(五)〈多次元旅行記〉の読み方は……
夕食後、僕たちは図書室へ集合した。
まずは僕とローズマリー、アイルズとエリカとカイルのいつものメンバー。
他の協力者は、僕らが全集を仕分けして、他の人がチェックしなくても良い巻(僕らが読んで覚えている巻)を減らすことができた頃合いの、二〇分か三〇分後に来てもらえるよう通達ずみだ。
僕らは〈多次元旅行記〉がズラリと並べてある棚の前に立った。
〈多次元旅行記〉は全二〇二六巻。しかし、超長寿な著者は多作でも有名で、三十畳くらいある広い図書室の、壁一面に造り付けられた本棚の一角は〈多次元旅行記〉のほかにも〈偉大な魔法使いピリオ〉作の本で占められていた。
今回そっちはチェックしないで良い。というのは、有識者のカイルとスミスくんによると、〈多次元旅行記〉以外の著作は、古代魔法の研究書だの指南書なんかの専門書や実用書だそうだ。
僕らは手分けして全集を本棚から出し、棚の前の大机に、順番がわかるように、十冊ずつ積み上げた本の塔にしていった。これで冊数が数えやすく、あとで来てもらえる協力者へも作業を割り振りやすくなる。
作業の手順はいたってシンプルだ。
各巻の目次の見出しを確認。
僕らが求めるそれっぽい副題が付いていてもいなくても、目次を見てチェックし、内容にザッと目を通す。もし気になる箇所があれば、きちんと読めばいい。
一冊は文庫本一冊くらいのページ数だ。真剣に集中すれば一冊30分~1時間以内で読み切れる。
過去に読んだことがあり、その内容を確実に覚えている巻があれば、自分が管理できる距離の範囲に、べつのタワーとして積み上げ、読後済みのメモを載せておくこと。
あとで本棚に戻すのに苦労するのはわかっている。チェックし終わったら、できる人から本棚へ戻していってもらう。
巻の順番をそろえるのは、終わってから僕やアイルズたちでやるから、他の人にはとにかくどんどん作業を進めてもらう。
「俺が覚えているのは、博物学とか民俗学に言及した巻が多いな」
カイルが手近のタワーの上から1冊を取り上げ、パラパラめくった。
「この巻が出版されたのは約百年前。魔法使いピリオが訪れた国の生活習慣や風習などが詳しく書かれている。この頃のピリオは民俗学的な記録に凝っていたらしい。しかし、同行者については一切記述が無い。現地のコーディネーターみたいな人がいたのはわかるんだが、一緒に旅をした人物のことは、たとえ出版関係者でも特定できないよう、特徴的なことは書かれていない。それについては前書きで出版社の意向でそう編集したと断ってある。長命な人種のいる世界では、百年前の話でも当事者が存命している可能性があるから、プライバシーに配慮しているそうだ」
出版社は多次元管理局の〈編集局〉だ。創立は何千年か前だというから、こっちも年季がすごい。
「カイルはよく知ってるなあ……」
彼らはこの学院に入学する前から、境海世界の物語を入手して読んでいたんだ。
地球から何も知らずにのほほんとやって来た僕とは違いすぎる。
あの本を読むのは、こちらの世界では趣味と娯楽を兼ねた教養みたいなものらしい。
それだけ読まれているのに、〈偉大な魔法使い〉の姿は、誰も知らないわけだ。
カイルの簡単な解説では〈多次元旅行記〉は書かれた時代ごとに、おおざっぱなシリーズ回でまとめられている。
カイルもかなり読み込んでいる読者だが、ローズマリーと同じヒント出し禁止の魔法を掛けられなかったのは、スミスくん同様、カイルの知識が〈偉大な魔法使い〉を見つけるヒントにならないからでは? という推測をしている。
アイルズも何巻か読んだという。まじめに最初の方の巻から読み始めたが、初期のシリーズは古代の戦争の話が大半を占める戦史もの。頑張ってその戦史だけは読み終えたが、わりかし長いシリーズ回だったので、全体のざっくりしたあらすじと、特に印象に残ったエピソードしか覚えていないそうだ。
カイルやローズマリー、スミスくんも「そうそう」とうなずいている。
「それで、そのあとはランダムに興味がある巻だけ読んだりするんだ」
「シリーズ回の最初と最後の巻だけとか、一冊で完結している紀行エッセイ巻とかな」
「でも、遠い世界の生活風景が詳しく描写されているから、おもしろいのよね」
あ、ローズマリーが喋った。……つまり、生活風景がたくさん書かれた巻は、ヒントにはならないんだな。
僕も入学してから、寮の図書室のを何冊か借りて読んだことはある。
