春にはあなたの手を取って
「工場街はその名の通り職人の作業場が集まってできた場所でございます。立地が良く材料の運搬にも完成品の出荷にも優れております」
そんな風に言いながら織は完全に接客モードでこちらに対応してくる。それに隣の七の姫がふんふんと熱心に頷きながら聞いているのが微笑ましい。織の方はそんな七の姫を見ると調子が崩れてしまうのかできるだけそちらに視線を向けないようにしていた。ジッと見た瞬間に言おうとしていた内容は吹き飛び抱きしめたいという欲と戦わなければならなくなるのだろう。まあ、この愛らしさの前に無理はない反応だが、嫌われたと勘違いされそうな反応だな、と私は思う。
「扱う材料によっては夜にしか作業のできないものもございます、なのでできるだけ住宅街からは離されているのです」
私には大した興味もないだろうに、私に向けてばかり喋るのは公的な身分的には正解だが、ちっとも楽しくないだろうな。そんなことを思いつつ話を質問をする。
「それは、日光に触れるとダメなものがあるということなの?」
現代地球で言えば褐色瓶に入った薬品なんかを思い浮かべる。こちらの文化レベル的にはガラスはあるはずだけど流石に日光を遮るようなガラスを作ることは難しいのだろうか?と浅学ながら思う。そもそも日光を完全に遮れるカーテンがあるかもわからない。
「ええ、主に作業行程で使われる薬品なんかがそうですが、わたくしなどがモチーフとして使う花がダメな場合もございますね」
そう言いながらカンカン、と作業音が響く通りを歩いて辿り着いた先は一つの作業場だ。表向きは白水でよく使われる建築様式の高床式の住居のようだ。しかし材料を持ち上げ入れるための大きな窓が側面に空いておりロープも見られた。
「今日はわたくしのところは作業を停止しておりますのでそのままお入りいただけます。どうぞお入りください」
そうして、私は紙織先生やついていてくれた従者の人なんかに支えられつつ階段を登る。ふと見たら七の姫は織が支えていた。頬を朱に染めつつ嬉しそうな顔をしている。その後に何事か耳に囁かれますます七の姫が顔を赤くする姿を見て私は二人を見ないようにする。二人だけの世界にしてあげたいし、見てるこっちが照れてしまいそうだったからだ。甘酸っぱい恋愛をしている、できればこのままこの二人が結ばれて欲しいと私は切に願う。
「こちらが餝の家の作業場になります。主に髪長飾を製造しております」
そう言って織が手に持って見せてくれたのはやはり簪のようなものだ。股がない棒上のものも二股に別れたものも存在していた。何より特徴的なのはやはり飾りの部分であろう。立体的な花をモチーフにしたものや平面的なものもあるそれは掌よりも小さく繊細で美しかった。
「月華様に先日卸させて頂いたものはこちら、花長飾でございます。こちらは立体的で大きな飾りがついているのが特徴になります」
そうやって見せてくれたのは右手に持っていた立体的な梅のような花の飾りがついたものだ。
「とまあ、さまざまな種類がございます。餝の家は有難いことに白水のお墨付きを頂いておりますので品質を保証され外の地でも販売させてもらっています」
お墨付きとは白水の屋敷に製品を卸すことが許された店がもらえる勲章のようなものだ。確か、紫黄国が国として安定して交通が良くなったことで外の地からの製品も多く白水に入ってくることになった。その際に職人たちを保護するための各目でつくられたのが、お墨付きである。
「と言ってもほとんどの白水の伝統的な工芸職の家はお墨付きを頂いておりますので、自慢にはならないのですけどね」
そうやって笑いどころを作るように言う織の言葉は正しい。白水の屋敷は白水の発展のために屋敷のほとんどのものを白水内でつくられた良質な製品でまかなっている。そうすることで自分の土地とそこに住まう民の文化と伝統と暮らしを守ろうとしているのだ。
と言う話を私は授業で聞いたものの、地産地消みたいなものかなぁと言う理解でいる。ここら辺は現代地球日本人の感覚だと少し難しい。と言うのも使っていた製品なんて値段と品質が釣り合っていればよく、つくられたのがどこかなんてものは全く考慮していなかったのだ。外国産の物ばかり買うと自国の人が売れなくて困るから自国のものを買おうね、みたいなものなのかなぁと言う浅い理解だ。
そう私が考えている間にも織は髪長飾と言うのはこうやって、と言うような造り方の説明をしていた。それらの説明にやはりうんうん、と意欲的に聞いている七の姫の顔は輝くように明るく連れてきて良かったなぁと思うのだった。
そうやっている内に時間が過ぎて、私たちは屋敷に戻る時間になった。作業場から帰ろうと階段を下る前私はそれとなく七の姫と織両方に目配せをする。
いわく、次会えるのがいつかわからないんだからアピールしな!である。階段を降りてソリに向かうまでの間、私はそれとなく紙織先生と従者たちと後ろを気にさせず少しだけ足早に歩いた。きっと間隔が空き、少しの間だけだけれど話ができるだろうとふんだのである。
