コピペ令嬢、都へ行く
「ねえ、明日にはあなたがいなくなっちゃうなんて、考えられないわ」
七の姫にあてがわれたカーテンも閉め切った、静かな部屋で七星の言葉は柔らかな響きを持っていた。
「私もだよ、」
私が頑張ってそうして掴んだことは結果的に大好きなこの子と離れ離れになることに繋がっていた。七星がくれた居場所、この子の隣から私は明日出ていくのだ。それをわかっていなかった訳じゃないけど実感がなかった。
「私がこの世界に来た時からずっと一緒にいてくれたもの」
言葉にしてみるとすごく幸運なことだ。寂しがりやで、育ちから警戒心がない七星だから私を受け入れてくれた。良くも悪くも。
「寂しくなるわ、だってあなたが来てからとっても楽しかったのだもの」
「これからも、いやこれからの方がきっと楽しいよ、七星。織のお姫様」
そう言うと七星は口を尖らせながら頬を膨らませて赤くなる。
「もう、揶揄わないで!」
あはは、と私が笑うと七星の顔はまた戻る。少しだけ憂いのある、とても柔らかな笑顔だ。
「織が居てくれるとしても誰が居てくれるとしても、それはあなたの代わりがいるってことではないわ。他の誰が居てもあなたが居ない明日を少しだけ悲しませてちょうだい」
そう言って私の両頬を包むように手を添えて、焼き付けるように顔を見つめ合う。明日からは二人で眠るこの時間がないのだ。私にとっては何にも変え難い一時がなくなる。
夜は長いから一人きりは少し寂しい。私には寂しい夜も必要だけれど、七星には最低限であって欲しいと思う。まあ、それは私が願わずとも叶うだろう。織がきっと七星のそばにずっといるだろう。
うんと幸せになって欲しい。今まで寂しかったことを忘れるくらい。私が居たことで少しだけ寂しくなくなったことを上書きするくらい楽しくなれば良い。そう願って、私は目を閉じる。
白水、最後の夜はこうして終わった。
引きずらないくらいのスカート丈のドレス、ほんの少しだけ踵の高い足首でリボンを結ぶ靴、寒くならないように毛皮のショール、名前にもなった花がモチーフの織特製の髪長飾。そうやってめかし込んで、私はこの屋敷で最後の着替えを終える。
そうして、支えてもらいながら屋敷を一歩一歩踏み締めるように歩く。時間にして半年いたかいなかったくらいだけれど、確かにここは異世界での私の家だ。寒い中で暖かく暮らせるように工夫の詰め込んだ、伝統文化にあふれた豪華な屋敷から外に出る。
出口には前乗ったのより幾分豪華な箱のソリがもう出発準備を終えて待機して居た。その周りには御当主様を筆頭に貴人が勢ぞろいだ。皆装飾を多くつけている上に美貌揃いなのでキラキラしている。目に眩しい。
「それでは、都で達者に暮らせ。この白水の文化と民を忘れずに暮らすが良い。お前の振る舞いにこの白水の民の生活がかかっていることをゆめゆめ忘れるでないぞ」
輝かんばかりの美しい笑顔と珍しい尊大な言葉で御当主様はそうやって圧力をかけてきた。最後まで全くブレないなこの人、と思いながら私は笑顔でそれに応じる。
「はい、白水に恥じない妃としての振る舞いを心がけます。それでは、ご機嫌よう。どうかこの白水に栄光が在らんことを」
もう身体に染みついた最上級の礼をする。背筋は伸ばしたまま、スカートをつまむ指の先まで美しくあるように心がけた礼だ。礼ひとつで、この娘が妃に選ばれたのは当然だと思わせなければならない。
礼をした先には多くの貴人に埋もれるように大好きな七星がいる。まだ、正式に婚礼をして居ないために未だ七星は屋敷にいる。ああ、本当に花嫁姿見たかったな。多くの人がいる中では彼女を抱きしめることもできずに別れるのだ。それだけが悲しかった。
「月華様、お時間です。お乗りください」
「ええ、ありがとう」
そうして、私はソリの箱に乗る。エスコートされているからよそ見をしながら階段を登っても大丈夫だった。
さようなら、私に居場所をくれたあなた。どうかあなたが住まうこの白水が永遠に繁栄すれば良い。もう、一生会えなくとも。私は七星の変わらぬ幸福を願っている。
「さようなら、」
ソリが私と私付きの侍女を乗せて動き出す。窓に縋りついても、すぐにあの子の姿は見えなくなった。
「馬車は数時間かけて、駅へと向かいます。月華様どうぞおくつろぎください、旅は長いのです」
