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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第六章 新米魔法使いは偉大な魔法使いの来臨を乞う

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(四)僕らの作戦会議

 かの境海の神話の時代、神々がこの世を去るよりも以前のこと。

 人類は〈全き光華の神々〉の下で神々の軍団を作り、境海世界を支配しようとした〈冷たき灰色の神々〉こと灰神の軍団と戦った。

 その戦いははるかな時空すらも越えて過去と現在と未来に渡り、各時代においての決着がついたのち、境海世界の時空域の第一線より神々は退(しりぞ)くことになる。

 それは神々が人と共にあった時代、いわゆる〈神代〉の終わりであった。

 やがて世界をとりまく魔法の夢が薄れゆくなか、〈偉大な魔法使い〉は神々の足跡残る土地を訪れ、神々が残した〈遺産〉を保管するに務めた。

 それらの土地は、最初から名所史跡であったわけではない。偉大な魔法使いが訪れるまではほとんどが名も無き大地だった。

 そこに偉大な魔法使いが訪れたから、のちに神話時代からの古跡だの聖地だのと呼ばれるようになっていったのである。


〈多次元旅行記〉編集者による第百二十二巻あとがきより抜粋

     * * *


 剣道の掛かり稽古で疲れ切った僕が喫茶〈エクメーネ〉に到着すると。

 すでに作戦会議は始まっていた。


 テーブル席で、アイルズとカイルとローズマリーとエリカ、そして今日はゲスト――じゃない、今回の問題の主役であるスミスくんが参加して、僕の着席を待っている。


 僕はエクメーネのマスターが手早く渡してくれたアイスティーとサンドイッチのトレイを持ち、急いでローズマリーの隣へ座る。

 ローズマリーたちはすでにおやつを半分以上食べ終えていた。


「よし、サー・トールも来たことだし、そろそろここまでに出したアイデアをまとめることにしよう」


 議長役はアイルズだ。

 僕は食べるのを後回しにして、慌てて手を上げた。


「やはり〈多次元旅行記〉を調べるのがてっとり早いと思う」


 ここへ来るまでに道々考えていた。


 学院の講師や教官達は〈偉大な魔法使い〉が誰かを知っている。

 でも聞いたって教えてくれはしない。


 けっきょく僕らが〈偉大な魔法使いピリオリアン・ペリアンダーストン〉なる人物の特徴を調べられる情報源は、あの本しかないと結論した。


「それには同感だ」

「わたしたちも異議無し」


 全員が賛同してくれた。僕が来るまでにも、同じ意見が出ていたそうだ。

 カイルはすごいスピードで議事録用のメモを取っている。


「けっきょくそうなるよな。今日はみんなで本をチェックしよう。サー・トール、うちのクラスは何人手伝ってくれるって?」

「協力してくれそうなのは三十人くらいだよ。あとは宿題が早く終わったら図書室へ来てくれるって」


 昼間、僕のクラスメートに話をした感触である。


「あの、家政学部の女子は全員手伝ってくれるって」


 ローズマリーとエリカは、いっしょに家政学部の生徒に頼みまくってくれたそうだ。かの〈偉大な魔法使い〉に会えるかどうかの特別課題だと聞き、ほとんどの生徒は喜んで協力を約束してくれたという。


「うちのクラスも、課題が未提出なやつ以外は全員協力してくれるよ。あ、こっちに名前を書いてきた」


 スミスくんがポケットから手帳を出した。そこにはずらりと協力者の名前が。ただ、こちらも宿題やら個人の課題やらがある程度終わってからの参加となる。


「僕のクラスが三十人、ローズマリーの家政学部が二十三人、スミスくんのクラスメートが二十五人。合計七十八人だ!」

「よーし、これで俺とスミスくんが内容を覚えている巻をはずだろ、それでおおよそ二千冊として、それからひとり二十五冊くらいをノルマにしたら、なんとか全冊チェックできるはず……」


