしてお色直しが終わったら、私は自分の侍女を連れて宝玉宮へ向かう。ちなみに宮と宮はそんなに距離がないので徒歩移動である。エスコートされながらであるがこれは少し珍しいと思う。しかし五宮が歩けるような距離なのは陛下のお渡りのためなのではないか、と気づいて何となく納得しながら私は周りから美しく見えるように留意しながら歩いた。
宝玉宮という名前を聞いた時はまるで財宝でも管理しているようだ、と思ったのを思い出す。まさにその通りである、というように聳え立つ城は、現代日本風に言えば、中華風な御殿だ。茶色の瓦屋根は台形を端でくるりとそりかえたものに金の飾りがついている。柱は赤く円柱の形をして、艶々と光っている。所々に飾られた赤い提灯のようなものの飾り紐が風で揺れて、夜に見たら大層綺麗だろうな、と思う。もしかしたらそれは夜に訪れるであろう陛下を意識したものだったのかもしれない。幻想的な赤い灯りが灯る豪華なお城にあの陛下が訪れるのはとても似合っているような気がして、見てみたい、という気持ちと焦りのような気持ちが同時に出た。
お美しい姿は見たいけれど、それが他の妃の宮に行く姿だというのが焦りの原因なんだろうか。まだ陛下は私の宮を訪れてはいないのだから。陛下は、私の宮をお気に召してくださるだろうか。五宮は美しいものばかりで埋もれてしまいそうだ。
ぶんぶんと心の中で大きく首を振る。いや、そんなことを今考えてどうする。美しいものがいくらあろうと私が、というか七星の美貌が劣っているわけじゃない。ちゃんと前を向け。ご挨拶の前と後に決心したことを忘れるな。私はその辺の者に価値すらつけられぬ、手の届かぬ者になってやろうと思ったのだから。そして、今は今やることをやるだけだ。集中しろ。
たくさんの侍女が私たちに頭を下げる。そうして迎えられた宝玉宮の中はやはり名の通り宝物庫のようにあちらこちらに絶対高いと思わせるような、壺やら置物やらがセンス良く置いてあった。
そうして、案内された一室。おそらく応接室のような役目をする部屋へ私は足を踏み入れる。部屋の奥に着飾った美女がいる。彼女こそこの宮の主人である、と一目で分かった。
私の着ている漢服とは趣の異なる着物のような形の裾の長い漢服だった。艶があり上等な物だと伺い知れる生地をたっぷりと使ったそれは袖も裾もまるでベタか金魚の尾鰭のように広がっている。袖と胸元は着物のようで、スカート部分の裾はウエディングドレスのロングトレーンのようだ。艶がありウェーブをかいている赤茶の髪は纏め上げられ童話に出てくる乙姫様のように複雑なアレンジを施されている。それを彩るのはたくさんの種類の髪長飾だ。しゃらしゃらと音を立てそうな金の細い札のような物が幾重にも連なったもの、梅や牡丹の花を模した飾りがついたもの、べっこう飴のような色の平べったい飾りや櫛のような形をしたものがシンメトリーを髪を縫い留めている。
思わずほおっと息を呑む。これまであった中で一番豪華なお姫様であることにもだが、驚くべきはその美貌だ。こんなにたくさんの飾りや派手な形のドレスを着てなお、それに見劣りすることがなく、何ならそれらの飾りは全て引き立て役に過ぎないというような自信に満ち溢れた鮮やかな美貌。霞妃とは正反対の美だ。唇を彩る赤は赤ということは同じであるのに全く異なって見えた。霞妃のは血のような真紅に近く、宝玉宮の主人のものは燃える炎のような緋色に近い。どちらも麗しく、艶やかに魅せており私はその色気にドキドキしてしまう。
「私が宝玉宮の麗晶よ、白水の姫、白雪宮の月華ね。招待に応じてくれてどうもありがとう。これからよろしく」
最初から敬語を抜いている。あくまで私たちは同格である、と宣言するようだ。やり方は随分さっきと違って面食らったがそれはそれでやりようはある。
「ええ、麗晶妃。お会いできてとても嬉しいわ。これからどうぞよろしく」
余裕のありそうないつもと変わらない笑顔を意識してつくる。精神的にも肉体的にも一歩も引かずに私は堂々とした振る舞いを心がける。それに麗晶妃はゆるりと口元を緩める。張り合ってくるのが面白いのだろうか。
