雪に咲かない花
コピペ令嬢で出した御当主様と一華さんの過去と現在の話です。番外編のようなものです。
後次から、更新が隔日になります。
「いちげ、お前の名前は一華だ」
そう、名前をつけたのは先日まで仮にも弟だった男だ。
一華が生まれたのは国の中で最も都から離れ、雪深い地。白水のその地そのものの名前を名乗ることが許された土地の長たる一族だった。一華はその当時の当主の二番目の子供で、初めての女児であった。周りを侍女に囲まれ、何不自由ない生活を送り、この地で飢えることも、凍えることもなく育った。
この家は極寒の地であるからか、年若い内に死んでしまうことがよくあった。だから、血が途切れないように子沢山の傾向にある。例外なく、当時の当主、一華の父もたくさん女と交わり、たくさん子を産ませた。
たくさんの子供ができても大人になれて、その上健康体のまま寿命で死ねる者は少ない。だから、白水の家では数人ずつでひとつの役割を勉強させて誰が死んでも誰かが代わりになるようにするのが伝統だ。姫は一から三は家の切り盛り、当主の補佐。四から六は当時の陛下に嫁ぐため。七から下は適性に応じて勉強させつつどこの家にも嫁げるように。そんな風に教育するのだ。
これは男児にも適応され、王子は一から三は当主、四から六は当主の補佐、七から下は適性に応じて勉強させつつ、家の外の仕事や兵士にもなれるように。男女で非対称ではあるが、大体こんな風に教育される。
そのせいか、女は何人いようが他の地との結びつきを強めるための婚姻なりなんなりに使える。男は何人いようが家の内部の人手にも外部に働きに出しても良い。人は皆なんらかの道具であるかのような、そんな風なことが白水の屋敷では密かに囁かれた。
では、当主の座など一つしか椅子がないものを、死んでも誰か代わりにできるようにと、三人もの子供に当主になるように育てて、死ななかったらどうするのかと言うと競争させるのだ。そしてその中で勝ち残った一人が相応しいとしてその座に座る。
兄弟間でも争わせ、また敗れたとしても死なせはせずにまた別の役割で家の役に立たせる。人が死にやすいからこそ、人は資源として、力として、大事にされる。それに特に一華は何も思っていなかった。一華というか、当時の名もない一の姫は。その場に身を置いたとしても、どこか他人事で流されるまま生きていた。
一華が生まれて十年ほど経った頃。一人の弟が家の中で存在を大きくし始めた。この弟というのが、当時の当主の四番目の子供で二番目の男児であった。二の王子と言われたそれはなんとなく、不気味な子供だった。何が、というと、何もかも、と答えてしまえる有様だった。赤子の時はどうだったか思い出せないが、三歳下の年齢が一桁の時点で、泣かず、苦しむような顔を見せなかったのだ。それどころか常にどこか薄ら笑いを浮かべて、にもかかわらず受け答えは正確なのだ。
別に悪いことじゃないだろう?と一華は自分が二の王子のことを悪く思うたびに考えた。兄である一の王子や弟である三の王子が、当主教育のあまりの過酷さに泣いたりすることがよくあったから比べているだけじゃないのか?とも。でも、一華は何回考えても、二の王子を薄気味悪いと思った。まるで積み木を積み上げているように淡々と、やれと言われたことをこなすさまを。その後ろ姿を。
二の王子、件の弟が、優秀であると誉めそやされる度に、父である当主が、その功績を認める度に、かの弟の周りは段々とおかしくなっていった。兄である一の王子は温和な性格はどこへやら怒りやすくなりいつも苛立っているようになり、弟である三の王子は好奇心旺盛で活発な性格が無気力になった。二の王子は何も変わらなかった。まるでそれが中心になって台風が起きているようだった。その中心でそれだけがなんともなっていない。
一華は別に世間一般で言う家族と言うほど兄にも弟にも関わったことはなかった。でも、頭を撫でられたり撫でたりしたことはあり、互いの赤ん坊の頃を知っていた。だからそう言うこともあって、どうにもあの弟だけが異質で不要に思えた。あの弟さえいなければ、と思った。馬鹿な話だ。兄弟間で当主の座を争う競争を行う時点でどこかで同じようなことが起きるとわかっていただろうに。二の王子である弟が何も悪いことをしていないことはわかっていただろうに。
一華は人気のない部屋で何か本を読んでいる弟に言ったのだ。
「加減なさったら如何かしら」
と。
それが一華の言える苦言だった。忠告でもあったかもしれない。二の王子が能力を遺憾なく発揮するたびにそれに殴りつけられるように兄と弟が傷つき、二の王子を恨む気がしたから。少し加減したら良いと思った。ほんの少しだけでもあれらのことを思え、とそんなことを思って言った。