そうして、ソリに到着して、少しすると織にエスコートされて七の姫もソリに到着する。その顔はやっぱり赤く、でもとても幸せそうだった。これは今日の夜、ベッドの中で話を聞くのが楽しみだ。
「姫様、俺はあなたのことが、好きです」
階段を降りながら、周りに聞こえないようにこっそりと耳に囁かれた言葉に身体中が熱を持つ。月華に連れ出してもらった外で、運良く想い人にも会えたのだからなんて素敵な一日なんだろうと思っていたところにそんな夢のようなことを言われたのだ。だってさっき階段に登る時に囁かれた言葉でもう、胸がいっぱいだったのに。
「姫様、おひさしゅうございます。あえて嬉しいです」
嬉しいだなんて言われた、と説明してくれる言葉が頭から溢れてしまいそうなほど舞い上がっていたのに追撃のようにそう言われたのだ。それに嬉しさのまま、そっと織の耳に七の姫は囁く。
「わたしも、あなたのことが好き」
それに目の前の想い人は顔を真っ赤にした。二人で真っ赤になってそうして相手に鼓動の音が聞こえていないことを願いながら寄り添って歩いた。そう、高貴な身分の者が支えられて歩くなんて当然なのだから、と言い訳をしながら。一歩一歩、このソリまでの道が永遠に続いていれば良いのにと思いながら想い人の体温を感じて歩く。寒さなんて微塵も感じてはいなかった。
そうして、ソリが見えたとき織は七の姫に囁いた。
「春になったら個人的に髪長飾を贈らせてはいただけませんか」
女性に男性が髪飾りを贈る意味を七の姫も知っていた。だから。泣きそうな気持ちを抑えてとびっきりの笑顔をつくって彼に囁き返した。
「ええ、ぜひ」
例え、あなたのお嫁に行けなくても、この約束を得られたことが人生で一番嬉しくて満たされていた。
数週間前のことだった。顔見せが終わり織が手を貸したあの姫様の代理が見事選ばれたのだと聞いて喜んでいた時。織は御当主様に呼ばれたのだ。一介の飾り職人にこの白水を治める雲の上の人が何の様だろうと恐れながら織は屋敷に足を踏み入れた。
「俺の娘を嫁にやる」
単刀直入なそんな一言に織は固まった。娘、と言われて思い浮かぶのは意中の姫様だ。元、七の姫。七の姫ではあったけれど突然現れたそっくりな者に自分の身分を与えて今は客人に収まっている、織の姫様。
しかしそんな都合の良い話があるわけがないと織は恐る恐る問う。
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「うん?あぁ月華の客人だ、それの身分を姫として保証した後婚姻させたらどうか、という話があってな」
都合の良い話だった。一も二もなく飛びつきたい織はしかし、躊躇した。
「少し、考える時間を頂けないでしょうか」
と、言って。名誉なことに飛びつかない態度にか面白そうな顔をした御当主様は早めに決めろ、とそれだけ言って織を部屋から追い出した。
とんでもないことをしたのではないか、という恐れが織を襲ったがそれと同じくらいやはり考える暇をもらえて良かったという思いがあった。
織は姫様をずっと好いていた。初めてあった時からその美貌とどこか寂しげな態度に惹かれていた。その寂しさを織自身が払いのけてあげられたら、と思うことはあった。
けれど実際に嫁にもらうとかそういう話になると躊躇する自分がいた。姫様はそれで幸せなのだろうか、と。白水の家にいて、同じくらいの家格の家に嫁に行った方が良いのではないか。わざわざ餝の家に下降婚をしても生活が変わって不幸にしてしまうのではないか、とそう思った。本人に話がしたかった。
そんな時に月華様が、あの代理の姫が工場街に来るというのだ。その案内役に手を挙げたのは自然なことだった。
そうして、七の姫に名前が付けられた。空に連なる明るい星からとって、七星と。読みに七が入っているのはバレている様で少し恐ろしかったけれどそれでも初めて名前で呼び合える喜びの方が打ち勝った。
「七星、婚約おめでとう」
「ありがとう、月華」
二人で抱きしめあった。この世の幸福の全てがここにあるのではないかと思ったほどに私は幸せでいた。
そうして、春が来る。
七星の結婚式が見れることなく、私は都に旅立つ。そのことに私はすごく駄々を捏ねたものの、七星本人に嗜められてしぶしぶ納得した。
お互いの婚礼衣装を選んで。密かに着て見せ合うことで双方がお互いの結婚式が見られないことに諦めをつけた。
私は多くの荷物を持って都へ行く。その中には星を模った髪長飾がある。それを見るたびに七星の笑顔が思い浮かんだ。
これで1.5章のようなものが終わり、次からは2章が始まります。都編です。ここまで読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。感想、評価、ブックマークなどとても励みになります。