ローズマリーおすすめの、比較的新しい巻だ。著者が旅先で見聞きしたことをエッセイふうに書いた短編集。内容はしっかり覚えているので、あれが手掛かりになるなら、僕はとっくに著者を見つけていると思う。
ふむ、僕が読んだこの巻もチェックの対象からは外せるな……。
「おい、サー・トール」
自分の持ち分である本の塔の、一冊目の目次を見ていたら、横からアイルズに肩を叩かれた。
「うん?」
「さっきからローズマリーがきみに向かって話しかけようとしてる」
「え? あ? ローズマリー?」
ローズマリーは右手で口を押さえ、恥ずかしそうにうつむいた。
エリカたちが哀れなものを見る優しいまなざしで見守っている。
僕と目が合うと、ローズマリーは手を口から離した。その口が動く。――が、声は聞こえない。
「ごめん、わからないよ」
ローズマリーの横に立っているエリカが自分を指し示した。
「あのね、わたしと喋っていて、ローズマリーが『この本の……』と言いかけたそこで、声が出なくなったみたい」
ローズマリーとエリカが内容を覚えている本の仕分けをしていた途中で、ローズマリーは手に取った本について、何かを僕に伝えようとしたようだ。
僕は手元の本を見るのに集中していて気づかなかった。
「何か手がかりがあるんだね。ローズマリーはそれを僕に伝えたいんだね?」
ローズマリーは真剣なまなざしでうなずいた。本を差し出されたので、受け取った。
「その本に、手掛かりが」
アイルズとカイルが覗き込んでくる。
「いや、そうとは限らないと思う」
「どっちなんだ」
「まだわからないよ」
僕は目次を見て、中のページをめくった。
「第七階梯層世界の第九の月の世紀。中世編の食事とは……。そのころの境海世界の食事文化について書いてある巻だな」
よく見てみると、料理本だった。〈多次元旅行記〉の中世期シリーズに出てくる食べ物について料理研究家が書いた本で、監修が〈魔法使いピリオ〉になってる。
「そうなの。このお料理がおいしそうで…………あ、わたし、喋ってるわ。あの、ごめんなさい、それだけなの……」
この本を手に持った際に、僕へ話そうとしたことはヒントだったかも知れないが、それを訊いてもローズマリーは答えられない。
でも、この本を僕へ教えることは今回の件に関係がないから、ローズマリーは喋れたのか。……ん? ということは……。
「ちょっと試したいことがあるんだ。ローズマリー、きみがこれは絶対ヒントになると思う巻を、こっちへ集めてくれないか?」
ローズマリーはきょとんとしたが、僕に何か考えがあると察してくれ、せかせかと動き出した。
大机に積み上げていた何本もの本の塔から数冊選んでは抜き出し、僕のいる場所へ運んできて積みあげる。
と、ローズマリーが止まった。
手に持った本を見、困惑に染まった顔で何か言ったが、声が聞こえない。ローズマリーはフルフルと首を横に振った。
僕はそれだけで察した。
「ちがうんだね。ヒントになる本のつもりだったのに、ヒントになる巻じゃなかった?」
ローズマリーは目を潤ませた。そのまま微動だにしない。
「なんだか固まってるんじゃないか」
アイルズの言うとおり、ローズマリーはヒントの有無に関する会話には、うなずくことも禁止事項なんだ。
黙って見ていたカイルが、ふう、と溜息を吐いた。
「ローズマリーはヒントになる本も俺たちに渡せないってことだな。これも禁止の魔法の働きか」
「これでいいんだ。あと、全体の半分くらいでいいから続けて欲しいんだ。運ぶのは手伝うから、この通り!」
僕のお願いに心を打たれたローズマリーは、いぶかしげな表情をしつつもうなずき、本の抜き出し作業を再開してくれた。
僕はローズマリーが持って来た本を、わかりやすいように隣の大机へ移動させた。
それから約五分後――。
本の塔が、もう一つの大机にも立ち並んだ。
ローズマリーによって新たに立てられたタワーは十三本。これで、本棚にあった〈多次元旅行記〉全集二〇二六巻はすべて本棚から出された。
ローズマリーは椅子に座ってグッタリしてる。疲れたんだな。二千冊からの大判の全集本をひとりで並べ替えたようなものだし。
そのとき出入り口のドアが開いて、家政学部の女子たちが入ってきた。メモ用紙と鉛筆を持って来てくれている。
「おい、サー・トール」
「うん、先にそっちのタワーからやり始めてもらおう」
家政学部の女子はエリカとローズマリーに対応を任せた。そうしている間に、スミスくんのクラスの男子がゾロゾロ入ってきたので、スミスくんに対応を任せた。