「それをされて喜ぶのは、気休めだろう、一の姉上」
一番最初にそんな風にこちらがわかるような言葉を返してきたから驚いた。なんだ、この弟は案外話すんじゃないかと思ってこれが初めての会話であることに気づいた。
「幼いうちに打ちのめされないことが、気休めだと言うのですか?」
そう、口から思わず出ていた。そんなに兄弟を慮っていたわけでもなかったくせに出てきたのは、弟への対抗心だったのかもしれない。一の姫のことなど無視していれば二の王子はそう言うものなのだとこちらも諦められたことを、話してきたから話が通じるのだ、と思ってしまった。話が通じるならどうして、兄弟のことを思えないのだろう、とも。
「気休めだ。いつなら打ちのめされて良いと言う?大人になったら良いのか?どうせ、いつかは自分の能力の不足を知り、当主の座が得られないと思うのだ。なら早いうちに身の程を知り、自分ができることを考えさす方が良いだろう」
二の王子は、一華の三つ年下の子供は、そう言い切った。それは、何をしようと一の王子も三の王子も自分には勝てないと言う傲慢だった。そして、残酷な事実だった。一瞬言葉を失った一華にさらに二の王子は口を開く。
「それに、姉上。我々はなんのためにいると思っているのか。自分で自分の食う物を育てず、暖かい部屋で過ごすことが許されるのは、我らが民を導き、飢えさせず、明日を憂うことなく過ごさせる支配者であるからだ。庶民のように、子供でいられる時期など不要」
さらりと言ってのけるそれは義務であった。この白水で地の名前そのものを名乗る、長たる一族に生まれたその、責任。
一華は、当時の一の姫は、自分の未熟さを知った。流されるままに生きて自分は何も本当のところでは理解していなかったことを突きつけられた気分だった。しかし、それでも子供の時が、不要であると言うところだけはいただけなかった。
確かに一華は甘かっただろう。打ちのめされる彼らを見るのが少し悲しいだけで、何を競っているのか、二の王子が手加減したところで何が起こるのか、考えきれていなかっただろう。でも。それでも。
「非礼を詫びましょう、二の王子。私が何もわかっていなかった」
そう言うと無表情だった二の王子の顔は少しつまらなそうに見えた。
「しかし、ひとつ反論を。子供の時が不要であると言う、論だけには賛成致しかねます」
初めて二の王子は一華の顔を正面から見た。本から目を動かしていなかった顔をこちらに向けたのだ。たかがわかっていない女の甘い言論から聞くべきことだと、片手間から切り替えた。
「確かに我らは庶民の子ではいられないでしょう。振る舞いを身につけ、上に立つに相応しい教養と態度を身につけなければならないでしょう。それは覆せぬ義務です」
「ですが、特別な、あくまで子供でいる時間は必要だと考えます。人間は失敗しても許される時が必要なのです。大人になれば、我らに失敗など許されません。失敗するごとに民を殺すことになるから。だから、上に御当主様がおり、決定権を持っていない時間が必要です。やり直しができる時間が。あなたが言ったような、自分の身の程を知って再考できるような時間が」
聞いて、どれだけの返答を二の王子は頭の中で考えれただろう。そうして、言った。
「失敗をする時間、か。失敗をするものなのか、人間は。いや、そうか」
と。子供の時から失敗などすることはなかったのかもしれない。だから失敗する前提の一華の言葉が新鮮だったのかもしれない。
二の王子はにやりと笑った。一華を見て面白そうなものを見つけた顔をした。均整の整った顔を少し歪めた笑顔だった。
「そうか、わかった。これからも引っ掛かったら言いに来い」
それだけ言って二の王子はまた、本に視線も顔も移した。意見のなくなった一華はどうでも良い、というように。
それから時間が経っても、たまに二の王子は一華に何か言ってそれに一華が意見を言うことを求めた。大体の場合、二の王子が言う意見と一華の言う意見は別の側面から見られたことだったので議論が成り立った。相変わらず、この二の王子は暴力的なまでに優秀なままだ。三の王子も一の王子ももう、当初の性格など見る影もなくなった。何が変わろうと時間は過ぎていった。
一華、一の姫が十八になった頃、二の王子が十五になって当時の当主が死んだ。三十六だった。ああ、また死んだか、と家で囁く声たちは言い。次の当主は誰か、と言った。
そして、当然のことのように、二の王子が空いた当主の座に座った。死ぬ前に当主がつけたと言う名前を名乗って。雪路、と。自分でつけた名前を言って。
そうして、私に名前をつけた。