そう言ったのは私の一番の侍女、というか従者だった。
「ありがとう、花露」
名を花露という彼女は括り上げた白銀の髪を一本の目立ちすぎず上品な平面的な飾りで彩っている。その顔はクールであくまで業務を執行したまでという態度を崩さない。
私への態度は兄とも違うが傾倒しすぎない所が似ているなあと思った。そう、兄。花露は織の妹である。少し吊り目気味の目がよく似ている。
どういう経緯でその彼女が私の従者になったのか。話は顔見せの結果が伝わってすぐ、嫁入りの準備をして居た冬に巻き戻る。
「これより、月華様に仕えさせて頂きます」
そうして私の目の前には十数人の侍女の方々が並んだ。私が正式に陛下の妃に決定したことで、都に着いてきてくれる侍女の方が再編成されたらしい。その中にはあの、まだ幼そうな七星のお気に入りの髪飾りを覚えていた彼女も居た。
一人一人挨拶をしてくれた中で一人、最も印象的だった人が花露だ。
「月華様に表向きには侍女、裏向きには薬師として仕えさせて頂きます、花露と申します。御当主様から体調管理を仰せつかまりました。都でも勉強した知識をあなた様のために振いたく存じます」
そう、深々と頭を下げてくれた花露を見て、私は一瞬おや、と思う。どこかで会った気がしたのだ。
「これからよろしくね。……、ところで失礼かもしれないのだけど、どこかで会ったことあるかしら?」
あまり多くの人と関わった覚えがないため少し考えれば思い出せるはずなのだがどうしても出てこない。顔が見たことあるはずなのに。
「僭越ながら申し上げます。わたくしに遠慮はいりません。妃とあろうものが侍女に失礼であることなどありません」
はっきりと言い切られて私は内心、やってしまったと舌を出す。現代地球では庶民であったから他人にあれやこれやと命令する立場というのは慣れないのだ。チヤホヤされたり、お世話されたりするのは好きなくせに。なので内心、侍女、と言い切るのも気まずく侍女の方とも言っていたのだけど、それもおそらくまずいだろうなと思って改めることにする。
しかし店員さんだって定員さんと呼んでいたわけで、そこから呼び捨てにするとなると結構気後れする。しかし身分に応じた振る舞いというのはしなければならない。私はもう、この国の妃なのだ。
「忠言、どうもありがとう」
そう、私は頭を下げずに堂々とした態度で言う。身分に応じた振る舞いをするが、人間として敬意を忘れてはならないだろうと言うことを胸にやっていこう、と思う。そんな私に軽く首を振って、花露は変わらない表情で口を開く。
「当然のことをしたまでです。しかし、月華様のお許しがいただけるならひとつ個人的なことを口にしてもよろしいでしょうか」
「許すわ」
間髪入れずにそう言うと、花露はほんの少しだけ表情をやわらげて頭を下げる。
「兄、織がお世話になりました。妹としてお礼申し上げます」
「えっ、あなた織の妹なの?」
私の思わず素の驚きと言葉遣いが出たことを流しつつ、花露は頷きながらそれを肯定する。彼女の侍女としてまとめあげた髪に平面的な髪長飾がひとつ刺さっていた。
というわけで花露は私の侍女になったのである。表向きは。本当の役職は専属の薬師であるが、それをあからさまにしてしまうといけないので表向きは侍女である。おそらくは五宮、妃たち専属の薬師が用意されているわけでそれなのに、故郷から専属の薬師がいるというのは相手を信用していないようで失礼な行為なのだろう。
しかし、私が行くのはいわばこの世界の後宮である。そりゃあいた方がよろしい。というわけでちょうどよく、都にまで留学して女である花露が御当主様に選ばれて私の侍女に任命されたというわけだ。
それにしても。
「駅って言ったわよね、」
花露は駅に向かう、と言っていた。何があるのだろう。流石に電車や新幹線はないのだろう。
「そこで別の馬車に乗り換えるの?」
そう言うと花露は少しだけ目を丸くした。その後すぐにいつも通りの顔に戻ると。
「ああ、月華様はご存じではなかったのですね。無理もありません。アレは長距離移動にか使いませんもの。この後は汽車に乗って都へと向かいます」
「汽車?」
そこにあるのは、本当に私が思う汽車だった。煙を吹く大きな機体。レールがあるザ、駅。
いや、汽車あるんだ!?