僕とアイルズとカイルは、ローズマリー作成のタワーの本をいそいで確認していった。
アイルズが見た本を横に置いていく。
「紀行エッセイ、遺跡探検、紀行エッセイ……。ランダムに抜き取ってるように見えたけど偏ってるね。このタワーはほぼ紀行エッセイばかりだ」
カイルが隣のタワーの本を取った。
「こっちは民族学のシリーズだ。辺境の地の珍しい習俗や文化の観察記録だよ」
カイルが挿絵のページを開いた。どこかの民族衣装のイラストだ。
「で、どういうことだい、サー・トール?」
「そろそろ意味を教えてくれ」
アイルズとカイルに詰め寄られた。
「ようするに、こっちには手掛かりになる本は積まれていないってことだよ」
「そうか。ダメだな。ローズマリーはヒントになる本を触ることもできないんだ」
「そういうことだ」
カイルと僕のやりとりを聞こえたらしく、戻ってきたローズマリーがポケットから出したハンカチを握って泣き出した。
「あ、ごめん、ローズマリー。悪い意味じゃないから、泣かなくてだいじょうぶだから!」
「もう、あなたたち、言葉を選んでよ!」
エリカが懸命に慰める。
「ローズマリー、ありがとう、役に立ったよ。ほんとに助かったから」
「なんでだ? ローズマリーは俺たちにヒントを話せない。ヒントになる本を選ぶこともできないのが、これで証明されたんだ。ようは何の役にも立たないんだろ?」
「いや、これもヒントだ。まず、ひとつは、これはヒントにならないのが絶対確実な内容の巻だということだ」
あ、よかった、ローズマリーが泣き止んだ。
「そういうことか。でも、どうしてそれがきみにわかるんだい?」
アイルズがいぶかしむ。
「リリィーナ教官の魔法を信じるならね。だから、この分は確実に見なくてもいい。本棚に戻しても問題ないってこと!」
「あ!」
と、ローズマリー本人までもがびっくりしてこっちを向いた。
「少しでも減らしたってことか。さすがサー・トールだ」
うん、やはり褒められると良い気分だな。
「あはは。まあ、全体の量からすれば焼け石に水だけどね。おかげでヒントがありそうな巻の見当もついたし」
「サー・トールが魔法の天才なのは認めるが、それは調子にのりすぎじゃないか?」
アイルズが皮肉な笑みを浮かべたが、僕はニヒルな微笑みで対抗した。
「一応、根拠はあるんだよ」
ローズマリーが決して近寄らなかった本の塔がいくつかある。
そのいちばん上の一冊を手に取った。
全二〇二六巻のうち、一巻から積まれた十冊目の第十巻。戦史ものの巻だ。
ローズマリーがもってきた分には、いわゆる戦史ものの巻が入っていない。
「いくつか崩れていない本の塔は、おそらく、戦史ものと呼ばれるシリーズとか、そういったジャンルの分だと思う」
カイルとアイルズが急いで他のタワーを見て回った。ローズマリーはエリカが見せる戦史の巻を見て固まっている。
「なるほど。逆説的に考えたって訳か」
ちょうど他の生徒達が入ってきた家政学の女子が、つづいてスミスくんのクラスメートも数十人。必携品としてメモと鉛筆を持って来てもらった。
カイルとアイルズで作業場所と、確認する本の塔を振り分けてもらい、さっそく作業にとりかかってもらう。
僕らは第一巻から始めた。
目次を見ると……。
「あっ! 『杖を持ち、境海を旅する偉大な魔法使いの肖像』。あとがきの解説文にある!」
皆がドヤドヤと僕の周りに集まった。
僕は本をテーブルに置き、本の後ろのほうのページを開けた。
それは後書きを書いた編集者の目から見たピリオの姿の解説だった。
『彼はじつに魔法使いらしいデザインの木の杖を持ち、旅に出るときは境海の旅人用マントを羽織っている。頭髪を綺麗に剃り上げていて、白い豊かな顎髭が特徴とされているが、この偉大な老人の格好は大昔から魔法使いのステレオタイプとして、多くの境海世界で知られている。そのおかげで偉大な魔法使いピリオは誰にも気づかれることなく、今日も自由に取材旅行へと飛び回れているのだ。』
僕がこれを読み上げると、たっぷりの沈黙のあとで、カイルがポツンとつぶやいた。
「なあ、なんか変じゃないか、この文章?」
「あー……うん。これは、もしかして……」
「かの魔法使いは、僕らが想像する典型的な魔法使いの姿はしていない、と書いてあるんだな……」
言葉を濁す僕の代わりに、アイルズが言ってくれた。
皆はすごすごと自分の席へ戻り、ふたたびチェック途中の本にもどった。