「いちげ、お前の名前は一華だ」
私に補佐を命じるのと同時に。別に男児と違ってそこまで苛烈に争ってはいなかった筆頭補佐の地位をほい、と投げるように与えたのだ。それは白水の家で当主の次に偉い地位であった。命じられて一番最初に一華は補佐として聞いた、なぜ、と。
「なぜ、私を筆頭補佐にしたのですか」
と。従来なら男が担っていた地位だ。普通の補佐や家のことを司る女官ならおかしくなかっただろう。なぜ、非難されるとわかって、あなたが私をそれにしたのか。それが随分不思議だった。
「だってお前くらいしか、俺に反論を言わないから」
疑問にそんなことを言った当主になったそれは平気な顔をしていた。一華の心労や不安などひとつも思い至らない顔だった。競争して兄弟を叩き潰すこともそれで恨まれることも実際にやってきたからこそ、他人がそれをしても大丈夫だろうと思っているんじゃないかと思った。
当主になったそれは、次々といろんなことに着手していった。小さなことだと食事に必ず保存食の果物をつけることだとか。姫であれど、掌くらいは日に浴びることだとか。
大きなことだと、民の教育制度の導入だとか、白水の家での兄弟、血縁の親戚間での婚姻の撤廃だとかをした。周りが驚くことを次々にやる当主はいつだって同じことを言う。
「調べたら、それの方が良い結果に結びつくとわかったからやった。これは全て白水のためになる」
恐ろしいのは実際に結果が出たことだ。この当主のやることは良い結果になると白水の繁栄につながると誰もが言って、全ての判断を仰いだ。皆が持っていたはずの意見を言う権利だとかを手放した。だからますます、最初に言った通り、当主に反論を言うのは一華だけになっていった。
そしてそんなことをやっている間に時は経ち、十年程度過ぎ一華も歳をとった。そして当主だけが何も変わらないように外見が若々しいままだ。
当主たる男はよく、自分の髪につけるでもなく大きな赤い花のついた髪飾りを持つようになった。みんな気にして居なかったが一華だけは知っていた。それが一華に贈らなかった物だと言うことを。
当主は一華を嫁に行かさなかった。補佐や女官になった二の姫も三の姫も誰だって嫁に行かせたのに。
多くの家の中での囁き声も言っていた。
「御当主様は一華様だけは婚姻を結ばれない」
「一華様はもう、三十近い。子を持つのには、もう」
「しかし、それも白水のためなのだろう。現に子は誰だってなせるが、一華様の代わりに働ける者はおらぬ」
「そうであろう、」
一華は知っていた。理解はできなかったが。あの男が一華を自分のものにしたかったのを。髪飾りを送ろうとしたのを。
そして、白水のために、兄妹間親戚間の婚姻を撤廃したのを。
もう何十年の付き合いになるから知っている。
あの男はそれのための機構であるかのように白水の繁栄だけを求めている。それだけが一華が理解できることだ。
だから当主たるあの男が、一華の何をそんなに気に入ったのかは理解できない。もっと顔の良い女も頭の良い女も居ただろうに。過去に己を異物扱いした自分を何故だか好きなのだ。
きっと何かあのよく回る頭が勘違いでもしているんだろうなと知りながら一華はそれを指摘しようと思わなかった。
だってあの白水の繁栄だけを考えている男がひとつ、一華のことだけは髪飾りを贈ることもせず、さりとて誰かの子を産ませることもせずにいるのだ。それが、一華の仄暗い歓喜と、男の少しだけの人間性を産んでいた。
その理解できるようなできないような人間性だけが一華は当主たる男の中で好きになれたことだった。だから、一生贈らなかった髪飾りを持っていれば良いと、一華はずっと思っている。
御当主様は一華さんのことがどんな意味かはわからないけど好きです。だけど白水のためになるので兄妹間親戚間の婚姻を禁止しました。なので一華さんに公的な関係を迫れないし迫る気もないんですけど贈らなかった髪飾りをずっと持ってますし今のところ他の男と婚姻もさせてません。自分が手元に補佐として置くより利益が出るなら婚姻はさせるんですけど今のところそう言うのがないのでそのままです。
一華さんは兄弟の中にどうにも御当主様を入れてなかったり異物として見ていたりしたんですけど、御当主様は自分に向けられない兄弟への情とか、白水と言う土地そのものへの好意とか、自分にないものを気に入っています。それがあるから御当主様に反論するので。
自分の土地を繁栄させるための機構のような男がもう何にも役に立たない贈らなかった髪飾りを持っているの良いな、と、そんな男を理解できない女が強かに自分への感情だけに仄暗く好意を向けているの、良いなと思って書きました。