 カイルが人数を議事録メモへ書きつけた。

 おお、いけそうな気がしてきたぞ。


「よし、あとは明日の10時から実際の捜索に出られる人数だな」


 アイルズが次の議題へ進行させる。


「おう、そっちはどのくらい協力者を集められるかだが、あとで図書室に来てくれた連中に直接たのめばいいな」


 魔法大学付属学院では生徒が二名以上で議論を行う場合、何を議題にして話し合ったのか詳しくわかる記録を学院へ提出する義務がある。これも課外活動の一環として、成績評価にプラスされるのだ。


 ちなみに僕らの会合の議事録係は、常にカイルである。


 会議の内容を文章にして記録するのはたいへん責任重大で手間のかかる作業だ。


 その役目を全面的に引き受ける代わり、今回の『偉大な魔法使い探索騒動』の一部始終をカイルの独占取材記事にしても良い。そして白く寂しい通り商店街向け新聞へ売り込みOK、という約束だ。面白い記事の売り込みにはいい原稿料がもらえる。これまで何度も記事の売り込みに成功しているカイルは、仲間内ではちょっとした小金持ちなのだ。


「いまから寮に戻ってすぐ夕食だろ。それから皆で図書室に移動して、本棚から全集をすべて下ろして、俺とスミスくんで適当に仕分けして、あとは手分けして、と。時間は……サー・トール、アイルズ、今夜は何時までやれる?」


 カイルに問われて、アイルズと僕は、チラッと互いを見た。


「自由に使える時間は今夜だけだが、明日に差し障ると困るから、適当に切り上げよう」

「僕は消灯時間の二十三時までやるよ。それしかないだろ」


 僕は就寝時間ギリギリまでやるつもりで言ったが、アイルズに却下された。


「サー・トールの熱意はわかるが、各自が調べたことを照合しないと意味が無い。最後に調べたことを僕らでまとめて、明日朝いちばんに、みんなへ〈偉大な魔法使い〉の特徴を説明しないと捜しに行けないぞ」

「あ、そうか。じゃあ、それに一時間つかうとして……」


 図書室で調べるのは二十二時まで。

 それから全員が調べたメモを発表してもらい、僕とカイルとアイルズでまとめる作業をする。それが終わればとっとと解散だ。皆には明日にそなえてもらうため、一刻も早く就寝してもらう。


 僕らのまとめ作業は一時間で首尾良く終わればよし、手間取ったら、僕の部屋で午前一時までは作業をつづける。


 それで〈偉大な魔法使い〉の手掛かりが少しでもわかれば、明日の朝一番にそれを全員へ連絡し、〈偉大な魔法使い〉の捜索開始!…………なんだけど、実際に捜索作業へ出るのは、朝食後になる。


 できるなら徹夜で〈偉大な魔法使い〉の探索をしたいところだが、いくら〈偉大な魔法使い〉が人外(?)な存在でも、真夜中にこの近所をうろつくわけはない。あせって常識的な判断を失ってはおしまいだ。


「はい! わたしは夕食後まで待つのは時間が惜しいので、さっそく本を調べにいきたいです」


 ローズマリーが手を上げた。


「夕食前にも図書室に行っていいかしら。わたし、読むのだけは得意だから」


 そう言ってローズマリーは、パフェのグラスに残ったアイスクリームを大急ぎで食べ終えた。


「でも、ローズマリーは内容について話せないじゃない」


 エリカのするどい指摘。

 あ、ローズマリーが固まった。復活には二、三分かかりそうだな。


「じゃあ、僕もいっしょにいくよ」


 僕は残りのサンドイッチを三口で呑み込み、半分残っていたアイスティーを一気飲みして、ローズマリーと共に席を立つ。よし、ローズマリーはにこやかに復活した!