「せっかくの昼時だもの、昼餉を用意したわ。食べながら話しましょう」
麗晶妃がそう言うと、奥の扉が開いてずらずらと皿を持った侍女達が歩み寄り、瞬く間に食卓を作り上げる。現代地球では満漢全席と言うんじゃないか、と思うほどのご馳走が私の目の前に広がる。
「さあ、どうぞ」
いつの間にか私の近くに来ていた相手方の侍女の一人が椅子を引く。背面が見事な彫り細工になっている美しい茶色の椅子だった。
「紫茄子、海月の冷菜でございます」
コース料理が始まる。私たちは料理の説明を受けつつ、一人分皿に取ってもらった物を食す。紫茄子はやはり一般的な茄子で、この料理では皮を取られた薄緑の中身がクタクタになった物だった。海月も変わらずだ。この世界そもそも海あるんだ、という驚きがある。陸路の話は出てきても海路の話は出てこなかったので、てっきりなかったりするのだろうかと思い込んでいた。
冷菜、という言葉通り冷たい。前菜の分類に入るだろう物だ。私は久方ぶりの再会を果たしたお箸を心の中で感激しながら手に取って料理を口に運ぶ。
「あら、貴女慣れてるのね。他のものは箸に不慣れなのに」
感心したように言う麗晶妃に私はやはり笑顔で返す。
「白水の家で失礼のないように躾けられましたの」
まあ、躾けられたのは本当だけど箸に慣れてるのは前世からだ。繊維が柔らかく噛みきれて、とろっとした茄子とコリコリとした海月の異なった食感が面白い。
「白水の御当主様は、とても素晴らしいお方だと聞いているわ。その分だと教育もおできになるのね、学校制度の基礎を広められたお方だったかしら」
さらりと言う内容から他の土地のことも当然ながら把握している、ということが伺い知れる。それにしても、御当主様、か。あまり食事時に思い出したい人ではない。いやいつだって思い出したくはないが。あの笑顔を思い出すと寒気がするのだ。政策が立派なのはさておき人格が怖い。
「ええ、とても素晴らしいお方で、私も本当にお世話になったわ。白水のこと、お詳しいのね」
恐れをグッと心に押し込めて、事実ではあることを言いつつ話を広げる。前菜はそろそろ無くなりそうだ。
「実は個人的に関わりがあってよ。白水の土地の宝飾品は質が高くて、素敵なものだから。そうそう、ちょうどこれも、白水のものよ」
そう言いつつ花を模した髪飾りを見せる。確かに私がつけている月華の花を模したものと似ている。
「気に入っていただけて嬉しいわ、職人達は白水の誇りだもの」
そう返すとうふふと二人で笑い合う間ができる。
「失礼します、人参の温菜をお持ちいたしました」
そうやって会話の間を縫って出されたのは人参と筍、あとは大根?のようなものを細く切った炒め物だ。前菜の中でもあったかいものをおそらく温菜と言うのだろう。
「気づいているでしょうけど、五宮でお出しする際には料理を少なくしているの。だから種類も少ないのよ。都でお出しする際の特別版だと思ってちょうだいね」
実際に満漢全席を出されたら困るところだったので私はそれにホッとして胸を撫で下ろす。口に入れた温菜はしゃくしゃくしていてとても食べやすい。しかし香菜が入っているのか独特の香りがして、食べれはするものの少々苦手な味だった。
「これで貴女は三つ宮を巡ったところかしら。どう?ひとつひとつ特色があって面白いでしょう」
五宮に新しく来た妃を招待する場合、五宮に足を踏み入れた順番に招くことになっている。だから、本来ならば私は麗晶妃の言葉通りこれが三つ目の宮でなくてはならないのだ。私を招かなかった、華恋妃。彼女はいったいどうしているのだろうか。
「いえ、二つ目よ。華恋妃と少々すれ違ってしまって。霞妃の識美宮も美しかったけれど、貴女の宝玉宮もまた異なった美しさで壮観だったわ」
できるだけ華恋妃から招待が来ていないことをさらっと話に織り交ぜる。別に私は彼女を貶めたいわけではない。その意図は麗晶妃にも伝わり彼女も同じだったのか、少し眉を動かした程度でその事実を流した。