ここ最近で一番の驚きである。あるんだ。てことは蒸気機関があるのか、この世界。いや仕組みまで同じとは限らないけど。
それにしてもうっそおって感じである。動物が引くソリの次に見たのがこれなら驚く。確かにこれなら離れた土地と土地の間でも交易が割とできやすいけどさ。近くに工場街もあるのだと聞くとああ、と納得がある。そうね。輸入した材料とか搬出しやすいものね。
そうやって驚いている間にあれよあれよと私は促されるままに汽車に乗る。駅に人がほとんどいないのは貸し切りになっているからだろうか、と思い権力を見た気がした。それにしても、当たり前のように通された席は豪華だ。多分一等客室とかそう言う感じに言われるタイプのものなのだろう。一般庶民の私が豪華な鉄道旅なんて素敵!とウキウキしている。しかし残念なことにこの時代、この世界の汽車には寝台は無いようだ。と言うことは当然ながらお風呂もないだろう。そんなぁとガッカリした。このまま都へ向かうと言うことは途中で停車することもないのだろうか?そう思って花露に聞くと。
「そうですね、ここから五日間ほどかかります。途中で停車しますが降車はできないかと」
と無慈悲な返事が返ってきた。何てこった。無水シャンプーもないこの世界で五日風呂無しはキツイ、と凹んだ私に気を使ったのか優しい声音で花露がご機嫌をとってくれた。
「ご安心を、陛下にお会いする前にはお風呂に入れますので。それにお気になられるようでしたら布でお身体をお拭きいたします」
そりゃあ陛下にお会いする前には入らなきゃすごい悪い意味で印象に残ってしまうものね、と思いつつ。そうか移動中は蒸しタオルすら無理か、とガッカリしながら覚悟を決めたのだった。
ガタンガタンと揺れる車内でお行儀よく座る。昔地球で見た映画では他国に嫁に行くお姫様が馬車に乗りながらカードゲームをしていたけど、こちらの世界にはそういうのはないのかなぁと思う。退屈だ。座っているだけって言うのも疲れる。立っているのも嫌。座っているのも嫌。ならば寝転んでたいのかと言うとそれも違うという何がしたいんだ私は、と言う状況になりながらとりあえず窓の外を見ている。と言ってもまだまだ白水内なのか変わり映えのしない景色である。この暇が五日間ずっと続くのかと思うとゾッとして花露に話しかける。
「ねえ、都に行くにはいつもこんな長時間座ったままでいるの?」
すると、少し同情するような表情になって、
「そうですね、汽車が一番速いのでわたくしが都に行った際もこんな感じでした。こんなに上等な車両ではありませんでしたが」
と、花露は言う。まあ、確かに椅子がフカフカで人もぎゅうぎゅう詰めじゃなくて一車両丸ごと私と侍女しかいないというのは確かに贅沢だなぁと思う。しかし私は今現在の暇というのがどうにも嫌だった。我儘なことだ。
「都で見たこととか、どうして薬師になったのかとかをお話ししてくれない?退屈で仕方がないの」
ダメ元で頼んでみると私でよければ、と言って話し出してくれた。
「眠くなったらいつでも目を瞑ってくださいね。
わたくしはご存知の通り、餝の家、髪飾りを作ることを生業にする職人の家に生まれました。しかし兄がすでにおり、後継として申し分ない素質を持っておりましたので、わたくしが継ぐ必要はなかったのです。
わたくしが生まれた頃にはちょうど今代の御当主様の政策により学校ができておりましたので、わたくしも通っておりました。そうすると色々なことを学べました。わたくしは人より勉強ができることもわかりましたので、それを使って何か食いっぱぐれのない仕事を探そうと思いました。
そうして、勧められたのが薬師でした。女の薬師ともなれば、男には立ち入りが難しい場所にも行ける。つまりは需要があり、供給が少ないと言われましたので食いっぱぐれがないと思いました。そうして、わたくし薬師を目指しましたの。こんな理由で申し訳ありません。