 ガタガタと椅子がひかれる中、カイルはメモやえんぴつをカバンに片付けた。


「俺も、夕食前に図書室いくわ。三十分あれば目次くらいには目を通せるだろ」


 カイルは椅子から立ちあがり――ふと、動作を止めた。


「なあ、いま思ったんだけど。俺はずっと『どんなじーさんを探せばいいんだろう?』って考えてたんだが……。偉大な魔法使いって、男なのかな?」

「どんな男かって? それをこれから調べるんだろ?」


 このタイミングでいまさらな疑問だとちょっと呆れたが、


「いや、『男』なのかってこと。女の魔法使いもたくさんいるぜ?」


 カイルのなにげない問題提起は、一息ついたばかりの僕らに、無言の嵐のごとき衝撃的な空白を生じせた。


「――ええッ!?」


 全員の驚きの叫びはみごとなくらい重なっていた。


 なにごとかと、エクメーネのマスターがカウンターの向こうで皿を拭く手を止め、目を丸くしている。

 僕の横に立つローズマリーは、ポカンと口を開けていた。


「な……なんてこと……。考えてもみなかったわ。わたし、〈偉大な魔法使い〉は、白いお髭のおじいさんだと、なんの疑いもなく信じていたわ」


 ローズマリーの横で、エリカも愕然。


「わたしもローズマリーと同じだわ。とうぜんのように白い髭のおじいさんを捜せばいいと、軽く考えていたわ。これって偏見だったのね……」

「それは……!? 確かに、偉大な魔法使いが男だという証拠は、無いかもしれない……」


 おいおい、『〈偉大な魔法使い〉を紹介したい主催者』のスミスくんまでもが、妙な困惑の渦に巻き込まれるとは!


「ちょっと、みんな、落ち着こう! カイルの疑問は、たしかに疑問といえばそうなんだが、話の矛先がおかしな方向に曲がっていないか?」

「でもよ、サー・トール。俺たち、ヒゲのじーさんという固定観念をもってないか。それだって危ういだろ?」


 カイルは生真面目だ。

 僕は何も言い返せず、ひきつった苦笑のままで固まっていると……。


「みんな、安心してくれ。〈偉大な魔法使い〉は男でまちがいない!」


 一陣の風が闇色の雲を吹き払うごとく、アイルズが発言した。

 それは常日頃から優等生の名をほしいままにするアイルズの、絶対的な自信が感じられる宣言だった。


 以前読んだ巻に『頬髭(ほおひげ)が伸びたので床屋へ行った』というエピソードがあったのを、思い出したそうだ。なんでも古代世界の時代からすでに僕らも使っているカミソリや(はさみ)とほぼ同じデザインの道具があり、散髪や(ひげ)を剃る床屋が営業していたとか。


「たとえ時代が大昔でも、床屋で髭を剃ってもらったり、長く伸びたアゴ(ひげ)を整えるのは女性じゃないだろう」

「あ、そうか」

「なるほど、そうね」


 アイルズの筋の通った意見に、皆もすんなりなっとくした。

 僕はといえば、髭のある男だと聞き、心の底から安心した。


「良かった、髭があるのは確かなんだ」


 僕の貧弱なイメージでは、クリスマスのサンタクロースの姿しか想像できないけど。偉大な魔法使いピリオは立派な髭を生やしたおじさんのイメージでよさそうだ。


「そうだよ。この数百年の間に気が変わって、アゴ髭を剃っていなければね」


 アイルズの答えはなかなかシビアだ。


「あー……。そうでないことを祈るよ」


 カイルが「お!」と顔を上げた。


「その話、古代編から何巻目かの、戦記ものの中にあったやつか?」

「床屋に行く話は古代編にもあったが、ぐんと時代が下がって中世編の戦記にもエピソードがあった。床屋の描写に洗髪剤が出てきて、意外に近代的だったからよく覚えてるんだ」