「そう。褒めて頂いて嬉しい。他の宮もじっくり見るといいわ。その後でもこの宝玉宮の美しさは決して褪せたりしない」
そう麗晶妃は胸を張る。やはり色っぽく艶やかで美しい。彼女は現在五宮の中で最も歳上である。齢は二十三。まさに女の盛りというところだ。体型は今まで見た霞妃や私に比べるととてもグラマラスだ。どことなく少女から抜け出ていない身体付きが多い中で彼女の肢体はまさに実った果実のようだ。
それにしても、と私は温菜を口に入れつつ視線をあたりに巡らせる。美女、美女、美少女。宝玉宮はどこを向いても美女だらけだ。髪飾りなどを見ても他の宮と比べて侍女の格好としては派手だ。まあ、この宝玉宮の豪華さであれば、それも浮くことはない。しかし私はどことなく、この侍女の選別にした茶赤の上層部の思惑を勘繰ってしまってどことなく居心地が悪い。そうでなければ良いな、と思う。
「メインをお持ちしました。燕、翅、焼烤の順番でお出しいたします」
そう言われつつお出しされたのは、何だろう、これ?ぷるぷるとしたコラーゲンの塊のようなものだ。まあ、お出しされる順番からして燕である。多分高級食材とされる燕の巣の料理であろう。燕、いるんだ。ということは置いといて。失礼のないように内面の驚きを隠しつつ食べる。本当に見た目通りぷるぷるしていて、本体の味はほとんどしない。煮込んであるのか出汁のお味ばかりがする。思ったより癖がなくてホッとしながら食べる。
「それにしても、麗晶妃は本当にお綺麗だこと。何か秘訣など教えていただけないかしら?」
食べながら聞きたかったことを聞く。すると少しだけ麗晶妃は声を大きくして快く話してくれる。讃えられることなど慣れているだろうに。美容に関心が高いのかその話ができて嬉しそうだ。
「そうね、特別に教えてあげるわ。まず第一に好き嫌いせずたくさんの種類の物を適量食べることね。第二には様々な香油を使ったマッサージかしら、もちろんお風呂にはきっちり入ることね。温まった身体をほぐすことで美しい身体を手に入れるのよ。それとこれは特別、花のエキスを身体に塗ること、例えば芍薬なんかは、」
熱が入った話は止まらず、給仕が少しの間滞ることになった。
「貴女の美容法も随分勉強になったわ」
そうやって一通り美容方法を紹介しあい、今は食事が終わりお茶を飲んでいる。あの後、フカヒレ、子豚の丸焼き、天心、お粥、とたくさんご馳走になってお腹はパンパンである。しかしあのフカヒレのとろっとさ、天心のジューシーさと言ったらもう、筆舌に尽くし難い。まさに絶品だった。
「そんなにお美しいのに美容に気をかけるなんて、陛下が羨ましいわ。ねえ、貴女から見て陛下はどんなお方?」
妃全員に聞くと決めていることを私は改めて聞く。すると、熱をすっと引いて麗晶妃は深く微笑む。
「そうね、お優しいお方というのは間違いないでしょうね。妃全員に分け隔てなく、平等に扱おうとしている。間違いなく良き王でしょう」
きっぱりとした口調でそこまで言った後、どこか遠くを見るような目で少し声のトーンを落とす。
「そしてお寂しくそれが何より美しい方、」
豪華な美貌が夢をみるようにそう、柔らかく呟く様は包容力を感じさせる。さすがは先代の寵妃、国母を輩出した宮の主人だ。スタイル抜群で艶やかで色気がある美貌で包容力があるなど、男の人どころか皆惚れてしまうだろう。そう、あけすけに思いながら私は、出されたお茶を啜った。器に花が開いてお茶の中で浮いている。最後に出すのも花茶だなんて最初から最後まで豪華なことだ。
「今日は楽しかったわ。それでは、また」
赤い飾り提灯が揺れる宮の玄関までお見送りされて私は麗晶妃と挨拶を交わす。そして、最後に彼女は周りに聞こえないくらい小さな声で囁く。
「華恋妃を気にかけてくれるかしら」
なるほど、面倒見の良い性格というのは当たっていたようだ。霞妃の観察眼にも麗晶妃のお優しさにも感心しながら私は宝玉宮を後にした。
ボリュームのある昼餉でお腹が重いことを隠しながら、歩く。少しだけ振り返ると赤い飾り提灯を周りに置きながら、まだ。大輪の牡丹の如き美貌の妃が私を見送っていた。




