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第十五話

 右脚のふとももは出血のわりに大した怪我ではなかったらしく、すぐに退院出来た。少しの間松葉杖が必要らしいが。


 入院中何度か警察が事情聴取にきたが、概ね嘘偽りなく、全て話した。自分が精神病院に通っていること、幻覚をみて暴れた事。床を掘り起こして骨を暴いたこと。廃屋とはいえ他人の家に不法侵入し床を壊し、あまつさえ人間の頭蓋骨を見つけてしまったのだから、何一つ誉められる点がない。


 家族には私の病気の事は秘密にしておいて欲しいと警察に懇願したが、2日も経たずバレた。私の持ち物から精神医療の安定剤が見付かった事がきっかけで、 私の机の中から精神病院の診断書を見付けていたらしい。


 家に帰ると机の上に診断書がおいてあり、ぎょっとした。ベッドの下に隠しておいた良くない本が机の上に、というのは定番だが、診断書は聞いた事がない。


 芋づる式に精神病の病院に通っていた事と、中学の時からしょっちゅう幻覚をみること、幻覚が酷いと暴れだす事などを両親にも話すはめになった。父も母も理解を示したわけではなかろうが、神妙に聞いてくれた。結果的に私の危惧したそれまでの生活が一変するような事は起きなかった。


 あの時、あの事件がなければ、大学にいっても社会人になっても、家族に打ち明けなかったかもしれぬ。あの時は死にたくなる程色々後悔したが、今となっては、あの事件があって良かったと思う。


 少なくとも家族に対して、嘘をついて生きているような後ろめたさを感じなくなった。



 退院から2日後、私は学校に復帰することになった。私の奇行は警察から学校にも伝わっている筈で、学友や教師と顔を付き合わせる事を考えると、幾分不安が残る。本当ならあと2・3日ずる休みしたいところだったが、カーチャンに尻をひっぱたかれてしぶしぶ家を出た。


 慣れない松葉杖の上、気の重さもあって私の歩みは自分でも溜め息をつく程に遅い。通学路、同じ制服の生徒が通りすぎていく。全く無関心なものもいれば私の姿に刹那の興味を示していくものもいる。


 やはりこのままズル休みしてしまおうか。


 そんな事を考える。


 「桐島さぁん!!」


 不意に、背後から私を呼ぶ声があった。木名瀬と久慈がいた。


 「うおお桐島さん!なんか凄い久しぶりっすよぉぉ!」


 来るかも、とは思ったが、案の定、抱き付いてきた。しかし思いの外勢いがあり、かつ私は片足では踏ん張りが利かず、その場で二人倒れ込んだ。


 「ああ!桐島さんごめんなさいっす!大丈夫っすか!」


 「……ああ」


 「もう結実、何してるのよ。桐島くん怪我してるのよ」


 「ごめんなさいっす……」


 二人に手を借りて立ち上がる。私は改めて彼女達の顔を見た。二人とも、私の家から学校までの通学路とは真逆に住んでいる。この時間、ここにいるということはわざわざ出迎えに来てくれたのだろう。


 私は、ふっと笑った。


 「何すか?私の顔なんかついてるっすか?」


 「なんでもないよ。行こう」


 木名瀬は、私が頭蓋骨を暴いたその日から、例の女の夢を見なくなったらしい。彼女の中では私はすっかり、霊媒士だか徐霊士だか、そういう存在になっているようだ。


 「俺は何もしてないよ」


 事実、私の行動が彼女を悪夢から救った確証など一つもない。それでも彼女は、


 「いいんすよ、私は分かってるんすから」


 と、聞こうとしなかった。


 まあ、いいかと思う。


 何もしていない、と思うより私が何かしたからもう絶対に安心だ、と思っている方が本人には良いかもしれない。


 全部幻に過ぎない。


 ただ唯一の事実は、私も木名瀬も、もう女の悪夢にうなされる事はなくなったという事だけである。


 それからもう一人。


 「あ、山下くんす」


 道路を挟んで向こうの道に同じ学生服の四人の集団が談笑しながら歩いていた。その中の一人がこちらに気付き、ふと、脚を止めた。


 道を隔てて向こうだったし、私も山下も何も言わなかった。ただ、目が合っただけだ。


 「山下!なにしてんだよ!」


 他の三人に声を掛けられ、山下は我にかえったようだった。私に対して軽く頭を下げると、集団の中に帰っていった。


 「……山下くん、きっとお礼言いたいんすよ」


 「俺は何もしてないって」


 「でもお礼言いたいんすよ」


 木名瀬が不意に立ち止まった。私が振り向くと、彼女は深呼吸して、


 「ありがとうっす!」


 元気に言った。


 幽霊の呪いをといた英雄。


 単なるサイコ野郎。


 どちらでもよい。


 ただ、こうしてまた、木名瀬の笑顔が見られてよかった。


 また、こうして木名瀬と久慈の三人でつるんで歩く日が来て、本当に良かった。


 「あ、もうこんな時間」


 久慈が言った。私の歩みが遅いせいで、それなりに遅刻ギリギリになっていたようだ。


 「先に行っていいよ」


 「嫌っすよ三人でいくっす!ね、羽々ちゃん!」


 「そうね」


 うだるほどの暑さが続く夏の始まり。


 太陽が痛い程眩しかった。

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