「そういやそんなのがあったな。すまん、みんな! 混乱させて悪かった!」


 カイルはあっさりあやまった。

 僕らはがくっと気が抜けた。

 でも、ひとつ発見がある。


「男でアゴ髭があるのは確かなんだ。それだけでもありがたい。立派なアゴ髭の人が白く寂しい通りを歩いていたら目立つもんな」


〈白く寂しい通り〉には魔法使いが大勢住んでいる。でも僕が見かけた限りでは、そんな立派なアゴ髭を生やした人なんていなかったはず……。


「できれば髭以外にも、もう少しほかの情報が欲しいところだけど」

「それを見つけるのに、これから本を調べるんだろ。じゃ、俺は先にいくぜ」


 カイルはエクメーネから出て行った。

 スミスくんが神妙な面持ちで僕の方を向いた。


「すまない、サー・トール」


 軽くうつむく。


「え、なんで?」

「いや、予想外の大騒ぎになって、きみたちにすごい迷惑をかけているから。時間を使わせてすまないと思って……」


「いや、べつに迷惑じゃないよ。僕も〈偉大な魔法使い〉を見てみたいんだ。どんな人か、すごく興味があるから」

「伝説ではすごい魔法戦争があった時代から生きている古代人で、境海世界のあちこちを放浪していて、真の歴史の生き証人とかいわれている人なんだ。実際に会えたら、なにかすごい歴史の話を聞かせてもらえるかと思っただけで、こんなみんなを巻き込んだ課題にされるなんて、予想もしてなかったよ」


「あー、うん。それはよくわかる。意外だったのはみんな同じだよ」


 そこはリリィーナ教官のせいだから、とは口に出さないでおいた。つねに僕らの想像の斜め上をゆく地獄耳には用心しなければ。


 魔法使い一日レンタル券で誰を召喚するにしたって、申請&受付相談窓口は、リリィーナ教官だった。


「でもさ、スミスくんだって〈多次元旅行記〉をたくさん読んでるね。著者のことが書かれている巻に心当たりはないのかい?」

「考えたけど、あれっていろんな旅行先の見聞録なんだ。執筆者本人が自分の容姿の描写なんてしないんじゃないかな」


 スミスくんは古代編から近代編まで、ランダムだが一〇〇冊以上は読破したという。それに学校の課題とプライベートな娯楽用の本も読んでいるから、とにかく読書量がすごい。ローズマリーと張り合えそうだ……あれ?


 なんか思考に引っかかったぞ。


「なんでスミスくんは、フェスティバルの参加を禁じられなかったんだろう?」

「へ? 俺が?」


 スミスくんが変な顔をしている。

 まだエクメーネにいたローズマリーとエリカとアイルズの視線が僕に集まった。


「サー・トール、それはどういう意味だい?」


 アイルズも僕の質問の意図がさっぱりわからないという顔だ。


「いや、スミスくんは〈多次元旅行記〉をたくさん読んでいるんだ。それこそ、ローズマリーと張り合えるくらいに」

「でも、スミスくんの知識では〈偉大な魔法使い〉を見つけるヒントにはならないから、リリィーナ教官はローズマリーだけに封印の魔法を使ったんだろう?」


 つまり、スミスくんの〈多次元旅行記〉についての知識は、ローズマリーには及ばない?……――そんな含みあるいささか失礼な皆の視線が、ローズマリーとスミスくんを交互に見やる。


 エリカは「わたしは、サー・トールの言っていることがよくわからないわ」と唇をすぼめた。


「ローズマリーが〈多次元旅行記〉について話すことは〈偉大な魔法使い〉探しのヒントになるけど、スミスくんが話すことは、〈偉大な魔法使い〉を捜すヒントにはならない、そういうことね? でも、なぜ? 同じ本を読んでいるのに、何が違うの?」


 エリカの推理に、アイルズが疑問をかえす。


「その理屈だと、なぜ〈偉大な魔法使い〉の大ファンであるスミスくんが口封じされないのか、その理由が重要ってことだ。そうだな、サー・トール?」

「そう。僕はその理由を知りたいんだ」


 リリィーナ教官の気まぐれか、はたまた〈偉大な魔法使い〉探しに対する別の効能があるのか。


 しばらくみんなで考えたけど……。

 けっきょく、わからないことはわからない。――で、答えは出ない。


 スミスくんの知識がローズマリーほどではないと、リリィーナ教官は知っている?


 うん、ここだけは正しいかも知れない。

 魔法大学付属学院の教授や教官は、生徒ひとりひとりを丁寧に監督している。その生徒に何ができて何ができないか、能力の程度をかなり詳細に把握しているのだ。


「この問題はいったん保留にして帰ろう。遅くなるばかりだ」


 アイルズがこんどこそ解散を宣言し、僕らは新しい疑問を増やして帰寮したのだった。





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