え、安心した。それは良うございました。ええ、そして都に行きまして、高名なお方を師として、薬師と名乗ることを許されました。宮廷にお仕えするのとは違ってテストはないのですけどね。そう、都でしたね。良いところでしたわ。豊かで、中心地ですからいろんな土地の人や物が集まっていて、気温も穏やかで、そうだ、月華様は果物はお好きですか?良かった、白水では珍しい新鮮な果物が食べられるのです、」
花露の話し方は優しかった。最初に忠言をしてくれたのでお堅くて少し厳しい性格なのかと思っていたけれど、それは必要だからしただけで真面目で良い人なのだろうなということが伺える。
話を聞きながら私はいつのまにか目を閉じていた。
話をしたりご飯を食べたり、寝たりそんなことを繰り返して三日目に目覚めると窓からの景色が変わっていた。
「月華様、ご覧ください。これが白水と茶赤の境、この国有数の農業地帯でございます」
茶色の土に一面の緑が見える。ここからでは何が植えられているかは分からないが、白水の屋敷あたりでは見られなかった光景に目を奪われる。
「確か、ここが白水では珍しく一年中農業ができるところだったかしら」
「ええ、ここは白水の最南端、ほとんどの食物がここで作られるものと外からの輸入で賄われております」
土地と土地の境を越えたということは、もう白水よりも都の方が近いのだろうか。
「ねえ、あなたは陛下にお会いしたことがある?」
もう少しで私は夫になる人に出会うんだな、と思って出た発言だった。改めて考えるとすごいことだ。夫になる人が王様って。今更そんなことを考えていると気を使うように花露は言う。
「いえ、わたくしなどは一度も。でも評判はとてもよろしいお方です。美しく、知略に富み、お優しいお方だと」
七星が前に言っていたようなことを言う。皆同じようなことを言うということは真実なんだろうか。いやそりゃ住んでる国の王様を悪く言えないような気もするので話半分くらいに聞いておこう。そんなことを思っていると花露が気遣わしげに私の両手を握る。
「大丈夫ですよ、きっと素敵なお方です」
心配させてしまった。そりゃ嫁に行く最中に相手の話を聞いたら不安がってるのかなと思われるか。あんまり心配はさせたくない。何せそんな大層なことを考えてもいないし自分で妃に選ばれようとして選ばれたのだから。悲劇性とかひとつもない。
「ありがとう、」
お礼を言いつつ、私はあと数日で出会う自分の夫になる王様のことを思い浮かべる。
お妃を今決めるというならお若いのだろうか。どんなお顔をしているのだろうか。できればとても美しい人だと良いな。あと性格もそこまで悪くないと良い。あと一番大事なこと。堕落するような人じゃないと良い。
そんなことを考えているうちに、私は汽車の中での旅を終えた。
そこはとても暖かいところだった。頬をくすぐるような柔らかな風が吹いている。空は青く陽の光が差して眩しかった。白水の空は曇っていることが多かった。そりゃあ一年の半分は雪が降っているようなところだからそうなのだけど。全く別の場所に来たんだな、ということがよくわかる。
「白水の月華様ですね、お待ちしておりました。馬車を用意しております、お乗りください」
そうして乗った馬車は箱の部分がとても豪華で細かな細工がとてもたくさんしてあった。金を基調に紫の石があしらわれているのは、この国の王の馬車だという証なのかもしれない。
カタカタと石畳を走る音がする。整備された道路も、道沿いにある建物もどれも美しい。青が混じったような灰の石畳に、レンガらしき赤茶、まさに現代でいうヨーロッパと言われて思い浮かぶような景色は私をうっとりとさせる。道ゆく人々の髪も目もいろんな色があってそれが色を混ぜた絵のように様になっていた。
そうして衛兵に門を開けられて入っていった先はお城である。線対象てきな造りにレンガなのか黄色の壁と赤茶の屋根、ヨーロッパのお城、と言われて思い浮かぶような尖った高い屋根のあるお城ではなく、平坦な屋根のお城だ。白水のお屋敷よりは確実に大きいが、それでも少し現代地球のお城より小さく映るのは妃が住む宮が別にあるからかもしれない。
お城の前と開けた庭の間を悠々と馬車は通ってお城の正面に乗りつける。エスコートされて馬車から降りると、多くの人がずらりと並びその中から特に格好が豪華な方が一人進み出る。
「ようこそいらっしゃいました。月華様。長旅でお疲れでしょう。しかしながら五宮へ足を踏み入れられるのは陛下に挨拶をなさった後でございます。部屋をご用意しております、お支度をなさったらいよいよ陛下とご対面でございます、」
そんなようなことを言いながら恐らくはどこの誰であるということも言ってくれたその人に案内されて私はお城の一室に足を踏み入れる。白水では部屋をあっためなければならないからかどこか閉鎖的に映った屋敷であったが、ここはゆったりと空間を使っている。天井も高く、あちらこちらに煌びやかな装飾がある。
案内された一室は貴人用の客室なのか、とても豪華だった。ベッドがあったので久しぶりにゴロンと寝転んでもうぐっすり寝たかったけれど、それは叶わない。
「さあ、月華様お急ぎください。陛下を待たせてはいけませんし、白水の名に恥じるような格好をしてもいけません。まずはご入浴です。なづな、お湯を張って。花梨、衣装のご用意を。月華様、入浴の準備ができました。どうぞお入りください」
あっという間にお風呂の準備が整い私は五日ぶりのお風呂に入る。しかしそれはゆっくりくつろげるようなものではなく、汚れを落とす物だった。慌ただしく行うそれはまるで朝にシャワーだけ浴びて仕事に向かうサラリーマンのようだった。
そうして髪を乾かされつつ、オイルを塗り脂っぽくなっていた髪も身体も綺麗になる。
さて、今日着るのは、やはり白を基調としたドレスであった。白水の妃だからか白を基調に胸元と、裾が水色の刺繍やビーズで彩られて、プリンセスラインのようにふわりとスカートの広がっている。特徴的なのは足がほとんど出ないほど丈が長いことだろう。後ろに至ってはとても長く引きずるようなものになっている。ロングトレーンというやつだろうか。ロマンチックで美しい。肩が出るデザインであったのでその上からこれまた白の毛皮のマントのようなショールを羽織る。髪は半分ほどアップにされてまるで花の冠をかぶっているかのような髪型だ。花の冠の中央、後頭部の真ん中あたりに月華の花を模した織の髪飾りと、星を模した平たい髪飾りをつける。靴は踵が高く、足の先あたりにはビーズの刺繍が入っている。
唇を尖らせて口紅で染める、白粉で肌のアラを隠して、チークで血色を良くする、軽く目を閉じで薄桃のアイシャドウと、キラキラ光るラメを薄らと目尻の方に乗せる。
準備ができた。
一歩一歩、私は慎重に足を踏み出す。これまでで一番高いヒールで長いドレスを着ているのだ。こけかねない。この大一番で。途中までエスコートはされるものの最後の数歩は自分だけで歩まなければならない。
つんのめりそうな分厚い絨毯、キラキラどころかギラギラ光る目に眩しいシャンデリア、横には値踏みするような目をした豪華な格好の人、人。
これ以上なく豪華な一室の奥に鎮座する、この国で一人しか座ることが許されない玉座。未だ顔を上げていないため見えない、玉座に座る人。
そこに歩んでいく。何というかこれからの生活を象徴しているようだった。これ以上なく豪華な装飾品に溢れた眩い部屋、そこにいる私を値踏みする人々。
あぁこれが私の選んだ道だ。良いだろう。踊るように歩んでやる。私は私の意思で栄華を極めてやろう。勝手に傍から値踏みするが良い。価値すらつけられぬものになってやろう。指先ひとつ届かない者になってやる。
「お初にお目にかかります、陛下。白水から参りました、名を月華と申します」
朗々と歌うようにしかしこの部屋に響くように喉を震わせる。挨拶を極めるようにたくさん試行錯誤したため、それだけは自信を持ってできる。スカートをつまむ手、一歩下げる足、伸ばしたままお辞儀をする背。それのどれも、流れるように踊るようにできるようになった。どこからか、感嘆のため息が聞こえる。そして私の渾身の礼に答えたのは静かで、どことなく柔らかい声だった。
「面を上げよ」
そうして、私はゆっくりと顔を。
……。私この人のこと好きだわ。
都について数時間、その人にあって数分、その人を見た一瞬で、私は恋に落ちた。




